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作戦失敗

「フランツ、見えるな? やっと着いたぞ。橋だ。」

「はい、見えますね。橋の周囲には戦車はいないようです。トラックが五〜六台と敵兵が多数ってところですね。我々の戦車の脅威となりそうなものは無さそうです。 」

僕らは出撃した次の日の早朝に目標の橋の手前八百mの地点に到着した。前日から左右に灌木が並ぶ細い荒れた道を一晩中走ってようやく辿り着いたのだ。少し朝靄が出ていたがそれでもバウアー大尉から借りた双眼鏡で橋とその周辺の様子ははっきりと分かった。橋は長さ三十m程で戦車でも通れる程頑丈そうに見える。僕が想像していたよりかなりしっかりした作りの橋だった。僕は双眼鏡を大尉に返すと大尉はまたその双眼鏡を覗き込んで更に橋の周辺を観察し始めた。

「この橋を守ろうとする守備隊のようなものはいなさそうだな。対戦車砲すら無さそうだ。退却を急ぐ兵ばかりのようだな。あっ! 」

「どうしたんです? 」

大尉が突然声を上げたので僕は思わず大尉に聞いた。

「マイルヤーナの軍服を着ている人間が何人かいるぞ! 捕虜になっちまった奴らが連行される途中のようだ。」

大尉にまた双眼鏡を借りて見てみると確かに友軍の兵士が何人かいる。皆両手を頭の後ろに組んで一列になって歩かされていた。だがその様子を暫く眺めていると橋の周辺が急に騒々しくなった。よく見ると敵兵がこちらの方を見て指を指して騒いでいる。灌木の間から僅かに飛び出た四型戦車の長い砲身がどうも敵に見つかってしまったようだった。まずい、と僕は思った。

「大尉! 敵が騒ぎだしました! こちらの存在が知られてしまったようです! 」

「ちっ! 少し近づきすぎたか。戦車ハッチ閉め! 全車全速前進! 橋を確保し捕虜を解放するぞ! 」

大尉の命令の後ハンスがアクセルを踏み込む。四型戦車の履帯が鉄の軋む音を立てて地面の土を削り我々は前進を始めた。大半の敵兵は我先に橋を渡って我々から逃れようとしているが中にはこちらへ向かって対戦車ライフルや機関銃を撃って反撃してくる者もいた。敵の銃弾が四型戦車に当たってその装甲に弾かれるカーンという乾いた音が断続的に耳に響く。

「全車へ、囚われた友軍の兵士が何人かいるようだ。彼らを撃つなよ。」

大尉は無線で皆に友軍の捕虜がいることを知らせた。我々は射撃は慎重にならざるをえなかった。オッペルは反撃してくる敵兵だけを前部機銃で狙い撃ちした。そうして我々は橋に近づきあと三百mの距離まで迫った。

「奴ら、捕虜をなぶり殺してやがる! 」

大尉が突然怒り口調で叫んだ。僕はそれを聞いて反射的に戦車砲の照準器から前方を見た。すると敵兵が丸腰のマイルヤーナ兵に対して至近距離からマシンガンをぶっ放しているのが視界に入った。我々が来たことで捕虜を解放せざるを得ないのであればいっそ殺してしまえ、と思ったのであろう。友軍の捕虜は次々に倒れていった。それを見た僕は激昂してオッペルに言った。

「オッペル! あのマシンガンを持ってる奴を撃て! 」

「分かってます! 」

オッペルもその殺戮劇を目の当たりにしてかなり頭にきているようだった。オッペルの機銃掃射でマシンガンを構えたその敵兵は血を飛び散らせながら倒れた。

「ル・カメリカの豚め! ざまぁみやがれ! 」

オッペルの叫び声に続いて僕は大尉に言った。

「橋のど真ん中に一発ぶち込んでやります。」

捕虜が殺された以上もう遠慮する必要はなかった。僕は榴弾を退却しようとする敵兵がごった返す橋の上に撃ち込んだ。爆発が起こり敵兵がバタバタと倒れるのが見える。それは僕なりの敵軍に対する捕虜虐殺への報復だった。

「少尉、もっと撃ちまくって下さい! 」

オッペルが僕にそう言った。僕は橋の上から対岸にかけて次々に榴弾を撃ち込んだ。爆発が続き橋上は敵兵の死体で溢れかえった。

「フランツ! 対岸に対戦車砲を牽引したトラックがいるぞ! あいつも吹っ飛ばせ! 」

大尉に言われて橋の向こうを見ると一台のトラックが逃げようとしている。反撃してくる様子は無いが対戦車砲は戦車にとって脅威だ。鉄屑に変えなくてはならない。僕は砲塔を旋回させ照準をそのトラックに合わせた。だがその時だった。耳をつんざくような大爆発の音と大地を震わせるほどの振動に僕らは襲われた。僕には何が起こったのか分からない。最初は敵の反撃で対戦車砲弾でも喰らったのか? と思ったが車内に異常は無かった。照準器を覗いて外の様子を窺ったが煙が立ち込めていて何も見えない。ハンスやオッペルも覗き窓から外を見ようとしていたが僕らの戦車自体が煙に包まれて何が起こっているのか誰にも分からなかった。

「何が起こってるんだ!? 」

僕らが半ばパニックに陥っているとバウアー大尉が状況確認の為に危険を承知の上で上部ハッチを開けた。ハッチから車内に煙がもくもくと入ってきたが暫くするとそれもおさまってきた。大尉はハッチから頭を出して暫く周囲を見渡すと僕らに言った。

「橋が無くなっちまった! 」

敵は我々に橋を渡すまいとして橋を爆破してしまったのだ。煙がおさまると目の前に橋がまた現れたがその姿は先ほどまでと大きく違っていた。橋は岸から数m伸びたところで無くなっており川面には吹き飛ばされた敵兵の死体やトラックの破片などが無残な姿を晒して下流に流されていくのが見えた。辺りには火薬の匂いが充満しそのことからも大量の爆薬が使用されたことが窺える。そして対岸にいた敵ももう逃げ去って姿は見えなくなっていた。暫くするとバウアー大尉が落胆した様子でポツリと言った。

「橋頭堡確保は失敗した。オッペル、そのことを司令部に暗号で知らせろ。他の者は周囲を警戒し敵がいないことが確認出来れば友軍の兵士で生き残った者がいないか探そう。」


橋が架かっていた周辺には敵の兵士と友軍の捕虜の屍が大量に折り重なっていた。我々は戦車から降りその中から息のある者を探した。ハンスが死体の山に声をかける。

「おーい! 誰かいないか!? 」

すると小さな声で反応があった。

「い、生きてるぞ、ここだ。」

声のした方向を見ると折り重なった死体の間から手が上がるのが見えた。我々はその場所に行って死体をどけてその手の主を助け出した。

「バウアー大尉! 生存者がいました! 衛生兵! こっちだ! 」

その男は埃まみれで左手を骨折していたが意識ははっきりしており命に別状は無かった。衛生兵の応急措置が終わると僕はその男に水筒から水を飲ませて介抱しながら声を掛けた。階級章を見ると中尉だった。

「中尉殿、大丈夫ですか? 」

その男は僕の方を見て礼を言った。

「少尉、有難う。君らが来てくれなければ俺はル・カメリカにそのまま捕虜として連れて行かれていただろう。君らは命の恩人だ。俺はヘルツォーク、アヒム・ヘルツォークだ。君は? 」

「僕はフランツ・マイヤーです。一人でも助け出せて良かった。」

僕らは握手をした。そして僕は煙草を一本取り出し火を着けてヘルツォーク中尉に渡した。中尉はそれを受け取って美味そうに煙を吹かしだした。

「俺は第一中央軍団にいたんだが五日前にヘマをしてボリーチョ近郊で敵に捕まっちまった。ル・カメリカの捕虜の扱いはひどいものだったよ。俺の周りでは何人も若い兵がリンチで殺された。奴らは面白がって人を殺してた。まさに地獄だったよ、あれは。」

中尉は遠くを見ながらそこまで言うとすこし涙声になっていた。よほど辛い思いをしたのだろう。僕は黙って聞いていた。

「敵は士官を連れて行きたかったようで俺には何もしなかった。でも俺の周りで殺された奴らの苦しむ姿はおそらく一生頭から離れることはないだろう。ル・カメリカの兵の残虐行為は異常だった。普通の人間では出来ることではない。」

大尉の手は恐怖と怒りの為震えていた。僕は大尉をなだめようとしてすこし話題を変えようと思った。

「もう大丈夫ですよ。ボリーチョは陥落しましたしね。戦況は有利に動いていますよ。中尉は安心してこのまま野戦病院に行って下さい。」

だが僕がそう言ったのを聞いて中尉は目を見開き僕の方へ向き直った。僕は何か中尉の気に入らないことを言ってしまったのか? と思ったがそういう訳ではなさそうだった。

「なにっ! ボリーチョは陥落したのか!? そういえば……ここは何処なんだ? 」

中尉はボリーチョ陥落の話に食い付いてきたのだ。第一中央軍団はボリーチョ攻略に参加していたから作戦がその後どうなっていたのか気になっていたのだろう。

「ここはボリーチョの東方二十kmのところでヤシアリバーという川の畔です。我々は第七装甲師団所属で橋頭堡確保の為にここまで来ましたが作戦は失敗しました。橋は見ての通り無くなってしまいましたからね。」

「そうだったのか。でもボリーチョが陥落したってニュースは聞けて嬉しいよ。俺達第一中央軍団は苦戦の連続だったからな。その甲斐もあったってことだ。」

中尉はそこまで言うと笑顔を見せたがその後何かを思い出したように話を続けた。

「それとこの話が君達の役に立てるかもしれん。俺が連行される途中敵の兵士がここから四km程南に下ったところに川の流れが緩くなった浅瀬のポイントがあると言っていたのを聞いたんだ。そこなら橋が無くとも川を渡れるかもしれないぞ。 」

僕はその話を聞くと中尉の顔をマジマジと見て言った。

「その話……本当ですか!? ちょっと待っていて下さい。」

僕は立ち上がってすぐにバウアー大尉のところに行きその話を報告した。バウアー大尉はすぐにヘルツォーク中尉のところにやって来て言った。

「中尉、話はフランツから聞きました。我々はこのままその浅瀬を探しますので詳しく話を聞かせてくれますか? 橋頭堡確保は最優先ですので。それと本当に申し訳ないが野戦病院への入院はその後にしてほしい。」

ヘルツォーク中尉はにこやかにこう返事をした。

「勿論です。大尉殿! あなた達は俺の命の恩人だ。その恩人に協力を惜しむ訳がない。喜んで! 」

中尉は気持ちの良い男だった。バウアー大尉とヘルツォーク中尉は笑顔でガッチリと握手を交わした。

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