橋頭堡
その日も朝から戦車戦が始まっていた。
「フランツ! 二時の方向だ! I-34が二台! 距離七百! 」
「了解! 」
バウアー大尉の指示に従って砲塔を旋回させる。照準器の中でI-34がこちらに砲撃しようとその76.2mm砲をこちらに向けているのが見える。僕は全身汗まみれになりながらも必死に照準を合わせ引金を引く。幸いにも敵砲手が砲弾を放つ前に僕の放った徹甲弾がI-34の前面装甲を貫きI-34は大爆発を起こした。そしてもう一台のI-34も別の友軍の戦車から直撃弾を喰らい爆発を起こした。僕はふっと小さく息を吐く。しかし大尉の鋭い声がまた間髪を容れずに飛んでくる。
「今度は九時の方向に一台だ! 後方に回り込もうとしているぞ! 急げ! 」
僕は全力で砲塔を旋回させる。だがその間に大きな爆発音がした。おそらく友軍の戦車がやられたのだ。大尉が叫ぶ。
「くそっ! 二号車がやられた! フランツ、急げ! 」
やはりそうだった。我々の乗る一号車の左手にいた二号車が撃破されてしまったのだ。僕はようやく砲塔を九時の方向に回して敵戦車に狙いを定めて引金を引いた。僕の放った砲弾は敵戦車の履帯を吹っ飛ばした。僕は更にもう一発砲弾を叩き込みそのI-34の息の根を止めた。だが大尉の叫び声はまだ止まらなかった。
「主砲を正面に戻せ! まだ二台いるぞ! 」
今日も敵の戦車の数は多かった。いつも我々は数の上では不利であった。だがそれを嘆いていても何も始まらない。我々は敵よりも高度な戦術と技量でそのハンデを克服しなければならないのだ。
「撃てっ! 」
大尉の号令と共に僕らの乗る四型戦車の戦車砲が火を吹きまた一台の敵戦車が燃え盛る鉄屑に変わった。だが敵もしぶとい。もう一台残った敵戦車が発砲してきて今度は三号車が撃破されてしまった。
「くそっ! 貴重な戦車を! フランツ! もう一発だ! 」
ナウマンの流れるような手つきで次弾が装填されると僕はすぐに引金を引いた。敵戦車はその動きを一瞬止めたかと思うと閃光を放ち砲塔が空高く吹っ飛んで派手な爆発を起こした。視界に入る最後の敵戦車を撃破するとさすがに大尉からも安堵の声が漏れた。
「ようし、これで終了だな、 周囲に敵戦車は……もういないな。」
我々第七装甲師団がボリーチョの後方撹乱の任務について二週間が経ちその間は激戦に次ぐ激戦で四台あった四型戦車も三台までもが破壊されてしまった。三型戦車も相当数が失われており師団は疲弊しきっていた。我々は自分達が受けた何倍もの損害を敵に与えているのに敵の攻撃が依然として弱まらないことに辟易していた。
「敵の物量は凄いですね。」
戦闘が終了し燃料と弾薬の補給の為補給部隊との合流地点に向かう車中でハンスがそう話しかけてきた。
「そうだな。今日もお客さんは多かった。あれぐらいの数でまた来られたらさすがに次は持ちこたえられるか分からんな。」
大尉の珍しく弱気な発言にそれ以上誰も何も言わなくなった。我々は無言のまま暫く戦車に揺られ続けた。
合流地点に到着するとシラー少将が直々に出迎えてくれた。
「御苦労だったな。さっきちらっと聞いたが今日の戦果も凄かったらしいじゃないか! バウアー大尉、君の部隊がいなければ我々はとっくに全滅していただろう。」
最近疲れ気味に見えたシラー少将が今日はとても顔色が良いように見えた。僕らは戦車を降りると少将の前に整列して敬礼した。
「何か良いことでもありましたか? 少将殿。」
少将の機嫌の良さに気が付いた大尉がそう話しかけた。すると少将は言った。
「そうなのだ。ついにボリーチョの敵が完全に降伏したと先ほど連絡があったのだ。」
「本当ですか!? 」
大尉は目を見開いてそう言った。
「ああ、本当だ。降伏した敵は武装解除されたが街から逃げ出した敵もかなりいる。そいつらを掃討する為に主力部隊の一部が今こちらに向かっているのだ。明日にでも合流出来る筈だぞ。」
少将の言葉を聞いてそこにいた戦車兵全員の顔がぱっと明るくなった。皆友軍の主力さえ来てくれたら今までのような苦しい戦いが少しは楽になるかもしれないと思ったからだった。
「だが……一つだけ頼みがあるのだ。」
ニコニコしていた少将の顔がその時初めて少し曇った。
「どうしたのです? 」
「我らは今ボリーチョの東三十kmのところにいる。そしてさらに東に二十km程行くとヤシアリバーという川があるのだがそこに大きな橋が架かっている。その橋を至急確保してほしいのだ。」
僕らはその話を聞いて明るくなった表情がまた暗くなった。戦いが楽になるどころか敵がうじゃうじゃいるかもしれないもっと危険な場所へ行けと言われたのだ。誰も笑顔は作れなかった。だがシラー少将はその雰囲気を察してかこう付け加えた。
「空軍の偵察機からの情報によると周囲にまとまった戦力の敵部隊はもういないらしい。その中でも特に敵の戦車部隊は壊滅状態らしいのだ。我々もボロボロだが敵はもっとボロボロなのだ。橋周辺は戦意を失くして逃走する敵兵しかいない。今のうちに橋を確保して橋頭堡を築いてしまいたいというのが本国総司令部の意向なのだ。」
それを聞いて大尉が諦めたように少将に聞いた。
「分かりました。出発は……すぐですね? 」
「補給が終わり次第至急だ。橋頭堡確保は最優先命令なのだ。友軍の主力と合流出来れば我々もすぐに君達を追いかける。君達は先行部隊だ。頼むぞ! 」
シラー少将はそれだけ言うと何処かへ行ってしまった。残された大尉は僕らに向き直りこう言った。
「みんな、聞いた通りだ。補給の間休める者はなるべく休んでくれ。以上! 」
大尉も疲れていて辛い筈だ。僕らは大尉に愚痴を言う訳にもいかず黙って補給作業を開始した。そして三時間後に我々は三型戦車二台と歩兵や工兵を乗せた装甲車三台を引き連れて補給部隊との合流地点から出発した。
「とんだ貧乏くじ引いちゃいましたね、少尉。」
「そうだな、でも今は少将の言葉を信じよう。I-34との遭遇がないことを祈るよ。」
ハンスと僕は橋に向かう戦車に揺られながら取り留めのない話をしていた。我々の部隊は三型戦車を先頭に一列縦隊になって灌木の合間を東に向かって進んでいたのだ。僕は本当は不満の一つでも言いたかったがさすがにそれは皆の手前堪えた。
「この任務が終わったら戦闘は一段落するだろう。そうなれば俺が美味いものをお前らに振舞ってやる。」
大尉はいつも通り周囲を警戒しながらそう冗談を言った。
「大尉、俺は分厚い肉が食いたいです。」
ナウマンがボソッと言った。普段この手の会話をあまりしないナウマンの発言に皆一瞬呆気に取られたがハンスがすかさず合いの手を入れた。
「僕は高級ワインですね。」
「いいですねぇ! 肉にワインの食い放題にしましょうか? 」
オッペルが続く。車内の雰囲気が和んだ。
「いくら掛かるか分かりませんね、でも大尉は高給取りだから余裕ですよね? 」
僕がそう言った直後だった。大尉が急に大声を出した。車内の雰囲気がガラリと変わり一瞬にして緊張が走る。
「左十時の方向に敵のトラックだ! おそらくボリーチョから敗走してきているのだろう。一台だけだがこちらに気付いて逃げようとしているぞ! 距離五百、ナウマン、榴弾だ! フランツ! 」
「了解です! 」
僕は砲塔を左十時の方向に向けた。照準器に捉えられたそのトラックは慌てて我々の射程外へ逃げようとしている。だがもう遅い。
「撃てっ! 」
轟音と共に砲弾が発射されトラックのすぐ近くに着弾した。トラックは土埃に包まれてその衝撃で横転した。そしてさらにもう一発を叩き込むとトラックは爆発炎上した。
「よし、我々が橋に近づいていることを敵に悟られる訳にはいかないからな。生き残りがいないか確認するぞ。一号車、進路を左へ。」
大尉の命令で一号車が左へ進路を取り少し前進した時だった。突然爆発音がして一号車の動きが止まった。
「どうした!? 」
大尉が慌てて無線で尋ねる。どうやら地雷を踏んでしまったようだった。
「こちら一号車、行動不能。」
一号車から連絡があり一号車は地雷の為履帯とトランスミッションが破損してしまったとのことだった。他にも地雷が埋められている危険があった為敵の生き残りの確認作業は歩兵が慎重に地雷の有無を確認しながら匍匐前進でトラックに近づいていき遂行された。だがトラックの周辺には既に死亡した敵兵の死体が転がっているだけで生きている者はいなかった。また同行していた工兵隊に調べさせたところ我々が進もうとしていたルートは地雷で埋め尽くされていることが分かった。逃走する敵が我々の追撃の妨害の為に大量の地雷を埋設していったのであろう。
「どうします? 」
僕は大尉に聞いた。大尉の表情は明らかにイライラが募っているように見えた。だが大尉はそんな素振りを見せまいとして努めて穏やかな口調で言った。
「ルートを迂回する。この道が橋までの最短ルートだが地雷撤去など待っていられん。ここより四kmほど北上したところに橋に通じる別の道がある。そこを通ろう。あと破損した一号車はここに置いて行く。オッペル、司令部に修理部隊の出動を要請しろ。」
我々は迂回ルートを経て再度前進を開始した。スピードが勝負の橋頭堡確保命令に暗雲が立ち込み始めていた。




