捕虜
「フランツ、見えるか? 敵戦車がうじゃうじゃいるな。」
「バウアー大尉、今数えてましたが戦車の数は二十五から三十といったところでしょうか? 七割がI-34で残りがベッティーですね。歩兵もかなりいます。出撃準備中のようですね。」
マイハを出発し攻撃目標都市であるボリーチョの後方撹乱の為に出撃した我が第七装甲師団は出撃した翌日にボリーチョの南東十二kmの地点で出撃前の敵部隊を発見した。僕とバウアー大尉は敵に気付かれないように戦車を降り徒歩で敵の終結地点近くの見晴らしのいい小高い丘に辿り着きその丘の陰から敵の様子を観察していたのだった。
「この丘の手前まで野砲を持ってきて砲撃させよう。四型戦車も丘の周囲に配置して敵の戦車を狙い撃ちだ。三型戦車の部隊は敵の側面から後方にかけて展開し逃げる敵を包囲させるぞ。」
「分かりました。では本隊に戻りましょう。」
大尉と僕はそこから歩いて戦車隊に戻りシラー少将に大尉が立てた作戦の説明をした。少将はすぐに作戦に対してOKを出し我々は先ほどまでいた丘の手前まで全部隊で進軍した。野砲隊が敵の死角となる丘の陰で攻撃の準備を開始し四型戦車は丘の周辺のブッシュにその車体を隠した。敵部隊までは距離が約千五百、まだ我々は敵にその存在が知られてはいないようで不意打ちを喰らわすには最適の位置を我々は手に入れた。
「四型戦車、全車位置につきました。」
「野砲、全砲門即射撃出来ます。」
「三型戦車隊は敵部隊の後方へ移動完了しました。」
それぞれの部隊が準備と移動を終えてそのことを知らせる無線が飛び交う。戦闘の準備は完全に出来上がった。ボリーチョの攻防戦が続いている今、我が軍がそのボリーチョの後方まで進出していることを敵部隊は夢にも思っていないのだろう。敵の様子を見ていると周囲に対する警戒の意識はほぼ皆無のように見てとれた。
「こちらシラーだ。これより攻撃を開始する。野砲と四型戦車は射撃を開始しろ。敵のI-34を徹底的に叩け!I-34の数をある程度まで減らしたら三型戦車隊は後方より突っ込め。それまでは待機だ。」
シラー少将の命令が無線で響き渡った。バウアー大尉はそれを聞くと僕らの方に向き直り言った。
「よし、射撃開始だ。徹甲弾装填出来ているな。敵が反撃体制を整えるまでに一台でも多くのI-34を撃破することが勝利への近道だ。頼んだぞ、フランツ。」
大尉の言葉に続いて野砲の砲撃が始まった。敵の戦車の終結している辺りに次々と土煙が舞った。
「撃てっ! 」
大尉の号令とともに僕が引金にかけた指に力を入れると一台の敵戦車があっと言う間に炎に包まれた。命中だ。
「よし、次はその右隣の奴だ。撃てっ! 」
僕らの乗る四型戦車の放つ砲弾は正確に敵戦車を捉えていった。その二台目のターゲットとなったI-34は側面の装甲を貫通されて派手に爆発を起こした。
「敵は混乱している。反撃どころではなさそうだ。今のうちに徹底的にやれ! 」
大尉の威勢のいい声を耳にしながら我々四型戦車隊は次々に砲弾を放った。数十分の砲撃で敵が集結していた場所は黒煙を吐く戦車の残骸で埋め尽くされた。
「こりゃあ楽勝だな。」
戦況を見つめながらオッペル軍曹が呟いた。確かに今のところは一方的だった。敵は手も足も出ずにやられているのだ。だがその時だった。
「四号車被弾! 」
無線が鳴り響くのと同時に近くで爆発音がした。四号車は僕の乗る一号車の真横にいる友軍の戦車だ。どうやら敵が反撃してきたらしい。
「お前ら! 油断するな! フランツ、二時の方向にI-34が二台こちらを狙ってるぞ! 距離千二百! 砲塔回せ! 急げ! 」
僕は慌てて砲塔を旋回させる。そしてその旋回の間にも敵は発砲してきたが幸運なことに敵の砲弾は僕らの乗る四型戦車の近くの地面を掘り起こしただけだった。
「この野郎! 」
僕はそう言って引金を引く。徹甲弾はI-34の前面装甲をぶち破って敵戦車は大破した。
「もう一台! 急げ! 」
ナウマンが次の砲弾を装填すると同時に僕は引金を引いた。もう一台のI-34も同じ様に前面装甲を引き裂かれて大爆発を起こした。
「ふぅ〜、危なかった。」
「敵の射撃の下手さと砲弾装填時間の遅さに救われたな。」
僕が額の汗を拭っていると大尉がそう声をかけてきた。大尉は話を続けた。
「I-34は優れた戦車だが問題も抱えていることが分かったのだ。まず一つは戦車砲の照準器の精度が我々のそれに比べると著しく劣っているのだ。だから奴らは初弾を外すどころか二発目ですらなかなか我々の戦車に当てられない。もう一つは我々の戦車は五人乗りで戦車長は周囲の状況判断だけに集中して命令を下すことが出来るがI-34は四人乗りの為戦車長が砲手も兼ねていて指揮に専念出来ないのだ。それに加えて砲塔も狭く砲弾の収納位置も不便なところにある為一発撃つと次の一発を撃つまでに我々の何倍も時間がかかるのだ。」
僕は目を丸くした。敵戦車のことを大尉がそれだけ詳しく知っていることに正直驚いたのである。
「よくそこまでご存知ですね。」
「この前キャタピラだけ破損して放棄されていたI-34を捕獲したのだ。徹底的に調べてやった。」
僕が感心していると大尉は得意気な笑みを浮かべた。だがその間も大尉の目は周囲の警戒を止めていない。暫くすると大尉は無線でシラー少将に報告を始めた。
「こちらバウアー、敵戦車隊はほぼ壊滅した様子だ。損害は一台小破したが修理は可能。」
「了解だ。今敵集結地後方から三型戦車の部隊が逃走しようとする残敵に奇襲をかけるところだ。バウアー大尉は三型戦車隊の援護にまわってくれ! 」
シラー少将の命令を聞いて大尉はハンスに向き直って口を開いた。
「ハンス、前進だ。四号車はここで整備大隊の到着を待て。あとの二台は俺に続け。」
我々は敵部隊が壊滅した敵の集結地点へ進んだ。
「こりゃ凄いや。鉄十字賞ものじゃないですか?」
オッペル軍曹が覗き窓から外を見ながらそう言った。我々が敵の集結地点に到着すると周囲は燃え盛る敵戦車だらけだった。僕らは生き残った敵兵がいないことを確認すると更に前進し敵地後方より攻撃をかけていた三型戦車の部隊と合流した。
「今日は何台やった? フランツ。」
大尉が意地悪っぽく聞いてきた。僕が戦果を数えていないと思っているようだった。
「今日は数えてましたよ! 十台です。」
僕が自信を持ってそう答えるとハンスが笑いながら言った。
「今日は正解です。」
僕らは顔を見合わせて笑った。
その後僕らはその場にとどまり補給部隊と合流して弾薬と燃料の補給作業を行った。今までの50mm砲弾と比べると75mm砲弾は大きくて重く補給作業も一苦労だった。だがナウマンは文句一つ言わず黙々とその75mm砲弾を戦車に積み込み続けていて僕らはその作業を手伝っていた。すると僕らの戦車の脇を一人の敵捕虜が頭の後ろに手を組んで友軍の兵士に連行されているのが見えた。その捕虜は僕らの方を睨んで何かブツブツと文句を言いながら歩いていた。
「態度のでかい野郎だな。」
僕はその捕虜が歩いていく後ろ姿を見ながら言った。
「ムカつく顔してましたね。撃ち殺してやりましょうか?何て言ってたんでしょうかね?」
ハンスが笑いながらそう答える。するとオッペル軍曹が真面目な顔をして僕らに急に話しかけてきた。
「あの捕虜はカーソン教の信者のようですね。『お前達の行いは間違っている、カーソンの神がいつか必ずお前達に罰を与えるだろう』と言ってましたよ。」
「カーソン教だって?」
僕は思わず眉間に皺を寄せてオッペル軍曹に聞き直した。
「はい、昔ル・カメリカ語を勉強してたんでだいたい分かるんです。」
得意そうにしているオッペルの顔を見ながら僕は過去のカーソン教にまつわることを頭の中に思い出していた。エヴァやエヴァの父親、そしてヨーゼフの顔が浮かぶ。僕を最前線に送り込んだエヴァの父親やヨーゼフのことを考えると今でも腸が煮えくり返る思いがする。戦場に来てからは生きるか死ぬかの極限状態が続いたのでカーソン教やエヴァの父親のことを考える暇もなかった。だが僕はカーソン教という言葉を久しぶりに聞いただけで昔感じた嫌な気持ちが鮮明に蘇ってくるのだ。そしてその気持ちは怒りに変わり最後には自分が直面する現実への哀れみとなって僕の心に押し寄せてくる。だがそれは考えれば考えるほどもうどうしようもないことだった。僕はオッペルと捕虜から目を逸らしポケットに入れた煙草を取ろうとした。おそらくこれ以上カーソン教にまつわることを考えないようにしようという無意識の行動だったのだろう。だがその時だった。
「このカーソン野郎が! 」
今まで黙々と75mm砲弾を運んでいたナウマンが急に大声を出してその捕虜に殴りかかったのだ。皆呆気にとられていたがすぐにその暴行を止めさせようとナウマンと捕虜の間に割って入った。だがナウマンの鋭いパンチを二〜三発喰らってその捕虜は口から血を流し地面に倒れて気を失ってしまった。そこへたまたま他の部隊との打ち合わせでその場にいなかったバウアー大尉が戻ってきた。
「止めろ! 捕虜への虐待は許さんぞ! 」
大尉はそう言うとナウマンの前に仁王立ちになって言葉を続けた。
「どういうつもりだ! 捕虜を殴り倒すなどマイルヤーナの軍人のすることではないぞ! 恥を知れ! 」
大尉に大声で怒鳴られたナウマンだったがそれでもまだ捕虜を殴ろうとしていたのでハンスとオッペルと僕でナウマンを押さえつけた。ナウマンは暫くジタバタしていたがやがて動くことを諦めた。だが倒れて気を失っているその捕虜に向かってこう叫んだ。
「俺はル・カメリカもカーソンも大嫌いなんだ! お前等はいつか根絶やしにしてやる! 」
普段無口なナウマンがこれだけ怒りをあらわにするのを見て僕は驚いた。倒れた捕虜が連れて行かれて暫く時間を置いた後に大尉がナウマンに聞いた。
「どうした? 何故あんなことをした? 」
「大尉殿、すみません。取り乱しました。実は私の父親が昔カーソン教の人間に騙されて財産を失くしたのです。そのことが原因で父親は自殺しました。それと二週間前に従軍していた弟がボリーチョの街の近くで戦死しました。ル・カメリカの狙撃兵に撃たれたらしいのです。その二つの出来事を同時に思い出してしまってつい……」
そう言ってナウマンは泣き出した。おそらくナウマンは一生カーソン教やル・カメリカの人に心を開くことはないのであろう。そして今日捕らえられたあのル・カメリカの捕虜の親や兄弟、そしてそのカーソン教の仲間がまた僕らに憎しみを抱き負の連鎖反応は続いていくのだ。人間なんて争いの無い世界を作り上げることはまず無理なのだろうな、とこの時僕は思った。




