四型戦車
「只今戻りました!バウアー大尉!」
「おぅ!フランツか、長い休暇だったな。まぁ座れ。」
マイハの街に戻り第七装甲師団司令部に出頭するとバウアー大尉が笑顔で出迎えてくれた。三週間ぶりに会う大尉は以前と何も変わっていないように見える。大尉は僕を椅子に座らせると司令部の部屋の奥からワインボトルを持ってきてテーブルの上に置いてあったワイングラスにワインをなみなみと注ぐと僕に飲むように勧めた。
「病院じゃ酒なんて飲めなかっただろ?まぁ飲めよ。」
「確かにそうですね、野菜ばかり食べさせられてましたよ。ありがとうございます、頂きます。」
僕らはそう言って乾杯し僕はワインを口に流し込んだ。ほんのりと甘い香りが口の中を満たす。
「飲みながら聞いてくれ、フランツ。」
大尉はそう言うとまた席を立って今度は地図を持ってきた。僕はワイングラスをテーブルの隅に置き地図を覗き込んだ。
「戦況はどうなのです?」
僕がそう聞くと大尉は地図を指差しながら説明を始めてくれた。
「お前が入院した後で友軍の主力部隊によるボリーチョの街の攻略作戦が開始された。大きな損害を出しながらも街はほぼ占領されたのだが完全ではない。敵の頑強な抵抗はまだ続いている。」
大尉はそこまで喋ると横を向いてワインを一口飲んだ。そしてまた僕に向き直り話を続けた。
「そこで我々第七装甲師団にも出撃命令が出た。ボリーチョの街の後方に回り込み敵の補給路を遮断するのだ!」
僕は暫く地図を眺めていた。予想はしていたがやはりすぐに戦いに参加しなければいけないのだ。それはまた死の恐怖との隣り合わせの生活に戻ることを意味している。僕はリリーとの甘い生活をふと思い出し自分の身に降りかかる現実を呪った。
「どうかしたか?」
僕が何も言わないので大尉が僕の顔を覗き込んでそう言った。僕は慌てて大尉の顔を見ると作り笑顔で返事をした。
「いえ、なんでもありません。出発は何時です?」
「今夜九時の予定だ。」
時計を見ると今は昼の二時を廻ったところだった。あと七時間で出発である。
「分かりました。ゆっくりする暇なんてなさそうですね。では出撃の準備を手伝います。」
「その前にお前に見せたいものがあるのだ。ちょっとこっちへ来てくれ。」
大尉はそう言うと立ち上がって部屋を出て司令部の置かれている建物の裏側へ僕を連れて行った。そこには出撃前の戦車が並べられていたがその中に何台か僕が見たことのない型の戦車が並べられていた。
「これは……?」
「昨日届いた新型の四型戦車だ。新しく75mm砲を搭載している。これなら敵の強力な戦車とも互角に戦うことが出来るぞ!」
僕は思わずその新型戦車に見惚れてしまった。今まで乗っていた三型戦車と比べると砲塔部分が大きくなりそこから長砲身の75mm砲が大きく前方に突き出している。50mm砲と比べるとその砲身は長さも太さも倍以上あるように見えてそれがまた頼もしく感じられた。
「現在の我々の主力戦車である三型戦車は火力、装甲、機動力全てにおいて敵のI-34に劣っている。I-34というのは例の敵の強力な戦車の名称だ。ボリーチョの戦いであのI-34に勝利するには絶対にこの四型戦車が必要だと司令部に言い続けてようやく四台だけ我々の師団にも配備されることになったのだ。」
僕は砲身を触りながら大尉の話を聞いていた。こいつなら今までのように敵に近づかなくても遠距離からの射撃で敵を粉砕出来そうだ。こいつに乗っていれば少なくとも今までよりは死ぬ確率が減るのかな? そんなことを思いながら僕は愛馬を可愛がるようにその四型戦車の75mm砲の砲身を撫でていた。
「乗りたいだろ? こいつに。」
「はい、勿論です。」
大尉がニヤニヤしながら僕に問いかけてきた。僕は大尉の方に振り向きもせずにそう返事をした。この戦車を上手く扱えるかどうか分からない不安はあったがそれでも今までより少しでも強力な戦車に乗って有利に敵と対峙したいとは戦車兵なら誰しもが思うことであった。するとちょうどその時司令部から若い兵士が出てきて僕らにこう言った。
「バウアー大尉殿! 敵戦車がこちらに向かってきているとの報告がありました! 数は約二十です! 」
「分かった。すぐに戦車隊は出撃する。」
大尉はその兵士にそう返事をすると僕の方に振り向いて言った。
「早速実戦だ。ぶっつけ本番だがお前なら大丈夫だろう。行くぞ! フランツ! 」
「はいっ! 」
僕はそう答えて大尉と共に四型戦車に慌てて乗り込んだ。
「フランツ、紹介しておく。装填手のナウマン曹長と通信手のオッペル軍曹だ。」
僕が戦車に乗って取扱説明書を見ながらその真新しい照準器に触れていると二人の知らない男が戦車に乗り込んできた。その二人の男は大尉に紹介されると僕に握手を求めてきた。
「宜しくお願いします、少尉殿。」
「ああ、こちらこそ宜しくな。」
僕は二人と握手をした。だが僕は戦闘前で初めて四型戦車に乗るということもあって二人の顔をゆっくり眺めている余裕が無く握手もそこそこにまた照準器に向き直った。すると今度は聞いた覚えのある声が僕を呼んだ。
「少尉、病院で看護婦とイチャつきすぎて腕はなまってないでしょうね?」
声の主を見るとハンスだった。ハンスは僕の右前の運転手席に腰掛けながら振り向いて僕に話しかけてくれていた。どうやら病院でリリーを見かけていたらしい。
「たっぷり休養したからな、以前よりも冴えているところを見せてやるよ! 」
僕は自分の不安と緊張を見せまいと無意識にそう軽口を叩いて右の拳を見せて親指を上に突き出した。だがハンスとのその何気無い会話でそれまで僕の肩にガチガチに入っていた力がふっと抜けたような気がした。
「ようし、全員準備はいいな? ではハンス、前進だ。」
「了解。」
バウアー大尉の命令が下りハンスがギアを入れる。四型戦車はゆっくりと進み出した。
マイハの街の東側には広大な平野が続いている。我々は街を出たところで戦車を停め残骸などの遮蔽物に戦車の車体を隠し砲塔だけを出して敵が来るのを待った。敵は二十台なのに対しこちらは四台しかいない。距離が近づけば三型戦車の出番もあるだろうが遠距離での射撃戦では数はこちらが圧倒的に不利だった。地形は目一杯有効に活用しなければならない。
「ボリーチョの攻防が激しい為か最近はマイハには敵の襲来はなかったのにな。」
ハンスが呟いた。
「きっとフランツが疫病神なんだな、敵まで引き連れて来やがった。」
大尉は双眼鏡を覗いて周囲を警戒しながら冗談を言った。
「はいはい。何とでも言って下さい。」
「来たぞ! 二時の方向だ! ナウマン、徹甲弾装填しろ。」
僕が冗談を受け流していると大尉の声色が急に変わった。そして車内に緊張が走る。いよいよ実戦なのだ。ナウマン曹長が75mm砲弾を抱えている。彼が抱えている75mm砲弾は今までの37mm砲弾や50mm砲弾と比べるとかなり大きくて重たそうだった。そしてナウマン曹長がその砲弾を戦車砲に装填する。かなり重たい筈なのに彼は苦しそうな顔一つ見せずにその作業をやってのけた。
「敵は一列になって突っ込んでくるぞ! 距離約千三百だ。フランツ、狙えるか?」
距離千三百では以前の50mm砲ではI-34に傷さえ付けられなかった。この砲ならダメージを与えられるのだろうか?僕は疑問を抱きながらも先頭のI-34に狙いを定めた。敵は真っ直ぐにこちらに向かってきている。動いている目標とはいえ頻繁に方向を変える訳でもなくまだ照準はしやすかった。
「いけます。大丈夫です。」
僕はそれだけ答えると照準器を再度調整し引金に手をかけた。鼓動が激しくなり呼吸が荒くなってくる。この感じ、久しぶりだと思った。敵戦車を照準器の中央に捉える。これで当たる筈だ。あとは75mm砲弾がI-34の前面装甲をぶち抜いてくれることを祈るだけだった。
「距離千二百! 」
大尉のその掛け声とともに僕は引金を引いた。今までの50mm砲よりも遥かに強い振動と大きな音が僕らを襲った。そして車内に煙が立ち込める。僕は一瞬目を閉じてしまった。
「命中! やったぞ! 」
大尉が歓喜の声を上げた。僕が再び照準器を覗き込むと僕の狙ったI-34は爆発を起こして燃え盛っていた。
「次来ますよ! 」
先頭の戦車が破壊されたI-34の縦列の後続車が残骸の脇をすり抜けてさらにこちらに向かってくる。友軍の戦車も次々に射撃を開始した。これ以上近づかせるものか、と僕は思った。
「次弾装填完了! 」
「よし、撃て! 」
ナウマンに続いて大尉の射撃命令の掛声が響く。僕は照準器の中心に次のターゲットを見据えてまた引金を引いた。
「命中! 腕は錆びついてませんでしたね! 少尉! 」
ハンスが嬉しそうに叫んだ。照準器の中の二台目のI-34は炎と黒煙に包まれ鉄屑に変わり果てていた。
「よし、この調子だ!一台も生きて帰すなよ、フランツ! 」
大尉の明るく力強い声が響く。僕はさらにもう一台のI-34をスクラップに変えた。時折敵戦車の放った砲弾が我々の戦車の近くに着弾するけれども一発も命中することは無かった。我々は直線的に突っ込んでくる敵戦車を一台ずつ葬っていった。そして十分程経った頃だろうか。バウアー大尉が戦車隊全体に命令を出した。
「全車撃ち方止め! 」
気が付くと敵戦車で動いているものは無かった。見渡す限り一面の平野の至る所に敵戦車は哀れな姿を晒している。戦力五倍の敵を撃退して尚且つこちらは一台も破壊されていない。大勝利に間違いなかった。
「フランツ、何台やった? 」
「え〜とですね、七台ですかね? 」
大尉に不意に聞かれて僕はすぐ答えられなかった。夢中だったので途中まで数を数えていたのだが最後の方は曖昧になっていたのだ。するとハンスがすかさず訂正を入れた。
「八台ですよ、少尉。」
戦闘が終了して敵の残骸を数えてみると二十二台の敵戦車が黒煙を吐いていた。
「この75mm砲、使えるな。」
大尉がボソッと呟いた。確かにこの戦車を使えば難航しているボリーチョの攻略も上手くいくかもしれない。この日その場にいた僕ら全員がこの四型戦車に過剰ともいえる程の信頼と愛着を寄せていた。




