事故
僕はその日は両親の住む実家に泊まった。両親は僕の突然の帰宅にかなり驚いていたが同時に喜んでもくれた。その日は疲れていたのとエヴァとの食事で満腹だったので両親の歓迎もそこそこにすぐ寝てしまったが翌朝には母が作ってくれた豪勢な朝飯を前に喜ぶ両親とのひと時を過ごした。すごく楽しく嬉しかったが実は僕はすぐにでも家を出たかった。エヴァに早く会いたかったのだ。
別れを惜しむ両親を振り切って家を出た僕はなんとか昼過ぎにエヴァに落ち合うことが出来た。昼間のエヴァはほんのり化粧をしていて昨夜よりさらにクールな印象になっていた。でもやはり綺麗で笑顔はたまらなく輝いていた。
二人で映画を見た後食事をした。今日は奮発して普段行かないような高い店に行った。だが高い料金を支払ってもお釣りがくるぐらい楽しい時間を過ごした。
「ねぇフランツ。今日は本当に楽しかったわ。」
「僕もだよ。面白い映画だったね。」
「…今度いつ会えるかしら?今忙しいの?」
「最近訓練が激しくてね。以前と比べるとだいぶハードになってる気がするよ。」
「それって例の噂と関係あるのかしら?領土問題でル・カメリカと揉めてるんでしょう?ママも不安がってるわ。」
「そんな簡単には戦争なんかにならないよ。大丈夫だって。あ、お母さんは北方の出身だものね。親戚とかいるんでしょ?皆大丈夫?」
「今のところは大丈夫みたい。」
「なら良かった。ところで君の家にも一度行ってみたいな。」
「あたしは来てくれても全然構わないわ。でもパパとママが家が汚いから誰も呼んじゃいけないっていうのよね。」
「大事な一人娘が変な男を連れ込まないように警戒してるのかな?」
「かもね。」
僕らは笑った。
別れ際に目を真っ赤にしている彼女をなんとかなだめ僕は自分の所属する基地へ戻った。また明日から厳しい訓練の毎日だろうなとぼんやり考えながら基地の入場ゲートをくぐると基地はいつもより騒然としていた。何かおかしいなと物々しい雰囲気を感じずつ取り敢えず自分の宿舎に戻ろうと基地内の通路を歩いていると一人の男が声を掛けてきた。
「おいフランツ!何処へ行ってたんだ?今大変なんだぞ!」
彼の名はオットーといい今は補給部隊に配属されている士官学校時代の同期だった。背は低いがかなり太っていて今は体重が100kgを超えているらしい。性格は真面目ですこし融通がきかないところがあるが丸い顔に愛嬌がありどこか憎めない男だ。彼とは馬が合いよく酒を酌み交わす友人の一人だった。
「よぉオットー!一日だけ休暇をもらってたんだ。で、どうしたんだ?何があった?」
「整備中隊で事故だ!整備兵が装甲車の下にもぐって点検中に下敷になったらしい。詳しいことはまだよく分からんのだが。」
「整備兵の怪我はひどいのか?」
「それも詳しくは分からん。現場に行ってみないか?」
「分かった。」
僕らは慌てて事故のあった整備工場に行ったがもうすでに事故の関係者以外は立入禁止になっていた。だがたまたま事故現場に居合わせた別の若い兵から話を聞くことが出来た。その話によると事故にあった整備兵は油圧ジャッキで装甲車を持ち上げて車体の下部を点検していた時に何故か油圧ジャッキが下りてきて装甲車と地面の間に挟まれたらしい。油圧ジャッキに異常は無く原因は油圧ジャッキのバルブをキッチリ閉めていなかったことによる人為的なミスではないかと推測されていたが事故にあった整備兵は整備中隊での仕事を15年ほどこなしてきているベテランだった。ベテランがそんな初歩的なミスをするものだろうか?
事故現場から宿舎への帰りに食堂へ立ち寄りコーヒーを飲みながら僕ら二人は事件について話をした。
「なあオットー、こんな事故は今までも起こったことあるのかな?」
「似たような事故はあるらしいぜ。それとさっき病院から連絡があって被災者は亡くなったそうだ。」
オットーは顎の肉を揺らせながらそう言った。
「本当か?御愁傷様。車に押し潰されて死ぬなんて一番苦しそうな死に方だ。可哀想に。」
「誰かがジャッキのバルブをわざと開けたんじゃないか?って噂もあるらしいぞ。」
「それなら事故じゃなくて事件だな。誰かから怨まれてたとか?」
「いや、仲間内では好かれてて頼られてたらしいけどな。特に仲が悪い相手もいなかったらしい」
「整備中隊は再発防止策の書類作りに今日は徹夜だろうな。」
「確かに。」
そう言いながらオットーはコーヒーを飲み干しまた口を開いた。
「フランツ、今日はもう寝るだけか?」
「抜き打ちの訓練でもなければそうだよ。明日は6時に宿舎前集合だ。」
「俺はあと一時間程で補給物資が届くからその数量の検品の立会いに行かなければならないんだ。そろそろ行くよ。」
「分かった。じゃあな!事故には気を付けろよ。」
そう言って僕もコーヒーを飲み干して立ち上がった。
「お前もな、フランツ。誤射されて死ぬなよ。」
「俺はそんな間抜けじゃないよ!って言いたいところだけどな。味方の弾から逃げまわることにするよ。また今度飲みに行こうぜ。」
「最近行ってないからな。またな。」
食堂から出て行くオットーの後ろ姿を見送ってから僕は自室に戻った。僕は疲れていたのかそのまますぐ眠ってしまった。