殲滅
「補給部隊が到着したぞ!」
誰かの叫び声で僕は目を覚ました。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。バウアー大尉以下僕ら戦車搭乗員は先の戦闘で敵戦車隊を撃破して補給路を確保した後マイハの街に戻ってきていた。そしてクタクタに疲れていたこともあり僕らは街に着くと戦車搭乗員の宿舎として使われているとある民家の一室に上がり込んで休憩をしていたのだ。僕の周りにはハンスとリールとピエールが毛布を被ってぐうぐうと寝ている。そしてその周りにも他の戦車搭乗員が雑魚寝をしていた。バウアー大尉の姿だけは見えず何処かに出かけているようだった。窓から外を見ると補給部隊のトラックが何台も街の通りに駐車されている。すると民家のドアが開いて補給部隊の兵士らしき男が声をかけてきた。
「戦車大隊の宿舎はこちらでよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだよ。ここには戦車兵しかいない。何だ?」
僕はその若い兵士の問いかけに答えた。するとその兵士は手に持っていた袋から沢山の封筒を取り出して大声で言った。
「皆さんが待ちに待った家族からの手紙ですよ!」
その声を聞いて寝ていた連中のほとんどが跳び起きてその若い兵士を囲んだ。その兵士はちょっと慌てて我先に手紙を受け取ろうとする戦車兵達を制した。
「名前を呼びますから順番に取りにきて下さい!そんな一斉に来られても困ります!」
その若い兵士はそう言って封筒に書かれた名前を読み上げていった。
「では呼びますよ!ミカエル・シェンケルさん!いますか?」
名前を呼ばれた兵士が嬉しそうに封筒を手にしている。家族や恋人からの久しぶりのコンタクトなのだ。嬉しくない訳がない。暫くすると僕の名前が呼ばれた。
「フランツ・マイヤーさん!いますか?」
「ああ、俺だよ。」
僕はそう言って封筒を受け取った。それは両親からのものだった。封筒を開けて中を見ると文章は母親が書いたものだった。父親が最近お酒の量が減っただの家の裏庭の家庭菜園で去年育てたトマトが凄く大きくなったから写真を送るだの他愛ない話が一杯書かれていたがそのどの話も読んでいて懐かしかった。文章の最後には僕の身を案じてくれていてまた家族全員で揃って食事をしたいとも書いてあった。クレリバーの家で過ごした幼少の頃の日々の思い出が蘇ってくる。そして改めて考えると僕は両親に対して何の親孝行もしていないことに気が付いた。僕は懐かしさと辛さと寂しさで泣きそうになったが必死に涙がこぼれ落ちるのを堪えた。周囲を見渡すと泣いている兵士は大勢いたが僕は少尉という階級で士官なのだ。僕が皆の前でオイオイ泣く訳にはいかなかった。僕はその手紙を軍服の胸ポケットにしまった。
その日はかなり寒かった。突然の豪雪にみまわれ辺りは白一色の世界になっていた。だがそんな天候でも敵は我々を休ませてはくれなかった。マイハの街の北部で敵トラックの目撃情報が斥候隊より入ったのだ。敵の動向を掴む為バウアー大尉は戦車二台に歩兵を数名乗せて出撃することになった。僕らは手紙の返事を書く暇もなく雪の中を進むことになった。
「こんな揺れる戦車の中じゃさすがに字は書けそうもないな。くそっ!」
リールが悪態をついた。リールも家族から手紙を受け取っていたらしい。
「任務が終わってから書けばいいじゃないか。」
ハンスがリールを窘めた。
「そうですけど…。さっさと敵を蹴散らしてマイハの司令部に帰りましょう!」
「これだけの降雪で視界が悪ければ万が一敵の新型戦車に出くわしても接近戦に持ち込める。大丈夫だ。生きて帰れるよ。」
僕もリールと同じ気持ちで早く返事を書きたかったが任務がそれを許してくれないのは分かっている。僕はリールに気休めを言った。だがその直後車内ののんびりした雰囲気は急変した。バウアー大尉が敵を発見したのだ。雪の為に視界が極端に悪く大尉が気が付いた時には敵の位置はほんの30m先だった。
「前方真っ正面に敵のトラックだ!ピエール!榴弾!」
バウアー大尉の声に車内には緊張が走る。そしてピエールは素早く榴弾を装填した。照準器の真ん中に敵トラックのキャビンを捉えると僕はすぐに引金を引いた。敵トラックは爆発を起こし幌で覆われた荷台から敵の歩兵が悲鳴を上げながら飛び降りるのが見えた。
「敵兵が大勢いるぞ!リール!機銃で蹴散らせ!フランツ!今吹き飛ばしたトラックの後ろにも別のトラックがいる!撃て!撃て!」
リールが前方機銃を撃ちまくる。リールの視界に捉えられた敵兵は次々に倒れていった。僕はバウアー大尉に指示された別のトラックに狙いを定めて引金を引いた。また爆発音がして敵のトラックが炎を噴き上げた。そしてその後ろにも別のトラックが続いているのが見える。だが敵のトラックは逃げる様子がない。何か様子が変だった。
「おそらく敵のトラックは突然の大雪で動けなくなったのだろう。一人も逃すな!徹底的にやってしまえ!」
バウアー大尉の掛声のもと僕らの三型戦車は燃えているトラックを踏み潰し歩兵に機銃を浴びせながら進んだ。敵は大混乱に陥っていた。僕は視界に入る敵のトラックを次々に撃破していった。白い雪の上で松明のように炎が灯る。そして五〜六台のトラックを撃破した後だった。バウアー大尉の声のトーンが急に変わった。
「ピエール!徹甲弾に切り替えろ!前方に敵の新型だ!距離50!フランツ!」
前方を見ると敵戦車がすぐ近くまで迫っていた。どうやら爆発音を聞きつけてやってきたらしい。だがその敵戦車群も事態をよく呑み込めていないようだった。視界が悪い中我々が何処にいるのかも分かっていないようで浮き足立っているのが戦車の動き方を見ていると手に取るように分かる。敵の新型戦車が僕らの三型戦車を発見して敵だと認識した時には僕は照準をし終わり後は引金に掛けた指を動かすだけの状態になっていた。
「撃てっ!」
バウアー大尉の掛声の直後僕は引金を引いた。その敵戦車は砲塔が吹っ飛び大爆発を起こした。
「その後ろにもいるぞ!撃て!フランツ!」
「任して下さい!」
敵は混乱して目の前に我々がいることすら気が付いていないのだ。しかも距離は50m程度しかなく外しようがない。以前から感じていたが敵の戦車兵は非常に未熟なのだ。性能で勝る戦車を使いながらも敵は我々より遥かに大きな損害を出し戦略拠点を奪われている。戦車の性能の差を搭乗員の技量でカバーし我々は敵を圧倒しているのだ。戦車兵としてはこれほど痛快なことは無かった。僕は敵戦車の砲塔基部へ砲弾を撃ち込んだ。
「命中!敵は大破しました!やってやりましたよ!大尉!」
「まだだ!あと四〜五台いるぞ!全部吹っ飛ばせ!フランツ!」
その後僕は引金を引いて主砲を撃ち続けた。爆発音が絶え間なく響き敵の戦車は次々撃破されていった。
「よし、撃ち方やめ!」
数十分の戦闘だったであろうか。気が付くと周りには敵の戦車やトラックが何台も黒煙を噴いている。そして雪上には何人もの敵兵の屍が重なっていた。
「大戦果だな、これは鉄十字賞ものだぞ。」
バウアー大尉が思わず呟いた。雪はいつの間にか止んでおり頭上には青空さえ広がり始めていた。今まで極度に視界が悪かったのが嘘のように見晴らしがよくなっている。改めて周囲を見渡すと平坦で真っ白な雪原のど真ん中に我々はいた。バウアー大尉は戦車を停止させて上部ハッチを開け頭を出し外の様子を窺った。
「二号車も破壊されていない。歩兵も全員無事のようだな。リール!司令部へ報告!敵一個中隊程度の戦力をマイハの街北部のポイントN2にて撃破、損害はゼロとな。」
僕は誇らしい気持ちになった。おそらく一緒に戦車に乗っている皆もそうに違いない。これだけの戦果を上げてこちらは誰一人死んでいないのだ。ワインでもあれば皆で乾杯でもしたい気分だった。
「大勝利ですよね!シラー少将に何か特別ボーナスでも貰わなきゃ!」
リールも嬉しそうに冗談を言っている。だがその時だった。
「左十時の方向に敵戦車!新手だぞ!徹甲弾!」
バウアー大尉がそう叫んだ直後だった。僕らの乗る三型戦車は激しい衝撃に見舞われた。一瞬にして戦車の中は煙が充満して何も見えなくなった。何が起こったのか分からない。ただ火薬の匂いだけが強烈に鼻についた。
「全員脱出しろ!」
バウアー大尉がそう叫ぶのが聞こえた。煙で何も見えないので訳が分からない。だが僕の後ろにいる大尉が上部ハッチから戦車の外へ出ていこうとする気配は感じ取れた。そこで僕も戦車の砲塔の側面にある脱出用のハッチを開けようとした。だが両手を使ってハッチを開くことまでは出来たのだがそれ以上は身体を動かすことが出来ない。足に力が入らず身体を戦車の外へ出すことが出来ないのだ。おかしいと思ってもう一度踏ん張ってみるがどうにもならない。すると誰かが僕の両腕を掴んだ。
「フランツ!早く出ろ!」
僕は凄い力で戦車の外に引っ張られ雪の上に投げ出されて思わず目を閉じた。そしてそのまま雪の上をズルズルと数m引っ張られた。どうやらバウアー大尉が僕を力づくで引きずっているらしかった。その後大きな爆発音が聞こえてきた。かなり近くで何かが爆発しているのだ。何だろう?そう思って僕は瞼を上げた。
「フランツ!しっかりしろ!」
僕が目を開けると目の前にバウアー大尉がいて僕に大声で話しかけていた。僕が引きずられてきた方向に目を遣ると僕らが乗っていた三型戦車が炎に包まれている。それを見てやっと僕は状況をすこし理解した。どうやら敵の砲撃を受けて戦車は大破したのだ。僕は雪の上で仰向けに寝っ転がっていたが上半身を起こそうとした。だが身体はやはり動かすことが出来ない。仕方なく頭だけを起こして自分の身体を見ると出血しているらしく軍服と雪が赤く染まっていた。その時初めて僕は自分が負傷していることに気が付いた。
「衛生兵!早く来い!」
そう叫ぶバウアー大尉を見ながら僕は意識が遠のいていくのを感じた。怪我はひどいのかな?それとももう死んでしまうのかな?と消えゆく意識の中でぼんやりと考えた。そしてふと燃えている三型戦車を見た。いつに間にかまた雪が降り出している。一瞬のぞいた青空は顔を引っ込めて今はもう吹雪になりかけているようだ。燃えている三型戦車にも所々に雪が積もり出している。
三型戦車が雪化粧をしていくのを見て僕はどことなく寂しい気がした。そして僕は目を閉じた。




