補給線確保
マイハの街への奇襲攻撃は成功し第七装甲師団は一日目の戦闘で街の中心部までその勢力を伸ばした。その要因は敵の戦力が少なかったこともあるが奇襲により市街戦に持ち込むことが出来た為に火力、装甲ともに優る敵新型戦車を接近戦で破壊することが出来た為であった。戦闘はその後も数日間続いたが敵の抵抗は日を重ねるごとに小さくなっていった。一週間もすると第七装甲師団は大きな損害を被りながらも街のほぼ全域を占領しつつあった。そして八日目の朝、我々は敵の残存勢力の掃討の仕上げにかかっていた。
「フランツ、前方右手にある三階建の建物の二階の窓から敵の機関銃が見える。分かるか?」
「見えました。榴弾をぶち込んでやります。」
バウアー大尉の問いかけに僕は照準器を目標に合わせながら答えた。ピエールが僕らのやりとりを聞きながら戦車砲に砲弾を装填して叫ぶ。
「榴弾装填完了!」
「よし、撃て!」
轟音とともに戦車砲から砲弾が発射され目標となった建物の二階は吹き飛んだ。
「こちらシラーだ。お見事!砲手はフランツだな!」
無線が唐突に鳴りシラー少将の声が響いた。たまたま僕らの射撃を見ていたらしい。すると無線からまた別の声が聞こえてくる。
「こちら歩兵大隊、援護射撃、感謝する!ついでにその右隣の建物の三階にも一発叩き込んでくれないか?敵の狙撃兵がいるようだ。」
「こちらバウアー、了解だ。フランツ、任せたぞ。」
大尉にそう言われて僕はまた照準をし直した。そして引金を引く。
「助かった。重ねて感謝する。歩兵大隊はこれより突撃する!」
目標となった建物は煙に包まれそこへ歩兵達が走っていく。機関銃とライフルの音がしばらく鳴り響いた後街は静かになった。そして吹き飛ばされた窓から友軍の兵士が顔を出し右手を高く上げて握りしめた拳から親指だけ突き出している。どうやらその区画の敵は殲滅されたようだった。
「これでマイハの街から敵の勢力は全て一掃しましたね。」
ハンスがスープを口に運びながらバウアー大尉に問いかけた。僕らは戦闘が終了したので第七装甲師団の本部を設置している街の中心部まで戻り野戦炊飯車の横で久しぶりの温かい食事にありついているところだった。
「そうだな。だが損害もひどい。まともに動ける戦車は定数の半分だ。こんなところにもし敵の新型戦車が大量に攻め込んできてみろ。下手をすると全滅だぞ。」
バウアー大尉がそう返す。そこに僕もバウアー大尉へ質問をぶつけた。
「援軍は来るのですか?」
「シラー少将が要請している。敵の反撃がない今のうちに戦力を増強しておかないとマイハ撤退なんてことにもなりかねない。」
そこへハンスが口を出した。
「敵もかなりの損害を出していますものね。我々が破壊した戦車だけでもかなりの数ですよ。今はおそらく戦力を整えているのでしょうね。」
そのハンスの言葉を皆スープを飲みながら聞いていた。その後は暫く誰も口を開こうとはしなかった。
「バウアー大尉、ここにいたか!」
僕ら五人が無言でスープを腹の中に流しこんでいるところへ不意にドーレ大尉が現れた。ドーレ大尉は地図を近くにあったテーブルの上に広げバウアー大尉を近くまで来るように手招きした。僕らはスープの入った容器を片手に持ったまま敬礼もせずにドーレ大尉の側まで行って地図を覗きこみ話を聞いた。
「敵の戦車が三台から四台ほどマイハの街の西8kmのポイントC7に現れた。たまたまそこを通りかかった補給部隊のトラックが攻撃を受けて損害が出ている。このままでは補給路が遮断されてしまうのだ。すぐ出撃してこいつらを追い払ってくれ!」
ドーレ大尉は早口で言った。
「たった四台で我々の後方に現れるとはおかしいですね。マイハにいる我々を包囲しようとしているのならばもっと多くの敵戦力がいてもおかしくない。調べる必要がありそうですね。」
バウアー大尉がドーレ大尉を鋭い眼光で見つめながら言った。
「補給部隊の報告だと歩兵は随伴していなかったらしい。何処からか迷い込んだただの間抜けかもしれん。現状では敵の大部隊が移動しているといった情報はないからな。」
ドーレ大尉は答えた。
「その戦車は例の新型ですか?」
ハンスが二人の間に入って質問をした。だがドーレ大尉は頭を左右に振りながら答えた。
「それは分からない。補給部隊の連中ではそこまでは分からなかったようだ。」
「もし新型なら37mm砲装備の三型戦車F型は無力です。50mm砲搭載のG型であれば接近戦に持ち込めばまだ何とかなりますが…。」
バウアー大尉がそう言うとドーレ大尉は申し訳なさそうに声を小さくして言った。
「現有戦力ではG型は数が少ない。それ以前に戦車自体も不足しているのだ。すまないが今振り分けられる戦力はF型二台とG型二台のみだ。」
その言葉を聞いてバウアー大尉は腕を組んで俯き黙っていたが暫くしてようやく口を開いた。
「致し方ありませんね。現状の戦車不足ではね…。分かりました。ベストを尽くしますよ。」
バウアー大尉は笑顔を作りドーレ大尉に敬礼すると僕らの方に向き直って言った。
「おい!野郎ども!さっさと戦車に乗り込め!出撃だ!」
それから二時間後、バウアー中隊は早速ポイントC7付近まで進んでいた。ポイントC7とは位置としてはイカサとマイハのほぼ中間地点であり広い平野であった。マイハにいる我々第七装甲師団への補給部隊の通り道となっておりイカサからの補給物資をマイハに届ける際にポイントC7に敵が居座っていると第七装甲師団は補給が受けられなくなるのだ。我々は全力でこの敵を排除する必要があった。
「雪が降ってきましたね。」
戦車に揺られながら道中を進んでいるとハンスが口を開いた。最近は暖かい日が続いていたがまだ本格的な春になるまでには時間がかかるようだった。今日は真冬に戻ったような厳しい寒さが襲ってきていた。
「この辺りはだだっ広い平野が続くな。敵の新型が出てきて遠距離での撃ち合いにでもなれば我々の勝算は低くなる。視界は悪い方が良いな。」
バウアー大尉はそう呟いてハッチを開けて戦車の上部から頭を出し双眼鏡を覗き込んだ。すると大尉は急に大声で叫びだした。
「前方に敵戦車!距離約1500!くそっ!新型が二台いる!ベッティー型二台と新型二台だ!合計四台!」
その声が響くと同時に車内に緊張が走る。僕は慌てて照準器を覗きこんだ。大尉の言う通り前方に四台の敵戦車が見える。しかもその敵戦車は砲塔をこちらに向けようとしている。既に我々の存在に気が付いているのだ。遠距離での射撃戦は避けられそうも無かった。
「リール!司令部へ敵と遭遇したことを伝えろ!ハンス!全速前進!この距離では一方的にやられるだけだ!側面へ回りこめ!」
ハンスがギアを上げた。三型戦車のエンジンもそれに応えて唸りを上げる。我々四台の戦車は二台ずつ左右に分かれてそれぞれが敵戦車の側面に回りこもうとして動き出した。すると敵は砲撃を始めた。敵の砲弾が我々の戦車の近くに着弾し雪混じりの土埃を巻き上げる。直撃すればおそらくこの距離でも敵新型戦車の主砲は我々三型戦車の装甲を貫くのであろう。だが接近戦に持ち込まなければ勝ち目はない。我々は構わず前進を続けた。
「敵の砲手は下手くそだな。大丈夫だ。当たらない。」
バウアー大尉がまるで自分に言い聞かせるように一人言を言った。いつ敵弾が命中して命を落としてもおかしくない状況なのだ。大尉も死の恐怖から逃れる為に思わずそんなことを呟いたのだろう。僕も恐怖に駆られて呼吸が早くなり口の中が渇いて全身冷汗に包まれていた。おそらく他の搭乗員もそうに違いない。だが僕らはその恐怖に打ち勝って前進を続けなければならないのだ。
「よし、全車ベッティー型を狙い撃ちしろ!だが前進は止めるなよ!ピエール、徹甲弾装填だ。フランツ、頼むぞ。」
全速で走行しながらの射撃だ。振動も激しくなかなか当たらないことは大尉も分かっている。だがほんの僅かでも可能性があるのであれば一台でも敵の数を減らしたいというのが大尉の考えなのだろう。僕は砲撃を開始した。
「距離1000!あと500m近づければ何とかなる!」
大尉のその声を聞きながら僕は射撃を行ったがやはりこちらの放つ砲弾は目標を捉えられなかった。敵戦車の周囲に雪の混じった土埃を巻き上げるだけだった。
「おしいぞ、フランツ。もうちょい仰角上げて右だ。お前なら出来る。」
大尉が僕を落ち着かすように優しく言った。僕はその一言で何故か落ち着いた気がした。そして照準を再度し直し一度深呼吸をしてから引金を引いた。
「命中だ!凄え!」
リールが思わず叫んだ。敵のベッティー型戦車が一台煙を吐いて搭乗員が慌てて戦車から逃げ出そうとしている。僕自身もその光景を見て驚いた。
「お前は射撃の天才だな。フランツ。」
大尉が笑って僕にそう言った次の瞬間だった。僕らの左前方を走っていた三型戦車が大爆発を起こした。どうやら敵の砲弾が直撃したようだった。すこし緩みかけた僕らの戦車の中の雰囲気はまた張り詰めたものになった。いつ死んでもおかしくない状況にいるということを再認識させられながらも僕らは前進を続けた。
「こちら四号車、三号車がやられた。」
無線が鳴り嫌な知らせが聞こえてくる。もうこちらは二台しか残っていない。まずいと思っていると僕らの乗る戦車が大きく揺れた。どうやら敵弾がかなり近くに着弾したらしい。敵の砲撃も僕らの戦車を捉えかけているのだ。僕の全身は汗でびっしょりになっていた。その時バウアー大尉が叫んだ。
「距離500だ!ようやく近づいたぞ!フランツ!どんどん打ちまくれ!」
バウアー大尉の一声で戦車内の雰囲気が急に明るくなった気がした。ようやくこちらの有効射程距離内まで近づいたのだ。数と性能の上で不利な状況であることを忘れさせて聞く者を奮い立たせる何か不思議な力が大尉の言葉にはあると僕は思った。
「敵は素人だ。こちらに側面を向けていやがる。射撃技術もひどい。フランツ!あの新型に一発喰らわせてやれ!」
必ず命中させられると何故かその時思った。おそらくバウアー大尉の言葉の力がそう思わせてくれたのだろう。実際に僕が引金を引くと敵戦車のキャタピラが砕け散った。
「命中だ!もう一発叩き込め!」
次の一発は外れたがその次の一発は敵戦車の側面装甲を貫いたようだった。敵戦車は大爆発を起こした。
「ざまあみやがれ!」
リールが歓喜の声を出した。だが敵はあと二台いる。まだ油断は出来ない。すると燃え盛る敵新型戦車の近くで別のベッティー型戦車が爆発して砲塔が吹っ飛ぶのが見えた。
「こちら四号車、ベッティーは片付けた。」
無線を聞いて車内は「おお!」という歓声に包まれた。敵はあと一台だ。
「いたぞ!前方二時の方向だ!こちらにはノーマークでケツを丸出しにして四号車を狙っている新型がいる!フランツ!急げ!四号車がやられちまう!」
ハンスが戦車を停止させた。距離は約400m。停止してくれればこの距離なら外す訳ない。僕は敵の戦車のエンジン部分をじっくり狙って自信満々に引金を引いた。
「命中だ!やったぞ!」
車体の後部から黒煙を吐く敵戦車を見ながらバウアー大尉が叫んだ。すると無線が鳴る。四号車からだった。
「こちら四号車、助かった!ありがとう!」
「よし、リール!司令部に報告!敵戦車隊を撃破、補給路を確保したと伝えろ!」
「了解!」
ようやく戦闘が終わり僕はハッチを開けて戦車の外に顔を出した。戦車の中は熱気でムンムンとしていて無意識のうちに外の空気が吸いたくなったのだ。燃え盛る敵の新型戦車を見ながら今日生き延びれたことにほっとして安心しながらも僕はふと思った。もしこの敵の戦車搭乗員がもっと射撃技術の磨かれた人間だったらどうなっていただろう?燃え盛っていたのは我々の戦車の方ではなかったか?そう思うと僕の心の中では今日を生き延びれたことに対する喜びの気持ちは消えていき明日は生き延びれるのか?という不安が逆にどんどん大きくなってくるのだった。




