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激戦

「視界が悪いな。霧が出てきやがった。」

僕が座っている砲手席の右後ろのちょっと高い位置にある戦車長席で双眼鏡を覗き込みながら周囲を警戒していたバウアー大尉が呟いた。僕は振り返ってバウアー大尉に聞いた。

「何も見えませんか?」

「ああ、何もな。」

斥候からの報告で敵の戦車部隊が南東の方角よりイカサの町を目指していることが分かった。我々第七装甲師団はこれを迎え撃つべく待ち伏せ作戦を取ったのだが南東からイカサの町に続く道は数多く我々は敵の予測進行ルートを一つに絞り込むことが出来なかった。その為我々は戦車中隊の戦車十六台を四台ずつ四つのポイントに振り分けて配置し敵の侵攻を待っていたのだ。四つのポイントに振り分けられた部隊はそれぞれ第一、第二、第三、第四小隊と命名され第一小隊を指揮するバウアー大尉が中隊の指揮官も兼ねていた。中隊の戦車十六台にはそれぞれ一から十六までの通し番号がつけられ第一小隊は一号車、二号車、三号車、四号車の四台で構成され僕はバウアー大尉と共に一号車に乗り込んでいた。

「報告があってからもう三時間経つな。リール、他の小隊からも敵と接触したという連絡は無いな?」

「はい、ありません。」

リールは無線機のヘッドホンをずっと耳に当てていたが友軍からの連絡は無かったようでバウアー大尉の問いかけにそう答えた。

「そろそろ来てもいい頃なんだが…」

バウアー大尉がそう言うとハンスが叫んだ。

「中隊長、音がします。何かが近づいてきます。」

「なにっ!全員静かにしろ!」

全員が黙って物音一つ立てないようにした。すると確かに戦車らしきもののエンジン音とキャタピラの鉄の軋む音がかすかに響いてくる。バウアー大尉は双眼鏡を再び手に取って南東の方角を睨みながら言った。

「まだ姿は見えないな。だがおそらく敵だろう。間違いなくこちらに向かっているようだ。全車戦闘準備!フランツ、いつでも撃てるようにしておけ!」

その音は次第に大きくなってくる。我々が待ち伏せている場所は見晴らしが良い場所のはずなのだが霧が邪魔して敵の姿は一向に見えない。かなり近距離で戦闘が始まる可能性が高いのだ。僕は汗びっしょりになっていた。

「来たぞ!正面に敵戦車だ!距離250!全車射撃開始!」

霧の中から敵戦車が現れた。僕はバウアー大尉の掛け声が終わるか終わらないかのうちに狙いを定めて引金を引いた。だが砲弾は外れ敵の戦車の横に白い雪が混じったグレーの土埃を巻き上げただけだった。

「馬鹿者!最初の一発目を外すと反撃を喰らうぞ!もう一発!」

「くそっ!」

僕は再度狙いを定めた。仰角を微調整して引金を引く。

「よし、命中だ!次はその後ろの奴を狙え!」

敵の戦車は爆発し真っ黒い煙をその車体からもくもくと吐き出し始めた。するとハッチが開き敵戦車の搭乗員が慌てて飛び出て行くのが見える。僕はなりふり構わず逃げ出そうとしている敵の戦車兵の後方を走ってくる別の戦車に狙いを定め引金を引いた。

「命中だ!だが砲塔はまだ動いている!もう一発ぶち込め!」

バウアー大尉の声に続いてピエールが大急ぎで徹甲弾を装填する。僕の放った砲弾は敵戦車の左側のキャタピラを吹き飛ばしただけだったのだ。僕は敵戦車の砲塔基部に照準を合わせてまた引金を引いた。今度は直撃したらしく敵戦車は大爆発を起こした。

「よし、いいぞ。だが今日のお客さんはちょっと多そうだな。リール!司令部に連絡!バウアー中隊第一小隊は敵とポイントC1で接触し戦闘中、敵戦車多数の為至急増援を送られたし、とな!」

「了解!」

リールの返事と同時ぐらいに敵の戦車の反撃が始まった。僕の乗る一号車の付近に敵の砲弾が着弾して周囲の地面が掘り起こされるように爆発が起こる。土埃と爆煙に僕らは包まれた。

「うわあ〜!」

物凄い振動で思わずリールが大声を出した。だが直撃弾はない。僕らはまだ五人とも生きている。すると揺れる一号車の中でバウアー大尉が叫んだ。

「うろたえるな!こちらは車体を土嚢で作った陣地に入れて砲塔だけを出して戦っているのだ。そんなに簡単には当たる訳が無い!フランツ、一台ずつ落ち着いて仕留めて行け!」

「了解!」

「次は右に廻り込もうとしている奴を狙え。二時の方向だ。二台いるぞ。」

主砲を旋回させて二時の方向を見ると敵の戦車がこちらに側面を見せて走っている。みすみす廻り込ませるものか!僕は引金を引いた。すると敵戦車は後部のエンジンの辺りから火を噴いて止まった。直撃だ。

「よし!調子出てきたな、フランツ!」

バウアー大尉の威勢の良い声が響く。その直後もう一台の敵戦車も爆発を起こした。二号車が撃破したようだった。敵の戦車は次々に撃破されていく。それもそのはずで我々は前もって陣地を作り遮蔽物に車体を隠して地形を最大限に利用しながら戦っている。それに比べて敵戦車は丸見えだ。我々は地理的には非常に有利だった。だが数は敵の方が遥かに多い。敵も必死に撃ち返してきた。すると無線から悲痛な声が響く。

「こちら三号車!敵弾が砲塔を直撃!戦闘不能!戦車長、砲手、装填手が死んじまった!」

「こちら一号車、三号車は速やかに後退せよ。」

バウアー大尉が返答する。三号車は砲塔が損傷しただけで動くことは出来るようだった。これで第一小隊の戦闘可能な戦車は三台になった。そこへ敵の砲撃はますます激しくなってきた。

「フランツ!正面にこっちを狙ってる奴がいるぞ!片付けろ!」

バウアー大尉がまた指示を出した。僕は慌てて砲塔を正面に向けるが敵の戦車隊はどんどん距離を詰めてきている。このままではまずい。距離が近くなれば当然敵弾が当たる確率も上がるからだ。僕は少し焦りだしていた。

「撃つ前に深呼吸だ。フランツ。」

不意にバウアー大尉が口を開いた。どうやら僕の焦りを感じて僕が落ち着くように言ってくれたらしい。だがその一言で僕も何故か急に冷静になれるから不思議だった。僕はゆっくり引金を引いた。僕の放った砲弾は敵戦車に吸い込まれるように命中した。

「命中!次はその右横だ。一時の方向!」

僕が砲塔を向けるとその戦車は僕が発砲する前に爆発を起こした。二号車が放った砲弾が命中したようだった。敵戦車はかなりの数が撃破されている。だがそれでも敵は攻撃の手を緩めず我々の陣地を突破しようとしてきていた。僕が別の戦車に照準を合わせているとまた無線がうるさく鳴った。

「あぁ〜!」

悲鳴が聞こえたがそれは一瞬で途切れた。バウアー大尉が舌打ちする。

「ちっ!四号車がやられたようだ。フランツ!十一時の方向敵戦車だ!撃て!」

僕は静かに引金を握る。砲弾は正確にターゲットを捉えていた。敵戦車が爆発を起こす。それを見ながらバウアー大尉がまた大声で指示を出した。

「フランツ!敵が左側に廻りこんできているぞ!砲塔をもっと左だ!二号車は前方から撃ってくる敵を片っ端から片付けろ!リール!友軍からの連絡は!?」

僕が砲塔を左に旋回させているとリールが答える。

「今のところ何もありません!」

僕は敵戦車を照準器に捉えると引金を引いた。敵戦車は側面の装甲を貫かれ爆発を起こした。僕が「よしっ!」と思わず口に出して次の目標を探そうとした時だった。ハンスが大声で叫ぶ。

「前方正面に敵戦車!」

「まずい!近いぞ!二号車はどうしたんだ!?フランツ!砲塔を戻せ!」

僕は大急ぎで砲塔を右へ旋回させる。砲塔が正面を向いた時には敵戦車はもう目の前でこちらにピタリと砲身を向けていた。

「やばい!やられるぞ!」

「いや、先にこっちが砲弾を叩き込んでやります!」

バウアー大尉の声を打ち消すように僕は叫んでいた。敵の砲手と僕のどちらが先に正確に狙いを定めて引金を引くのか、運命の分かれ道だ。僕の心臓は激しく鼓動し呼吸も乱れて全身汗まみれだったが両手だけは素早く機械のように正確に動いていた。まるで自分の腕ではないかのように。そして僕の右手人差し指は引金を引いた。

「やったぜ!」

ハンスが興奮して叫ぶ。その敵戦車は僕らの目の前で砲塔が空高く吹っ飛び派手な爆発を起こしていた。だがもしほんの一瞬引金を引くのが遅かったら僕らがああなっていたのだ。僕は肩で息をしながら額の汗を拭った。

「フランツ!十時の方向に敵戦車が二台だ!まずいぞ!敵の数が多すぎる!」

バウアー大尉の命令を聞いて砲塔を旋回させながら僕も同じことを思った。戦力差がありすぎるのだ。敵は相当な損害を出しているのに怯まず攻撃を続けてくる。このままではやられてしまう。僕がそう思ったその時だった。十時の方向から近づいてくる敵戦車の一台が急に爆発を起こしたのだ。そして間髪を容れず二台目も同じように爆発を起こした。

「なんだ?」

バウアー大尉がそう言って周囲を見回すと無線が鳴った。

「第一小隊、お待たせしました。こちら第二、第三小隊です。援護します。」

ようやく友軍の戦車隊が到着したのだ。今まで防戦一方だった我が軍が初めてこの日反撃を開始したことで敵が混乱しているのが手に取るように分かる。そしてさらに第四小隊が敵の後方に廻りこんで背後から奇襲をかけたのだ。敵は総崩れとなり無数の戦車の残骸を残して撤退していった。

「ようやく終わった…。」

僕は深く呼吸をして砲手席の背もたれに寄り掛かった。そしてその時初めて自分がクタクタに疲れていることに気が付いた。戦闘の間緊張の連続だったからであろう。車内を見渡すと皆も汗だくで疲れ切ってはいたがその表情の中には安堵も見て取れた。生き残れたという実感がようやく湧いてきたからだろう。リールなどは敵が周囲からいなくなったと分かった瞬間にその安堵の為か激しく泣き出した。だがそれは無理もなかった。つい先ほどまで生きるか死ぬかの状態だったのだから。

「第一小隊で生き残ったのは俺達だけかもしれないな。」

バウアー大尉はそう呟いて周囲に敵がいないことを確認すると戦車から降りていった。味方の被害状況を確認する為であろう。大尉の確認作業を手伝うつもりで僕も大尉に続いて戦車から降りた。

「ひどいものだな。」

バウアー大尉は周囲を見渡してそう言った。そしてその凄惨な光景は僕の目にも飛び込んできた。二号車と四号車は燃えて黒煙を噴き上げている。そして我々が陣地を敷いた後方にも三号車が擱座していた。おそらく後退中に撃たれてしまったのだろう。そして戦車の周りや塹壕の中には多数の兵士が倒れていた。その中には知っている顔もいた。だがそれとは逆に以前は人間だったのか分からないほど原形をとどめていない遺体も数多くあった。僕はその場に茫然と立ち尽くしていた。そしていつの間にか僕の目にも涙が溜まっていた。

「少尉殿!大丈夫ですか?少尉殿!」

気が付くと衛生兵が僕に話かけていた。いつの間にか周囲は友軍のトラックや戦車で一杯になっている。どうやら敵の戦力が多いと見て司令部から応援が多数派遣されてきたようだった。僕はその衛生兵の顔を見てなんとか言葉を喉から絞り出した。

「俺は大丈夫だ。気にしないでくれ。」

そう言うとその衛生兵は塹壕の方に走っていった。おそらく生存者を探すのだろう。僕は暫くその様子を眺めていた。

「こら!フランツ!ぼけっとするな!こっちへ来い!一人生きてるぞ!助けるのを手伝ってくれ。」

バウアー大尉に呼ばれてそちらの方を見ると大尉が黒煙を噴く戦車の横で倒れている兵士を介抱しようとしている。僕は大尉のもとに駆け寄り二人でその倒れている兵士を戦車から遠ざけた。そして先ほどの衛生兵に向かってバウアー大尉が叫んだ。

「おい!こっちだ!一人息がある!」

衛生兵はすぐに駆けつけてくれて応急処置を施した。そのおかげでどうやらその兵士は助かりそうだった。

「バウアー大尉、僕は本当に疲れました。」

衛生兵とその兵士の様子を見ながら僕は思わず本音を言った。普段なら弱音を吐くと激怒する大尉だがこの日は違った。大尉は優しい口調でこう言った。

「そうだな、少し休め。ご苦労だった。俺は増援部隊の指揮官に会ってくる。」

大尉はそう言うと僕の肩をポンと叩いて走り去ってしまった。

一人残された僕はその場に座り込んで黒煙を噴く三型戦車をずっと眺めていた。

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