リコ少尉
敵の主力部隊が降伏してイカサの町はようやく我が第七装甲師団によって占領された。友軍の主力部隊と戦う敵軍の後方の拠点となる町を制圧したのだ。敵の補給路を断つ我が軍の作戦は功を奏し友軍の主力部隊は有利に戦いを進めているという情報が第七装甲師団にも伝わってきた。それを聞いた僕らは小躍りして喜んだがシラー少将はその一報に浮かれることなく次の命令を出した。「敵は必ずこの町を奪還しに来る」と睨んでいた少将は斥候を広範囲に放ち町に進入しようとする敵部隊の早期察知を目的とした偵察網を敷いたのである。消耗した今の戦力でこの町を守りきるには先に敵の動向を摑んで先手を取るしかないと少将は考えているらしかった。
斥候が出発してから二時間後、早速この偵察網に引っかかった敵部隊の報告が入る。敵のトラックが六台イカサの町を目指して東方より走行しているという。我々はすぐにこの部隊を迎え撃ったがこのトラックは兵士ではなく食料や弾薬、燃料を満載した補給部隊であった。彼らは我が軍がイカサの町を既に占領しているとは夢にも思っておらず呑気にドライブしていたらしい。我々は彼らを捕らえてその補給物資を奪い取った。そのお陰で我々は久し振りに温かい食事にありつくことが出来た。123号車のメンバー五人はシチューを皿に大盛りにしてもらいその皿を片手にとある無人の民家に入りこんでそこで空腹を満たした。
「このシチュー美味いです。」
ピエールがそう言いながらシチューを口の中に掻き込んでいる。
「糞ったれのル・カメリカの豚肉も結構いけるな。」
僕がそう返すとハンスが冷静に言った。
「腹が減ってるから何でも美味く感じるんですよ。」
その時不意に僕らの背後にいたリールが叫んだ。
「痛っ!」
僕らは何事かと思い後ろを振り返った。するとリールが口の中から何かを取り出している。
「どうした?」
僕が問いかけるとリールが舌打ちしながら僕に言った。
「これが肉の中に入っていたんですよ。思いっきり噛んじまった。」
リールが顔をしかめながら見せてくれたのは小さな金属片だった。
「こんなものを飲み込んでしまったら出る時ケツが裂けてしまいますね。」
ハンスの一言に皆笑った。だがその時急に僕らのいる民家のドアが開いた。僕は敵兵かと思い腰の拳銃に手を伸ばしたがよく見ると友軍の兵士だった。そしてその兵士は口を開いた。
「戦車隊出撃です。」
「もう来やがったか。やれやれ。」
僕らはそう言うと残ったシチューに異物が混入していないかを慎重に確認しながら最後の一滴まで飲み干し立ち上がった。そして急いで民家を出て戦車に駆け寄った。
数分後僕らは既にイカサの町を後にして東の方角に向かっていた。斥候からの情報によると敵の戦車隊が近づいているらしい。我々は敵部隊の進行ルートを想定して回り込み敵の側面から攻撃を仕掛けることにした。
「敵の数はどれくらいでしょうね?」
ピエールが不安そうに僕に聞いてきた。
「さあな、少なければいいな。」
僕は照準器を覗きながら言った。
「さっきのシチューが最後の食事になりませんように。」
リールがそう言うとピエールが怒って言った。
「つまらねえことを言うな!」
「大丈夫ですよ。無事に帰って今度は金属片なしのシチューを食べましょう。」
「確かにそうだな。そうしよう。」
怒ったピエールをハンスがなだめてそれに僕が続いた。そうしてピエールの怒りが治まった時無線が鳴った。
「前方に敵戦車!全車戦闘態勢を取れ!急げ!」
「何っ!何処だ!?」
その無線を聞いてリコが慌てて周囲を見渡す。するとハンスが冷静に答えた。
「前方十一時の方向。距離約500m!」
我々の前方から右側にかけて小高い丘がそびえていた。敵の戦車隊はその丘を挟んで我々と反対側を東から進んで来たようだった。切り立った丘の麓から敵の戦車が我々の前方を横切るように側面をさらして右から左へ縦列になって走って行く。敵はまだ気が付いていないようだった。チャンスだ!と僕が思った瞬間戦車隊の指揮官より全車両へ無線が入った。
「全車敵に気が付かれるまで発砲するな!敵が気が付かない間に距離を詰めて一気に叩き潰せ!」
我々の戦車隊は速度を上げてみるみる敵に近づいて行った。ピエールは既に徹甲弾を装填しており僕も照準器を覗いていつでも撃てる準備が出来ていた。すると僕の照準器に映っている敵戦車の戦車長らしき人間が上部ハッチを開けてこちらを双眼鏡で覗いていることに気が付いた。するとその男は双眼鏡を外し鬼の様な形相で何かを指示している。おそらく側面に展開する我々戦車隊にようやく気が付いたのだ。僕は無線を取った。
「こちら123号車!敵が気が付いた様子です!」
「全車射撃開始!」
戦車隊指揮官より命令が下る。僕は戦車を停止させてさっき照準器で捉えていた敵戦車に狙いを定めた。距離はもう200m程しかない。しかも敵は装甲が薄く面積の広い側面をこちらに曝してくれている。狙ってくれと言っているようなもので外しようがないくらいだ。おまけに敵の戦車はこの前交戦した戦車と同型なのでたいして装甲が厚くないことも分かっている。勝てる!そう思いながら敵の戦車の砲塔がようやくこちらを向きかけた時に僕は引金を引いた。
「命中!」
敵の戦車は火を吹いた。僕の放った砲弾は敵戦車の後部のエンジンを直撃したようだ。ハンスが叫ぶ。
「やりましたよ!フランツ少尉!」
「よし、次はその右隣の奴を狙う。ピエール、装填出来ているな?」
僕はそう言いながら主砲を右へ旋回させて新たな敵戦車に狙いをつけた。この戦車も慌ててこちらに砲塔を向けようとしている。だがもう遅い。僕は引金を引いた。
「また命中だ!凄いですよ!砲塔が吹っ飛んだ!」
敵戦車は直撃を受け搭載している弾薬が誘爆したようで大爆発を起こした。日が傾き少し暗くなりかけていた周囲が急に明るくなった。
「一台突っ込んでくるぞ!左十時の方向!」
不意にリコが叫んだ。僕は慌てて主砲を右へ旋回させる。照準器を覗くと近づいてくるその戦車はやや小型の戦車で僕らの乗る戦車ではなく別の友軍の戦車を狙って発砲していた。僕は慎重に狙いを定め引金を引いた。
「よっしゃー!今日の三台目、一丁上がりです!」
命中弾を受けた敵の戦車は火を吹いたが突然上部ハッチが開き中の乗員が一人逃げ出そうとして慌てて飛び出てきた。そこへリールが容赦無く機関銃を放つ。その男は地面に倒れて動かなくなった。可哀想だが仕方がない。殺らなければ殺られるのだから。
「123号車か?上手い射撃だぞ。名手フランツだな。」
戦車隊の指揮官から急に無線が入り僕は名指しで誉められた。だが僕は戦闘中の無線で個人名を出すのは禁止されていることを思い出した。戦車隊指揮官自らがそのことを忘れて僕の名前を無線で言ってしまったことに僕は一人苦笑いをするしかなかった。
その後123号車はさらにもう一両の敵戦車を撃破した。気が付くと丘の周囲は撃破された敵の戦車の残骸だらけになっており敵は撤退を開始したらしく砲声は徐々に小さくなっていった。僕らの周囲には敵影は無く戦闘はほぼ終了したと123号車の乗員全員が認識していた。
「今回の戦闘も我々の大勝利じゃないですか?」
ハンスが安堵の表情で口を開いた。
「そうだな、初陣の時以上の戦果が上がっているかもな。」
僕がそう答えるとリールが覗き窓から外の様子を窺いながら言った。
「何台ぐらいの敵戦車が破壊されてるんでしょうね?」
「よし、俺が数えてやるよ。」
そう答えたのはリコだった。リコは戦車の上部ハッチを開けて上半身を出し敵の戦車の残骸の数を数えだした。
「リコ戦車長殿、大丈夫ですか?まだ敵がいるかもしれませんよ。」
リールがそう言うとリコが足を滑らせたのか急に態勢を崩して僕にもたれかかってきた。僕はリコに言った。
「リコ少尉、足元に気を付けて下さい。」
だがリコはそのまま動こうともせず僕にもたれたままだった。何かおかしいと思って振り返ると僕は思わず息を呑んだ。リコは僕の背中に身体を預けながら血まみれになっていたのだ。
「リコ少尉!」
横にいたピエールもリコの異変に気付いて大声でリコを呼んだがリコの反応は無かった。僕は一瞬パニックに陥り何をしていいのか分からなかった。目を瞑り心の中で必死に自分に「落ち着け、落ち着け。」と何度も言い聞かせた。そして目を開けると全員が振り返って血まみれのリコを見つめている。皆の顔にも恐怖が浮かんでいた。皆も何をしていいのか分からないようだった。123号車の中は静まりかえっていた。こんな時こそしっかりせねば、と思い僕は震える手で無線のマイクを手に取り声を振り絞って出した。
「こちら123号車、戦車長が負傷、後退する。衛生兵、負傷者搬送の準備を頼む。」
「了解、戦闘はほぼ終了している。後退は問題ない。123号車は約1km後方に待機している衛生兵班のところまで後退せよ。そこで負傷者を降ろせ。」
戦車隊の指揮官から返答があった。僕はそれを聞いてハンスに言った。
「ハンス、後進だ。」
「了解。」
ハンスの声も少し震えているように聞こえた。こうして123号車は戦線を離脱した。僕が無線で交信している間ピエールはリコに声を何度か掛けたがリコは一切反応しなかった。暫くしてピエールは言った。
「リコ少尉は胸の辺りを撃たれたようです。おそらく狙撃兵が隠れていたのでしょう。もう息をしていません。」
それ以後ノロノロと後進する123号車の中で声を発する者はいなかった。




