作戦終了
我が第七装甲師団はイカサの町を少しずつ侵食していったが損害も大きくなっていた。最初の我が軍の空爆から生き残った敵の対戦車砲や戦車が町の中で我々の戦車隊に対して待ち伏せ攻撃を仕掛けてきている為だった。市街戦で歩兵の支援に気を取られている間に隠れ潜んでいる対戦車砲に狙い撃ちされるケースが増え破壊される戦車の数は日に日に増えていった。敵の対戦車砲は三型戦車の装甲などいとも簡単に貫いてしまうのだ。だが我々は攻撃の手を緩めなかった。我々は敵の対戦車砲が潜んでいそうな路地裏や民家に細心の注意を払って行動し歩兵と連帯してイカサの町の区画を苦労しながらも一箇所ずつ占領していった。すると敵の抵抗は目に見えて減ってきた。作戦開始から三日経ち敵もかなり消耗しているようだった。そして四日目の朝、第七装甲師団は町中のあらゆるところで敵と最後の激戦を続けていた。そして僕らの123号車はその日イカサの町の南西部で122号車と二台で歩兵隊と共に戦闘に参加していた。
「右二時の方向の家の二階に敵兵がいるぞ!榴弾装填!」
リコが叫ぶ。この頃からようやくリコも戦車長らしくなってきて皆にきちんと命令が出来るようになりつつあった。そして僕が照準器越しにその家の二階を見ると敵の兵士が機関銃を路上の我が軍の歩兵隊に向けて撃ちまくっていた。夢中になり過ぎているのかこちらの戦車にはまったく気が付いていないようだった。
「装填完了!」
「よし、撃て!」
ピエールの声に続いてリコが射撃命令を出す。僕は慎重に狙いを定めて引金を引いた。
「命中だ!」
民家の二階は吹き飛んだ。瓦礫がパラパラと路上に降り注ぐ。敵は沈黙した。それを受けて我が軍の歩兵隊がその家に突入していく。この三日間は戦車の援護を受けて歩兵が足を進めるというこのパターンの繰り返しだった。今のところ僕の乗る123号車は市街戦になってからは敵の対戦車砲にも戦車にも遭遇していない。なのでこれまでは我が軍の歩兵隊の脅威となる機関銃や狙撃兵が主な目標になっていた。対戦車ライフルで散々撃たれたが戦車に致命傷を受けることはなく乗組員も怪我すらしていなかった。友軍の歩兵と必ず行動を共にし敵兵を見つけたら距離をなるべく保ったまま榴弾を撃ち込むというやり方を徹底していたので敵兵が肉薄してくることもなかった。123号車に乗る誰もがこのまま無事にイカサの町での戦闘が終了することを願っていた。
「敵も早く降伏すればいいのに。腹が減ったなぁ。」
呑気な台詞を吐いたのは通信手で名前はリールという男だった。ハンスやピエールの話だとこのリールという男はリコの腰巾着でなんせ長い物には巻かれるタイプの男だということだった。最初は全く会話をしなかったが行動を共にするうちに僕とは少しずつ言葉を交わすようになっていた。だがハンスとピエールは彼のことをあまり好きではないようでこの二人がリールと会話しているのを僕は見たことが無かった。
「リール、まだ敵は沢山いる。気を抜くなよ。」
「分かってますよ、フランツ少尉。」
僕から窘められてもリールの表情にはまだ気合が入っていないようだった。もしバウアー大尉がいればこの男は半殺しにされるなと僕は心の中で思った。その時不意に無線が鳴った。
「123号車へ、こちら122号車。歩兵より支援の要請が入った。俺のケツについて来い。」
我々がいる場所から100mほど前進すると十字路になっておりそこを左折すると大きな三階建の家があってそこに敵兵が潜んでいるという。注意深く周囲を警戒しながら我々は前進を開始した。
「ようし、十字路に着いたぞ。左旋回する。」
122号車が左に向きを変え目的とする家に正対し前進を始めた。123号車もそれに倣い向きを変えた。その次の瞬間だった。122号車が突然爆発をおこした。122号車の砲塔は爆発のショックで数m吹っ飛び路上に落下した。僕は一瞬心臓が口から飛び出るほど驚いたがすぐに照準器を覗き込み叫んだ。
「敵だ!何処にいる!?」
「います!正面ちょい右!対戦車砲です!」
ハンスが答えた。僕は慌てて戦車砲を右へ旋回させる。
「早くしろ!殺られちまう!」
この三日間の戦闘で戦車隊は損害を受けその数を減らしていたので通常は戦車が三台一組で行動するところを今日は二台で行動していた。そしてその二台のうち一台は既に吹っ飛ばされてしまった。もう残った戦車は我々の123号車だけだ。敵の対戦車砲は次に必ずこちらを狙ってくる。僕には後ろでワアワア喚いているリコを鬱陶しいと思う余裕は無かった。早く撃たねば僕らも122号車のように丸焼けになってしまう。
「ピエール!榴弾だ!」
「もう装填完了してます!」
僕は主砲旋回のハンドルを回しながらピエールに叫んだがピエールは僕の声を打ち消すように更に大きい声で怒鳴った。こうしている間にも敵の対戦車砲はいつ撃ってくるか分からない。僕は焦りまくっていた。そしてその焦りは伝染し皆を不安がらせてイライラさせたり怯えさせたりするのだ。僕は心の中で自分に「落ち着け!」とずっと言い聞かせていた。
「早く撃たんか!フランツ!」
裏返った声で泣くように叫ぶリコの声を聞きながら僕の心臓の鼓動はかなり早まっていた。そしてようやく照準器の中に捉えた敵の対戦車砲は砲身の向きを燃え盛る122号車から僕らの123号車へ変えている最中だった。ハンスがたまたま素早く敵の位置を見つけてくれたのでこちらの方がほんの少しだけ照準するのが早かったのだ。敵は122号車の爆発のせいでその斜め後方にいた我々に気付くのが遅れたのだろう。だがこの一発を外せば逆に僕らは敵の一撃を喰らうことになる。僕はまたしても冷や汗まみれだった。
「大丈夫、当てられる。」
僕はそう心の中で言いながら荒くなった呼吸を鎮めて慎重に狙いを定め引金を引いた。
「やったぞ!」
僕の後ろでリコが大声で叫ぶ。照準器の中の敵の対戦車砲は僕の放った榴弾で吹っ飛んだのだ。その瞬間123号車の乗員全員に安堵の表情が浮かんだ。
「いや〜もう駄目かと思いましたよ。さすがですね!フランツ少尉。」
ハンスが額の汗を拭きながら僕の方を向いて笑顔を浮かべてそう言った。僕はニヤリと笑って握り拳に親指を立ててそれに応えた。
「敵兵が降伏してますね。」
リールが覗き窓を見ながら突然呟いた。あとの四人はそれを聞いて一斉に外の様子を再び窺った。すると吹っ飛ばされた対戦車砲が潜んでいた家から両手を上げた敵兵が何人も出てきていた。おそらくこのたった一門残っていた対戦車砲が精神的に彼らを支えていたのだろう。その支えが無くなった兵士達は絶望し戦闘の継続をやめたのだ。敵の兵士は三十人ほど出てきただろうか。彼らは両手を上げたまま捕らえられ友軍の兵士に所持品を調べられていた。疲れ切っている者、怯えている者、命乞いをする者などその表情は様々だった。そして彼らが友軍兵士に連行されていく様子を僕らはじっと眺めていた。
「戦闘もようやく終了ですかね。」
ハンスが呟くように言った。そう言われてみればあちこちから聞こえていた機関銃や戦車砲の発砲音がいつの間にか止んでいる。イカサの町の攻略作戦はほぼ終了したのだろう。すると無線が鳴った。
「123号車はイカサの町中央の広場に移動せよ。そこで待機し次の命令を待て。」
僕らの戦車は向きを変え支持された広場へ移動を開始した。僕は安堵感の為か強烈な眠気に襲われながらも必死にそれに耐え路上を走る戦車の中で揺られていた。




