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イカサの町

「君か!フランツ少尉、よくやってくれたな!第七装甲師団の初陣は大戦果を上げた。これからも頼むぞ!」

シラー少将は上機嫌だった。少将は戦闘を終えて補給と点検作業をしている僕ら戦車隊のところへ来ると歩きながら皆に労いの言葉をかけていたが僕の乗る123号車の前に通りかかると急に立ち止まって僕の名を呼んだのだ。僕が何事かと思って少将の前に進み出ると少将は先の言葉と共に僕に握手を求めてきたのだ。僕は慌てて汗と油まみれの手袋を外して少将と握手した。

「作業が終わればまた我が第七装甲師団は出発し夜明けには目標とするイカサの町へ到達する。大変だろうが頑張ってくれ!」

シラー少将はそう言って立ち去っていった。だが何故少将は僕だけに握手を求めたのだろう?僕はその疑問を抱いたまま戦車へ戻った。そして戦車砲を点検しているとピエールが僕のところへ来てその理由をこっそり教えてくれた。それによるとハンスが戦車隊の皆に「フランツ少尉があっと言う間に敵戦車を四台仕留めた。」とか「実際の指揮はフランツ少尉が取っていてそれは見事なものだった。」といったことを吹聴してまわったらしい。どうもそれがそのままシラー少将の耳に届いたようなのだ。それで僕は合点がいった。だがピエールはこうも付け加えた。「リコ少尉は嫉妬深い人です。今回の戦果を自分ではなく部下のフランツ少尉が主導して挙げたことを大変苦々しく思っている筈ですから気を付けて下さい。ネチネチ嫌味を言われたりしますよ。あの人はそういう人ですから。」と。ちらっとリコの方を見ると確かにかなり不機嫌そうな表情で皆の作業を手伝うこともなく地図を覗き込んでいた。ケツの穴の小さい野郎だと思いつつ僕はそんなリコを見て見ぬ振りをした。暫くすると戦車隊に出撃命令が出て僕らは慌てて作業を切り上げて戦車に飛び乗りイカサの町に向かって進軍を始めた。


イカサの町の南方五kmの地点に第七装甲師団が到着したのは翌日の午前四時頃だった。歩兵隊が偵察に出て町の状況を探る。そして歩兵隊は一時間程すると戻ってきた。彼らの報告によると敵は町の南側に急ピッチで対戦車砲の陣地を構築しているとのことだった。おそらく昨日の夕方の戦闘でイカサの町の南側に我が第七装甲師団がいるという事実を敵もようやく把握したのであろう。我々は当初の予定だったイカサの町の南側からの侵攻を断念し東側からの侵攻に作戦を変更した。それならば敵の対戦車砲とまともにやりあわなくて済む。我々は町の東側に移動し夜明けを待った。

夜が明けると僕は戦車の上部ハッチを開け上体を乗り出し双眼鏡でイカサの町を観察した。確かに町の東側からは対戦車砲陣地は見えない。敵は町の南側から我々が侵攻してくると予測して慌てて対戦車砲を布陣させているのだろうが当然その準備行動を察知している我が第七装甲師団は敵の思惑通りには動かない。敵の情報を正確に収集し裏をかく。我々は戦術の基本に沿って行動しているに過ぎないのだが効率的に敵を叩き味方の損害を抑えるにはそれは非常に大切なことだった。我が軍の歩兵隊の偵察報告は正確でその情報をもとに我々はイカサの町の攻略作戦を仕掛けようとしているのだ。作戦は上手くいくだろうと思いながら僕は双眼鏡を暫く覗いていた。すると飛行機のエンジン音が聞こえてきた。空を見ると我が軍の爆撃機の大編隊が頭上を埋め尽くしている。シラー少将が空軍にイカサの町への爆撃を要請していたらしい。我が軍の爆撃機が物凄い勢いで地面に向かって降下して爆弾を落とし機首を引き上げて上昇していく。我が軍が誇る急降下爆撃機だ。主に敵の対戦車砲や戦車を目標にしているのだろう。双眼鏡に映るイカサの町はたちまち爆発音と煙に包まれていった。その様子を見ていたシラー少将が無線で叫んだ。

「よし、爆撃が終了次第我が第七装甲師団は進撃を開始する。思う存分暴れてこい!」

我々は進軍を開始した。隠れ潜んでいた森から出てイカサの町へ通じる道の上を戦車隊が先頭に立って走る。その後を歩兵を乗せた装甲車が続いた。僕はハッチを閉め戦車の中から戦車砲の照準器を通してイカサの町を再度見た。町のいたるところから黒煙が吹き上げている。だが煙の隙間から見える民家の窓から敵の兵士らしき影が見えた。そして町に近ずくにつれ僕らの乗る戦車を覆う装甲板からカーンという音と軽い振動を頻繁に感じるようになった。敵の兵がライフルで狙撃しているのだ。後で知ったのだがそれは対戦車ライフルで三型戦車の前面装甲はさすがに貫くことは出来ないが戦車兵が外の様子を窺うのに使う覗き窓に使われている防弾ガラスや戦車の側面、後部といった装甲の薄い部分であれば十分ダメージを与えられる代物だったのだ。この時の僕はそんなことは知らずにライフルごときで三型戦車には何の損害を与えることも出来ないのにル・カメリカの兵は無駄なことをする馬鹿ばかりだと鼻で笑っていたのだ。そしてその馬鹿どもにガツンと一撃をくわえてやろうと思い僕はピエールにこう言った。

「よし、敵兵を蹴散らすぞ。榴弾装填だ。これで黙らせてやる。」

「黙れ!少尉!戦車長は俺だ!勝手に命令を出すな!」

今まで黙っていたリコが急に怒鳴った。僕が後ろを振り向くとリコは真っ赤な顔をしている。その表情は怒りに満ちていた。やはり僕がイニシアティブを取ることに腹を立てているのであろう。だがそれは瞬時に判断を下せないリコが悪いのだ。そのことを言ってやろうかとも思ったが敵前で揉めている場合ではない。僕は黙って前に向き直ると背中越しにリコに皮肉たっぷりにこう言った。

「では迅速で的確な指示をお願いします。」

「よ、よし、前方正面の家に打ちこむぞ。榴弾装填、う、撃て!」

僕はリコの命令通りに正面に位置する民家を狙って引金を引いたが砲弾は外れ民家の隣にあった納屋を吹き飛ばした。それを見てリコが言う。

「は、外れたぞ!フランツ。ちゃんと狙え!」

通常戦車というものは射撃は停止して行う。前回の戦闘の時も射撃は停止した状態で行ったからあれだけ正確に敵を捉えることが出来たのだ。動きながら射撃をしてもなかなか目標に命中させることは難しい。だが僕はリコの言葉にムカッときたので次は意地でも当ててやると思い引金を引いた。

「命中!さすがです!フランツ少尉殿!」

ハンスが僕の方をちらっと振り返りニヤリとして叫ぶ。僕も思わず笑顔で返した。ハンスはよっぽどリコが嫌いらしい。そして僕はハンスから再度照準器に目を移し前方を見ると爆発と共に僕らの正面にあった民家は粉々になっていた。瓦礫と化した民家の傍にはル・カメリカ兵が何人か倒れている。僕が放った榴弾で命を落としたのだろう。僕はその光景を見て自分が人殺しだという事実を今更ながらに実感すると顔から笑顔が消えた。あの倒れている兵士の中には若い奴もいるだろう。そいつらの未来を僕は消し去ったのだ。そしてその兵士達の親や兄弟が戦死の一報を聞いて嘆き悲しむのであろう。そう考えると僕は罪悪感に襲われずにはいられなかった。だが次の瞬間僕のその思いは吹き飛んだ。不意にかなり大きな爆発音が近くでしたからだ。僕が戦車の外の様子を知る術は視界の狭い照準器しかない。僕には何が起こっているのかさっぱり分からなかった。

「何だ!?」

思わず僕は叫んだ。するとリコがすこし震えた声で言った。

「ひ、左前方を走っていた友軍の戦車が爆発した!」

「近くに敵の戦車か対戦車砲がいるんじゃないのか?」

僕はそう答えて照準器を覗きこんだが敵影は発見出来なかった。するとまた爆発音が響いた。無線が鳴り響く。

「こちら121号車!被弾した!行動不能!脱出する!」

どうやら二台目の被害が出たようだった。するとハンスが叫ぶ。

「いたっ!前方十時の方向!対戦車砲がいるっ!」

「了解!ピエール!榴弾装填!主砲を十時に向けるぞ。」

僕は慌てて主砲を回転させて照準器を覗きこんだ。すると重なりあった民家の間に対戦車砲が見えた。だがその砲身は真っ直ぐにこちらを狙っている。僕は青ざめた。その対戦車砲は僕の乗る123号車の装甲を貫かんとばかりにその長い砲身をこちらに向けているのだ。そしてその砲身は火を吹いた。

「殺られる!」

僕はそう叫んで目を閉じた。それはほんの一瞬目を閉じただけなのだが数十秒は目を閉じていたような気がした。だが僕の生命を脅かすようなことは何も起こらない。幸いなことに僕らを狙った敵の砲弾は外れたのだ。僕の体は一瞬にして全身冷汗でベタベタになった。だが汗まみれになりながらも僕はまだ自分が生きていることに幸福を感じた。そして生き続ける為には自分が何をしなければならないかも僕は理解していた。

「ハンス!戦車を停めろ!敵が次の一発を打つ前にやってやる!」

僕はそう叫ぶと大急ぎで照準器のハンドルを回した。どうせ敵の対戦車砲は僕らの123号車を狙っているのだ。逃げられる訳がない。この敵が砲弾を外したチャンスに反撃して相手を仕留めなければいずれにせよやられる。僕は汗だくになり肩で呼吸をしながらも慎重に狙いを定めて引金を引いた。

「外れた!全速後退しろ!」

リコが叫ぶ。僕が放った榴弾は対戦車砲の隣の民家を吹き飛ばしただけだったのだ。照準器の中の敵対戦車砲はこちらを向いたままである。僕は今度こそやられると観念して目を閉じた。だがまたしても何も起こらない。僕は恐る恐る目を開けると照準器の中の敵対戦車砲は炎に包まれていた。僕は訳が分からずキョトンとしていたがそんな123号車へ無線が入った。

「こちら111号車!敵対戦車砲を一門撃破!」

どうやら友軍の別の戦車に助けられたようだった。僕は汗びっしょりの額を拭って乱れた呼吸を落ち着けた。そして思った。

「敵の兵士の死に罪悪感を感じている暇はない。全力を持って相手を殺らなければこちらが殺られてしまうのだ」と。


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