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安息

宴の余韻を残すことなく次の日もテストは続けられた。

僕はまた硝煙と汗にまみれながら照準器を覗き込み引き金を引き続けた。

「フランツ!何をやっている!しっかり狙え!飯食ってんのか?」

昨夜の上機嫌は何処へやら、目標を外したりすれば容赦なく戦車長の罵声が飛んできた。

噂によれば今日のテストには軍の上層部が視察に来ているらしい。メーカーであるハーゲ社が自信作を見せつける為に呼び寄せたらしいがそれを知った戦車長がやたらに鼻息を荒くしているのである。上層部にいいところを見せて出世でもしたいと戦車長は思っているのだろうか?だが戦車長が戦車大隊を指揮出来るくらい僕を含めて他のクルーもよく働いた。


結局新型戦車のテストはこの日で終わった。軍の正式な戦車としての採用はほぼ決定らしかった。そして僕ら乗組員は全員クタクタだった。そのクタクタの僕らのところへテストを視察していた上層部の一人がわざわざねぎらいの言葉を掛けに来てくれた。戦車長は張り切っていたが僕は内心面倒臭く作り笑いをするだけで精一杯だった。変な態度を取ると後で戦車長からの鉄拳制裁が待っているので笑顔だけは一生懸命作っていた。だがその上層部のねぎらいの言葉の最後に全員が驚く言葉が待っていた。

「君達は良くやったし優秀な戦車兵だというのもよく分かった。特別に君達には明日1日だけだが特別休暇を与える。今日の夜は何処へ行っても構わん。好きなことをしていいぞ。」

「ありがとうございます!」

全員笑いを押し殺すのに必死だった。確かにハードだったが普段休みがない僕らにとって休暇を一日もらえるなら今回のテストなぞ軽いものだ。早速僕は今日の夜をどう過ごすかで頭が一杯だった。だが上層部の人間の言葉は続いた。

「今回は特別休暇だが明後日以降は気を引き締めてもらいたい。諸君も知っての通り我がマイルヤーナ共和国の北部国境周辺において隣国ル・カメリカ帝国と最近不穏な状態が続いている。我が国としては対話による解決を望んでいるが相手が言葉が理解出来ないようであればそれ以外の方法による解決しかない。その時は君達の力が必要になる。頼むぞ。」

僕が生まれたマイルヤーナ共和国というのは議会制民主主義の平和な国だ。過去に大きな戦争をしたのは60年以上も前で国民性もどちらかというと穏やかである。産業も農業主体であったが今は工業もかなり発達し先進国の仲間入りも果たしている。

そんな平和な国家に不穏な空気をもたらしているのが隣国ル・カメリカ帝国である。広大な国土を有し国力そのものではおそらく我が国より上であろうか、最近では軍備にも力を注ぎ強大な国家となりつつある。我が国の北方にある森林地帯の領有権を主張して最近は国境近辺でいざこざが起きている。平和な生活に慣れきってしまった我が国でさえもこの問題に対しては危機感が強く強硬論を唱えるものも少なくない。ここ数年で国の穏やかな雰囲気自体が大きく変わってしまったのである。僕は軍に所属しているので余計かもしれないが少なからずそのピリピリした空気を個人差はあれど皆感じ取っているように思えた。

「では解散!」

戦車長のその言葉を聞いて敬礼した後僕は小走りに駆け出した。僕には行きたいところがあったのだ。


ハーゲ社のテスト演習場から車で駅まで送ってもらいそこから汽車で30分、僕はクレリバーという閑静な街に立っていた。この街は僕の両親が住んでいるのだが僕の行き先は実家ではなく違う家だった。

目的の家の前に立ってドアをノックする。時間は夜の九時を少しまわっており「ちょっと遅いかな?」と思いつつ僕は返事を待った。暫くしてドア越しに声が聞こえた。

「どなた?」

「フランツです。フランツ•マイヤーです。」

そう言い終わるか終わらないかのうちにドアが勢いよく開き中から若い女性が出てきた。

「お久しぶりね。フランツ。」

「やぁ、エヴァ。君と会いたくなったから来たんだけど•••怒ってる?」

「当たり前でしょ!二ヶ月も連絡なしで!普通の女ならあなたのことなんかとっくに忘れてるわよ!」

彼女は僕より三つ下の22歳で名前をエヴァといった。背がやや高く外見はクールそうだが笑顔は可愛く性格も素直だ。両親と三人で暮らしており家族のことをとても大事に思っている。お父さんは無線の開発に携わる仕事をしており今回の新型戦車に搭載された小型無線も彼の技術が関与していて軍とも少なからず取引があり高官にも結構影響力を持つ人物らしい。純粋なマイルヤーナ人ではなく何処かの国とのハーフだと聞いたことがある。純粋ではないということで若い頃は差別されたりして苦労したそうだ。だが今では自らの技術力で差別どころか軍から重宝がられる存在になっているのだ。たいした人物だと思う。そして彼女の母親の方はそれこそ今領有権問題で揺れている北部の出身で明るく気さくな人だ。だが若い頃大病を患ったことがあるらしく体は病弱らしい。小さい頃からエヴァは家事を手伝い今はそのほとんどをこなしていると聞く。そんな両親の間に生まれた彼女が家族を人一倍大事に思うのは当然なのであろう。

久しぶりの、しかも予期せぬ突然の訪問でエヴァが喜んでくれると思っていた僕は予想とは逆にさんざん嫌味を言われる羽目にあった。僕は何とかその場を取り繕い近所の遅くまでやっているバーに行った。

「久しぶりね。この店に来るのは。多分三ヶ月ぶりくらいじゃない?」

「ごめん。なかなか休暇取れなくてさ。今日急遽取れたから慌てて飛んできたんだよ!」

彼女の発言にはずっと怒気が含まれていた。確かに彼女と会うのは久しぶりで手紙はまめに書いてはいたがやはりそれだけでは彼女は不満のようだった。

「忙しいのは分かるけど、もう少し会う時間作ってよ。」

「ご、ごめん。」

エヴァの顔を覗き込んで僕はまたも動揺した。彼女の目には涙が溜まっていたのだ。僕は訓練に明け暮れて恋人と会えない淋しさなぞ感じもしなかったが彼女は違うのだ。自分のことばかり考えていて彼女のことをほったらかしにしている自分にその時初めて気が付いた。このままでは愛想を尽かされてしまう。もっと彼女のことを大事にしようと思った。

そのまま数時間二人でいろんな話をした後、彼女を家まで送って行った。機嫌を直したエヴァが僕に微笑みかける。

「今日はもう許してあげる。明日も会えるんでしょう?明日は映画でも行きましょうよ。」

「分かった。またお昼過ぎに来るよ。今日は僕も実家に帰るし。早く帰らないと家の人が心配するよ。」

「じゃあ、また明日ね。」

「おやすみ。」

帰り際にキスをして僕らは別れた。久しぶりに見たエヴァの笑顔はやはり綺麗だった。こんな自分を好きでいてくれるエヴァに感謝しながら僕は家路を歩いた。早く明日になれ!と思いつつ。






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