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手紙

「少尉、起きてますか?」

バウアー大尉から転属を告げられた次の日の早朝だった。まだ訓練は始まっておらず辺りは静かだった。僕は自分の部屋のベッドの上で寝転んではいたが意識ははっきりしていた。昨日からほとんど眠れなかったのだ。バルクマンの声がドアの外からしたので僕はベッドから起きて上着を引っ掛けてドアを開けた。

「起きてるよ。どうした?」

そう言いながらドアを開けるとそこにはバルクマンにペットゲン、ヒューブナーの三人が揃っていた。僕がすこし驚いているとバルクマンが口を開いた。

「少尉、昨夜バウアー大尉から少尉の転属の話を聞きました。残念です。でも何故少尉だけが転属なのか納得いきません。我々はうまくやっていた筈なのに。」

バルクマンはそう言って俯いてしまった。三人をよく見るとペットゲンはもう既に目に涙を溜めている。ヒューブナーも下を向いて口を真横に一文字に結んでいた。

そんな彼らを見ているとつい僕も泣きそうになった。僕は間を空けてすこし自分を落ち着けてから皆に話しかけた。

「この半年間、辛かったけどこのメンバーだからやってこれたよ。なんで転属なのか俺もバウアー大尉も理由は分からないけど命令だから仕方がない。でもお前らのことは忘れないよ。今まで本当にありがとう。」

そう言うとペットゲンは大声で泣き出してしまった。普段表情の変わらないヒューブナーですら目を赤くしている。そしてバルクマンも涙ながらに僕の目を見ながら言った。

「出来れば今の五人でずっといたかったです。少尉には本当にいろいろ助けてもらいました。」

「確かにこのチームは最高だったぜ。次に配属される砲手ともうまくやるようにな。さあ、そろそろ集合時間じゃないのか?」

これ以上湿っぽくなるのも嫌だったので僕は皆を半ば無理矢理訓練に向かわせようとした。三人は泣きじゃくりながら僕に改めて今まで世話になったと礼を言った。そして挙句の果てに全員が第701戦車大隊に転属希望を出すとまで言ってくれた。僕は彼らに泣いて礼を言われるほどのことはしていないと思ったが彼らはそうは思っていなかったようだ。その気持ちが死ぬほど嬉しかった。最後は全員で泣いた。そして彼らは訓練に向かい僕は部屋に一人残された。

僕は静かな部屋でまたベッドに寝転がり天井を見上げた。戦車隊の訓練が始まり出し周囲はだんだん騒がしくなってきたが僕と僕の部屋だけは静かだった。その静けさの中で僕は何故自分だけが転属なのか理由を考えだした。成績も悪くなかったし戦車長への昇進の推薦を貰えるぐらい頑張ったのに何故?どう考えても自分が納得出来る答えは見つからなかった。ただ世の中は自分の評価は他人が決めるものだ。ヨーゼフ中将には僕が中隊に必要な人間とは思えなかったのだろう。そう思うと悔しさが溢れてくる。僕は気を紛らわす為にゆっくりと荷物をまとめ出した。その時不意にドアをノックする音が聞こえた。僕は立ち上がってドアを開けた。すると若い兵士が僕宛の郵便物をわざわざ持ってきてくれていた。僕が今日この基地を去ってしまうので渡してしまわないとまずいと思って慌てて持ってきてくれたのだろう。僕はその兵士に礼を言うとその封書を受け取った。

僕はベッドに戻り封書の裏側を見た。どうせ差出人は家族の誰かだろうと思っていたが僕はその名前を見て仰天した。差出人はエヴァだったのだ。このタイミングでエヴァからの封書とは何が書いてあるのだろう?当然彼女はまだ僕の転属のことは何一つ知らない筈だ。内容は全く見当が付かない。僕は慌ててその封書を開けてエヴァ直筆の文章を貪るように読んだ。


大好きなフランツへ


急にこんな手紙を書いてごめんなさい。前から言おうと思ってたんだけどなかなか言えないことがあったからペンを取りました。実はね、あなたと私はもうこれ以上会わない方がいいと思うの。でも嫌いになった訳じゃないのよ。他に好きな人が出来た訳でもないわ。今でもあなたのことは大好きよ。でもね、フランツ。あなたは軍人という職業でこれからは私とのすれ違いも多くなるわ。戦争が起きるようなことがあれば尚更だわ。私はその寂しさに打ち勝つ自信がありません。もう終わりにしましょう。私のことは忘れて下さい。さようなら、フランツ。いつまでもお元気で。


手紙にはそれだけしか書いてなかった。僕は手紙を投げ出しベッドの上で両手で顔を覆った。手紙の内容が信じられなかった。もう何もする気が無くなっていた。仲間もいなくなり恋人も僕の元を去ろうとしている。この二重のショックは酷過ぎた。僕は一人ぼっちなのだという事実を認めざるを得なかった。これで戦争でも始まって何処かで僕が死んでも誰もそのことにすら気が付いてくれないのだ。そう思うと孤独という文字が今まさに自分に当てはまっていることを実感した。そして僕はベッドの上で目を閉じた。実は僕はまだ寝ていて今起きていることが全て夢であるとか、手紙にはもう一枚続きがあってそこには全部冗談ですと書いてあるとか、いろいろなことを考えたが何を心の中で念じようともやはり現実は何も変わらなかった。そんな空想にふけったところで別れの手紙が来たという事実が変わる訳がないのだ。僕は投げ出した手紙を拾ってまたその文字に目をやりエヴァのことを考えた。彼女がカーソン教信者だったら別れることも考えていたくせにいざ彼女から別れを告げられるとこれだけ動揺している自分がいるということ。そのことが僕が思っている以上に僕はエヴァのことを必要としているということを僕に気付かせてしまった。思い返せば今までだって辛いことや苦しいこと、それに楽しいことがあった後は無意識のうちにエヴァに会ってそのことを話していた。それだけ僕の心の中でエヴァは必要不可欠な大きい存在になっていたのだ。そしてエヴァの手紙を眺めながら何故エヴァが僕との別れを言い出したのかを考えた。この前会った時はそんな素振りは一切無かった。では何故?ひょっとしたら家に入れてはいけないと言っていた家族と何か関係があるのだろうか?本当にこの手紙に書いてある内容が事実なのだろうか?そう思うと僕は居ても立っても居られなくなった。どうせ転属になればエヴァとは今まで通りには会えなくなる。女々しいと思われるかもしれないがやはりエヴァに直接会って彼女の真意を確かめよう。そう思うと僕は慌てて身支度を整えて部屋を飛び出していた。




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