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対戦車ライフル

「やったぞ! 命中だ! 」

モーラーのその嬉しそうな声を掻き消すかのように敵戦車から大きな爆発音が響き渡る。するとI-34の砲塔部が空高く舞い飛んだ。そしてその砲塔部は数秒してから地面にドスンと突き刺さるように落ちてきた。

「これで敵はあと一台っスね。いよいよ大詰めっスよ! 」

ペットゲンがそう言いながら一瞬笑顔を見せた時だった。またガリッという金属音が僕の耳に入った。

「何の音だ? 」

さっきは僕だけだったが今度はイーヴォもその音に気付いたらしい。僕は音の正体を確かめる為に注意深く周囲を見回した。

「バキッ! 」

するとまた金属と金属がぶつかり合うような音がした。そしてその次の瞬間ペットゲンが慌てて大声で叫んだ。

「うわぁ! あ、穴が開いてるっスっ! 」

その動揺した声を聞いて僕はペットゲンのいる車体右側のホルニッセの装甲板を見た。するとペットゲンの真横辺りに直径2cmぐらいの小さな穴が空いている。僕はそれを見て音の正体がようやく分かった。

「対戦車ライフルだ! 近くにいるぞ! 」

さっきからの「ガリッ! 」とか「バキッ! 」とか聞こえていた音は敵の対戦車ライフルの銃弾がホルニッセに命中する音だったのだ。僕は自分の車長席の後ろに備え付けてあったMP40という短機関銃を手に取ると安全装置を外した。我々搭乗員を護るホルニッセの装甲は僅か1cmなのだ。このままでは対戦車ライフルで中の搭乗員である我々がダメージを受けてしまう。味方の歩兵が敵兵を殲滅出来ないのであれば自分達の手で彼らを始末するしかない。僕は狭い車内を敵兵が攻撃してくる右側、ペットゲンの後ろに移動してホルニッセの装甲板の上から敵兵を銃撃しようと試みた。だがその時だった。

「バキッ! 」

「ぐわぁっ! 」

車内に鮮血が飛び散った。顔にその黒い血を浴びたペットゲンが短い悲鳴を上げる。おそらく敵の対戦車ライフルの銃弾がホルニッセの装甲板を貫通し車内の誰かに傷を負わせたのだ。するとペットゲンが震える声で叫んだ。

「モ、モーラー軍曹が殺られたっス! 」

その声を聞いて運転手席の方を見ると首の辺りから血を流してぐったりとしているモーラーが目に入った。このままでは敵戦車の最後の一台を破壊する前に対戦車ライフルでこちらが戦闘不能になってしまう。もう一刻の猶予もないのだ。僕はMP40を構えるとホルニッセの天板の無い戦闘室からようやく上半身を出した。敵兵を銃撃する為に。

「あっ! 」

すると僕は思わず声を上げた。装甲板越しに車体の外に目を遣ると一人の敵兵がホルニッセのほんの10m程しか離れていないところから長く突き出した対戦車ライフルの銃身をこちらに向けていたからだ。その敵兵はホルニッセの右側で木の陰に伏せながら我々に射撃をしていたようでちょうど友軍の歩兵からは死角になっている場所に陣取っているようだった。こんな近くにまで敵兵が忍びよってきていたとは!

「この野郎! 」

僕がそう叫んでその敵兵にMP40で狙いを定め引き金を引こうとした時だった。敵兵は僕の叫び声でようやく僕の存在に気が付き慌ててホルニッセの前部運転手席付近に向けていた対戦車ライフルを僕の方に向けた。距離は10mしかないので相手の様子は手に取る様に分かる。その敵兵は怯えた表情を見せるまだ15〜16歳の少年だった。僕は一瞬撃つのを躊躇った。

「ドン! 」

次の瞬間その少年の対戦車ライフルが火を吹きホルニッセの装甲板が小さく震えた。僕も反射的に引き金を引いた。「タタタタ! 」と短い射撃音が周囲に響き渡る。その少年は小さく悲鳴を上げた後ぐったりとうつ伏せになり動かなくなった。

「殺ったか!? 」

僕はそう叫んだあと敵兵が動かないことを確認した。そしてふと思った。自分がこの戦争で何人人を殺したのだろう? と。おそらくもう数百人は殺しているだろう。そしてその中には今のような少年や女性もおそらく多数含まれているのだ。するとさっきの敵少年兵の怯えた表情が脳裏に蘇ってくる。だが次の瞬間僕は身体の異変を感じた。足腰に力が入らなくなり僕はよろけてペットゲンの背中にもたれかかった。

「少尉! どうしたんスか!? 」

ペットゲンは驚いてそう叫びながら振り向くと背中にもたれている僕を抱きかかえた。僕はどういう訳かもう一人では立っていることすら出来なかった。

「し、少尉、血が……」

ペットゲンは僕を一目見てそれだけ言うと青ざめてもうそれ以上のことは何も言わなかった。僕は足腰だけでなく身体の至るところに力が入らなくなってきていたがなんとかして薄目を開けて自分の身体を見下ろした。すると黒い戦車兵服の腹の辺りが血で更に黒くなっている。おそらくさっき僕が殺した少年兵が断末魔に放った対戦車ライフルの銃弾がホルニッセの装甲板を捉え僕の身体ごと貫通したのだろう。敵兵を目の前にして必死だった所為か僕は自分が負傷したことに一瞬気が付かなかったのだ。

「少尉! 大丈夫ですか!? 少尉! 」

イーヴォも心配そうに僕の方を振り返っている。くそっ! 一瞬の躊躇いがこのザマだ! ル・カメリカの少年兵などさっさと殺せばよかった! だが後悔している暇はない。モーラーは死んだし僕は怪我をして残された若い二人はパニックに陥っている。このままでは最後のI-34を葬るどころか逆にこちらが砲撃されて殺られてしまうだろう。僕はたとえ自分が重症だろうが何だろうがまずこの若いペットゲンとイーヴォを生き延びさせなければならないと思い力を振り絞ってペットゲンに囁いた。

「ぺ、ペットゲン、……早く徹甲弾装填しろ。」

僕がそう声を絞り出すと混乱していたペットゲンは自分のすべきことをようやく思い出したようだった。目に涙を溜めたままだったがハッと我に返ったようで小さく頷くと僕を大急ぎで車長席へ座らせてからイーヴォにこう言った。

「イーヴォ、前を向くっス! 敵が来るっス! 」

それからペットゲンは大急ぎで徹甲弾を砲弾の収納庫から抱え上げて装填をした。だがイーヴォはまだ心配そうに僕の方をチラチラ見ている。僕はまた力を振り絞ってイーヴォの方を見た。そこでようやくイーヴォと目が合ったので僕はイーヴォに頷いてみせた。だがもうそれ以上は何も出来ない。でもそれで僕の意思は通じたらしくイーヴォはペットゲンと同じように頷くと前を向き照準器を覗き込んだ。

「敵戦車正面! 向こうから出てきやがった! 」

照準器越しに前方を睨むイーヴォがそう叫ぶのが聞こえた。だが僕はもはや目も開けられない。

「のこのこ出てきやがって! 一発で仕留めてやる! 」

イーヴォが続けてそう叫ぶのが聞こえる。それを聞きながら僕は思った。イーヴォもペットゲンも立派な戦車兵になったと。頼りなかったこの二人だが今やイーヴォは凄腕の砲手でありペットゲンは経験豊富なベテラン装填手なのだ。そう考えれば軍に入ってバウアー大尉と出会うまでの僕も頼りない人間で目標も無くだらだらと生きていた。だがこの戦争で曲がりなりにも愛する家族や故郷の為にと思い必死に戦っているうちに自分の義務を果たして仲間と生の喜びを分かち合うという充実感を感じれるようになったのだ。確かに戦争がなければ辛いことも少なくもっと楽しい人生を送れていたかもしれない。だがその人生で僕は今と同じように必死に生きただろうか? このくそったれの戦争の中で自分がやってきたことは無駄ではない、それだけは信じたかった。

「落ち着いて撃つっスよ、イーヴォ。」

ペットゲンがそうイーヴォに声を掛けている。僕は少しずつ薄れゆく意識の中でひょっとしたら自分にとって最後になるかもしれない今の義務は何とかこの若い二人が生き残れるように導いてやることだと思った。

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