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最後の戦い

「イーヴォ、落ち着いて狙え。敵はたったの五台だ。いつものように蹴散らしてしまおうぜ! 」

僕は努めてそう明るくイーヴォに声を掛けた。イーヴォはニヤリとしながら何も言わず照準の微調整を行っている。そして数秒の沈黙の後、イーヴォが叫んだ。

「照準よし! 」

「撃てっ! 」

イーヴォに続いて待ってましたとばかりに僕がそう砲撃の号令を掛けると轟音と共に8.8cm砲弾が発射される。たちまち一台の敵戦車が撃破された。激しい爆発音が周囲に響く。

「停戦を無視するからこんなことになるんだよ! ざまぁみやがれ! イーヴォ、残りの四台もこのまま殺っちまえ! 」

モーラーがそう叫んでいた。確かにこの調子ならあと四台の敵戦車ぐらい軽く葬れそうだ。だが僕が次の目標をイーヴォに指示しようとした時だった。

「ドォーン! 」

激しい振動がホルニッセを襲う。よく見ると敵戦車は前進をやめて残骸などに身を隠しつつこちらに反撃してきているのだ。今日の敵はいつものように闇雲に突っ込んではこなかった。

「……まずいな。」

僕は思わずそう呟いた。敵はたった四台だがこちらはそれ以下の三台しかいない。しかも一台は5cm砲を装備した旧型の三型戦車だ。8.5cm砲を装備したI-34相手に距離を置いた砲撃戦となれば数も少なく防御力の低いこちらがかなり不利なのだ。

「タタタタ! 」

敵は戦車だけでなく歩兵も何人かいるようでマシンガンの射撃音が砲撃の合間に聞こえてくる。そしてホルニッセの装甲板にカンカンと銃弾を弾く甲高い音が響き渡った。敵の銃撃がホルニッセに浴びせられているのだ。僕は無線で叫んだ。

「歩兵隊、応戦しろ! 敵歩兵を近づけさせるな! 」

防御力の弱いオープントップの自走砲であるホルニッセにもし敵兵が肉薄してくれば僕らは敵戦車への砲撃に集中することが出来なくなる。そうして砲撃戦に敗れれば戦線は崩れ少なくともここにいる友軍兵士に死者が多数出ることになるのだ。 僕は歩兵隊に一喝した後続けて言った。

「イーヴォ、今こちらに砲身を向けているI-34を狙え! 右一時の方向だ! 」

僕がそう叫ぶとまたホルニッセが大きく揺れた。敵の砲弾は我々を捉えかけているのだ。僕は焦った。この戦いさえ切り抜ければ家に帰れるのだ。今ここで死ぬ訳にはいかなかった。

「照準よし! 」

イーヴォがその言葉を口にした瞬間に僕も叫んだ。

「撃てっ! 」

残骸の後ろに隠れてその上から砲塔部だけを出してこちらに砲撃を加えていたI-34の右横に土煙が舞う。外れたのだ。僕は砲隊鏡を覗きこみながらまた叫んだ。

「左に微調整だ! もう一発! 」

イーヴォはすぐに照準し直すとまたI-34に砲撃を加えた。すると放たれた徹甲弾は今度は見事にI-34の砲塔部を捉えてそれを吹き飛ばした。大きな爆発が起こる。僕は思わず右の拳を力強く握り締め天に向かって突き上げるようなポーズをした。

「上手いぞ! また一台撃破だ! 」

僕がそう言った直後に更にまた爆発が起こり新たな敵戦車が火を噴くのが見えた。どうやら味方の四型戦車が別のI-34を一台仕留めたらしい。これで戦局は一気に有利になった。敵は残り二台でこちらは無傷の三台が残っているのだ!

「よし、いけるぞ! 」

勝てる! そう思って僕が叫んだ次の瞬間だった。また敵歩兵からの銃撃がホルニッセに加えられた。カンカンと敵の銃弾を弾く音が響く。だがそのカンカンという音に混じって一回だけ妙な音が鳴り響いた。ガリッという金属を削り取るような音だ。

「くそっ! 歩兵隊め、何をやっているんだ!? ちゃんと敵歩兵が近づかないようにしているのか? 」

敵歩兵からの銃撃を受けてモーラーが悪態をついている。イーヴォは僕の目の前で照準器を覗きこんでいるしペットゲンは8.8cm砲を挟んだ僕の隣で徹甲弾を装填している。どうやら何も異常は無さそうだ。

「何の音だったんだろう? 」

僕はガリッというその金属音を不審に思いつつも一旦頭からそのことを消して再び敵戦車のいる前方に視線を戻した。だがその時友軍の陣地の方から大きな爆発音が続け様に二つ聞こえたかと思うと無線から悲痛な叫び声が聞こえた。

「こちら四型戦車、被弾した! 脱出する! 」

「こちら三型戦車、やられた! うわぁ! 」

共に戦っていた二台の友軍戦車がほぼ同時に破壊されてしまったのだ。ホルニッセの側面に広がる友軍陣地に目を遣ると燃えている二台の戦車が見える。歩兵にも何人か死傷者が出ているようだ。だが生き残っている友軍の兵達は必死に軽機関銃を撃ちまくり敵歩兵の接近を妨げようとしている。彼らは最後の一台となった我々ホルニッセが残ったI-34を撃破してくれるものと信じて射撃を続けているのだ。

「あと二台、何とかしなければな。」

僕はそう呟くとイーヴォに照準を急がせた。残りのI-34は二台とも昨日の戦いで破壊されあちこちに転がっている戦車の残骸を遮蔽物としてジワジワと近づいてきている。砲撃と前進を繰り返しているその二台は両方とも新型のI-34で長砲身の8.5cm砲を装備している。命中すればこのホルニッセの装甲は簡単に貫通されることは既に実証済みだ。先に命中させた方が勝つのだ。

「一台がこちらに砲を向けようとしているぞ! 急げ! 」

二台のI-34のうち一台は歩兵のいる陣地に榴弾を撃ち込んでいるがもう一台が我々に気が付いたらしく遮蔽物の上から砲塔だけを覗かせて我々に8.5cm砲を向けようとしている。僕は砲隊鏡を握りしめながらそうイーヴォに叫んだ。

「照準よし! 」

ようやく待ちに待ったイーヴォのその台詞が聞こえたところで僕は再び叫んだ。

「撃てっ! 」

当たってくれという我々の願いと共に8.8cm砲弾が発射され爆発音が響く。やったか? と思いそのまま砲隊鏡を覗き続けていたがよく見ると我々の砲弾は敵戦車が隠れる残骸に命中していた。外れたのだ!

「まずい、外れたぞ!ちょい上だ! イーヴォ、微調整しろ! 」

敵戦車は残骸の上から見えている砲塔部だけしか狙えないのだ。命中させるのは非常に難しい。いつものように無謀とも思える程の突撃をしてくれれば簡単に撃破出来るのに! 僕はそう思ってぐっと奥歯を噛みしめた。すると次の瞬間だった。

「ドォーン! 」

「うわぁ〜! 」

今度は敵戦車が撃ち返してきた。かなりの至近距離に敵の砲弾は飛んできたらしく激しい振動がホルニッセを襲った。こちらのホルニッセも車体を塹壕の中に隠しその上から砲塔部分だけを出して戦っている。敵との条件は同じなのだ。

「この次の弾を早く正確に撃ち返した方が勝つっスよね、装填完了! 」

ペットゲンが一人言のようにそう言いながら徹甲弾を装填した。イーヴォは何も言わず照準器を覗き込んでいる。僕はイーヴォのいつもの「照準よし! 」という台詞をじっと待った。その間に敵戦車も照準を微調整してこちらに砲撃を加えようとしているのだ。過ぎゆく時間がやたらと長く感じられる。

「照準よし! 」

待ち望んだその言葉を聞いて僕は叫んだ。

「撃てっ! 」

僕は生きて帰るのだ。あと二台の敵戦車を破壊して愛するリリーと家族の待つ祖国マイルヤーナへ。

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