破壊がはじまる……
卓郎くんの反撃です。ようやく俺TUEEEEEがはじまります
パッ、と目覚めたとき、卓郎自身よりも、敵集団のほうが驚いていた。
卓郎は「見て」はいなかったが、なんとなくそうだろう、とは思っていた。つまり、身体――銃弾を受けた頭蓋が、あっという間に再生したのである。……卓郎の暗い瞳と共に。
その瞳がより強い憤怒の色に重ねられるまで、時間はかからなかった。
「ありえねえ……」
呆然となった敵兵のひとりが言った。
「構うなっ!」
そんな中でも、比較的冷静な兵士(おそらく、声の調子からして、熟練のリーダーだろう)が檄を放った。
「おそらく再生者の類だっ! すぐお前は離れろっ! 一気にハチの巣にする、どうせ相手は一人だっ!」
「お前」といわれた、卓郎に捕獲されている兵士は、無我夢中で卓郎の手から逃げ出す。卓郎の握力が、再生時(一度死んだとき)に緩んでいたのだ。
だが。
「使えるな……」
それは、こちらに背を向けて、仲間の元へ逃走する兵士への、卓郎の言葉であった。そこに、先ほどまで散々蹂躙してくれた怒りがあるのも否定しない。どころか、この怒りを晴らしたい。
バッ、
と、左手をその兵士に向けて、卓郎は叫ぶ。
「――鉄塔っ!!」
刹那、逃走する兵士を、背後からまっすぐに、長い鉄のカタマリ……まさに塔のようだ。黒に近い灰色。あからさまに尖ってはいないものの、速度でもって貫くベクトルを有したら、容易に鎧程度は潰せる「突貫力」。加えて、ちょっとやそっとでは壊れない……否、逆に銃弾や剣戟では歯が立たないくらいの「硬度」。
そして何より。
空間から突如として表れ、標的となった人間を簡単に絶命させる「恐怖」。
「……ヒヒッ」
その声をあげたのは卓郎だった。好し。……好し。「”コレ”は使えるっ!」。卓郎はこの能力が、自分にとって適している、と瞬時に判断し、何も間違ってはいない、と認識した。
案外情けない声が出てしまったかのように聞こえるが、これはむしろ、腹や喉から空気が出てしまったかのようなものである。リアルオタクによくありがちな挙動だ(だから彼らは「キョドっている」と呼ばれる)。そこには興奮があった。ただ、ちょっと認識が遅れただけのことだ。なにぶんはじめてだったゆえに。
だがここからが勝負だ。
――殲滅するぞ。
卓郎の暗い瞳は、眼前の敵兵どもを見る。
相手は、この「奇妙な魔術」に呆然としている。そこにスキが生まれた。
卓郎は、「三度目の生」に辿りつくまでに、「次何をするか」のシミュレーションをすませている。つまり、これからどうするか、だ。
そんな「シミュレートを重ねている人間」に対して、このような相手の隙は、ご馳走としか言うほかない。
「死ねてめえらっ!!!」
卓郎は大音声と共に、敵兵に襲い掛かる。そこにおいてようやく敵兵どもは我を取り戻し、卓郎にアサルトライフルを構える。だが――卓郎のほうが圧倒的に速かった!
卓郎は、右手を、横に薙ぐように「ぶんっ!」と振る。
すると今度は、あの鉄のカタマリ――鉄塔が、まるで扇を描くかのように、横殴りに彼らを襲った! 圧倒的な質量の前に、敵兵は対処がとれない……とろうとしたそのときには、彼らの銃は地に落とされ、彼らの手や腕は、鉄塔にもぎ取られていた。
「ぐあああああああああ!!!」
絶叫が戦場に響く。
あたりは戦火に燃えている。……とはいっても、もう陥落状態にあるこの町においては、これだけの大音声でもって悲鳴があがるのは、それはそれで「事態」である。
敵兵は、傷を負いながらも、「こいつ」……卓郎のことである。「こいつ」を、一般兵卒レベルの兵力で相手どるのは、不可能だと思い、逃げられる者は逃走を始める。しかしそれを逃す卓郎ではなかった。
ちょうど、その場でうめきながら転げまわる敵兵と、逃げる敵兵は一直線上であった。数人。だから卓郎は、さらに右手で、地を殴りつけた。
して、まさに、卓郎の思ったとおりの結果が出た。
巨大な鉄塔が、全ての兵士に向かって、地中から突然「ズガンっ!ズガンっ!ズガンっ!」と斜めに突き出たのだ。まるで突如として、地面から巨大な波が生まれたかのような。いや、その攻撃力はそれ以上の以上! あっという間に、兵士の全ては、モズのはやにえのように鉄塔に貫かれた。
――これでよし、と。
卓郎は、初戦に勝利した。そして、「もういいぞ」みたいなことを脳内に思い浮かべたら、その場の鉄塔すべてが、一瞬で消えた。ボトボトっ、と、敵兵が地に落ちた。
装備を奪おう、という意識は、この町に入るときの卓郎にはあったが、どうもここまでボロボロにしてしまうと、その意識もなくなってしまった。
「つまり小回りがきかない、ということだな。”鉄塔”は……」
ぶつぶつと、自分の能力の分析を進める卓郎だった。
その後、町を警邏(略奪かもしれない)する兵士と、幾度も戦闘を重ねた卓郎だった。
卓郎はその全てを「鉄塔」で撃滅した。こちらに損害はひとつもなかった。……第一、損害といえば、彼はすでに死んでいるのである。最大級の損害をしているのはこちらだといえた。
卓郎は、実戦でもって、「鉄塔」の能力としての性質を計っていた。端的に述べればこのようなものだった。
1.「鉄塔」の大きさは、基本的には大きい。多少は小さくなるが、それは「大きな鉄パイプ」くらいのものが小ささのオーダーの限度であった。代わりに、大きくなろうとすればどこまでも大きくなりそうだった。それは卓郎が、本能的に察知したことだった。可能であれば……この鉄塔は、電柱くらいの大きさのを瞬時に打ち出すことができ、簡単なあばら家くらいだったら一瞬で壊すことができる。
2.これを発動する際の「魔力量」……というか、「疲れ度」は、基本的に相当少ない。連発しても、全然息があがらない。単純に走ることのほうが、まだ疲れるくらいだ。つまり、ほとんど手先を動かすのと同じくらいの「簡単さ」「力の入れなさ」で「鉄塔」は発動する。それは、ほぼ無限といってもよかった。
3.先ほど「電柱くらいの大きさだったら瞬時に」といった。この大きさのを、かなり遠くまで、手元で打ち出すのと同じ要領で出すことが出来る。どういうことか。つまり、接近している相手に打ち出すのも、遠く……2~300メートル先の相手に打ち出すのでも、視界に捉えてさえあれば、労力的には同じだった。射程距離は、銃以上。レンジが広い。しかも、先ほどのように「扇型」に広げて攻撃したように、360度の回転もきく。
4.一瞬で打ち出すことが出来る。タイムラグは一秒にも満たない。詠唱も必要ない。何回か、何も言わずに打ち出してみたが、詠唱呪文みたいなものはまるで必要ないらしい。そればかりか、「ただ思うだけで」鉄塔は射出される。だから、卓郎が左手を振ったり、地を殴りつけたり、といったさっきの行動は必要なかったものであった。これは卓郎の中2マインド的には不服であった。(後に卓郎は、これを逆手に取る方法を考え付くのだが、それは先の話)
5.とにかく硬い。相手の銃や剣をこれで受け止めたことが何度もあるが、こちらになんらかのダメージが及んだことはまるでない。たとい銃弾を喰らっても――鉄を何かでひっかいたときに、かすり傷が出来るであろう。そのようなものが鉄塔に刻まれる程度だ。硬い。硬い。とにかく硬い。つまり、「これは防御にも使える」。おそらく、戦車の砲撃にも耐えられるであろう。事実、相手のグレネードランチャーの数撃を、なんなく防いだ。(過信はできないが、と卓郎は自戒はしている)
ざっとこのようなところであった。まだまだあるだろう。
卓郎は、どんどん火にまみれていくこの町を悠々と闊歩していた。
……さて、どうするか。
まず、この大地……レッズ・エララという世界を知るために、情報収集が必要だった。だが、この町を占拠している敵にとって、卓郎は明らかにイレギュラーな……異常なテロリストとして認識されているらしい、ということが、今までの戦闘で知れた。この戦場における、簡易的なブラックリストにも載っているらしい。
じゃあ、この町にまだパルチザン的に残る勢力と合流するか? 卓郎は、そのようなことはあまり考えなかった。そいつらからは感謝されるかもしれないが、だからなんだというのだ。
だからなんだというのだ。
俺はただ壊したいだけなんだ。
とことんまで卓郎の頭の中には、「破壊」しかなかった。
――憎悪は憎悪を呼ぶ。ひとは、その底なし沼に囚われたら、非常なる不断の努力でもって這い上がらないと、さらなる憎悪のドロの中に埋もれてしまう。足が囚われて、どこへもいけなくなって、脳髄までもが闇に侵食されてしまう。
卓郎は、この仕組みが理解できていた。
理解していてなお、自分が「人間らしく、正しく」あろうとするつもりはなかった。
自分が気持ちよくなれればよかった。それはただただ「破壊」であった。
ある意味で稚気じみた、ゲームで破壊行動を繰り返すようなもの。それが卓郎の憎悪だった。ああ、奇しくは、卓郎に「白い世界とナニカとスロットマシン」が与えられたことよ!
卓郎は、だから、この町を救うつもりはなかった。だが、これといって次の算段もなかった。町をふらついていた。立ち向かう敵兵を、「鉄塔」の試験としてなぎ倒しながら。
……その無計画さが、彼を、「彼女」とめぐり合わせたのは、何の縁か。
卓郎が、開けた場所に出ると、そこには、
無数の死骸の上に跪く、少女の姿があった。
どこまでも、黒く紅い空の下。
ようやく、物語のはじまり(プロローグ)が、形になってきました。
次回、ヒロインとのはじまりの物語です。