世界のうねり(前)
あけましておめでとうございます。エタりかけたこの小説ですが、なんとか復帰いたしました。
卓郎とケルビムは、とりあえずその町から離脱をすることにした。何といっても、「兵士をとにかく虐殺する人間(?)ふたり」というのが、その場の軍から見た、卓郎とケルビムの評価だったからして。
「お前、勇者なんだって?」
「そうだよ……って、なんか、そう真っ正面から言われると恥ずかしいんだけど」
「全裸でここにいるよりは恥ずかしくないから安心しろ」
「キミって変なひとだね」
どうにも俺のフォローというのは妙な方向にいってしまうのか……と卓郎は謎に思った。だがそれも、言葉のじゃれあいだ。
「そう、私は、勇者。魔王を討つために、この世……レッズ・エララにプログラミングされた存在」
「おめー、ロボットなんか」
「失礼な、このようなぴちぴちの肌を見て、なんとする」
「なんともしねえよ、いっそセクハラしたろか」
「まあ冗談として、私は……人間なのかな?」
「知らんがな、ていうか話が前に進まねえ。プログラミングって、なんだ。この世界には意志でもあるってのか」
「キミ口悪いねぇ」
「誰かに遠慮してても、どうせ死ぬしな。だったら、言葉の潤滑油とかそんなんに気を使うよりも、行動あるのみだ」
「理屈がとおってるんだか、そうでないんだか。まあいいや、キミには恩がある。……キミは、この世の情勢にうといんだよね?」
「ああ」
その言葉に反感を覚えないでもない卓郎だったが、事実だし、それに、先の「潤滑油」云々の言葉を自分で撤回してもしょうがないので、スルーする。
ケルビムは、端的にいう。
「まずもって、キミはこの世の人間じゃない」
「ああ」
「キミのいたところはね、私たちの言葉では『先史時代』って呼ばれてるんだ」
「バカにしてんのか、原始時代みてえに」
「逆だよ、逆。大いなる尊敬をもって、語られる。ぶっちゃけ、キミがふつうに『先史時代からきたー!』って、証拠とともにみんなに喧伝したら、VIP級扱いは当然として、ほとんど神だよ」
「そんなか」
あまりにあまりな待遇なので、疑うよりも、かえって邪気が抜けてしまった卓郎だった。だから彼は質問した。
「なんで俺のいたあのクソ世界が……」
「それを説明するには、もうちょっと落ち着いたとこのほうがいいかもね、そいやっ!」
そういって、ケルビムは地を駆けた。速度を速める。卓郎はそれについていく。戦場を駆け抜けていく二人。
現在、卓郎とケルビムは、丘を駆け降りて、軍勢の監視から一目散に逃れている最中である。すでに監視の目は振り切ったが、どこでどのようなセンサーが働いていないとも限らない。であるから、彼と彼女は、まず距離を稼ごう、としたのだ。
正直、ケルビムは、あの町を見捨てて自分が逃げることに、最初は嫌悪感を表していた。だが、卓郎が冷静に、
「おめー、どう見ても、あの軍相手に現在勝てると思うか? だったら、再起を狙ったほうがいいんじゃね? 勇者は不屈なんだろ? 手段と目的をはき違えてどうする」
という不思議理屈を投げかけてきた。それで、しぶしぶ彼女は承諾したのだった。
そして、ケルビムは、この卓郎という少年を、とらえどころのない存在だ、と思っている。
この世の破壊をもくろむ。
先史時代からの来訪者。
なぜ、このような「存在」ができあがってしまったのか。そして、彼の異能。「鉄塔」。シンプルであるがゆえに、汎用性が高く、強力なものだ。実際、これがなかったら、自分の半死半生の状態が、もっとひどくなっていたと思われる。
もっとも、ケルビムはその程度で、死にはしない。ケルビムの勇者的体力・存在力は、人間の基本的オーダーを凌駕する。
だが、ケルビムが死に瀕していたのは、肉体の死ではない。無限に続く戦場に、彼女自身の魂が死に瀕していたのだ。
そこに現れた「北条卓郎」。彼の存在、彼の奇妙な言葉。そんなものでも、ケルビムにとっては、「話相手としての救い」であったのだ。
あのまま、孤独に……世界でひとりぼっちのまま、戦っていたら、壊れてしまう。
そう思ったからこそ、彼女は話相手を……誰か、を望んでいた。たとえそれが。壊れ駆けている人間、卓郎であったとしても。
丘を駆け降りた二人は、一面の焦土にでた。ここも、あの軍の爆撃によって、全滅になったのだろう。
「このあたりで、いいかな」
「まあ、索敵範囲からは離れているだろう。じゃあ説明せいや」
「ほんと口悪いねキミ……女の子にもてないよ」
「うっせ。ほっとけ。まずは情報だ」
「とはいっても……とらえどころがない質問だよね。キミはこの世界のことを何一つ知らないわけ」
「魔法がある、というのは知ってる」
「ああそうか……先史時代は【魔法】がない、って聞いてたけど、本当だったんだ」
「そこだ、先史とかなんとかっていってるけど、この時代はなんなんだ?」
「わかりやすくいうとね、このレッズ・エララは、キミの生きていた時代……ええと、キミの出身国と年号って?」
「西暦2014年、日本」
そこでケルビムは、複雑な顔をして考え込む。言葉を選んでいる、というよりは、忘れてしまった何事かを思い出すかのように。それでも、血まみれとはいえ、彼女の流れるような青い相貌は、美しかった。見ほれるにはあまりに血まみれではあるが、それでも「何か」を……ある種のカリスマ性を感じさせるものはあった。
やがてケルビムは、「あ!」という感じで、思い出したようだ。
「アメリカ……だったっけ、巨大国家。それのぞっ……親しい国」
「属国とかいったな属国とか」
卓郎は憮然とした口調でケルビムに突っ込む。まあ積極的に否定はできないまでも、気分のいいものではない。
「でもそのおかげで発展したんでしょう?」
「一応はな」
「ええと……2014年、というと、あのカタストロフの前だったっけ?」
「カタストロフ?」
「ファーイースト・アースクエイク/タイダルウェイヴ」
ああなるほど……東日本大震災か。卓郎は納得した。
「震災からは三年たった」
「キミはあの大災害に被災したの? だから壊すとか……」
「いや全然」
ケルビムは物凄く怪訝そうな顔をして卓郎を眺めた。しかし話しても無駄か、と思い、態度を立て直した。
「じゃあ、先史時代が【なくなった】5年前か」
「……なんだって?」
「キミたちの世界は、一度なくなっているんだ。そして長い年月を経て、この世界、レッズ・エララが出来た」
卓郎は、瞬間、心臓が縮み上がる思いをした。
突然の胃痛のように、身体と頭がキリキリと痛み出してくる。
「……待て。じゃあ、この世界は、俺の世界の遠い未来だってことか?」
「正確にいうとちょっと違うんだけど……でも大筋では間違ってないかな」
「俺タイムスリップしたのかよ……なんだよあの野郎、異世界だって言ったくせに……」
「あの野郎?」
「ああいや、こっちの話だ」
一瞬、ケルビムにあの「ナニカ」について聞こうか、とも思ったが、恐らく望む反応は返ってこないだろう、と思い、卓郎は質問を控えた。
しかしそれにしても……
「あの世界、終わったのか。なんでなんだ?」
卓郎は、ケルビムに聞くのだった。




