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卓郎、この世からさようなら

ある異世界を全部ぶっ壊してやろう! とする、狂った少年の話です。

 北条卓郎は平凡な高校生である。

 平凡どころではない。平凡以下の人間といえた。フォローになってない。

 

 卓郎の平凡以下というのはどういうことか。

 まず、学力は……倫理が得意だ。「倫理」と高校カリキュラムでは銘打たれているが、実際は哲学・思想のダイジェストのようなもの。これが彼はとにかく好きだった。人が作り出した思考の英知……というか、哲学用語。「神は死んだ」「善悪二元論」「陰陽哲学」……要するに、彼は中2病だったのだ。 次いで、国語が得意だった。なぜなら、彼はライトノベルの重度の読者だったから。その読みときメソッドを応用すれば、国語の成績はゆうにとれる。

 さらに、世界史。日本史。地理。暗記は彼にとって楽なものだった。とくに世界史の各国の用語・地名はすばらしい。ノイスヴァンシュタイン、ワーテルロー、茶会事件……中2病の血がたぎる。

 数学も悪くない。とくに虚数という概念はたいそう心が動いた。物理も悪くない。もちのろんでシュレディンガー的な量子力学である。

 そう、「なんか格好よさげ」なワードを収集するのが、彼の学校における密かな楽しみだった。 


 学力は悪くない。このままいけば、それなりの大学には入れるだろう。 

 ……だが、彼には、致命的に足りないものがあった。

 彼は現実をクソゲーだと考えていた。

 いじめではないが、限りなく「無視」に近い何かを彼は受けていた。それもそうだろう、日頃中2病の研鑽に励む「だけ」の者など。

 彼自身、ほかの連中と交わろうと、無理して努力したところはあった。だがだめだ。その一端には、彼の修めている知識が、他人ひとと共通項を持たないからであったし、彼の精神自体も、他人ひとと共通項を持たないからであった。

 拒絶はしなかった。だが受け入れられることはなかった。

 --本当は、ほめられたかった。このような自分を、センスのいい人間だと、認められたかった。

 でも、ここにあるのは、

 「受け売りの中2知識の坩堝るつぼ」ただ独り。



 そんな彼は、言うまでもなく、オタク的要素を持った人間だった。

 もっとも18歳未満であるから、エロゲこそしていないものの、ライトノベル、アニメ、漫画を読んで聞いて見て、燃えて萌えて楽しんでいた。

 そこに、彼の「真のリアル」があった。「新のリアル」が、「芯のリアル」が、「心のリアル」が--これは彼がよく用いた中2レトリックである。これだけで、「所詮オタクコンテンツかぶれの中2病患者」であろうことがわかるというものだ。


 要するに、彼はどこまでも平凡な「受け手型オタク」であった。

 受け手型オタクが悪いと、この物語は定義しているのではない。ただ、受け手であるばかりで、貴重な青春の時期に、己を精進しない者が、誰かにリスペクトされないのも、ごく当然のことである、という一般論をのみ述べるものである。

 ……そして、卓郎自身も、それは薄々気づいていた。


 --このままだったら、俺は「何者」にもなれないまま、終わるのではないか


 と。

 それだったら、明確な目的をもって、努力の道に邁進すればいいではないか、と思われるだろう、読者諸賢においては。

 それができたら、正直いって日本のGDPは上がっている。--いや、むしろ、「我々」こそが、この「明確な目的なんちゃら」というものから逃げてはいないだろうか--それは余談であるが。

 しかし、読者諸賢もお思いのことと思われる。

 「彼はまだ早い」

 と。


 そう、彼には、まだまだ可能性があるはずだった。

 ……今年の5月5日を迎えるまでは。



 その日、彼の両親は、事故で死んだ。

 


 とことんまで、その死には救いがなかった。泥酔した身元不明の浮浪者が、なぜか車に乗っていて、彼の両親を跳ねた。タイヤで引きつぶした。


 卓郎が警察に病院に連れられて、両親の顔を見たとき、彼のろくでもない中2知能は、

「まるでゴアムービーだ……」

というように単語を選んだ。実際には「ゴアムービーとは?」というネット記事をおもしろ半分で見ただけの知識なのだが、その、両親の、顔がザクロ状にぐちゃぐちゃになっているのを見て、彼は現実感というものが段々引いていくのを感じていた。

 そして病院のその冷たい一室で、吐いた。



 数日後に、卓郎は、両親の葬式をしなくてはならなかった。

 親戚が集まってくる。それにいちいち対応をする卓郎だった。

 信じられないことに、親戚はほとんど彼の手助けをしなかった。 

 周りの人々……たとえば、彼の隣近所であるとか、学校の面々であるとか。

 当然である。世間やクラスといったものを否定して、今の卓郎があるのだから。

 親戚は、彼から、密やかに遺産を奪おうとしていた。訳知り顔で両親の部屋に入ろうとした親戚を何度も止めなくてはならなかった。

 このころまでは、卓郎は「常識的に」事を運ぼうとしていた。それが人間の常識だろうから、と。葬式をやろうと。なれない手つきで、グーグル検索を駆使して、葬式の手だてをしようとした。グーグルを使う際に、これほど手が重くなるとは、今まで想像もしてこなかった。


 ……実際、彼は、この場面において、とてもよくやっている、と思うのだ、筆者は。これは、高校生がすべて引き受けるものではない。この場面にこそ、本来なら大人という「ひと」の存在する意味がある。


 「ひと」とはなにか。

 それは、ホモサピエンスとして、ただ生まれ落ちるだけでは、「ひと」ではない。

 いわばそれは、世界における役割と責任を果たすのが、「ひと」なのだ。

 だから人は……大衆は、いつかどこかの地点で、ヒーローたる「ひと」になる。ならなければならないのだ。そうでなくては、畜生なのだ。



 ……だが、畜生は、この世に存在するのである。

 卓郎がこれらの悲惨なグーグル検索をして、細々とした信じられないほど面倒くさい雑務をこなしていたときのこと。

「なにやってるの!」

 と、親戚の太った年増女が、卓郎の部屋に入り込んで叫んだ。

「まったく、オタクっていうの? やっぱり、こんなときでもゲームゲーム!」

 ……わけがわからない、と思った。この女も、当然のように父母の自室に入り込もうとした女だ。

 そしてある一言がきっかけで、卓郎はこの女を、渾身の力で頬を殴りとばした。


「私たちはね、あなたのためを思ってこうしているのよ!」


 それは、卓郎が生まれてはじめて明確に抱いた「殺意」であった。

 それは、卓郎が生まれてはじめて明確に抱いた「世界の裏切り」感だった。

 それは、卓郎が生まれてはじめて明確に抱いた「人生に対するこれ以上ないほどの『どうでもよさ』」だった。



 卓郎は、一目散に、家を飛び出した。

 どこへ行くのかもわからず、もうあの連中とは……いや、すべての人間とは、関わりたくなかった。

 ではどこかに救いがあると思ったか? それも違う。そればかりか、卓郎は「この世界」すらどうでもいいものだ、と思った。こんな世界は、こんな現実は予想以上にクソゲーだ! と、張り裂けそうな心で、叫んだ。言葉にはならなかった。ただ、


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」


 叫んだ。

 中2病ワードを捨てて。


 壊れてしまえ。

 彼方の夕焼けに影となる鉄塔を走りすぎて。

 死んでしまえ。

 砂利道に足を取られながら、走って、走って。

 俺を誰か壊してくれよ。

 車のクラクションを無視して、かろうじて事故を起こさずに走って。

 俺を誰か殺してくれよ!

 願った。走りながら、願った。



 やがて、巨大な道路……国道に出ようとする。

 幼いころから、幾度となく、父母の車につれられて、この郊外の町から、都心に出かけていった馴染みの道路だ。

 だが今は、三途の川に見える。

 

 でももういい。

 一瞬だけ、足がとまりかけるが、こんな世界どうでもいい、と思い直し、再び駆ける。

 両目に映る世界が、まるで薄ら寒く、自分を過ぎていく。

 

 消えろ、

 消えろ、

 ……消えろ!!

 卓郎は、ただ走った。

 


……そして、猛スピードのトラックの群れに殺されるはずだった卓郎は、ある空間にいた。

第二話 プロローグ(2)に続く。「三つの人生スロット」の話です。

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