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死線

 CLO、当日。


 全学年の授業が完全に終了する17時。その17時より30分後の17時半が開戦の時。

 そこから30分間、この徳最高校全敷地がCLOの舞台となる。


 裏門に集った帰宅部(仮)の3人は、動きやすいジャージ姿。


「いいか羽矢芦、清川。作戦も糞もないぞ。とにかく、1人でもいいから正門に辿り着く事。ただひたすら走れ。振り返るな。味方の事を考えるのなら、正門に辿り着く事が一番味方のためになる、それを忘れるな」

「おうよ」

「うん……」


 作戦なんぞ立てようが無い。どの部活がどんな手段で邪魔してくるかわかったものでは無いのだから。


 3人がやってきた事、それはただひたすら裏門から正門へのルートを全て覚える事。

 最早3人の頭の中には学校敷地内の見取り図が完全な物としてインプットされている。


 何せ、家族の笑顔と今後の趣味の時間と生命が賭けられた勝負なのだから、負けられるはずが無い。


「羽矢芦、お前の唯一の特技である逃げ足には期待してるぞ」

「うん……ただ言い方ってものがあるよね桐沢くん……」


 僕にだって逃げ足以外の特技が……無いか、と少し考えて凹む走助。


「さぁ……残り30秒で開幕だ……」


 校域内が、恐ろしい程に静かだ。

 いつもなら、野球部やサッカー部の雄叫びや怒号、軽音部のギターやドラム音なんかも薄ら聞こえ始める頃合なのに。


 こういうのを、嵐の前の静けさと言うのだろうか。


 桐沢が自身の腕時計を眺めつつ、すぐに走り出せる体勢を取る。

 走助と清川も息を飲み、スタート体勢に入る。


「10秒前……」


 10秒後、一体どんな現象が自分達に襲いかかるのか。

 新一年生しかいない帰宅部(仮)には完全なる未知の領域。


 それでも、走り抜くしかない。


 例えどんな地獄が待っていようと、走り抜けなければ、走助には本物の地獄が待っているのだ。


「3……2……1……」

「行くぞ!」


 清川の叫びと同時、帰宅部(仮)の戦いが、始まる。


 瞬間、横合いから黄色い雨が降り注いだ。


「「「!?」」」


 黄色くて、丸くて、時速200キロ近い速度で移動する球体の群れ。


「女テニか!?」


 それは、テニスボール。

 CLO開始直後、裏門近くの物陰という物陰から現れたポロシャツにミニスカート姿の女子高生達が、帰宅部(仮)へ向け、無数のサーブを放ったのだ。


「妨害ってこんな直接的暴力なの!?」

「予想の範疇だ!」

「ああ!」

「桐沢くんも清川くんも想像力豊かだね!?」


 走助はもっと、落とし穴だとか引っ掛け縄だとか、そういうある種平和的なブービートラップの妨害を想像していた。

 ……このノリだと野球部はバット持って襲いかかって来そうだ。


「っ……と、とにかく」

「行くしかない、もうゲームは始まったんだ!」


 幸いだったのは、女テニ部員達が3人に気付かれない様にと、距離を取って布陣してくれていた事。

 初速は200キロを優に越えるテニスのサービスだが、走助達の元へ届く頃には何とか躱せるレベルにまで減速してくれている。

 まぁそれでも硬式テニスボール。当たれば痛い。


「さっさと逃げんぞ!」

「うん!」


 女テニの左右挟撃陣を抜け、3人は真っ直ぐ校舎内へ。

 校舎内ならば、派手な妨害はされないはずだ。

 それに、校舎を突っ切るのが最短ルートの1つでもある。


 しかし、考えが甘かった。


「んな!?」


 校舎の入口が、塞がれていた。

 ぎっしりとハードカバーの書籍が詰まった、いくつもの本棚によって。


「進入禁止……ショートカットは許さない。それと、室内だと備品を破損してしまう恐れがあるからね」

「あんたは……生徒会書記兼『読書部』部長、早黄泉はやよみ先輩!」

「解説どうも、桐沢充太朗くん」


 その本棚の上で、くつろぎながら読書にいそしむクールな眼鏡男子。

 桐沢の言う通り、読書部部長を務める生徒会役員の1人、早黄泉である。


「最短ルートは全て読書部ぼくらが封じた。まぁせいぜい阿鼻叫喚してくれ」

「くそ、明らかに本棚の使い方間違ってんぞ!」

「清川、文句を言っても仕方無い、行くぞ!」

「うひゃあ!? 女テニの方々が何かコートネットを振り回して追いかけて来てるんだけど!?」

「投網漁かよ! あっちに行くぞ!」

「まぁ、あれだ。僕は形式上敵だが、諸君の無事を祈ってる……死ぬなよ」


 早黄泉の不吉な激励に送られ、3人は予定外のルートを突き進む事になった。






「痛っ!? 輪ゴム!?」

「くっ、『ゴム銃研究会』か!」

「そんなの研究の余地あるの!?」

「意外と奥が深いらしいぞ」

「知らねぇっ!」


「うひゃああああ!? この辺すごい滑るよぅぶふっ!?」

「この匂い……自転車用の油か!? 『自転車改造部』の仕業だな!?」

「そこはサイクリングじゃねぇのかよ!?」

「ちなみに部員は全員徒歩通学らしい」

「自転車泣いてンぞコラァ!?」


「何でこんな所に超絶クソ長ぇドミノがあんだ!? しかもやたら芸が細けぇぞ!?」

「うぅ、慎重に進まないと……崩したら申し訳無いよ……作った人の落胆する姿が目に浮かぶよ……!」

「『ドミノ部』め……人の良心に付け込んだ趣味の悪い妨害を……!」

「な、何か逆に倒してみたいギミックがチラホラあるよ!」

「騙されるな走助! そのギミックにワクワクしてる間に囲まれるぞ!」


「じ、地面に迷路のらくがきが……」

「『迷路部』か!」

「無視して進むぞ!」


「ぶふぉう!? もがが!? もがぁ!?」

「何か清川くんの顔にピザ生地みたいな白い円形のが!」

「みたいなのじゃあない! 『ピザ生地』だ! 『ピザ部』の連中だ! 追撃が来るぞ!」

「ピザ部って、調理部と一緒じゃダメだったの!?」

「この学校に調理部は無い!」

「もご、もごほぉ!?」


「ごぉあ!?」

「清川くんの鼻の穴に何か将棋の歩みたいなのが!」

「みたいなのじゃあない! 『歩』だ! 『歩』か『と金』か現状判断が難しいが……『はさみ将棋部』だな!」

「ちなみに将棋部は!?」

「無い!」

「ひゃ、ひゃなが……」


「ほぎゃああああああああ!?」

「ああ! 清川くんの目にタバスコみたいな赤い液体が!」

「みたいなじゃあない! 『タバスコ』の『水鉄砲』だ! 『ロシアンたこ焼き同好会』! えげつない!」

「そんなのもあるの!?」

「ちなみに皆辛いの大好きだから、ロシアンたこ焼きは注文の時、全部タバスコ入れてもらうらしい」

「ロシアンの何も愛してないよ! ただのタバスコ同好会だよ!?」

「お、連中が『言われてみれば……』って感じで悩み始めたぞ! 今がチャンスだ!」

「目が、目がぁぁぁぁぁっ!!」


「おふぅ」

「清川くんが美女に耳をフーフーされて満更でも無い顔してる!」

「『耳吹き部』だ! うらやましい!」


「うおっ、アメフト部のラインマン部隊だ!」

「ここに来て真面目かつ最悪の妨害だなおぉぉい!?」

「殺されるーっ!?」

「ぐべあっ」

「清川くぅぅぅぅぅぅん!!」





「な、何かすごいね……この学校……」


 ようやく校域の中心地点、体育館裏まで進むことができた帰宅部(仮)。


 敵の気配は無い。

 ここまで走りっ放しだったせいで足がパンパンだ。

 流石にここらで一休みしなければ体が持たない。


「特に後半、清川くんが大変だったね……」

「ああ、耳吹き部でやや報われたかと思いきや、アメフト部に10メートルくらい吹っ飛ばされてたな」

「…………そんな事よりだ……」


 痛む鼻と目をかばいながら、清川は顔面全体に不満を顕にする。


「何であんな変な部活共が認められてて、帰宅部はダメなんだよ!?」

「それは僕も薄々感じてた……」

「一応言っとくが、さっきの部活達、アメフト部以外は全部10年近く前からある部活だぞ」

「先人共は何を考えてたんだよ!? いや後続達も大概だけどな!」


 確かに、明らかに悪しき風習を受け継いでいってるパターンだと走助も桐沢も同意。


「しかし、まぁ色々あったが、まだ残り時間はまだ22分もある」


 開始8分で、帰宅部(仮)はゴールへの折り返し地点までやってきた訳だ。

 このまま行ければ、勝てる……が……


「生徒会役員がまだ1人しか出てきてないのが気になんな……」

「確かに……早黄泉先輩の様に、他の部活とは一線を画す様な、効果的な妨害を用意してる可能性がある」

「っていうか、このゲーム、会長も参加してるんだよね……」

「ちなみに、会長は柔道部だ」

「絞め殺される!?」

「安心しろ。会長の得意技は『巴投げ』だ」

「安心できないよう!」

「……とにかく、生徒会連中とは極力出くわさない様に行きたい所だが……」


 こちらには生徒会どころか敵の配置など一切わからない。

 常闇の夜山を行軍している様な物だ。


「とにかくだ。最短ルートが封じられている以上、準最短ルートを行くしかない」

「そうだね……一応ここからなら4通りあるけど……」

「ついに、分散する時が来たか……」


 次に出会う場所は、校門の外だ。


 そう誓い、3人は体育館裏から移動する。

 体育館正面玄関で3手に分かれ、移動を開始するつもり……だったのだが……


「「「っ」」」


 角を曲がった所で、3人は絶句した。


「よぉぉおおお……待ってたよぉ、身の程知らずの雄豚共ぉ……!」


 堂々たる風格で仁王立ちする、身長2メートル越えの大女。

 かなりムッキムキの、色気的な意味を抜きにした『良い体』をしている。

 何か目は爛々と光ってるし、口からは何か蒸気的な物が出ているのは気のせいだろうか。


「せ、生徒会副会長、兼野球部マネージャー……剛力ごうりき先輩……!」

「……え、あれ高校生なの?」

「走助、気持ちはわかるが、そぉみたいだ、袖が破られてるが、ありゃウチの3年生のジャージだ……それと……」

「うん、これはそれどころじゃないね」


 下手なプロレスラーならひと捻りできそうな女子高生。

 しかも選手では無くマネージャー。

 色々異質な剛力先輩の前には、


 ズラリと並んだピッチングマシンと、それを操作する野球部員。


「野郎共、アタシを甲子園に連れて行くんだろう!?」

「「「「「YES! 剛力様万歳!」」」」」

「なら、ヤれるよなぁっ!?」

「「「「「YES! 剛力様最高!」」」」」

「んじゃあ行くよぉ!」

「「「「「YES! 剛力様唯一神!」」」」」


「おい、ウチの野球部怪しいクスリでもキメてんのか!?」

「いや、純粋に剛力先輩の恐怖政治カリスマの成せる技だと思う」

「って、余計な事話してる場合じゃないよ2人共!」


 そう、この状況。

 野球部……いや、剛力の下僕達がこれからあのピッチングマシンで何をするかは、明らかだ。


「球速230キロ! 喰らいなぁ! ベースボールスプラッシュゥゥ!!」

「あのゴリラ女、俺ら殺す気だぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 こうして、狂気のピッチング砲撃から逃げる形で、3人は離散した。


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