第5話
「な……なんだって……?!」
ラディは体中の痛みも忘れて、黒い笑顔を浮かべるマヤンに詰め寄った。
「俺は……!」
「ふむ、それができないとなると……君、追放ですよ」
「んのアマ……つぅっ!」
拳を振り上げるも、背に負った裂傷の痛みに蹲ってしまう。
「ラディ!」
ヨウタが、くずおれるラディの体に手を添える。
「マヤン……ちょっとそれは……」
レラッカは遠慮がちにマヤンに声をかけた。いつの間にか、ヒヨコ姉妹が傍まで寄ってきて、はらはらした様子で自分達を見つめている。
「レラッカ……これは戦ですよ。まさか忘れてなどいないでしょう?」
しかしマヤンは、情を感じさせない語り口でレラッカの意見を切り捨てた。
この、いつの頃からかシャマイの宰相として居座り続けてきた女魔術師は、わずかに覗く顔やその言動、体格から辛うじて20歳まではいかない年齢の体を持つであろうと推定できるが、その正体は親友のレラッカやア・ヤカにすら明かすことはない。
「そうだぜレラッカ。俺たちの今までの苦労を水の泡にする気かよー」
マヤンの深闇のような瞳にたじろぐレラッカに、さらに追い打ちをかけるような声が背後からかけられた。
「……クホ……」
赤チェックのモランたちの中で、一際目立つ青チェックの服を身にまとった青年の端正な顔を、レラッカは嫌悪の混じった視線で見返す。
ヴァナーシャがミラ皇国に乗っ取られてから、シャマイの中では派閥争いが始まってしまった。
モランの誇りのもと、出来ることなら穏便に、現状打破とシャマイの自由を取り戻そうとする赤派に対し、強攻的な態度で権力掌握を目論み、モランの誇りを切り捨てて暴力や裏取引に手を染める者たちは青派と呼ばれる。彼らは伝統的な赤の衣装を拒み、青チェックの服に身を包んでいた。
「ここで情けをかけたらさー今までこの戦いで死んだり傷ついたりしたやつはどーなるわけ?」
そんな青派のリーダーらしからぬ物言いはしゃくにさわるが、確かにクホの言い分はもっともだ。
そう、自分達は、ヒヨコ族を制圧するために戦ってきたのだ。それなのに、何をいまさら躊躇うことがある?
「ラディしゃん……」
その時、ひよ子がラディに歩み寄った。心臓が一つ脈打つくらいの間を置いて、ひよ子は笑みを浮かべた。
「ラディしゃん、私を……殺してください」
「「ひよ子!!」」
一人と一匹の声が重なる。
「何言ってるのー! 折角その方にー助けてもらったのにー!!」
「そうだひよ子……! お前のことは、絶対死なせない!!」
しかし、必死の形相で訴えるラディとブル子の声にも、ひよ子は首を振った。
「私の命を助けてくれたラディしゃんを、私の命で救えるのなら……」
「ひよ子っ……」
そんな涙ぐましい光景を見ているうちに、レラッカの心の中に、この戦いの無意味さが込み上げてきた。
満身創痍になりながらも、愛するひよこを守ろうとするラディ。
敵である自分の手をとってくれた、妹想いのブル子。
そして、恩人のために命をなげうとうとする、けなげなひよ子……。
和平の可能性など、ないと思っていた。長きに渡って争い続けてきたシャマイとヒヨコ――しかも、先に戦いを仕掛けてきたのは向こうで、こちらは村や誇りのためにそれに応戦しただけ。こちらこそが正義なのだと思っていた。
しかし、互いのことなど知らないのに、勝手に憎むべき敵だと思い続けてきただけなのだ。
こうして触れ合ってみて、実感する。シャマイもヒヨコも、家族を……ヒトを愛する気持ちはかわらないのだ。ならば、これ以上争ってどうなるというのか!!
「マヤン……あたしさ、和平を結ぶべきだと思う!」
「レラッカ?! 何を言ってるんです? 先に攻撃をしかけてきたのはヒヨコ族なんですよ?!」
マヤンの言い分はわかる。だが……
「マヤン、あの姉妹を見て! あの子達が危険?! ラディの優しさを見なよ! 憎しみあう必要なんてどこにもなくね?!」
「……」
おそらく、モラン多しと言えども、シャマイ1の腹黒女相手にここまで意見を言える強者はレラッカとア・ヤカだけだろう。さすがのマヤンも、親友の必死の訴えに黙り込む。
「しかし、もしもヒヨコ族が裏切ったらどうするんです? 長年憎しみあってきたんですから……その時レラッカは責任を取れますか?」
めずらしく、本当にめずらしく、マヤンの鉄の目に心配気な光が走る……
そんな重苦しい空気を打ち破ったのは、モランたちの中でも一番幼そうに見えるくせに、モランたちの中で一番強い少女、ア・ヤカだった。
「えーいーんじゃない? わへー結んじゃおうよ!」
[続く]