第2話
「いいですかー? ここが最後の砦ですー! 死力をつくしてー戦いましょー!」
族長の屋敷の前では、生き残ったヒヨコ戦士たちが結集していた。
族長の長女ブル子の激励に、ヒヨコ達は羽を震わせている。
「とぉつげきぃ〜!!」
シャマイ軍の総隊長ニシニの号令を合図に、ついにシャマイとヒヨコ達の最終戦が始まった。
「あれ…?」
敵味方入り乱れて戦う中、ふと族長の屋敷に目をやったラディは、槍を振るう手を止めた。
屋敷の入り口で、一匹のヒヨコが扉の影に身を隠して震えている。
よく見るとそのヒヨコは頭にピンク色のリボンをしている。
「な…」
その姿を見たとたん、ラディの時間は、止まった。
「かわいっ……!!!」
怯えたように潤むつぶらな瞳に、ラディは心奪われてしまった……
しかし、そのヒヨコにすっかり見惚れていたのが災いした。
「……ってぇ!!」
突如右足に激痛が走る。
背後から忍び寄っていた数匹のひよこの觜が、ラディのふくらはぎを深々と抉ったのだ。
「ぴよっ! しねぇぇっ!」
「ちぃっ!」
モランとしての本能が体を突き動かしていなければ、ラディの足は蜂の巣になっていただろう。
跳び上がって右足を思いっきり振りぬき、刺さりっぱなしのひよこを振り払う。
「ぴよぉぉっ!」
「はっ!!」
裂帛の気合で放たれたシャマイの狙撃者の槍は、宙に舞った3匹のひよこを串刺しにした。
「許せ……!」
愛らしい体を無残な羽毛の塊に変えてしまったことに心を痛めるラディ。
その時、いきなり背後から女が声をかけてきた。
「おやラディ君、大丈夫ですか? 手当てしてあげましょうか?」
(げっ、マヤン!)
マヤン・ミラキ――この暑いヴァナーシャで、目以外をすべて赤チェックの布で覆った女魔術師が、いつのまにかラディの背後に立っていた。
感情の読めない漆黒の瞳が、ラディを見つめる。
「や、大丈夫っす、掠り傷っす……」
実のところ、動かすのもやっとなほどの重傷だったのだが、腹黒魔術師に弱みを握られてはたまらない。モランの気合いで痛みを堪え、立ち上がる。
「そうですか?まあ、もうそろそろ決着が着きそうですしね。」
腹黒い微笑を浮かべる女宰相の言葉にラディが顔をあげると、確かにもはや、シャマイの勝利は確定的だった。
自分の足で立っているヒヨコは僅か数十匹。しかも彼らも満身創痍だ。
「うらぁぁぁぁぁ!!」
第二部隊副隊長で、隣国エルナンからの留学生・トンナム率いる騎牛兵が、傷つき倒れるヒヨコ戦士を蹴散らしながら族長の屋敷に突っ込み、族長たちが倒れ、屋敷が崩れ…………
ラディの顔から音を立てて血の気が引いた。
(さっきのヒヨコが……!!!)
僅かのためらいもなく血濡れの足を叱咤して駆け出すラディ。インパラに匹敵する脚力で倒壊する屋敷に駆け込む。
「ヒヨコぉぉっ!!!」
ラディが割れた窓から飛び込んだ瞬間、屋敷の屋根が轟音とともに崩れ落ちた。
[続く]