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憂鬱

「ポンツーンを簡単に連結する技術・・・ですか」


「そう、ポンツーンを簡単に連結する技術です。」


技術主任の宮部俊之は義男の言葉にまたか・・・という顔をした。

彼は現在溶接関係の中心的役割を担っている。

全ては来島義男という男のせいだった!

と宮部は後に語る。


すべては第2号ドック竣工の一年以上前にさかのぼる。


1912年2月某日 


「溶接・・・ですか?」


「そう、溶接です。」


当時、宮部は3年ほど前に入社してきた技師であり、楔の打ち込みなど鋼材などの接合部をチェックする役割を担っていた。

そんなところである日突然義男がやってきたと思ったらいきなり話を切り出した。

なんでも、溶接はウチではできないのか?ということをたずねてきたのだ。

溶接が英国ですでに実用段階に入りつつあるということは宮部も把握していた。

だが、それができるものは別府造船所にはいなかった。


「しかし、その技術はウチにはありませんよ」


「原理的には可能ですよね?」


「ええ、それに楔を打つ必要がありませんからね、軽く仕上げることはできるでしょう。ですが・・・やはり信頼性が高いのは楔ですよ。しかし、現段階ではそうでしょうが、いずれ溶接が造船の主流になる可能性は十分あると思います。」


とはいえ、まだ実用段階では早すぎる・・・。


と宮部は思った。


この時代、まだ溶接技術というものはまだまだ未知の技術であった。

溶接そのものは一応古代からあったのだがその中でも今義男がいう溶接法・・・アーク溶接はまだまだ生まれて間もない成熟してない技術でもあった。

アーク溶接は,金属材料(母材)と溶接棒との間にアークを発生させる溶接法である。

だが、溶接とはただくっつければいいものではない。

逆歪みや非対称溶接などの専門的な勘を必要とする技術でもあった。

そして、その技術を持つものは残念ながら別府造船所にはいない。

加えて、変に溶接不良を起こすと、突然溶接部分全体に亀裂が走り、下手をすれば全体崩壊になりかねないという不安があった。

史実でも第4艦隊事件でそれが起こり、溶接に対する不信感が発生しているし、第二次大戦後でもリバティ船が溶接の不具合が原因と思われる事故を多発させている。


そのことを一応宮部は義男に言っておいた。


義男はなにか面白くなさそうな顔をし、しばらく何かぶつぶつ呟いていたがその内どこかに消えてしまった。


それから数日後、宮部は社長である来島雷蔵から声をかけられ、いきなり


「君、来月からちょっと英国行って溶接の勉強してきて」


といわれた。


後で聞いたのだが、義男が「人がいないんじゃ、覚えてきてもらったらいいじゃない!」

という、どこぞのフランス王妃の如き単純な案を思いつき、雷蔵に直談判。

で、溶接の必要についてまるまる数刻にわたってネチネチといった挙句に親父が音を上げたというのが真相である。

そんな訳で、哀れ新人技師宮部に白羽の矢が立ち新婚の新妻を残し英国へと旅立つことになってしまう。

可愛そう。いやマジで


そしてたどり着いた英国で宮部は英国海軍工廠をはじめとしてあちこちの造船所を見て周り、最終的にはポーツマスの小さな造船所でなぜか見習い溶接工として数ヶ月間にわたって造船所のクソオヤジにぶん殴られたりしながら溶接をマスターすることに成功していた。

そこではさまざまなドラマがあったのだがこれをいちいちやっていたらやたら体の線の出やすい服を着た少女(男の娘含む)が表紙に出てくる某ラノベ小説並みの文章量になってしまうため面倒くさいので割愛する。


そして、宮部が客船ルシタニア号を使ってアメリカ経由で帰ってきたのが大戦勃発のおよそ3ヵ月後

すでに別府造船所では船舶の量産体制に入っており、安土丸型3番船「観音寺丸」の建造が開始されようとしているときのことであった。

で、早速彼が溶接を工員たちに教えることとなった。


とはいえ、いきなり全体溶接も不味いので上部構造を部分的に行うなどの事から始めていた。

しかし、それはかなり危険であった。

さっきも言ったように溶接とはただくっつけりゃいいものではない。

多くの専門的な勘が必要であった。

方法としては溶接棒を取り付けた保持器を使用し,母材と溶接棒の両方を溶かしながら溶接を行う。アーク溶接は溶接速度がとても速く、適切なアーク溶接が行われれば溶接部の強度はかなり高い。しかし、溶接時に発生する光が強く溶接箇所が見にくいため,、接不良などの失敗をしやすいという欠点が合った。

また、鋼材もその日その日の湿度などによって微妙な変化をしてしまう。

特に水分を取り込んでいた場合などは数十度の温度で乾かす必要があったり、電圧も数百ボルト以上のものが必要であり、造船所は慌てて発電所を増設させたくらいであった。


おまけに工員たちは溶接とはなんぞという状況であり、これでは流石に不味いと判断していた。


「こらっ、母材の間はもっと広げるんだ!でないとゆがんでしまうだろ!」


「いや、だからいい加減にしろ!それはそうじゃない!こうやるんだ!」


こんな感じで日夜宮部は必死になって溶接棒片手に工員達に-から溶接の基礎を叩き込んでいた。

おかげで、工員達は溶接をある程度マスターしており、その功績から技術主任にまで一気に昇進することができたのである。


そして現在では利用する楔を2割から3割減らすことに成功し、また建造期間を従来の50~60日から40日そこそこにまで減らすことができていた。

ゆくゆくは全体溶接を行うことができるようにして、さらなる高速建造に弾みをつけようとしていた。


そして今日、この糞忙しい時にまたしても義男が顔を出してきたのである。

なんでも浮き桟橋を連結して作る技術はないかということであった。


「なんで私なんです?」


宮部は不機嫌そうな顔で言った。


「いえ、急速建造が溶接である程度可能である以上、全体溶接を行って浮き桟橋を作れないかと考えましてね。」


義男の言葉に宮部はなるほどと思った。

たしかに、溶接ならばある程度の連結は可能だろう。

そして、発電機さえ用意すればどこでも溶接できる。


宮部は義男の考えに興味を抱いた。


「分かりました。取り敢えず、設計主任と話し合ってみましょう。」


「ありがとうございます。後ほど社長からも同様の質問が来るかと。」


「また、あなたの仕業でしたか。」


「ええ、又私の仕業です。」


「・・・新月の晩には気を付けた方がいいですよ?また誤って足を滑らせないように」


ビクリと一瞬震えて怯えた様な表情を見せた義男に

にやりと笑いながらそれだけ言うと、宮部はきびすを返し、設計部へと向かったのだが、その顔は確かな手ごたえと楽しい遊びを覚えた子供のような顔であった。





余談ながら

彼を英国に向かわせた張本人である義男が売り上げがあまりに伸びに狂喜乱舞してパラパラを踊っていたことがあったのだが、義男がパラパラを踊っていた次の日の夜明け、プカリと別府造船所のドックのそばで浮かんでいるのが発見された。

奇跡的に生きているのが確認され、何があったのかたずねたが、どうも足を滑らせたらしくよく分からなかったのだとか。

これはあくまで噂なのだが、丁度義男がパラパラを踊っていた夜に宮部が目からビームを出しそうな形相でドックに向かっていったのを見たという工員がいたとか

また、義男が救助されたときの宮部技師の顔がかなり楽しそうにニヤ付いていたという工員の話があるがあくまで噂である。

そして、原因を聞かれた際、義男は宮部のほうを見てびくびく震えていたのだとかいうのもまたうわさの一つである

とにかく、この話は詮索しないように

と、雷蔵が言って以降、その話がされることはなくなった。

そして、宮部が技術主任に抜擢されたのは義男が救助された次の日のことであったというのもまた蛇足である。





今回は初めての連続投稿です。


溶接は当時はやはりまだ出来立てホヤホヤの新技術でしたので国内で一から開発するのは無理がありますので今回は英国に一人留学させましたww

ちなみにアークとは気体中での放電の一種でして、高熱を発し、強く輝き持続性もありますので溶接にはもってこいの現象でした。

19世紀初めにはすでに発見され、20世紀初頭から少しずつ使われだしました。



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