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視点

1927年6月5日 東京 某所


 彼の朝は一杯のコーヒーから始まる。そして、新聞を広げる。彼は日本でも有数のさる大財閥のトップであった。それ故に、常に最新のニュースを知ることは、彼にとっては義務そのものであった。彼がまず見る物は、政治であり、経済であり、そして文化面であった。いずれも、この国の上流階級にとっては必須な情報であった。経済面しか見ようとしない義男にも見習ってもらいたい物である。

 しかし、この日の彼の目は、そうした日々のニュース以上にある意味別のニュースを探す必要性から、いつも以上に気合いが入っていた。彼にはそれが確実にニュースになることは理解していたが、問題は『どこに』載るかが問題だった。


 しばらく彼は新聞を見ていたが、やがて目的の物を見つけた。それは、大衆紙であったが故に決して一面というわけではなかったが、それは彼が最も望むべき所に、そして望むべき密度で掲載されていた。それは、経済面を1ページ丸々使うというかなり大がかりな物だった。それを見た彼は、自分たちの計画が成功したことを知り、思わず口元をニヤリとつり上げたのだった。




同日 大神町 来島邸


 居間にて、義男は新聞を見つめながら、硬直していた。ちなみに、「ぬ」なんだか「ね」なんだか分からない顔をしていたりする。現代風で言うなれば『FXで有り金全部溶かした人の顔』というのが正しい。ちなみに、義男がこの顔をするのは今回が初めてというわけではない。今生ではないが、前世で一回やらかした経験を持っていたりする。そのことがこっちに来る要因にもなったりするのだが・・・あまりにも蛇足なのでこの辺で終わっておく。


 さて、なんでこいつがこんな顔をしているのかというと、帰ってきた瞬間に雷蔵からみせられた経済新聞の一面に載っている一文のせいであった。その一面は大きなゴシック系の文字でこう書かれていた『東洋汽船買収問題にまさかの乱入者現る!』続く文章には、『一連の東洋汽船買収騒動は日本郵船、大阪商船などの海運大手は軒並み難色を示す中、新たな乱入者をこの騒動に迎えることになった。それは九州の新興海運業者たる別府汽船!』・・・だいたいそんな感じのことがかかれていた。井上達が内密にすると言っていた物が、いともあっさりと世間にばれてしまったのだ。言うまでもないことだが、バラした奴は義男ではない。そもそもこれを最初に報じた新聞社と時間のタイムスケジュールからして彼の仕業ではないことは直ぐに証明される。というか、家に帰ってきた前日の朝刊にでかでかと載せられていたのだから、それは義男も驚くという物である。


この時代の、東京~九州間の交通事情は、現代とは比べものにならないくらい時間のかかる物だった。なにしろ、羽田空港も、成田空港も、福岡空港といった空港は影も形も存在していないし、そもそも旅客サービスもまだ始まったり始まらなかったりと、航空機による旅客需要もきわめて小さい物だった。


 ではまず、この時代の東京から別府までの行き方について説明してみることとしよう。一番早いのは、大阪まで鉄道で行き、その後船に乗るという物だった。この頃の東京~大阪間は最も速い列車である特急『富士』でおおよそ11時間。その後、大阪から別府汽船もしくは大阪商船の連絡船で1泊2日・・・どう足掻いても3日程度。連絡などの関係から下手すれば4日はかかる可能性があった。現代ならば飛行機でひとっ飛びのこの距離も、この時代ならばかなりの大旅行だったのだ。そして、義男自身はそう言った船や列車のダイヤに追われて新聞社にたれ込みする暇など当然なかったし、むしろ東洋汽船なんて欲しくも何ともない義男に取ってみれば、たれ込みをするメリットなど欠片もなかった。



 ・・・そうなると、これをバラした人物達は自ずと絞られてくる。そう、あの日アノ料亭で義男と会合した人物達である。だが何のために?義男はそこが読めなかった。だが、今はそんなことは関係なかった。兎に角、別府汽船による東洋汽船買収の話は、まだ社内での根回しも行っていない段階なのに公表されることとなった。これに、雷蔵などは一様に困惑することとなった。


「いってえ、どういうこつか!」


 雷蔵が、義男に詰問した。流石にいつもののんびりとした調子ではなく、声も荒い。文字通りしかりつけるような物であった。そりゃそうだろう。会議どころか自分にも知らせずこんな途方もない契約を結んできたのだ。雷蔵でなくとも普通に怒る。


「俺だって訳が分からんのや!俺が話したんなまだ頼まれた段階でこれから会議にかけち決むると行っただけやけんな!」


 さすがに義男もこればかりは心外だとばかりに反論した。義男は大阪に着いた時点で重要会議があるから自分が帰ってきた翌日に緊急で会議を開く旨を電報で打っていた。


「そりゃ分かっちょん!しかし、いきなり大企業ぅウチが買収するなんてしきるち思うちょんのか!」


「思うちょらんちゃ!そもそもわしゃ何か口実ぅ付けち断ろうとすら思うちょったんだちゃ!!」


「・・・!?」


 義男の言葉に雷蔵も言葉を詰まらせた。雷蔵は、確かに義男が久原から呼ばれたことを知っていた。そして、事前に絶対ろくでもないことになることもある程度は予想していた。だが、ここまで酷いことを注文されるとは思っていなかった。せいぜい、苦境に陥っている久原鉱業を買収すると言うことくらいしか予想できてはいなかった。(それでも現在の別府造船にとってはかなりの負担になるが・・・)

 しかし、まさか日本でも有数の巨大海運会社を買収することになるなんて誰が考えるだろうか?


「第一、わしゃこん話は自分ん部下にも話さなならんけん内密にするごつ先方に頼んだんちゃ」


「ちなみに、その先方とは・・・?」


質問に義男はウンザリしたように言った


「日銀の総裁、東洋汽船の社長、安田銀行の頭取、三井のドン、後久原。」


「日本経済ぅ支配しちょん連中やねえか・・・」


雷蔵は表情が一様に凍り付いた。

義男は一度お茶を飲んでから再び口を開いた。


「わしゃ連中に、こん話はいっぺん会社に持ち帰っち検討するけん、少しん間内密にしち欲しいと頼んだんや。・・・じ、連中は承諾した。」


「では、彼らがバラした・・・と?」


雷蔵が言った。

だがここに一つの疑問がわく


「だが何のために?」


「一番の理由は、断れのうならかするためやろう・・・世間に公表したら、やっぱし色々とやりにくうなる」



「東洋汽船は危ねえたあ聞いちょったがね、まさかそこまでたあ・・・」


「まぁ、この情勢で無理な配当を続けていたら、こうなるわな」


 アメリカ海員法の成立に起因するPMの精算を受けて、一時は太平洋における米航路の支配権を得た東洋汽船であったが、大戦の終結と共に訪れた海運不況、CMLや$lと言った諸企業の勃興と新鋭の商船隊の登場によって不況に陥ったのは、以前にも説明した。だが同時に、東洋汽船の体質そのものにも没落する要因は十分にあったようにも思われる。

 この会社は、希代の傑物とも言うべき浅野総一郎によって興されたことは前にも述べた。しかし、そのスポンサーには、安田財閥の総帥であった安田善次郎がおり、彼の理解を受けて天洋丸谷に本丸といった客船を次々と建造することで、東洋汽船を一躍海運大手へと成長させたのだった。

 ここまでならば、まぁ、よくあるサクセスストーリーで終わると思う。しかし、話には続きがあった。これ以降、東洋汽船のメインバンクには、安田銀行などが付くことになるのだが、彼ら投資家が望んだのは、早期の資本回収であった。まぁ、この当時の貨幣価値で考えるならば、目玉が飛び出るような額をこの企業に投資したのである。東洋汽船は十分な内部留保ができず、資本家からの投資によってのみ資金を得ることができるとか言う状況になってしまう。そのため、投資家達を満足させるため、東洋汽船は6パーセントという高利回りの配当を用意することによって、自体を何とか解決させようとしていた。

 こんな感じのある意味自転車操業的な経営を行っていた東洋汽船であるが、当初の経営自体は意外と上手くいっていた。確かに、内部留保がないため、浅野が資金調達に苦労した節は多々ある。しかし、安田善次郎などの浅野に対して理解のある投資家が気前よく資金を提供したことで、浅野の率いる東洋汽船は、天洋丸型や日本丸型といった貨客船団を整備することができた。

 しかし、東洋汽船が上手くいっていたのもここまでであった。1921年に安田善次郎が極右のテロリストによって暗殺されてから風向きは一気に怪しくなり始める。安田善次郎は東洋汽船にとってのバックホーンだった。彼のお陰で天洋丸型のような当時の日本にとっては課題とも言うべき船を整備できたのだ。事実、彼が生きている間、浅野はライバルの出現に備えて2万トンないし3万トンとか言う大型客船を建造する計画を実際に立案していた。しかし、その安田が死んでしまったことで、安田銀行は戦後不況などもあって資金提供を渋り始めることとなる。これによって、東洋汽船は一気に苦境へと追いやられることとなってしまったのだった。

 史実ならば去年の段階で日本郵船に対して客船部門および、南北米大陸西岸航路などを譲渡することで、なんとか体勢を立て直し、1930年代には新鋭のディーゼル商船隊を整備して利益を上げていたりするのだが、太平洋戦争の勃発に伴い、保有商船の大半を損失し、しかも国が保証を一切しないどころか高額な税金をふっかけてきたこともあって立て直しが効かず、日本郵船などに分割&合併の憂き目を見ることとなる。


「しかし、断れないようにすると言っても、他に方法があるだろうに・・・」


「そうだなぁ・・・どちらにせよ会議にかけてから・・・というのは、通常の判断だしな」


「ブンヤが先走ったか?」


「だとしたら、どうして連中は情報を漏らしたんだ・・・?」


二人は思わず首をかしげた。

断れなくするという意味は分かる。だが、それにしてもそのために世間に公表すると言うことの意図を理解しきれなかった。


「どうなさったのですか?」


ふと顔を上げると、そこには茜が湯飲みの載った盆を持って立っていた。


「ああ、ありがとう・・・チビたちは?」


「もうすっかり寝ていますよ」


「そうか・・・」


 なんだかんだで義男と茜はこの頃、二人の息子に恵まれていた。正月参りの翌年に茜は二人目を身ごもったのだった。これで、跡継ぎ関連は何とかなったと茜はほっと胸をなで下ろしたが、当の義男としては、別に息子だからって後を継ぐ必要はないんじゃないか?と考えていたりする。この二人の方向性の違いで、後に一悶着を興すことになるのだが、まぁ、蛇足である。

 そんな感じで、湯飲みを受け取った義男は、ふと戯れではあるが、気になることを尋ねてみることにした。


「ところで、ちょっと参考までに聞いてみたいことがあるんだが・・・?」


「お仕事に関わることでしたら・・・」


「いやいや、ちょっと聞くだけだから・・・実は今日の新聞で・・・」


義男はこれまでのいきさつを説明した上で、なぜ彼らが秘密をバラしたのか分からないと言うことを言ってみた。なにしろ、新聞に載った時点で、もはや秘密は存在しない物だと義男は解釈していた。


「・・・多分、なんですけど。これは、世間からの反発を買わせることでもあると思いますよ?」


茜からの意外な言葉に義男と雷蔵は思わず顔を見合わせた


「なんで?」


キョトンとする義男と雷蔵に茜は溜息をついた。


「・・・以前貴方は、東京にビルを建てられましたね?」


「ああ、営業所にな。情報収集とかが必要だし・・・」


「その時、新聞ではどう書かれました?」


「えーと・・・」


「確か、『また成金が馬鹿をやっている』・・・そんな感じだったな」


雷蔵が応えた。


「そうです。今、私達は少なくともこう見られているでしょうね・・・『成金』と」


「それは、そうだな・・・でも、それが何の関係が?」


「今の世の中、『成金』は嫌われているのですよ。それは、妬みや僻みかも知れません」


「それは分かっている。でも俺達は別府とかとの関係は良いし、東京でも避難所とか救援物資を用意してそれなりに・・・」


「でも、それが全国報道されましたか?」


「・・・されてないな」


「そうだな」


「世話になったのは近隣の方々のみでしょう・・・そして、世間は新聞のことを信じてしまいます。」


「人は、自分の望む物を信じます・・・お忘れですか?確か少し前に、鈴木商店の本店が燃やされるという事件がありましたね?」


「それは・・・でも俺達変なことやってないし・・・」


「私達がどう思おうが、そんな物は一般の方々・・・所謂世間にとってはどうでも良いのです」



「・・・」


ゴクリと喉が鳴ったが、茜はかまわず言を続けた。そしてそれはきわめて厳しい口調であった。


「普段の私達の視点は、自分たちの会社のこと。あるいは、近所のこと・・・ここで限界に達してしまいます。しかし、他の方の目で見てはどうでしょうか?」


「俺達が悪者と言うことか」


「そうですね。そして、彼らは何も関係のないところで、私達が踊りに失敗して転ぶことを望んでいる。勿論、今すぐここや、東京のビルを燃やすことには繋がらなくても良い。ただ、私達は馬鹿で傲慢な悪者であることを世間に印象づけることを狙っている・・・というのが、私の考えですわ」


「・・・な、なかなかにエグイことを考えるね」


「さすがに、儂もちょっと引いてしまったぞ?」


義男と雷蔵は揃って苦笑いを浮かべながら言った。


「これでも、貝島家の人間でしたから。・・・親族が汚職を行っているという噂や、三井や鮎川に乗っ取られたといった話をいくつも聞いてきました。そして、私自身もそうした世界で生きていたのですから・・・」


 茜は落ち着き払ったような声で、コロコロと微笑みながら言った。しかし、彼女の瞳は全く笑ってはいなかった。義男達は、これまで妻がみせることの無かった魔王の如き黒いオーラに思わず身震いをしたと同時に、彼らの狙いと、自分たちの立ち位置を ある程度(・・・・) 理解することになった。もう、自分たちはこれまで通り九州の端でのんびりと仕事をしているような会社ではなく、日本中のあるいは世界中の名だたるライバル達と戦わねばならなくなったのだということを。


 

皆様こんばんは

活動報告で一週間以内にある程度あげるとかきましたが・・・

すいません、やっとできました。

未来からのお話も、なんとか出だしが書けましたので、第2話と3話との間に投稿することにします。多分、こんな感じに少しずつ投稿していくことになると思います。後、別のお話も、近いうちに挙げていこうと思います。書きたいことが一杯あるというのも考え物ですね・・・


今回は、ようやく義男達が自分たちの立ち位置をある程度理解することができたようです。まぁ、10年ほど前まで地方の中小企業のオッチャン連中でしかなかったのですから、いきなり日本の政治に関われという方が無理でしょう。


所で、皆様ゴールデンウィークは如何お過ごしでしょうか?農家の皆様はボチボチ茶摘みや田んぼで苗の植え付けが始まる時期ですね。兼業農家をやっている友人から「この時期を俺達はガッデムウィークと呼んでいる」と言われましたが、本当なんでしょうかね?

ちなみに、私は艦これやったりコマンドー見たりしてすごしてました。


次回は、社内で頭抱えながら会議したり、今後の展望を考えたりするみたいです。

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