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合併

1927年3月14日


「・・・今日正午頃に於て渡辺銀行が到頭破綻を致しました。」


 大蔵大臣、片岡直温のこの一言によって、日本金融市場は大混乱を起こした。所謂、昭和金融恐慌という奴である。この言葉を新聞は大々的に取り上げ、庶民は自らの預金を現金に換えようと窓口に詰めかけ、取り付け騒ぎとなった。その後、本当に東京渡辺銀行が破綻したことを発端とし、鈴木銀行、台湾銀行といった各地の銀行が次々と倒産していくこととなる。別に肩を持つ訳ではないが、このオッサンが全て悪いわけではない。ただ、引き金を引いた実行犯だと言うだけだ。まぁ、それでも十分に問題なのだが。


 金融恐慌が発生する要因はいくつもあった。全ての原因は、世界大戦時のあの未曾有の好景気の時に、多くの企業がその莫大な需要に応えるべく、大規模な設備投資を行ったことだ。設備投資にはお金がいる。そしてそれは基本的に、銀行からの融資で賄う。当時は作れば何でも売れた物だから、本当にやったかどうかは知らないが、羽振りの良い社長さんが一円札を明かりの代わりに燃やすなんて事もあったほどだ。

 だが、戦争は4年ほどで終了。それと共に不景気がやってきた。それが一段落したかな~?と思ったら今度は関東大震災が発生し、その復旧やら何やらで一瞬だけ好景気が発生するも、すぐまた不景気がやってきた。そのため、倒産やら休業やら吸収合併されたりする企業も続出しており、銀行も圧倒的なまでの資金不足によって青息吐息だったこともあって、いつ銀行が破綻しても可笑しくなかったのだ。なので、この発言がなかったとしても1ヶ月以内には恐慌は発生していた可能性が高い。なぜならば、一連の騒ぎが一段落した後、再びとんでもない事態が発生したからだ。鈴木商店が、経営破綻したのだ。


 鈴木商店と言えば、近代経済史におけるビッグネームである。総支配人金子直吉の辣腕によって、僅かな間に、一時は三井以上の巨大財閥にのし上がったのだから。だが、見境なしとも言うべき多角経営は、放漫経営をもたらし、戦後不況やら新聞に踊らされた暴徒に本社を焼かれたりしたこともあって、この頃にはすでにかつての栄光は陰り、銀行からの借り入れによって辛うじて命脈を繋いでいる状態だった。だが、そのメインバンクたる台湾銀行は、関東大震災の折に多額の震災復興手形を購入していたし、また、多額の融資によって経営は苦しかった。そんなわけで、台湾銀行としてもこれ以上の鈴木への融資は不可能と判断。台湾銀行は鈴木商店に対しての新規融資の停止を行った。だが、これが終わりの始まりだった。この頃の台湾銀行の鈴木商店への融資額はおおよそ3億5千万円。今の額で言えば3兆円くらいになる・・・うん、普通にヤバイ。そして、これは確実に焦げ付く。・・・というわけで、台湾銀行と取引のある他の銀行が一斉に資金引き上げを開始。事実上、台湾銀行は経営破綻した。政府も一応台湾銀行救済のための行動を取ろうとしたのだが、それが当時の与野党の政争の具とされてしまい、対応が遅れ、そのことなどもあって近江銀行や蒲生銀行といった銀行が次々と経営破綻したり休業したりし、日本経済は大混乱することになる。

 ちなみにこの後、人々や企業は「小さい銀行だといざというとき不味いよね!」と言うことで、三菱や三井といった昔からの巨大財閥系の銀行に預金を預けたり、取引をお願いするようになる。財閥の寡頭体制が始まったのだ

 

 前置きが長くなって読者諸兄には誠に申し訳ないのだが、この時我らが義男はといえば・・・顔を盛大に引きつらせていたりする。

 

 1927年5月12日 日出町


「たのむ!この通りだ!」


 この日、義男は日出町の会議室にいた。目の前には何人もの男達が頭を下げている。その光景は結構壮観なのだが、義男と雷蔵は顔を引きつらせていた。これもやはりというべきか、ここ数ヶ月の間の金融の混乱が原因だった。

 目の前にいるのは、成清信愛を筆頭に、日出経済を支える者達であった。ちなみに、成清は朝陽銀行の頭取であり、大分金融界のトップとも言うべき状態で、文字通り大分の地方銀行はこの人の手の中にあった。後、成清鉱業の社長でもあり、小さいながらも財閥を形成していたりする。別府造船にとっても、彼の大分銀行はメインバンクであり、決して無関係というわけでもなかった。

 

 ここに義男と雷蔵が呼ばれた理由はただ一つ。日出の企業団からの買収のお願いである。以前にも言ったが日出は大分経済の中心だった時期である。別府はまだこの頃はちょっと有名になり出した地方都市の域を出ていなかった。この頃の日出には、大塚御三家と呼ばれた三つの家があった。酒蛭子、油蛭子、醤油蛭子である。この三つの蛭子さんは頭の通りにある物を取り扱っていた。

 他にタグボートや宇和島汽船の船問屋だった播磨屋、日出製糸といった会社があった。江戸時代から続く老舗も、戦後から続く不況に耐えられなかった。極楽とんぼ見たく気楽でいられるのは、義男達の別府グループだけだった。内実は義男達も決して楽とは言えないのだが、そんな状態ででっかい製鉄所を作ったり、暢気に仕事もせずに(※できないから)茶を飲んでいるのだ。他の企業に比べれば遙かにマシである。それができる理由はただ一つ。海外から金を引っ張ってきているからに他ならない。


「しかし、ウチとしても楽では・・・」


 義男は何とか断る口実を探そうとしていた。さすがに、現状で新しい業務に手を出すのは自殺行為だと分かっていた。今はまだ何とかなる。アメリカやドイツ、フランスと言った海外の株式投資に手を出しており、そこから金を稼いでいたし、また、その金を担保に、アメリカのシティバンクなどから金を借りていた。アメリカから金を借りることができた理由はいくつかある。一つはドイツからやってきたユダヤ人のコネ。もう一つは、義男自身の成功。本人は火の車の経営を何とかするために色々やっていたのだが、どうやら、それがウォール街の人々から目を付けられたようだ。

 だが、これから先はどうなる?後数年でアメリカの経済は爆発する。まだ表面化していないが実体経済は悪化しつつある。今はまだ風船が膨らんでいるから何とかなるのだが、爆発に巻き込まれたら間違いなく火達磨になる。尤も、本人はそれを利用するために金を用意しているのだが、最悪その金が吹っ飛びかねない。冗談ではない!

 しかし一方で、地元との繋がりも無視することもできなかった。別府グループは只でさえ、大分の地域経済においてはもはや無くてはならない存在と化しつつあった。生活面では鉄道や海運業にのりだしていたし、造船や鉄鋼など、大分最大の重工業企業でもある。今や、義男か雷蔵がお願いすれば、その通りに町政が動く程度には政治的経済的地位は高かった。だからこそ、そうした権利を得ている以上義務は果たさねばならなかった。


「それは、こちらとしても理解しています。そこをなんとか・・・」


 成清にとっても、必死だった。ここ数ヶ月の金融危機は戦後不況によって経済が沈滞しつつあった大分経済に再度の大打撃を与えることとなった。これにはさすがに明治以前より資本を有していた老舗達も耐えられないと見積もっていた。そして、その通りになりつつある。

 その救済に動くべき自分はと言えば、資本の不足もあって立っているのがやっとという状態だ。辛うじて、酒蛭子の買収こそ何とかできたが、現状ではこれが限界だ。国や県も補助金などの救援の施策を依頼したが、中央では立憲政友会や憲政会の政争が続いており、それどころではない。

 こうなれば最後の手段として、別府グループに救済を依頼するしかなかった。かの企業団は義男の伝で海外からの資金供給を受けており、軒並み無事であり、それどころかさらなる設備投資に全力全開で取り組んでいるのだから、十分に可能だろう・・・。


「どげえする?」


「どげえするもこげえするも・・・断れんやろう」


 取り敢えず昼食休憩と言うことで、商工会議所を出て近くのうどん屋にやってきた義男と雷蔵は揃って頭を抱えた。断ることはできない。しかし、こっちもあんまり余裕はないのだ。特に義男はもうちょっとしたらまた恐慌がやってくることを知っているから余計である。


「そげな日出中ん企業ん買収なんかしきるわけ無えやろ!」


「そりゃ俺も分かっちょん!でん成清さんの手前、そげな訳にもいかんやろうが・・・」


茶を一口飲むと、雷蔵は続けた。


「分銀には、昔から世話になっちょん・・・それこそ、昔の国立銀行の頃からな」


「あんときは、良うしてもろうたよ・・・日出ん衆にもドイツ人がやっちくるときにも随分無理ぅさせたけんな」


天ぷらを囓りながら義男は言った。丁度いい感じに出汁がしみこんでいるので上手い。


「でも・・・全部は無理だ。どげえ考えてんな」


「だけん、先方にも多少ん無理はしちもらう必要がある」


「まず、いくつかん企業は統合さする」


「業種も変換せないけんかもな」


「醤油蛭子やらは日出食品と合併するとしち、問題は・・・」


「製糸業やな」


 この時代、日出をはじめとする周辺では、生糸生産が盛んに行われていた。そのため、日出製糸や速見製糸といった繊維系企業がいくつもあったりする。が、元々の規模が小さかったことなどもあって、その他の企業同様、この不況の波に呑まれつつあった。やがて、日出製糸は南大分製糸へと合併したりする。


「買うんか?」


「まぁ、買わな、仕様がねぇ。まだ、規模が小せえんが多いくて助かったちゃ。ただし、できるだけ合併ん時ん資金は小そうせな・・・後、分銀からも融資ぅ頼まなな」


「そげな余裕有るたあ思えんが・・・」


「出さする・・・こげなもんシティ銀行が金ぅ出しちくるるたあ思えんからな。そん辺ん交渉は任する。俺は、そん金ぅ増やしちくるよ」


「はっきり言うが、赤字になるな仕方ねえやろうが・・・」


「赤字になるが問題は、自分ん体にどげえしち取り込むかちゃ」


 少し時間がたったせいか、つゆを吸って柔らかく伸びた麺を啜った時、義男は内心もう少しはやく食べておくべきだったと若干後悔したが、もう後の祭りだと思い直した。今やるべき事は、傷を少しでも小さくし、そして食った物を如何に有効な栄養として活用するかだった。


「当てはあるんか?」


「金はいるがな・・・いくつか方策はある。時間もかかるけど」


「分かった。そっち方面はお前に任する・・・重役連中にも話は通しちょくよ」


「たのむ」


 そう言うと義男は雷蔵に頭を下げた。丁度、器も空になったと言うことで、二人は商工会議所へと向かった。 結局、義男と雷蔵の提案に成清やその他の企業は首を縦に振ることとなる。というか、倒産か合併か選べと言われたら合併を選ばざるを得ない。

 もちろん、いきなりいくつもの企業が一斉に合併して別府造船傘下になるというわけではない。さすがにそれは両者共に無理である。まずは、1~2年ほどの準備期間を保って、その後合併して新会社として別府造船の子会社になると言うことが決まった。

 成清としても、別府造船に無理をさせる手前、口だけ出して知らんぷりとは言えず、自らも酒蛭子と南郡屋を合併、買収の上、なんとか資金をひねり出し、合併時の融資を別府造船に手渡した。そして、辛うじていくつかの別府造船の傘下企業ができあがることとなる。これらの企業はその後、別府グループの中核として、戦間期末期~第二次大戦期にかけて成長していくこととなる。

 だが、義男達別府グループにとっては、これはまだ始まりでしかなかった。この後、別府グループは創立以来最大の危機を迎えることとなる。

 


 1927年5月22日


 地元企業団との合併話も何とか纏まり、取り敢えずしばらくは海外に投資して種金をつくらないとと思って久方ぶりに仕事に精を出そうとしていた義男であったが、不意に秘書がやってきた。


「社長、お電話です」


「電話?誰からだよ・・・発注か?」


「それは・・・」


秘書が言う前に義男は受話器を取った。


「もしもし、社長の来島ですが・・・」


『ひさしぶりだね。来島さん・・・』


 その声に義男はびくりと震えた。何しろ、義男と面識がある人物だった。男の名は久原房之助という。久原財閥(後の日本産業)のトップであり、政財界に非常に顔の広い人物だった。日産を興した鮎川義介の義理の兄でもあった。義男とは、日出にある精錬所の土地買収の事が切っ掛けだった。あそこは、久原鉱業の土地だったのだ。

 二人はひとしきり世間話をした。最近のお互いの企業はどんな感じかという物だったが、双方共に当たり障りのないことだった。


『それで・・・そろそろ本題なんだがね・・・東京に来てくれないか?会わせたい人物達がいるんだ。そこで、大事な話をしたい・・・』


これが、義男にとっての最大の危機をもたらす物となるのだが、その時の義男にとっては単に嫌な予感がするだけだったりする。



 

 

皆様こんばんは

まずは、何の通知もなしに、44話「航路」を途中挿入してしまったこと、誠に申し訳ございません。

以後、途中挿入する場合は、前もって何らかの手段で通知することにします。


さて、今回は昭和の金融恐慌です。

最初は船の話を出そうかと思ったのですが、時節柄難しいと考え次回以降に持ち越しすることにしました。

鈴木商店は台湾銀行から縁切りされて倒産した訳なのですが、その台湾銀行も潰れてしまいました。正確にはもうちょっと続くのですが、それでも往時ほどの力はなかったようです。

多分、金子はそれも見越して多額の融資を受け取っていたのかも知れません。「儂らが潰れたらお前らも潰れるのだから、しっかり支えてくれよ?」みたいな感じです。結局、台湾銀行は体力を使い果たして倒れてしまいましたが・・・でも基盤が強い銀行は財閥系ですから、おいそれと融資を受けるわけにもいけません。金を握られるというのは、首を捕まれることと同じなのです。

義男も似たような状況になりつつあります。国内の銀行ではなく、外資に手を出しています。上手くいっている間は良いですが、下手をすれば首を根っこごと引っこ抜かれかねませんので、まさに綱渡りです。その辺のことはまた追々語っていくこととします。


次回は、東京で義男が色んな人から色んなことを言われます。


ありがとうございました。


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