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教育

 古い諺にこういうのがある。

 

『もしも釣りをしているときに、餓えている人間がいたら、その人には魚を釣って与えるのではなく、釣りのやり方を教えてあげなさい。』


これは昔々の言葉で、ここに書かれている意味は『教育って大事だね』ということである。そう、教育とは何時の時代であっても必要不可欠なことであった。こと、近代国家の発展には教育はどうしても必要となる。特に、読み書き算盤といった基礎中の基礎は必須であると言えよう。それによって人々の効率的な、そして高度な職務の遂行を可能にしたのだ。



1921年12月10日


 「学校を作りたいんだけど・・・」


ある休日の来島家の居間にて、雷蔵と義男が話し合っていた。


「学校?村にも日出にもあるやろ?」


「違う。そんなんじゃなくてもっと専門的なことを教える所」


「というと?」


「一般常識も大切だけれど、溶接、ビス打ち、航海術、汽車の運行、車の運転・・・」


「そりゃあウチでやっていることか」


「新米には研修の一環で教えているが、それだけじゃダメだ。どうしても片手間になりがちだし、中途半端になって効率も落ちるし。それならどちらかに専念させた方が楽だ。」


「それに、多くの技術を一気に習得できる・・・か」


「ああ。専門知識や技術をもっていれば強い。今の時代、一人の凄腕の職人も大事といえば大事だが、当たり前のことを当たり前に出来る100人の技術者の方がいいんだ。」


「確かにな・・・」


「もちろん、職人にも相応の仕事を与える。普通の技術者には出来ないすごいことだな」


「それなら両立も出来るし、両者の不満も少ない・・・か」


「そういうこと。」


 義男はこの時期少し悩んでいることがあった。技術の後継問題である。義男は知っている。この後15~6年ほどしたら発生するであろう軍の肥大化と徴兵の開始。これによって熟練の技術者が引っこ抜かれていくことになるのだ。それが日本の国力や経済に暗い影を落とすことになる。なにしろ当時の日本は大量生産技術はまだまだ未熟であり、職人が工業を支えているという状況であった。にも関わらず、その技術者を徴兵している。ただ、これにも理由は存在する。国民皆兵制度である以上、その制度内で免除される範囲にない以上、徴兵が平等である観点からも技術者を戦場に引っぱっていく必要性があったのだ。つまり、制度上の大きな問題でもあった。だがこれによって、日本の工業力は年々低下していくこととなる。最終的には役立たずといってもいい学校から引っ張ってきたド素人に一線級の戦闘機を作らせているのだから。これは造船技術や軍事技術の一部に対してある一定の水準の知識を持っている義男にとっては恐怖すべきことであった。


 ならばどうすべきか?大量の技術者を用意する。その中でも溶接は、従来までの鋲の打ち込み作業よりも比較的簡単であり、技術者の育成も比較的簡単であった。そして、使える幅も造船だけでなくに無数に存在していて広い。だからこそ多くの溶接工を別府造船は育てることにしていたが、大量に育成するとなると従来までのような片手間で行うことは難しい。ならばということで、いっそのこと学校を作ることを計画したのだ。でも溶接工だけではなんか勿体ないので折角なのでどうせなら船員の育成を行うために商船科や通信科などを設けることにした。さらに・・・


「ついでにな、そこに女子も通わせようと思っとる」


「女?」


何を言っているんだこいつとでも言ったような顔で雷蔵は義男を見た。

が、当の義男は至って真面目であった。


「そんな変な目で見ないでくれ。悲しいやろ?」


「じゃけんど、女をか・・・?」


「アメリカやとやっとるで?いや、欧州もや」


 第一次大戦中、男手が少なくなった欧州では不足した労働力の穴埋めのために各国で女性が工場で働くことになる。中には砲弾工場などの危険な仕事も行うことになった。国の全てが戦争に振り向けられる。それが総力戦であった。義男はそれが本命だったりする。


「そりゃあそこもやっとるが・・・」


「俺は女性の人権啓発運動とかそういうのに興味なんてない。けど、やる必要があると思ってる。」


「というと?」


「あくまで仮定でしかないけど、もしもこの国が欧州のような総力戦に参加したら?」


「間違いなく男手は減るだろうな」


「そう。クソ忌々しいことに徴兵によって熟練工が引き抜かれる可能性がある。」


「そうなれば作業効率は半減・・・いや、下手をすればもっと酷いことになりかねん。ド素人に鋲打ちや機関の製造を任せて大事故が起こってはそれこそ目も当てられん」


「挙げ句の果てには進水式と同時に沈没かもな」


義男は自嘲気味に言った。


「冗談やねぇ。そげなこつされちたまるか・・・つまり、そういうこつか?」



「俺は女の人権運動なんて興味もないが、女の社会進出は必要だと思っている。働き口だけだと奴隷労働になりかねないから相応の待遇でな。」


「まぁ、確かに。野麦峠のようなのはいかんな。」


 雷蔵が言ったのは当時の女性労働者・・・いわゆる女工のことであった。この時代、女性の仕事の一つとして紡績工場での労働があった。当時の日本の主力輸出産品は生糸であった。それは時代が大正になって重工業がある程度発展してきた現状でもそれほど変わることはない。だが、その職場での労働は過酷なものであった。現代の所謂ブラック企業と呼ばれるもの以上のダークな職場であったという。小説、「ああ、野麦峠」では、職務中に妊娠した女工が峠で密かに出来た子供を産み落として捨てていたことから野産峠・・・野麦峠となったのだと記している。本当はもっと別の由来なのだが本当にそういうことはあったりするのだからたまらない。


 しかし一方で、実に意外ながらそうした紡績工場の女工達はその生活に実はある程度満足していたと当時の女工のアンケートに記録されている。それは給与や生活環境などの待遇の面ではなく、他の女性と話が出来るということであったという。というのも紡績工場で働く女性の多くは基本的に農村部の出身であった。そうしたところでは基本家に押し込められて隣村の女性と話をすることもほとんど無かったという。だがこうした工場は全国津々浦々からの女工が集められるため、色んな人間と話などが出来る。それが良いのだという。現代の我々からは想像も付かないくらい閉鎖的な社会がこの時代では普通に都会から一歩出たら広がっていた。それは別府造船のある大神村でも同じであったが、第一次大戦の好景気で別府造船が大規模に拡張されて多くの人がこの土地にやってくるようになったり鉄道が通ったりすることでそれはある程度解決されていた。


 義男としては平塚雷鳥らのいう女性の人権啓発運動には興味の欠片も持ってはいなかったが、それでも企業の経営者としての観点から女性という日本の人口の半分という膨大な労働力を眠らす必要性はないとも考えていた。世の中では女の労働者は存在してはならないなんて言う輩はいるが、義男にしてみれば「だったら労働力が足りなくなったときはどうするんだ?答えろよ?24時間365日働けと?そんなこと考える奴なんて死ねばいいのに」というだろう。労働力が足りなくなれば余っているところから補充を受ける。それも、相応の対価を払って!というのが彼の持論である。

 義男は知っている。この先に起こる二度目の世界大戦によって日本は膨大な労働力を兵力へと転換することを。兵士は何も生まない。ただ消費するだけである。問題は、それによって起こる生産性の低下である。生産性が低下すればそれだけ前線に送られる武器弾薬食料の総量が低下する。総量が低下すれば戦闘行動の限界線が大きく下がる。要は簡単な算数である。


 そうした意味でも彼の女性の労働力としての活用はどうしても将来的に必要になることであった。もちろん、相応の対価は払う。寿退社をされるのは痛いため、共働きが可能なように会社復帰のシステム形成や、妊娠した際の1~2年の育児休暇や少ないながらも資金援助だって行おう。それくらい軽くやってやろうではないか!その代わりみっちり勉強してもらうし、技術だって身につけてもらう。義男が欲しいのは単純労働しかできない素人労働者のような「人手」などではない。そんなものはいらない。必要なのは、その道の技術に通じたスペシャリストたる「人材」である。男女なんて関係はない。男でも出来ない奴は出来ないし、女でも出来る奴は出来る。ちなみに前世の義男は仕事の出来ない入社7年目でも下っ端という万年平社員だったらしい。


「で、どうする?」


「そうだな。作る必要性はあるだろうな。人材を一気に手に入れられる大きな機会だ」


しかし・・・と続ける。


「工業に製鉄、電気通信、そして航海術・・・なかなか大風呂敷に過ぎないか?」


「どれもこれも俺達にとっては必要不可欠な職種ばかりだと思うぜ?別府汽船も今でこそドイツ海軍軍人を大量雇用したから運用されているけれど、このままだと人材が先細りだ」


「しかし、どこを見て回っても船舶は過剰気味になっているみたいだが?鋼材価格も戦災復興が一段落したから落ち着いているし」


「今はな・・・だが日本の商船の多くは中古でのろいボロ船だし、安土丸型だって一部はもう老朽化しつつある。あともう5~6年もしたら新しい船が必要になるだろうよ」


「そして、その時にまた大量の鋼材が必要になる・・・」


「日本は外国に比べて鉄が高いんだよ。アメリカじゃ鉄はその辺で捨てられていたりするって言うのにこっちじゃ目の色変えて拾ってやがる」


義男はそう言って溜息をついた。


「それもこれも日本という国家自体の生産力が低いことに起因している。だったら俺達は俺達の食い扶持を自分で稼ぐしかない」


「必然的にそうなる・・・か」


「そういうこと。そして、まずはそれが出来る人間を増やすこと。技術を持つ人間が居ないといくら良い機械をもっていたとしても直ぐお釈迦にしてしまうし、そもそも物を作り出すことだって出来ない」

  

「そして、人材は多ければ多いほどよいというわけだね?」


「分かった。重役会議でもかけてみよう」


「なんとしてもこれは実現させたいしな。なにしろこれからは不景気だ。だからこそ人間を育ててノウハウを守っていかなければならない」


「老人しかいない会社だと、生産効率も寿命も迎えてしまうからな・・・やはり若い人間は定期的に必要と言うことか」


「そう。それもバランス良くね。一気にどかっと人手がいるときは期間工で十分だが、そうじゃない。プロフェッショナルはおいそれと流出させてはならないし、絶やすわけにも行かない」


「全ては、我々の将来のためだな」


「金はかかりそうだがな・・・」


「将来のための必要な投資と言うことで我慢すればいい。いつかきっと実るときがくるさ」


「そして、会社が万が一潰れても、人がいれば金がそう多くなくても会社はよみがえることだって出来るか。やはりそうした意味でも必要だな。尤も、復活させるときには会社を存続させたいという気概もいるがね。お前にはそうした芯が必要だと思うぞ?」


「その辺は努力するさ・・・そして、会社が立ち上げられなかったとしても、人材が死滅することは無い。ならば彼らが新しい種をまいてくれるハズだしな!」


義男と雷蔵は楽しそう笑いながら言った。

その時の義男の脳裏には、例え戦争に史実通り敗れて会社が解散することになったとしても、必ず復活させてやる!・・・そういう考えが浮かんだ。


 後に、南海部郡・・・現在の佐伯に中浦と呼ばれる地域があるのだが、そこに一つの学校ができあがることとなる。大分で初めての私立の工業専門学校たる中浦高等工業学園である。航海科、工業科、電気通信科などのいくつもの専門部門を有したこの学校は、通常の高等工業学校とはちがって女性の入学を日本で初めて認めるというきわめて特異な学校としてできあがることとなる。

 当初こそ嘲笑されたり奇異な目で見られた学校であるが、しかし時代が流れて行くにつれて、そして別府グループが躍進するにつれてやがてこの学校は日本でもトップクラスの工業学校として君臨することになるのだが、そのことを知るものはまだ誰も居ない。当然ながら義男もそんな大それたことになるなんて考えても居なかった。

 それでも、校庭の片隅には義男と初代の校長となった雷蔵の銅像が建っている。義男はそれを見たら多分気恥ずかしさのあまり頭を掻いて誤魔化すだろうと彼の妻であった茜は語っている。




 


どうもお久しぶりです。

半ばには上げられるかな~と思っていたら7月に入って直ぐに「君、一週間くらい出張な」とか言われました。炎天下で仕事してましたのでとんでもなく暑かったです。

さて、今回は学校です。中浦は大分県佐伯にあります。地図を見てタラ静かな所だな~と思ったので丁度いいのでここに学校を作ることにしました。モデルは舞鶴高専です。私は高専にいけるほど頭が良くなかったのですが、見に行ったことはあります。それを私学にしたと言ったところでしょうか。ただし規模はずっと大きくなるかもしれません。


次回は、日本の鋼鉄事情をお話ししたいと思います。


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