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誤算

 歴史という物は、ほんのちょっとしたことで変化してしまうことがあり得る。例えば、よくSFなどで言われていることであるが、過去で予定されていない人が一人死ねば、未来ではその人の子孫は存在しない・・・とかいうことも普通にあり得る。そう、だからこそ歴史の改変という物はそれを意図しようがしまいが妙なところから起こりうる可能性という物があるのだ。それ故に恐ろしいものであるといえるだろう。



1922年2月7日 別府造船所 社長室


「・・・どうしてこうなった」


義男は新聞をみつめながら呆然とした。


 義男は新聞は複数とる人間だった。前世では余り新聞を読まない人間であったが、情報を手に入れるために複数新聞を読むように心がけている。一社だけでは情報やその新聞社の持つ特有の思想とやらによって踊らされてしまうからだ。本来、新聞とは思想に偏りがあってはならないはずなのだが・・・


さて、この日発刊された新聞の一面にはいずれも似たような見出しがあった。


『華盛頓海軍軍縮条約締結さる!対米六割!?』


・・・だいたいこんな感じである。


 新聞社によっては「断固拒否すべきである!」とか色々と煽り文章を書いたりしているが義男にとってはそんなことはどうでもよかった。対米六割は史実通りなのだから。

 義男としては、それでもなお日本の軍備はその経済の割に非常に過大な戦力を有しているといえた。経済基盤が貧弱なくせに現状では先頃完成した長門を含めると9隻もの戦艦を保有している。これはアメリカや英国に次ぐ数である。しかし、経済や工業力では英国どころかフランスやドイツに勝つことができないくらい貧弱な物であった。だからこそ、本心としてはもっと少ない数の戦艦でいいんじゃないか?戦艦なんて条約が開けてから条約の網の目を縫ってもっと強い代艦を建造すればよいのだし、あるいはイタリアのように魔改造するというのも楽しいとすら考えていた。だからこそ、史実通り対米六割という数字にはある種の不満と納得が降り混ざっていたりする。


しかし、義男にとっては面食らわざるを得ないことがあった。重要なのは、その後の文章の中に書かれていた一文である。




『軍艦陸奥、廃艦へ』




いずれの新聞を見ても陸奥という軍艦が解体されると書かれているかもしくは新造の戦艦はすでに完成している長門ただ一艦のみだと書かれている。


「嘘だろ・・・」


義男は信じられなかった。史実のワシントン海軍軍縮条約では戦艦陸奥は色々すったもんだがあったとはいえ、結局は保有が認められている。だが、ここではどういうわけか廃艦処分と書かれているのだ。


「まさか、こいつがバタフライ効果・・・ってやつじゃないよな?」


アハハ・・・と冗談めかしたように笑ったが、その声はいつも以上に乾いており、それでいて震えていた。


 バタフライ効果というものはよく言う奴で、北京で羽ばたいた蝶が作り出した小さな風が10日くらいしたらアメリカで暴風に変わるという物である。つまりは、小さな揺らぎがやがては大きなことにつながるという意味である。タイムスリップものや二次創作ものなどではよく出てくる物である。義男はそれを警戒しており、せめて世界恐慌まではめだった政治活動は控えようと考えていた。

 だが、現実に歴史は変わってしまった・・・いや、歴史が変わったと言うことでは、本来ならば歴史に残るはずのなかった別府造船が、やはり歴史上には影も形もない安土丸型貨物船を大量建造した時点ですでに変わっているといえるのだが、兎にも角にも歴史は変わってしまった。海軍が史実以上に弱くなってしまったのだ。これは、ゆゆしき事態であるといえた。もしも、義男が歴史を変えることができず、そのまま戦争に突入してしまったら、日本海軍は史実よりも貧弱な戦力で戦わなければならないのだ。

 尤も、太平洋戦線では戦艦は旧式かつ高速な金剛型位しか活躍しなかったのだが・・・(最も旧式で、つぶしがきく存在であったことが最大の理由であろうが)大半はトラックなどの港で惰眠をむさぼっており、十分な活躍ができなかったのだが、だからといって安心であるとは限らない。なぜならば、戦争の推移まで史実通りに行くとは義男にはとてもじゃないが思えなかったからだ。現に史実では存在した陸奥が姿を消した。ということは、史実では全くの損害なしに終了した真珠湾攻撃もこの歴史では大損害を起こしたあげく失敗したなんてことになりかねない。現に義男は前世でそれが起こった架空戦記をいくつか読んでおり、それをおぼろげながら記憶していた。


・・・確証など全くないが、それは同時に否定する証拠がないというというのと同義である。故に義男は顔を真っ青にしていた。彼自身何が何だかさっぱりわからなかったからだ。


そんな感じで呆然としていると、社長室に一人の男が入ってきた。営業取締役兼副代表取締役の後藤だった。


「どうしたんですか、朝っぱらからぼーっとして?」


「あ・・・ああ。陸奥が建造されないことに驚いていてね・・・」


「ああ、あれですか。まぁ、工事が遅れとったという話がありますし、多分そのせいじゃないですかね?」


何食わぬような顔で言った後藤の言葉に義男はないか引っかかる物を覚えた。


「工事が遅れていた?」


「・・・ええ。先月、横須賀の方に見学にいっとったのですが、その時に工員の話を少し又聞きしましてね。ただ、しっかりとした証拠がなかったので、報告書には書いてませんが・・・。」


 そこで義男はああ、と合点がいくような顔をした。海軍の造船の現状を確認してもらうために、後藤や宮部、黒田などに横須賀で陸奥などの海軍艦艇の建造を見てきてほしいと言っていたのだ。このころ、日本海軍は八八艦隊建設を推し進めていたのだが、それに対して限定的ながらこれまでの秘密のベールを取り払い、それなりの情報公開を進めていたのだった。義男はこれを機に、丁度よいのでちょっと海軍の技術を見てきてくれと後藤や黒田に頼んでいた。ちなみに義男はほかに仕事があったので行かなかった。


「その話を詳しく聞かせてくれないか?」


「いや、私もただちょっと工員の主任が「只でさえ遅れてるんだから・・・」といっているのを・・・」


「そ・・・そうか・・・」


ふむぅ・・・と義男は席に座り直し、机の上に無造作に置かれた新聞を見つめた。


 造船という物は、建物を建てると言うことと何ら変わることはない。なにしろ、竜骨という名の土台を作り、そこから少しずつ作っていき、船殻、機関などの内部構造、そして上部構造という風に造っていくのだ。だからこそ、ちょっとした手違いや材料の遅れなどで遅延すると言うことなどはじつは割とよくある話で、金剛型戦艦の榛名は妹である霧島よりも機関の試運転が六日程遅くなってしまいそうになって、おかげで現場の主任が責任を感じて喉をかっ切ったなんて言うエピソードは有名である。


 つまり、工事には遅延がある意味つきものでもあるのだ。だが、義男が気になったのは『なぜ、史実では上手くいっていたはずの陸奥の建造が遅れたのか?』ということであった。バタフライ効果とかそんなものはどうだっていい。結果には必ず原因が存在するのだ。まずは原因を究明することから始めなければならない。


工事が遅れる原因というのは大きく分けて二つ。


一つが工事の工程管理の失敗である。人員の配置が悪かったり、事故などで工事の時間が伸びるなどといったものがある。


もう一つが資材の調達がうまくいかなかったときである。資材が品薄だったり、資材の搬入が遅れたりしたとき。あるいは両方か・・・。


大体こんな感じである。


 このどちらも別府造船所は経験している。先の世界大戦の時に別府造船は安土丸型を大量建造したのは周知の事実であるが、その陰では船舶の建造に鉄材が不足していたりして建造が一時中断したり、あるいは初期ロットの船では別府造船初の大型船であったこともあって建造に手間取り、半年以上も建造が続いていたほどである。

 こうしたものは品質の管理や大量生産に支障をきたすため、現代工場ではチャートなどを使った工程管理が行われている。ちなみに、図やチャートを用いた工程管理や品質管理が行われるようになったのは1930年代初期と意外に新しい。 別府造船でも義男の主導の下、そうした新しい行程管理法を立案している真っ最中であるが、なかなか思うに任せない状態だった。

 

 しかし、義男は今回、工程管理の方はあまり重要視しなかった。ワシントンで会議が行われていたのは、陸奥の建造がなされているまっただ中である。つまり、この時点で八八艦隊計画の縮小は海軍はある程度理解していたであろう。それ故に、少なくとも陸奥くらいは・・・と、突貫工事で建造が促進されていると考えられた。


 ならば、考えられるのはもう一つ・・・資材の逼迫である。そこに思い至った義男は、ここ数年分の四季日報に手を伸ばした。そして、主に鋼材価格や製鉄会社の株価に目を通していくうちに、だんだん顔を真っ青にしていった。それは、社長室で暇なのでお茶をすすっていた後藤にも十分にわかるものであった。


しばらくして、日報を閉じた彼は放心状態になっていた。

後藤は「大丈夫ですか?」と駆け寄ったが、義男はしばらく返事をしようともしなかった。


だがそれからまたちょっとして、義男は


「あ・・・あはは・・・」


と震えながら笑い出したのだった。

後藤はとうとうこのオッサン(後藤より年下だが)狂ったか?と思ったが、すぐに義男が笑うのをやめて下にうつむいたのでその考えを安心して捨てることができた。


やがて、ため息をついた義男が「ちょっと一人にさせてはくれんか?」と後藤に頼んだことで、後藤は社長室を出て行った。


一人になった社長室で義男はボソッと呟いた。


「・・・俺のせいだ」


その顔には、後悔の色が浮かんでいた。


 そう、陸奥が建造されなかったのは、やはり義男のせいであった。それも、バタフライ効果などではなかった。・・・第一次大戦の好景気や八八艦隊の建造で鋼材価格が上昇したことは先に何度か述べた。しかし、義男は鉄の相場にも手を出しており、鋼材価格の上昇を煽っていた。目的としては、ワシントン条約後の鋼材価格の暴落を見越して、そこで一儲けしてしまおうというすごく邪な考えのせいであった。

 だが、弁護をするならば、鋼材価格が跳ね上がったのは義男だけの力によってそれは起こしたわけではない。それを見たほかの投資家達まで義男の鋼鉄価格操作に便乗して鉄の価格上昇に参加していたのである。おかげで元から日本国内での鉄の生産量が限られていたのに、鉄の価格のさらなる上昇によって軍艦建造の価格が急騰したこと。それによって資材の買い付けが十分できず、結果的に建造期間が長くなってしまい、史実以上に建造が遅れてしまう結果につながったのである。おかげで、陸奥は史実以上に建造速度が遅くなってしまい、ワシントン条約で陸奥について議論や調査が行われた段階ですら進捗率7割弱というとんでもなくひどい状態になっていた。 

 日本側は何とかして時間稼ぎを行おうとしたが、日本海軍がこれ以上強大化することを恐れた米英によってそのもくろみはもろくも潰えてしまった。かくして、戦艦陸奥は史実に反して廃棄が決定したのである。


 結果、日本はアメリカの言う対米六割を受け入れることになってしまった。しかし、ここで日本は只では転ばなかった。ここでアメリカに一つの誘惑を植え付けたのだ。それが、条約に則り戦艦メリーランドの二番艦、コロラドが破棄されることになったことである。これはアメリカとしては困ることであった。言うまでもなく、アメリカは大西洋と太平洋の両洋にまたがる国家である。16インチ砲搭載戦艦はこのままではメリーランドただ一隻になってしまう。これは大西洋にイギリス。太平洋に日本という二つの海軍国と対面しているこの国にとってはかなり厳しいことであった。そりゃ確かに四カ国条約によって日英同盟は解除させた。(英国がいい加減渋りだしたのもあるが)だが、だからといってこれで両洋の安全は確保されたと考えるのは早計であった。それに、たった一隻では運用にも支障をきたす。それこそ、修理や整備でドック入りしている最中に戦争が起こったらたまった物ではない。これは当然ながら長門のみの保有が認められた日本にもいえることであるが・・・。そこで日米の間にある裏取引が行われることになる。日本はすでに七割ほど完成している陸奥を戦艦としては完成させず、あくまで標的艦として保有することを認めるよう要請。代わりに摂津を完全に廃艦処分とした。英米としてもこれにはやや渋った物のここらが線の引き際と考え、日本の考えを飲むこととなった。

 なお、このほかに結ばれた太平洋での軍事施設の撤去に関する条項や空母などに関する条項などは史実通り結ばれることとなる。



 さて、話を義男に戻そう。義男はしばらくすっかり意気消沈をしてしまった。そりゃそうであろう。よかれと思っていた物が、気がつけば自分が考えていた未来と全く別の未来を作り出してしまったのだから。こういう物語の主人公ならば、少し考えたらこうなることがわかるかもしれないのだが、そうしたことがわからないのが義男が義男であるゆえんであろう。

 しばらくして、義男は茜らによってなんとか気を持ち直し、仕事に専念していくのだが、この後の彼の脳裏にはこのような変わっていく未来という物の恐ろしさが染みついていくこととなる。





 

皆様こんばんは。

何とか年内に上げることができました。


今回は義男君がやらかして、歴史を変えるきっかけを作ってしまったようです。まぁ、只でさえ国内では鉄が品薄だったのにここに来て義男君が安土丸型なんていうとんでもない船を大量建造した上に、上がった鋼材価格をさらに上げるように煽っていますし・・・これじゃぁ戦艦の建造も遅れるという物です。最も、八幡製鉄所は国家と深い関わりがある以上、優先的に戦艦に回されますので遅れることはなさそうな気もしますが・・・。


兎にも角にも陸奥は標的艦になりました。さらば、ムッちゃん <(`・ω・´)


さて、もうしばらくしたらお正月です。正月の予定は私は餅食ってゲームやって蟲師みてss書いて寝る予定だったりします。(最近蟲師に嵌ってまして・・・いつか二次創作を書いてみたいです)


次回は、また義男が何かしようと懲りずに企みます。

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