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流通

1920年7月 


 初夏の暑さがまた日本にやってきた。

この時代はまだ現代ほど暑くはなく、「暑いな~」と感じてもその気温はせいぜい30度そこそこであった。現代みたいに36度とか38度なんていうふざけた温度などではない。

こんな気温になったのは地球温暖化やら500年位前に始まった小氷河期からの回復のためだとかいろいろな説があるが、少なくとも現代よりは涼しかったことはまず間違いない。

 

 そのため、義男がこの時代の夏で始めて実感したことは「なんか涼しくね?」というものだったりするのだが、まぁ、それはどうでもいいことである。


 だが、さすがに暑いことには変わりなく、扇風機を持ち込んでいた。扇風機ができたのが1890年代であり、1918年には国産の扇風機が発売されるようになっていた。もっとも、現代のようなプラスチックの羽でもなければアルミ製でもないし、基本は鋳鉄で作られていたし、結構うるさかったりする。それでも、義男たちにとっては風鈴などと並ぶ大切な涼を与える道具であった。


 さて、そんな訳で窓全開にしてかつ扇風機が「ブーン」と言う音を立てながらのんびりと回っている別府造船所の会議室では、新社長に就任した義男が中心となって会議を行っていた。

ただ、そこには社長を引退し、会長に就任した雷蔵の姿もあった。

現在はボチボチやってきていたドイツ人の受け入れに関する問題も大方は終了しており、また、船舶の注文もひと段落・・・どころかほとんど零になったことからかなりゆとりの取れる状況となっていた。

ということで、義男と彼の率いていた営業部門と宮部や黒田の技術スタッフらが中心となって新しい経営計画をつくりあげていた。今日はその是非を問う議論であった。


「さて、早速だが私がここで提案するのは一種の革命をやってみたい」


「革命・・・ですか?」


 義男に代わって営業取締役を務めることとなった後藤がいぶかしげな目で義男を見た。

なんだかんだでこの人、義男の元上司であるから義男としても若干気が引けていたりするのだが、今は部下として扱っている・・・もちろん、相応の敬意を忘れてはいないが。


義男は資料を一瞬確認すると、全員に配って見せた。

そこには、いくつかの箱が描かれたスケッチと説明の詳細が記されていた。


「・・・巨大な箱・・・ですか?」


「そうだ。コンテナだ。」


自信満々に義男は胸を反らせながらいった。


「まずは、話をしよう・・・貨物は船に積み込んだり、あるいは貨物車に放り込んでいる・・・ここまではいいかな?」


「ええ・・・」


「だが、これでは船内のスペース確保や荷揚げの時間ロス・・・これが問題となる。」


 ・・・この時期、日本のみならず世界各国の海運事情では荷物は現代のようにコンテナに積み込むとかそんなことはせず、何人もの港湾労働者が何日もかけて貨物を少しずつ船に運び込んでおり、それが船の出入港の期間やタイミング(大潮などの気象条件なども影響する)などに大きな影響を与えていた。


「まぁ、そうだな。一度船から降ろして、それから貨物車に詰め込むのだからな」


「・・・鉄道運搬船を用いると言うのは?」


「確かにそれならばある程度の緩和はできますね。しかし、トータルのコストで考えるならばコンテナの方が構造などの面から見れば有利では?」


後藤の疑問に細川が答えた。


「重量配分やつめる量を考えたら、貨物車なんていらないでしょう?」


「つまり、社長が考えているのは、箱・・・コンテナをそのまま積みおろしすることで時間と効率を上げようということですか?」


「そうです。船から積み降ろして直接鉄道で運ぶ・・・もちろんすべての荷物がそれで対応できるわけではないが、濡らしたら不味い部品などはこれで十分対応できると私は考えている。」


「うまくいけばそれは日本中どこへでも運ぶことができます・・・これではまるで流通の革命ではないですか」


「そうだ。それを我々で試してみたい・・・私はそう考えている。幸いなことに、大神鉄道の規格は国鉄のそれと同じだしね」


義男の野心的な考えに一同は感心したようなそれとも不安な、あるいは両方を複雑に交わらせたようなさまざまな表情を浮かべた。


「幸いと言うべきか、不幸なことにと言うべきかどうかは私にはわからないが、現在のところ、受注はゼロだ。ということで、私たちは目下のところ・・・はっきりいって暇だ。会社的に考えたらこれは不味い。」


「まぁ、おかげで掃除しかすることもありませんしな。お陰でどこもかしこもピカピカです」


武田の飛ばした冗談に、一同が乾いた笑い声を上げた。

実際、現在の別府造船所では船舶の建造はほとんど行われていない。辛うじて鉄道院から鉄道運搬船の受注が取れただけである。

そんなわけで、かなりヤバイのだが、安土丸型見たく建造中にキャンセル食らって途方に暮れるよりははるかにましと言うものだとでも思っているのだろう。

ちなみに武田は今度、大神鉄道の社長に就任することが決まっている。

堅実な彼ならば、十分に採算を出してくれるだろう。


「そして、私たちには大変うれしいことに溶接の技術を有している。・・・日本最高のね?」


「つまり、溶接を用いると言うことですか?」


「船よりかは簡単だろう?技術部長?」


「うーん・・・そうですね。大きさなどにもよりますが、波と言う強力な衝撃を受け続ける船よりかは、はるかに簡単にできますね。」


宮部が資料を見ながら言った。


「ただし、鋼材価格は高止まりしたままですよ?」


今度は一色が訝しげな目をしながら言った。


「それは私も理解している。だが、現在わが造船所にはそれを行うだけの資材がある」


「・・・金ヶ崎丸と墨俣丸ですか」


「その通りだ。」


 以前話したことであるが、別府造船所では大戦の終結に伴って造船需要の低下を見越して船舶の建造を絞っていた。そしてそれは功を奏することとなったのだが、それでも完全ではなく、何隻かのキャンセル船と建造中止に伴う多くの余剰資材を抱えることとなってしまった。デッドストックはできれば最低限にしたかったのだが中々上手くはいかないものである。

今回義男はこの資材を用いてコンテナの整備に充てようとしていた。

一応、自社やその周辺のグループ内ならば十分に使えるだけの資材はある。


これを使ってみようと考えたのだ。

ついでに言うと、コンテナにおける海上輸送が始まったのは1950年代のアメリカからだった。

義男が取り組んだのはいわばその先駆けである。


 コンテナにとっての利点はいくつかある。

ひとつは、先も言ったように運搬が非常に便利であるということ。

従来までの方法を見てみよう。

これまで物流は下にあるような行程を経ていた。



生産地→貨物車に積み込み→港で積み下ろし→船に積み込み→航海→港で積み下ろし→貨物車に積み込み→工場



・・・大体こんな感じだった。

だが、コンテナ輸送にすれば下のようになる



生産地→台車に積み込み→コンテナ船に積み込み→航海→台車に積み下ろし→工場



このように、輸送方法が簡易化されるのである。

これによって、場合によってはコンテナ輸送の方が輸送トータルとして安く上がる場合もある。


また、鉄道輸送と海上輸送で同時に使えることから規格化の必要性があり、それが故に安全性をあげることができる。


そして、箱が馬鹿でかいことなどで紛失や盗難が起こりにくいこと・・・などである。

まぁ、もっとも、最近ではコンテナごと盗むと言う豪気な窃盗団もいるが・・・1920年代にはまだそんなすごいことする奴はいないし、それをする体制ができない。そんなことができるのは大型トラックができて以降である。


だがいいことばかりではない。

上のような効率的な輸送を実現するためには徹底的な規格化が必要となる。

当時の日本においては規格化は十分とはいえなかった。

 一応、JIS規格の元となる日本規格はこの頃辺りからできていたのだが、十分とはいえなかった。

(戦時中に規格された部品なんかなかったんやと言われているが、それは生産がおっつかなくなって不良品まで戦場に送ったことが原因だったりする。ただでさえ日本の製品は当時は二級品だったのだからさらにその不良品となると意味は・・・お分かりだろうか?)

別府造船所でもその状態は変わることはなく、一応カタログスペックでは安土丸型は13.5ノットを出せるのだが、中にはそれが出せない船もあったりした。(売ることには成功こそしたが・・・)


 この時代にやってきて以来、義男がまずやるべきことと考えていたのは、同じようなものを大量に作り出すことであった。

義男は当時主流であった職人が生産をするということをあまり認めようとはしなかったし、したがらなかった。彼が望んでいたことは誰もが同じように同じことをする・・・つまりは大量生産体制・・・マスプロ化の確立であった。


コンテナならば使う技術も限られている上に、鉄道のキャパシティなどから規格化はどうしても必要であった。・・・練習用としては申し分ない。


それに、これができれば別府造船所は日本の船舶輸送および鉄道輸送・・・つまりは当時の日本の流通の主役・・・それに対する需要を一手に担うことだってできる!もしかしたら、日本のみならず世界の流通を一手に担えるかも・・・?


これは、停滞しつつある別府造船所や神戸製鋼所にとっての再度の起爆剤となりうるだろう。


 鋼材価格は現在、日本海軍が進行中の未曾有の艦隊建造計画・・・八八艦隊計画などのせいで据え置きが続いている。だが、義男はそれが遠からず失敗することを歴史知識によって知っていた。

例え、義男のせいで多少は未来が変化したとしても、こんなアメリカ海軍と肩を並べる・・・いや、それをも上回りうるような国家財政的に考えて無茶苦茶すぎる計画など遠からず破綻することは明白であろうと考えていた。つまり、鋼材価格は暴落すると呼んでいたのだ。


 その一方で、義男が前世で山ほど読んでいた架空戦記の影響などによるロマン的に考えて成功してほしいなとも考えていたりした。

無論、決して口には出さなかったが・・・。


「問題としては・・・徹底した規格化の必要性ですね」


眉間に皺を作りながら宮部が言った。

すると、黒田も渋い表情を浮かべてコクリとうなづいた。

黒田や宮部にしても、十分に規格化ができなかったことに悩みを抱えていたのだった。


 特に、黒田としては深刻であった。安土丸型などの船舶は彼にとっては一種の心血を注いだ芸術作品なのである。である以上、それが従前の性能ができないと言うことには分かっていても悲しくなると言うものだ。


「そうだ。私たちはまだそれが十分できているとはいえない。」


「この計画はそれに対する練習としての意味も含まれている・・・ということでいいかね?」


「そのとおりです。会長」


義男が畏まった様な・・・だがどこか柔らかい笑みを浮かべながら雷蔵に言った。


「しかし、これには設備も準備せねばなりませんね」


一色がため息をつきながらいった。


「それは私も理解している。コンテナを運用するには相応の荷揚げ能力が必要だからね・・・」


義男も目を細めていった。


そう、コンテナを運用するには相応の荷揚げ能力が必要である。

しかし悲しいかな、日本の港湾のインフラは貧弱そのものであった。


 コンテナを陸揚げするにはそれを吊り上げることができるだけの能力を有する強力なクレーンが必要である。だが、そんな強力な港湾設備を有する港など日本国内には数えるほどしかない。

ついでに言うと、コンテナを積みおろすのに使用するガントリークレーンはまだない。 

それに、コンテナは重量物である以上、コンテナを輸送するための船も相応の大きさとならざるを得ず、例え運び先の工場が近くに港があっても水深や設備が整ってなかったら整っている港まで向かわざるを得なくなる。


 それは史実において、コンテナ船が生まれた時も変わることはなかった。なので、船の方にクレーンが搭載されているというものもあったりする。もっとも、それは古いタイプのものであり、現在ではクレーンの着いた港湾で荷卸をすると言うタイプが中心的であったりする。義男としてもそっちの方がよかったりする。


「・・・現在、日出港は5000トン級貨物船が入港できる体制が整っている。神戸はいうまでもないだろうな・・・神戸に別府汽船の埠頭を新たに設けると共に、新たに日出と神戸にコンテナを上げ下げ可能なクレーンを開発し、建造する。それをもって我々はこのコンテナ輸送を行う・・・こんなところでどうだろうか?」


「ありがとうございます。」


雷蔵の言葉に義男は頭を下げて感謝の念を見せた。


「・・・他に、何か意見は?」



 雷蔵は居並ぶ社員たちをみたが誰も何かをいおうとはしなかった。実際反対する理由がないからだ。

元々、神戸も日出も別府汽船が運航する予定の港であったことから、クレーンの整備などは別府汽船や神戸製鋼、そして日出町らにとって荷揚げ能力の向上につながる。

心配なのは日出港の水深などであるが、そちらの方も別府グループによる開発で安土丸型が辛うじて一隻だけだが横付けできる埠頭が整備されている。

問題があるとすれば、クレーンをどうやって開発するか・・・であったが、それらのコストに関してみても、港湾労働者の人件費や荷卸や荷積みの時間などが削減可能であり長い目で見れば十分プラスになりうるだろう。そしてそれは言うまでもなく別府グループ全体にとっての利益になりうるし、上手くいけば全国の港湾に別府グループ印のクレーンが整備されるのだ。


企業の役割は儲けることと理念を追求することである。


そして、社長になった義男は新たなる別府造船所が目指すべきところとして


「造船業を通して日本全体を発展させていきたい」という信念をもっていた。


だからこそ、義男は勝負に出ようとした。

この先に待つ不況を少しでも緩和させるために・・・。


かくして、別府グループでは新たにクレーンおよびコンテナの設計、開発が行われることとなる。

それは、後の日本の流通業に影響を与えることになるのだが、それはもっと後のお話である。






今回はやや早めにあげられました。


今日の海運業においてコンテナ輸送は大きなファクターを占めています。

 コンテナ輸送が始まったのは20世紀初頭からでした。しかし、実に意外ながらそれが海上輸送で使われるようになるのは1950年代からのことでした。

いわば今回は先取りですね!

 また、これを使うには徹底した規格化が必要になりますので、ちょうどよい練習となるでしょう。当時は作中でも触れましたが1921年に日本標準規格というものがありました。これは現代のJISにつながるもので、軍需品などの公的な調達品の選定などで用いられましたが、まだまだ不十分でした。今回は徹底した規格化を目指した端緒にちょうどよいと考え、コンテナを利用することにしました。

 本当はここでドイツ人技師も登場させたかったのですが、今回はちょっと早いなと思い、登場は見送らせることにしました。多分、次くらいから登場すると思います。

 

次回は・・・コンテナ製造や八八艦隊にかかわるお話になりそうです。

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