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責任

1921年4月 来島家


すっかり春になったある休日のこと、義男と雷蔵は縁側で庭を見ながらぼんやりとしていた。


「なぁ、義男」


「ん~?」


「そろそろ社長になってくれんか?」


「面倒くさいから嫌だ。」


「おまえなぁ・・・」


 グデ~ッと寝転がりながら気だるそうに言う義男に雷蔵は呆れたようにため息をついた。

事実、雷蔵は呆れていた。


 実は義男、ここ数年の間に雷蔵や周囲からそろそろ代替わりしても良いんじゃないかといわれるようになっていた。普通ならここは義男のほうから言うべきものなのかもしれないが、当の義男が面倒くさがっているのだ。


「大体なんで俺が社長なんぞにならなきゃならんのだ。ただでさえ大神鉄道に別府汽船、別府造船所の社長を兼任しているのに・・・会社整理して会長にでもなるの?」


「まぁ、そうなるな」



雷蔵がしみじみというのを聞いて義男はあからさまに嫌そうな顔をした。


「俺は顧問になり、お前がこの会社の主になる・・・嫌か?」


「嫌だ。他の人がいるだろ?武田さんとか」


「あいつは確かにいい社長になるが、これからの困難な時代にはお前みたいな奴が必要なんだよ。それに、あいつもお前が良いと言っとった。」


「でも俺がなぁ・・・」


明らかにいやそうな顔をしている義男をみて雷蔵はため息をひとつつくと便所にいってくると立ち上がって歩いていった。


「社長なんてやるもんじゃねぇよ・・・」


義男は悲しそうな顔をしてポツリと言った。

 元々、義男はあまり上昇志向がある人間ではなかった。海軍軍人になりたいと思ったのだって山本五十六などのブレーンになり、活躍したかったというのだって厨二病めいた一種の名誉欲であり、軍人として出世し大成していくことにはあまり興味を持っていなかったのだ。

 矛盾しているようだが、彼の中ではそれが不可思議なことに両立しえていたのだ。

もちろん造船所の営業を一手に引き受けるというそれなりに責任のある職には着いてはいたが、それこそ必要なものであったからだ。しかし社長、あるいは会長になると話は違ってくる。

 現在別府造船所の社員は2000ないし3000だが、そこに加えて神戸製鋼、大神鉄道、別府汽船・・・その他いくつかある買収した会社の社員たちの責任まで背負わなければならなくなるのだ。

 概算でも1万人以上はいる計算となる。いや、実際末端の会社などを併せたらそれくらいいる。

雷蔵が社長を辞任し義男が社長になるということは、必然的に彼らを率いることになるのである。

義男は未来を変えたかった。

だが、だからと言って責任はあまり持ちたくなかった。


・・・我侭であるという事くらい、義男自身そんなことは理解していた。


義男は純粋に怖かったのだ。

1万人の社員たちの面倒を見なければならないのだ。

おまけに義男はこの後に起こる昭和恐慌や暗黒の木曜日と言った大不況を知っている。

今起こっている不況などたいしたことではない。

もっとより恐ろしいものが降りかかって来るのだ・・・。

もちろん義男とて座してそれらを待つ気など更々なく、むしろそれを利用して大儲けしてやるつもりですらあったし、その準備も水面下では着々と進めていた。

だが、それは社員を率いると言うこととはまた話は違ってくる。本当に自分に社長なんてものができるのか?


未来を知っているが故に義男はとてもじゃないが責任を持てる自信がなかったのだった。


「いっそのこと、何も知らなければ・・・よかったかもしれないな」


 最近、義男はふとそう思うことが多い。

未来知識なんてなかったら・・・そうなったら自分は一介の平凡なサラリーマンでいられただろう。

普通に田舎町で暮らして、安くて薄いビールで晩酌をし、普通の家族で給料や家族サービスが少ないと妻からは愚痴られ、反抗期の娘からは「お父さんなんか大嫌い!」とか「私の前から消えろ!」とかいわれて凹む・・・義男の頭の中に移っていたのはそんなごく普通の家族の物語であった。


 だが、義男の年齢などを合わせると、現実的に考えると非常に悲惨な物語になった可能性も一方であるのかもしれない。なぜなら義男が夢見た家族・・・それはあくまで今では遠い昔となってしまった前世の家族の姿そのものであったからだ。

この時代の不況と現在の日本の不況ではその深刻さが違うのに・・・


いや、それも義男にはわかっていた。

分かっているからこそ、嫌になってくるのだ。

義男は何度も言うが、単なる前世の記憶もちでしかない基本的には普通の人間だ。

別に目からビームを出したり、他人を洗脳したりできる様な人外の力を持っている訳ではない。

それどころか、物語の主人公のような活躍ができるわけではない。

だからこそ、義男の知る未来というものは考えれば考えるほど、義男にとってはとてつもなく高い高い壁に見えた。


(俺は・・・俺たちは果たして乗り越えられるのか?あの巨大な戦争を・・・)


映画や絵画などで見たあの光景を・・・平原を突き進むソ連の大戦車軍団から、海を埋め尽くすようなアメリカの大艦隊から、何百もの爆撃機が空を覆い町を焼き尽くすような大空襲から、そして何よりもあの町ひとつを吹っ飛ばせるトンデモ爆弾から・・・

果たして自分はあの大戦争に巻き込まれることを止めることができるのだろうか・・・?この会社を、社員を、そして家族を守りきれるのだろうか?


考えれば考えるほど不安だけが生まれてくる。

大体こういうときには青春を描いた物語だとやけになって叫んだりするのが定番であるが、義男はもう30越えてアラフォーのおっさんであるからして、そんなことはできない。

ということで、小さなため息をついた。

すると、ふと誰かが隣に立ったのが分かった。

雷蔵だろうかと目を向けると


「お茶にしましょうか?」


茜がニコッと微笑みながら茶碗と急須、それに茶菓子の饅頭が乗せられたお盆を持って立っていた。


「あ・・・ああ、そうだね。ありがとう」


義男は柱にもたれかかるように座りなおすと自分の茶碗を受け取ると、一口飲んだ。

お茶の甘みが口の中一杯に広がった。

どうやら玉露を淹れたようだった。


(これだけは、茜には適わないな)


義男はフッと微笑んだ、

義男は料理などならば茜よりもスキルは上だが、お茶の淹れ方や裁縫などは茜には完敗であった。

花嫁修業は伊達ではない。


「お義父様と、何かお話でもされていたのですか?」


「ああ、社長にならないかってね」


「あら、お引き受けにはならないんですか?」


「いや・・・自分にはできるのかどうか不安でね。この会社は大きくなりすぎた気がするし、私がその頭になるとしても制御できるのかどうか・・・」


「私はあなたならできると思いますが・・・?」


「どうして?」


「私があなたの妻でいるからです」


静かにだが茜はキッパリと、そして力強く言った。

普段のおとなしい感じとはどこか違って見えた。


「私は確かに貝島の人間でした(・・・)から分かります。貝島家はただのお人よしな家ではありません」


「だとしたら、社長に向いていない私を社長の座につけて、社の力を落として吸収するためかもしれないよ?」


「あら、お疑いになるのですか?」


「疑り深い人間だってことくらいきみもわかっているだろうに」


「あなたはお人よしですよ。そのくせ、馬鹿正直です。」


「だったらなおさらだろうに」


ズズ・・・とお茶を飲む

冷えてしまったせいか、若干の苦味が広がる。


「正直だから、誠実だからこそ人はついていくのですよ。嘘つきや蝙蝠には人はついてはいけませんわ。」


「それが、どうして私の嫁さんであることにつながるんだい?」


「あなたが誠実でなければ、私とあなたとの間は遠の昔に冷め切っていたでしょう。」


「離婚していたと?・・・そんなに誠実な人間に見えるのかな?」


「ええ、それはもう。まぁ、離婚はしなかったかもしれませんがね、世間体がありますし。愛人を作って家にはあまりかえらなかったかもしれませんね?」


「ひどいことを言うな、まるで脅迫じゃないか・・・だが本当に?営業っていうのは人をだまくらかすことだよ?」


「つまり、私をだまして浮気でもしていらっしゃるのかしら?」


「い・・・いや、そんなことはしていないけれど・・・」


「あら?そういえばこの間書棚の裏から出てきましたあの絵・・・妙に胸の豊かな方が描かれてましたわね」


「・・・何のことでしょう?」


(不味い、神田で手に入れた春画がばれていたのか?)


義男は冷や汗を流しつつ、饅頭を齧って庭の方に目をそらした。


「あくまでしらばっくれるおつもりのようね・・・まぁ、いいですわ。男ですからね?仕方ありませんわねぇ?」


義男が思わず表情を凍らせたのを確認して茜はふふっと微笑みながら続けた。


「ですが、その様子ですと浮気はなさっていないようね。」


「・・・何で分かるの?」


「女の勘ですわ」


「勘・・・か。」


義男はそれだけ言うとしばらく黙りこくった。

内心では(女の勘スゲーッ)と感心していたのだが


「ですので、あなたはまぁまぁ誠実ですので、多分社長をやっていけると思ったのですよ」


「そうか・・・しかしなかなか君の評価は辛口だね」


「それ位じゃないとあなたの妻は務まりませんわ」


「なかなか酷いな君は・・・」


義男は思わず苦笑を浮かべた。

対して茜は相変わらず笑顔のままであった。


「それで、どうなさいます?」


「ああ・・・だがまだ私には踏ん切りがつかない。もう少しだけ待たせてはもらえないかね?」


「そうですわね。そう伝えておきますわ」


「・・・もしかして、親父から説得頼まれた?」


「さぁ、どうでしょうか?ですが、少なくとも義父様だけではないようですね」


茜は少し笑みを見せた。

そこで義男は両手を挙げて降参のポーズをした。


この夫婦の会話からしばらくして、義男はようやく別府造船所の社長に就任し、同時に雷蔵が別府グループの会長に就任することを認めた。本人としてはあまり乗り気ではなかったが・・・

ただ、これがきっかけとなり別府造船所は新たなる経営体制へと変化していくこととなる。

もっとも、そのお陰で義男が時たま大暴走しかけたりして社員が必死になって止めたりすることも起こったりするが、それは・・・まぁ、ご愛嬌というものであろう。





なお、蛇足ながらこの会話から数日後、義男が集めて床下と天井裏にかくしていた春画集その他黄表紙物および女学生やセーラー服の少女の写真集(手作り)が居間のちゃぶ台の上にきれいにタイトル順に並べられて置かれており、目の前では茜がすごくいい笑顔で座っていたのを見て、義男が畳に頭をこすり付けて滂沱の涙を流しながら感謝感激()をしたのだがそれは明らかに蛇足であって本編とは関係ないことである


艦これもそうなのですが・・・最近某所にて恋姫の二次ssを書いてたりしまして、ちょっと遅くなりました・・・早く書きたいのに他にやりたいことが山ほど出てきたりして困ってます。


今回は義男がウダウダするお話です。

そろそろ時期的に社長になるべきであると判断しました。

ですが、いきなり大企業の社長やれっていわれてはいそうですかとなれる人間はそういません。ましてや義男君は小心者な上にこの先の未来を知っていますのであまり乗り気ではありません。


次回辺りから義男社長の物語が始まります。




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― 新着の感想 ―
後年義男が恐妻家とされておるのは今で言う男子高校生がエロ本バレたような事がきっかけで家庭内の力関係が逆転してゆくきっかけなのかも?
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