絵描
別府グループと言えば現在では三菱や住友などと並ぶ巨大財閥として有名であると同時に、日本のみならず海外でも知名度は非常に高い。
なぜ20世紀初頭まで一介の小規模な造船所に過ぎなかったこの会社がわずか数十年の間で世界的なシェアを確立できたのだろうか。
要因は様々あったと言われている。
例えば、第一次世界大戦までに大型船舶の建造設備整備したことや、鉄鋼会社を買収したことなどが挙げられる。
これによって多くの注文を手に入れることができ、莫大な資金によって財閥化への基礎を築いたと言われている。
だがしかし、それはこの時代に勃興した多くの財閥と比べてみてもそれ程遜色があるとは思えない。
実際、同時期の財閥の一つである貝島財閥は1920年代半ばに貝島化学などの会社を立ち上げるなど多角化への努力を行っているし、日立製作所を頂点とする日立グループもまた造船事業などに手を出すなどして同じく多角化への努力を行っている。
では、一体どうして大規模な財閥への進化を遂げることができたのであろうか。
その理由として、近年研究者達の間で第一次大戦後から活発化した欧州との関係であると指摘されるようになった。
近年、別府グループを作り上げたと言われている男、来島義男の知人のものからだと言われているかなりの数の手紙が来島家の蔵より発見された。
そこに書かれていた差出人の中に大変興味深いものがあった。
それは、ある一人のドイツ人の画家からのものであった。
彼のことをある者はこう呼ぶ
世界最悪最凶の大魔王
ある物はこうも呼ぶ
世界史上まれに見る殺戮者
またあるものはこうも呼ぶ
世界大戦を引き起こした男、と・・・
1939年の初夏に始まり、世界を焦土とした人類史上最大の戦争を起こした男・・・
1944年ごろに本格化したある民族の大量殺戮を指示した男
それらを引き起こしたのが本当にこの男なのだろうか・・・
酒場の片隅で義男は一人の男を眺めながら本当にそう思った。
彼の視線の先には、多くの酒飲みどもと共に酒を呑む一人の髭を生やした男がいた。
カイゼル髭を生やし、屈託ない笑顔を浮かべて同僚と話すこの男こそ史上最大の大悪人・・・と、21世紀の多くの人々が口を揃えて言う男
アドルフ・ヒトラー・・・後の第三帝国総統であった。
義男がバイエルンにやってきたのは、ひとえに彼に会うためであった。
それは義男の好奇心であった。
歴史を知るものとしてはこの時代の最大のスターの一人である彼と会えるのは、これくらいしかないと思っていたからだ。
事実、この頃の彼はいまだ一端の画家兼元上等兵に過ぎない。
彼は後の時代においてよく「伍長」と呼ばれている。
だが、それは実は正しくない。
彼の階級はあくまで「上等兵」にすぎず、いうなれば、「伍長待遇の上等兵」といった所だろうか。
下士官と兵卒の間みたいなものといったほうがいいだろう。
そう、義男が彼を見たとき、そのときの彼はまだ一端の元兵士に過ぎなかったのだ!
・・・政治について興味はあっても、まだこの頃は普通の髭を生やしたインチキオジサンにしかすぎなかったのだ。
だが、それを知っていてもなお、義男は信じられなかった。
義男は今更ながら現代日本からの転生者である。
ネットの動画などから彼の演説の様子などをよく見ていた。
ある動画投稿サイトなどでは、嘘字幕がふられてネタ扱いされている彼をいくつも見た。
生前の義男のお気に入りのシリーズでもあった
「お前らなんか大嫌いだバーカ」というあの名台詞は転生して何年たっても忘れられず、今も脳裏に刻み込まれている。
しかし、その片鱗はほとんど感じることができなかった。
戦友と共にビールを飲んで笑う姿はどこにでもいる普通の男にしか見えなかったのだ。
それもそのはずで、この時代、アドルフ・ヒトラーは確かに政治的な物事に対して興味が旺盛であった。
とはいえ、それはこの時代により情勢させられたと言うべきだろうし、そもそも彼はこの頃まだ本格的に政治活動に参加するつもりはなかったのだと言われている。
どちらかと言うと、ヒトラーはこれら右翼系政治結社へのスパイとして潜り込んでいたという。
ヒトラーが当時入っていたドイツ労働者党は50人そこそこの泡沫勢力(というより、同好会レベルだったらしい)にすぎなかったのだが、当時のドイツには大小さまざまな右翼結社や政治団体が存在していた。
パウル・ハウサーやディートリヒ・ゼップといった後年の第二次大戦でSS武装親衛隊将校として活躍した人物達もこうした右翼結社にいたりする。
ちなみに言うと、こうした右翼結社はドイツ軍から退役した将兵が入っており、予備国防軍とでもいうような勢力になっていたりする。
これらが、後のSS武装親衛隊を構成する勢力の一つとなっていくことになるのだが、それは省略させていただくとしよう。
「・・・信じられん」
義男は我が目を疑ったのかとでも言うように声を震わせながら呟いた。
「あの人が・・・ですの?」
ふと、茜が尋ねた。
「あ・・・ああ。一応・・・そう・・・かな?」
アハハー・・・と義男はどこか不安そうに乾いたように笑いながら言った。
「・・・見たところ、普通の兵隊さんにしか見えませんが?」
「ああ・・・そうだ。彼はまだ一兵士に過ぎない・・・」
「?」
「将来的に・・・だが、彼は世界にその名を知られる大政治家になる・・・かもしれないね」
「あの・・・言っている意味が良く分からないのですが」
何を言っているンだこいつはとでも言うような表情で茜は義男を見ていた。
また、いつもの病気なのだろうか?
とも心配する茜をよそに、義男はじっと彼を見つめていた。
だがその瞳には疑念と心配、興奮が擂鉢ですり潰されて混ぜ合わさったような非常に混沌とした色が浮かんでいた。
(この人は一体何を目的としてあの人に会いたいと思ったのだろうか?)
茜は度数の高いビールをまったく顔色一つ変えずに呑みながら夫と男を見比べながら思った。
ちなみにすでに茜は5杯目だったりするが気にしてはならない。
そんな中、突然一人の男がパブの片隅にて話し始めた。
「諸君、我等バイエルンでの革命は失敗した!なぜだ!」
「ユダ公どものせいだーッ!」
「そうだ!」
どこぞの御大のように声を張り上げてアジリ始めた一人の男に周囲にいた男達が続いた。
「・・・どうやら始まったみたいだな。」
「・・・え?」
「・・・本当はこんなもん聞く価値もないんだがなぁ」
溜息をつきながら、義男はアジる男の周りにいる者達を見つめた。
誰もがみな色めき立った目で演説をしている男を見ている。
もちろん、アドルフ・ヒトラーも・・・
「・・・背後の一撃・・・か」
ポツリ、と義男は漏らした。
この時代、ドイツ人たちの多くは自分たちは戦争に負けたわけではなく、負けさせられたのだと考えていた。
所謂ドイツ人達の仲からの裏切り者・・・この場合ドイツやオーストリア国内のユダヤ人勢力によって敗北したのだと考えていた。
確かに、ユダヤ人ネットワークと言うものは世界中に張り巡らされており、ドイツにおいてもロスチャイルド系の一族がウィーンなどにいることは有名である。
彼らが裏から操ってドイツを敗北させた・・・という考えがドイツ人達のなかにはあった。
勿論、そうしたこともあっただろうが・・・
そして、行き着く先が1944年以降のユダヤ人などの虐殺であると言われている。(最近になって虐殺云々に関しては怪しいといわれ始めているが)
ただ、ヒトラー自身も当初は虐殺までには賛成する気はなかったようだが、ユダヤ人の排斥活動は支持していたようであるが・・・
(当初彼は独ソ戦でソ連を滅ぼしてポッカリ空いた東方の地にユダヤ人を追放するつもりだったらしいが、戦況の悪化でできなくなったから殺すことになったのだとか?)
だが、第一次世界大戦の流れを見る限り、そうしたユダヤ人の暗躍は会ったとしても全体の流れを支配することはできなかったろうと考えられる。
つまり、一種の責任転嫁であったのだろう・・・というのが義男の分析であった。
とはいえ、そんなことは当時のドイツ人の大多数は知らないし、義男自身としてもそんな黒幕説などはどうでもいい。
義男にとっては日本以外の誰がどうなろうと何もするつもりはなかった。(胸が痛くなることはあるが)
義男がしたいのはボランティアや喜捨ではなくビジネスだったのだから。
そうでなければ・・・ビジネスなんてやってられない。
・・・やがて、演説などが終わり、おのおのが酒を呑んでくつろいでいる中、義男は溜息を一つ付くと席を立ってヒトラーの元に向かった。
「Unhöflich(失礼)、Sie ist Mr. Hitler? (あなたがヒトラーさんですね?)」
ヒトラーはくるりと義男のほうを向いた。
ヒトラーは東洋系の人間である義男を見てあからさまにいやそうな顔をした。
(実はドイツは黄禍論発祥の国だったりする)
「Ja. Sie?」
「Ich nenne es Kijima.Er ist ein japanischer Büroarbeiter.(私は来島と言う。日本の会社員だ) 」
(※訳わかんなくなるかもしれませんので、ここから先は日本語で話します)
「・・・それで、日本の会社員さんが私に何のようかね?」
ヒトラーの顔色はさらに悪くなった。日本と言えばちょっと前まで敵国だったのだから当然と言えば当然だった。
「・・・あー・・・あなたの絵を見て欲しくなりまして・・・」
カタコトのドイツ語を必死に使いながら義男は四苦八苦話を続けていた。
元々、義男は英語が辛うじてちょっとできる程度でしかなかった。
船の中で和独辞書を読んだり、日本で雇った通訳などから学んだり、ドイツでの商談などの中でドイツ語を学んでいたが、なんとか日常用語を話す程度で限界であった。
「・・・ほう?」
絵が出たことで、ヒトラーの表情が少し変わった。
「・・・詳しい話は私のいる宿で・・・これが宿の場所です。」
そういうと、義男はホテルの場所が書かれたメモをヒトラーに手渡した。
義男のとった宿はこの辺ではかなり高級なホテルだった。
海外は日本ほど治安が良くはない。
ましてや、ここドイツは敗戦と直後に帝政が倒れたこともあってかなり混乱していた。
それはここバイエルンでも同じで、ちょっと前にバイエルン王国の王と王太子が退位して、代わって共産主義者などが中核として結成された社会主義共和国として独立しかけると言う事件まで起こっているなど、結構治安が悪かった。
そのため、多少金が掛かってもしっかりしたところに泊まらざるを得なかったという現実もある。
「・・・それでは私はこれで。これはチップです」
義男はそれだけ言うと、チップと評して20枚ほどの札(英ポンド紙幣)を出すと、隅の席で相変わらずエールの大ジョッキを普通に傾けていた茜を連れて代金とチップを払ってパブを出て行った。
・・・これが、アドルフ・ヒトラーと来島義男の最初の出会いであったと言われている。
『・・・私は営業畑の人間なんですが、営業って言うのは、どうしてもイヤ~な人と合って話して、一杯頭下げなきゃいけないという、今考えてもとんでもなくいやで、こうして、引退することが決まった今でも二度とやりたくないとすらいえる仕事です。
何度努力して海軍に入っていたほうが良かったと思ったことか・・・それでも、偶に・・・極偶にですが、話で聞いていてとても気難しいというか、半ばヒステリックに架かっているらしいという人と話す機会もあったりするのですが、話してみると意外といい人ということも結構ありましてね。気難しいと聞いていた、あるドイツ人の画家の方とはとても仲のいい友人になりましたよ・・・でもそんな出会いでもなけりゃ営業なんて仕事どころか、全部をとうの昔に放り出してさっさと引退して釣りでもしていたことでしょうな。ハッハッハ・・・』
・・・後に、義男が表舞台から引退することを聞きつけてやってきたある新聞記者の取材の際に、義男はそういって苦笑いを浮かべながら語った。
どうもみなさまこんばんは
最近艦これに嵌ってしまって中々書けないのが悩みだったりします(←オイ)後は、資料を読むのが大変と言ったところでしょうか?こっちは楽しいんですけれどね・・・
今回出てきたのは皆様も既に気づいていらしたちょび髭オジサンことヒトラーさんでした。この時期、ヒトラーは作中にも書かれていましたが、右翼系政治団体にスパイとしてもぐりこんでいました。ですので、この時期のお仕事は政治運動兼絵描きと言ったところでしょうか。
ちなみに・・・あくまで個人的なのですが、彼の絵は割と好きだったりします。まぁ、あんなことやってしまったのでは評価され難いですが…。
そんな訳で、非常に接近しやすいんですよね。
丁度いいから義男と会わせてみました(笑)
かなり難産だったのですが・・・欲を言えば、もうちょっとヒトラーと義男の会話部分を上手く表現したかったです・・・。
次回は、再びドイツでの商談に戻してみようと思います。




