屑鉄
「こいつをみてくれ・・・どう思う?」
「すごく・・・大きいです。・・・って何をやらせてるんですか?」
「なんとなく、気分だ。」
「はぁ・・・まぁ、こいつを見たらこんなことも言いたくなりまがね・・・」
あっけらかんと笑う義男を横目に宮部は溜息をついた。
そんな風に掛け合い漫才をやっている二人の目の前には巨大な鉄の塊が鎮座していた。
直立した艦首にどこか優美さを感じさせるような細長い船体。
艦上構造物がないため、上部はやけにスッキリとしていて分かりづらいが、前後に4つ背負い式に設置されていた丸型の巨大な突起から、それが軍艦であると言うことがなんとか分かることができた。
その名は『マッケンゼン』
ドイツ海軍が建造しようとしていた基準排水量3万トンと言う世界最大級の巡洋戦艦の一隻だった。
本来ならば14インチ砲を8門積み込んで、29ノット(大体時速50キロ)という高速でブッ飛ばし、ドイツ巡洋戦艦特有の高い防御力に物を言わせてライミーどもの巡洋戦艦や巡洋艦をちぎっては投げちぎっては投げ・・・をするつもりだったらしいのだが、完成する前に戦争が終わってしまったため、進水した状態で妹の『グラーフ・シュペー』と共にドックに放棄されていたのだった。
で、戦争はドイツの敗北に終わってしまった。
連合国はこんな強力な巡洋戦艦をドイツに保有させることは許さなかったため、哀れにも完成前に廃棄が決定したのである。
ちなみに、このほかにヨルク代艦級と呼ばれるこいつよりもっとより強力な15インチ砲を8門積んだ巡洋戦艦が建造されていたのだが、進水どころかようやく建造を始めた時点で終戦になってしまっていた。
(※このほかに、ヨルク級の戦艦バージョンとも言うべきバイエルン級戦艦のザクセンとヴュルテンベルクが進水した状態で放棄されている。)
で、義男達はそれらドイツ艦の死体を漁りにやってきたわけだ。
これは造船所側としても渡りに船であった。
なにしろ、完成もできない船など、ただドックをふさぐだけの鉄屑に過ぎない。
解体するにも金は掛かるのだ。
それを買ってもらえるということは、ある程度のリターンも見込めると言うことだ。
と言う訳で、義男達は今回、造船所で建造中だった艦艇を見せてもらっているのだが、その中でも目玉商品だというものを案内され、見つけたのがこれであった。
「いいな!欲しいなコレ!」
義男は目を輝かせながら言った。
「・・・買ってどうするんだ?」
大きさに圧倒されつつも雷蔵は義男に尋ねた。
「・・・何に使おう!?」
「・・・決めてなかったのかよ!」
「冗談だ。」
雷蔵の言葉に微笑しつつ答える義男の後頭部からは汗が流れていることは内緒である。
「でも解体するにせよ、造船用の資料にはなるし、悪くはないんじゃないか?」
「高くつきそうだがなぁ・・・回航費だけで幾ら掛かると思っているんだ?」
雷蔵は思わず頭を抱えた。
確かに、ドイツ製の優れた鋼材、船体設計その他諸々は雷蔵としてもとても魅力的だった。
もしもその優れた技術の一部・・・たとえば高出力タービンの開発法や高性能な鋼板などを解析できれば、今後さらなる大口・・・たとえば海軍などからの受注を得ることも決して夢などではないからだ。
だが、その回航費用が問題であった。
この頃、日本郵船はT型標準貨物船と呼ばれる7000トン級貨物船を整備していたのだが、そのうち何隻かはイギリスで建造されていた。
建造費用は日本と英国ともに大体100万円前後だったのだが、そのうち英国で建造された分の費用のうち2割は、実は日本への回航費用であったという。
つまり、7000トン級でも20万円はかかる。
さすがに今回の場合、回航費が建造費の2割なんてふざけた額にはならないだろうが、それでも相応に掛かることは確かだ。
船体が大きくなれば当然燃料と人員ははより大量に必要になる。
また、機関はまだこの船には搭載されていないこともあって、下手をすればそれもつまなきゃ成らない。
安土丸型を日本から派遣して曳航してもらうと言う手もあるが・・・現実的とはちょっといえない。
だが、これらから分かることは、回航するには相応の資金が必要なのだ。
同時に、建造するにも、解体するにも、いずれにせよドックが必要となる。
だが、3万トン級ドックなんてバケモノは現状の別府造船所には影も形もない。
つまり、下手をすれば買ったはいいが、どこぞの国の原子力潜水艦みたく朽ちるに任せるなんて恐ろしいことになりかねないのだ。
それこそ、金をどぶに捨てる行為である。
「ドックの手配をすればいいだろ?」
「ああ、その金も準備もできているが・・・本当にどうする気なんだ?」
「俺としては高速貨客船として使えるんじゃないかなって考えてる。」
「・・・大雑把に計算してみたが、とてもじゃないが収支は真っ赤だぞ?」
「まぁ、そうだろうな。客がいないからな」
「だったら、くず鉄にした方が・・・」
雷蔵がそういっている中で義男が悪そうなことを考えているような顔でボソッと呟いた。
「・・・客がいないなら作ればいいだろ」
「ん?なんか言ったか?」
「いや、何でも・・・とりあえず俺はこいつと同型艦を買って貨客船に改造したいと思っている。貨主客従方式で使えばそこそこ逝けるだろ?」
「ああ、逝けそうだな」
どうも漢字が違うようだが問題はない。
というのも、決して誤字などではないからだ。
・・・機械というものは購入してからが本当にお金が掛かるというものが結構あったりする。
船もその一つである。
例えば、船というものは鋼鉄を使っているのであるが、鉄はさびるものである。
船底は長いこと海に漬かっているせいでフジツボなどが着いて速度を落してしまう
そして、心臓である機関も長いことつかってきたらやっぱりヘタって来て最後には動かなくなる。
それを防ぐために鉄には塗料を塗って錆び難くしてやり
機関は部品の交換やオイル交換をおこなう。
船底についたフジツボや牡蠣は定期的に落してやる
このように、機械を長く使うには相応のメンテナンスが不可欠である。
だが、メンテナンスにも金は掛かる。
それが積もり積もって何年かたったら建造費よりも維持費のほうが逆転してしまうということも割りと良くあることなのだ。
ついでに、スクラップにするにもクレーンや工員を使うためやっぱり金は掛かる。
・・・話を戻そう。
義男が船を買いたいといっているのだが、雷蔵にはそれを買って客船にするとして、一体何の意味があるのかと問いたかった。
結論から言うと、今の別府造船所で客船を作れるか?と聞かれると間違いなくできる。
しかし、それを傘下の別府汽船で運用するとして、できるのか?
と尋ねられると、たぶんできないと答えるしかないだろう。
というのもこの時期、まだ別府汽船は社こそ一応設立されて別府市内に置かれているが、肝心の船舶の運用は最近ようやく始まろうとする所なのだ。
それも、現状運用予定の船舶は姫島村との共同運用が決まった姫島丸ただ一隻である。
一応、キャンセルされることになった安土丸型数隻がこれに加わることになっているが、それもまだ運用されてはいない状況である。(買い手が付けば売るつもりだった)
そして、肝心の姫島港も、港湾の整備に追われていて、とてもじゃないが準備ができているとはいえず、工事が完了するまでに後1年はまたねばならない。
そして、当の日本は戦後不況に突入しようとしていたため、工事が長くなる可能性が極めて高かった。
そして、それとはまた別に、別府造船所に新しく4万トン級ドックを設ける構想があるのだが、それだって1~2年は先である。
それまでにさびたりしないか?
そして、たとえ高速客船にできたところで大型商船をまともに運用したこともない会社である。
一応、社内では別府汽船による貨客船を用いた商用航路の計画が立てられており、それに備えて3000トン級貨客船の建造計画があったが。
それこそまだペーパープランの域を出ていなかった。
なので・・・そもそもできるのか?
採算は?
維持はどの程度できる?
どこと何処を結ぶ?
これだけでかいと必然的に海外航路になる。
それの根回しはできているのか?
・・・何もできていない。
全ては白紙であった。
つまり、雷蔵にしてみれば義男の貨客船構想などは正気の沙汰ではなかったのだ。
「・・・まぁ、今のは単なる思い付きだが、勝ち目は十分あるんだ」
「本当か?」
「ホントホント・・・ま、くわしい話は後だ。次を見に行こうぜ。潜水艦らしいからな。浪漫がくすぐられる」
雷蔵がいぶかしがる目で義男を見たが義男はニコニコと笑顔で言いながら雷蔵を次のドックに向かわそうとした。
即断できるようなことでもないからだ。
・・・実際、義男には有る程度の勝算があった。
というのも、船舶というものは、大型化すればするほど相対的に搭載可能物資は増える。
勿論、例外もある。
今回のような巡洋戦艦の場合、その装甲部分を撤去したとしても、元の根本的な構造が軍艦なため、通常の貨物船よりも輸送効率は落ちてしまう。
実際、これは史実の太平洋戦争中のことなのだが、北号作戦と呼ばれる戦艦2隻、巡洋艦1隻、駆逐艦数隻からなる輸送作戦が行われたことがあった。
戦艦と巡洋艦にはガソリンやら戦略物資をたんまり積み込んで、かつ1隻の損失もなかったにもかかわらず、蓋を開けてみたら中型貨物船1隻分あるかないかという程度の物資しか輸送できなかったのだ。
明らかにコスト的には最悪を通り越して悪夢である。
通常の輸送では考えられないくらいの大赤字だ。
もっとも、その作戦が行われていた頃にはそれでも拍手で迎えられるくらいに海上交通路が寸断されていたのだが・・・。
またしても、話がそれてしまったようだ。
とにかく、物資の輸送効率的に考えるならば、軍艦はその構造上、物資の輸送にはあまり向いていないといえるのかもしれない。
では、軍艦は商船に改造できないかというと、必ずしもそうでもない。
実際、日本海軍はワシントン条約で廃棄される予定だった天城型巡洋戦艦を客船に改造する計画をもっていた。(そして、有事の際には戦艦にできるような設計であった)
また、イタリアでも同じく建造中止になった戦艦クリストファロ・コロンボを客船に改造する計画が持ち上がっていた
これら2つは両方とも資金的な面で実行されることはなかったが、もし実行されていたら太平洋の女王は浅間丸でなく、天城と赤城であったろうと考えるとロマンを感じる。
ちなみに、イタリアは約10年後には5万トン級大型客船の「レクス」と「コンテ・デ・サヴォイア」や「ローマ」を建造していたりする。
つまり、ある程度商船として使うこともできるのだ。
そして、弾薬庫や兵員居住区、機関室の一部縮小(5万トンのオリンピック級客船でも船体の約4分の1が機関関係のスペースだったりする)によってある程度の貨物の搭載区画ができるし、大砲や装甲といった重量物がないかわりに、上部構造もしっかりしたものができるだろう。
・・・もっとも、貨物の搭載可能量は同じ大きさの貨物船と比べたら落ちるだろうが。
また、ここ10年ほどで、現在の主力貨物船であるT型標準貨物船や大福丸型貨物船はその速度の不足から一気に旧式化してしまうということも、義男は未来知識と海外の造船事情などから推測していた。
実際、1920年代初めごろは日米航路などは日本船よりもより優速なアメリカ船などが登場したことで日本の海運界は苦戦した。
その後の巻き返しは1930阪商船のディーゼルエンジンを搭載した低燃費かつ高速貨物船である畿内丸型貨物船の登場を待たねばならない。
しかし、それとてせいぜい7000トン級。
港湾機能が貧弱だったこともあるが、当時の日本はその大きさで十分に採算が取れていた。
(ちなみに、現在日本に入ってくる大型コンテナ船は10万トンクラスも結構ある)
だが、ここで別府造船所が3万トンクラスの大型高速客船を就役させるとどうなるか?
一気に日本中の海運業者の目がこっちをむいてくれるのだ。
軍も無視することはできないだろう。
義男自身としては海軍の軍拡については反対の立場であったが、それでも受注がもらえればそれでいい。
なんたってお客様は神様なのだから!
また、運用に関しても、義男はそんなに悲観してはいなかった。
彼の中にはある腹案が有ったのだ。
尤も、それがうまく行く確率は非常に小さなものであったが。
それでも、当たればデカイ。
十分に採算も取れる程度には。
それに、いざダメだったらそのときは軍にでも売っ払えばいい。
(そうなったら義男も只では済まないが)
空母くらいにはなるだろう。
また、売却の条件に別府造船所で工事してもらうようにしたらいい。
どっちに転んでもそれなりに利益はある。
(後者の場合は赤字は確定だろうが空母への改装の経験がつめる。ただ、魅力としては薄いが・・・)
とはいえ、リスクはあまりにも大きいことは事実であった。
義男としてもそれなりに覚悟はしているが。
ただ、この先海運業の需要が低下するが故に、かえって速度や価格競争の過熱化になる可能性が強く、別府汽船としても海運業、とりわけ海外航路に参入するならば、相応の輸送能力と速度が必要になってくるだろう。
また、価格面も船自体の速度を速めること(船足を速めることで航海日数を減らし、乗客の負担や滞在費、積荷の輸送日数などを圧縮できる)と、海外と比べて安い人件費で船賃をある程度圧縮することも可能だ。
そして、貨主客従方式によって、乗客の量が少なくてもある程度ペイできる。
いずれ、他の海運各社も速度競争に参加してくるだろうが、それまでに航路網を確立してしまえばこっちの勝ちだ。
「レッドオーシャンなんて、碌なもんじゃないんだがなぁ・・・やってみる価値はあるか?」
自分にだって浪漫はある。
所詮俺なんて転生知識なんていう後知恵でのし上がってきたしょうもない男だ・・・それに、成金なんだし、これ位の我侭はいいだろう?
去り際、マッケンゼンを見上げる義男は苦笑しながら心の中でそう呟いた。
それは誰に向けていったものだろうか?
自分?
父親?
社員?
それとも・・・?
みなさまこんにちは
今回でてきたのは「マッケンゼン」です。
日本の金剛級に匹敵(スペック的には凌駕している)する代物ですが、第一次大戦の敗北によって解体されることが決まりました。
パパこれ買ってよ~と義男がチラチラしています。
これを客船にしたら、軍や他の会社からも発注が来るでしょうし、良い広告塔になると思ったためでした。
・・・発想が結構無茶苦茶ですがww
それでも、ロマンを感じざるを得ないのですよ!
・・・タイトルを屑鉄じゃなくて浪漫にした方がいいかな?
あれ?そういえばどうしてタイトルをいつも漢字二文字にしてるのでしょうかね?いまさらながら自分でも不思議になってきました。
次回はドイツの街角でのお話です。




