07 小鳥たちのさえずりは、少し騒がしい
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その夜、私はドガンさんが応急処置をしてくれた領主の館の執務室で、古い魔道具を取り出しました。
大きな羊皮紙のような巻物と、魔力を増幅するインク壺のセット。
これは【セカンド・チャンネル】の魔法陣と、起動に必要な道具です。
通信魔法【セカンド・チャンネル】。それは、とある偉大な魔法使いが空間属性魔法で作った異空間にアクセスする魔法です。
その異空間には大樹があり、葉に文字を書き込むことができます。
この大樹や異空間そのものに対して、術者ができる干渉は、文字を書き込むことと、他の人が書き込んだ文字を読むことだけ。この異空間に入り込んだり、大樹を傷つけることはできません。
魔導具を持ち、魔力を注ぐことさえできれば、誰でもこの異空間を共有することができます。
このようにパブリックな場所ですので、葉の数は膨大になります。そのため、求める情報を探しやすいように、話題ごとに書き込む枝をそろえるというルールがあります。
そして、それぞれの葉には管理上の理由から通し番号が振られます。
魔導具は高価ですし、人々の意見が集まれば喧嘩も起きます。
面倒なこともいろいろと多いですが、今の私のように、辺境にいながらにして王都や他の地域の情報を知りたい人にとっては、とっても便利な魔法です。
私は巻物を広げてインク壺に魔力を注ぎ、起動の言葉を紡ぎます。
「世界を包む大樹よ、あまねく枝葉を広げたまえ。彷徨える小鳥たちのさえずりを、風に乗せて。数多の声を、数多の想いを、ここなる枝に宿さん」
「――起動、【セカンド・チャンネル】」
ふわり、と羊皮紙が淡い光を帯び、空間に美しい樹の幻影が浮かびます。
そこに次々と、インクが滲み出るように枝葉が広がっていきます。
「えぇと……王都の話題は、この枝かしら?」
私が開いたのは、今、王都で一番盛り上がっているこの小枝です。
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【祝】アルフォンス殿下と聖女リリア様の婚約パレードについて語るスレPart5
1:名無しの貴族令息
今日のパレード見たか?
リリア様のドレス姿、マジで天使だったな。
隣の殿下もデレデレしすぎだろw
2:王都の華
お似合いでしたわ〜!
やっぱり、暗い色の髪の元婚約者より、ふわふわミルクティー色ヘアのリリア様の方が王子妃にふさわしいですわね。
18:次期国王
民草ども、今日のパレードへの参列ご苦労。
リリアの愛らしさが際立っていたろう?
いやあ、実に清々しい気分だ。何しろ、ようやく「足を踏まれる恐怖」から解放されたのだからな。
リリアとのダンスは最高だぞ。彼女は羽のように軽い。
前の婚約者はどうだ? ステップを踏むたびに俺のつま先をピンポイントで粉砕してきやがった。あれはダンスじゃない、拷問だ。
それに、優雅なティータイムも素晴らしい。
リリアは決してお茶をこぼさないし、あまつさえ「手が滑りましたわ」と言って、熱々の紅茶が入ったカップを俺の股間に向かって投擲してくることもない。
ようやく俺の足と精神に平和が訪れたのだ。
25:名無しの騎士
>>18
殿下www 降臨乙ですwww 前の婚約者、そんなに酷かったんですか?
26:壁の花子
>>25
横から失礼。
私、夜会で見たことありますけど、殿下の足の小指、ダンスの後に真っ青に腫れ上がってましたよ……。
あれを見て「殿下可哀想……」って思ってた令嬢は結構いました。
27:次期国王
だろう!? もっと同情してくれ!
だいたい、あの女との婚約は、先代のオルダー伯爵への義理で続けていたようなものだ。
だが、その先代も先日亡くなった。
もう俺が義理立てしなければならない相手はいない。
これは正当な婚約破棄だ。俺は自由恋愛の権利を行使したに過ぎない。
30:名無しの貴族令息
>>27
うーん……。気持ちはわかるけどさ。
さすがに、親が死んで喪中の相手に「親が死んだからもう義理はない」って言って婚約破棄するのは、人としてどうなの?
タイミングが最悪っていうか、死者に鞭打つようで引くわ……。
31:王室ウォッチャー
>>30
同意。オルダー家って建国の功臣でしょ?
いくら娘がドジっ子破壊神でも、その家名をないがしろにするのは、王族として器量を疑われるよ。
32:リリア親衛隊長
>>30>>31
うるさいぞ外野!
殿下はずっと我慢してこられたんだ!
それに、リリアたんという「真の聖女」が現れた以上、国益を考えれば乗り換えるのが正解だろ。
可愛いこそ正義! 前の陰気な女は辺境で野垂れ死んでればいいんだよ。
33:次期国王
>>32
そのとおりだ。友よ、今度ワインを奢ろう。
辺境は今頃、雪でも降っているんじゃないか?
ドレスも宝石も没収したから、きっと寒さに震えて泣いているだろうよ。ざまぁみろだ!
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「…………」
私は静かに【セカンド・チャンネル】の接続を切りました。
ふう、とため息が出ます。
「王子は、私の投げたカップが股間に直撃したことを怒っていらしたのですね。あれは東屋に入ってきた大きな蜂に驚いてしまったのですが……」
それにしても。
お父様が亡くなったことを、「好機」と捉えていらっしゃったとは。
画面の向こうの冷たい言葉に、胸がチクリと痛みます。
私のドジが王子にそこまで迷惑をかけていただなんて、気づきもしませんでした。婚約者が婚約破棄を考えるほど思い詰めていましたのに……。
自分の鈍さとドジさを、私は深く反省しました。
ここに書き込まれている以外にも、私は今まで数え切れないほどのドジをしています。これでは、リリア様のことがなくとも、遠からず婚約破棄に至っていたのではないでしょうか。
「……ドジに関しては、弁明の余地もございませんわ。ですが」
私は、揺らめく『義理立てする必要はない』という文字が書かれた葉を思い出しました。
「お父様の死を『好機』と呼ぶ感性だけは、どうしても理解できそうにありません」
一瞬だけ、胸の奥が冷たく凪いだ気がしました。
「くしゅんっ!」
私のくしゃみに呼応して、執務室の窓板が、ビリビリと震えました。
「お嬢様、何をしているんですか。風邪を引きますよ」
ヴィオが、温かい湯気の立つマグカップを持って入ってきました。
中身は、スライムのゼリーを煮溶かして作った、特製のホット・ハニーレモンもどきです。
「これを飲んで温まってください。……王都の雑音など、聞く価値もありませんよ」
そう言って差し出されたマグカップの取っ手には、ヴィオの指がめり込んだようなヒビが入っていました。……どうやら、私が何を読んでいたか、お見通しのようです。
私はカップを受け取り、その温もりにホッと息を吐きました。
「ええ、そうですわね。……今は明日の保存食作りの計画を立てましょう!」




