59 VS古竜ですわ!(後編)
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絶望の灼熱地獄。熱気でもうろうとする意識の中、清涼な波動を感じました。
出所は、私が鞄に入れていた、【セカンド・チャンネル】の巻物です。
巻物は黄金の魔力をまとっています。
私は鞄から巻物を取り出します。
「冷たい……? いいえ、この光は、温かい……? 巻物から、皆さまの声が聞こえますわ……」
巻物を広げると、黄金の光が奔流となってあふれ、私の頭の中にたくさんの声が響きました。
――助かった。
――ありがとう。
――ゼジリア様は聖女だ。
巻物から発せられていた光が、私の体に吸い込まれていきます。
全ての光が私の中に収まったとき、新しい力が芽生えたのを感じました。
ユニークスキル【聖女の卵】。
「(えええっ!? 『聖女』!? ですが、ヒヨコ未満の『卵』ですの~~っ!?)」
その途端、あれほどまでに私たちを責め立てていた熱気が緩みました。威圧的な熱い魔力は、私の体から放たれる黄金の魔力に触れた瞬間、魂を震わせるような懐かしい香りがする、清涼な空気へと変化していたのです。
「この香りは……、スカンピア・ブルーミントですわ!」
どうして突然、ミントの香りがし始めたのでしょう。私はお部屋のフレグランスにでもなってしまったのでしょうか?
ドラゴンの魔力と私の魔力がぶつかっているところでは、パチパチと火花が発生しています。
私は冷静に状況を確認しました。「卵」であろうと、「聖女」は「聖女」。古竜と同じ伝説の存在です。
古竜と聖女のどちらが強いかなどわかりませんが、もしかして今の私なら、ドラゴンの熱気を抑えることができるのではないかと考えました。
私は杖を握りしめます。
生えたての未知のスキルですから、使い方なんてわかりません。私はよくわからないながらも、「この熱気、なんとかなってくださいまし!」と念じます。
祈りが通じたのでしょうか。黄金の魔力は範囲を拡大し、村全体を包み込みます。
「皆さま~~っ! 今ならいけますわ!!」
私は対象を強く意識しながら魔力を放出します。
すると、ヴィオ、ドガンさん、ガムルさん、フレルさんの体が、金色の膜のような光で覆われます。
ドガンさんのバリスタが、ヴィオの煙管が、フレルさんの杖が。そして、ガムルさんにいたっては全身の血管が、金色に光っています。
「【鑑定】……! これは……武器に『聖女の加護』が付与されていますよ!」
「聖女? お嬢様が、聖女ですって?」
フレルさんが【鑑定】の結果を伝えると、ヴィオが驚いて私を二度見します。
「わしのバリスタに『竜特攻』が付与されておる! これなら、あやつに目にもの見せてやれるぞ!」
ドガンさんが、再びバリスタのクランクを巻きます。
ドシュッ!
ドラゴンはどうせ効かないと考えていたのでしょう。避けもせずにボルトを受けました。
すると、どうでしょう! ドラゴンの横っ腹に、深々と刺さったではありませんか!
「グルォォオオッ……」
自慢の鱗を傷つけられたからか、ドラゴンは怒りをあらわにします。
そしてドガンさんに向かって、いくつかの火球を発射します。
「【水鏡】!」
フレルさんの【水魔法】で作られた反射鏡が火球を受け止めます。
反射するまではいかなかったようですが、火球をその場でかき消すことはできたようです。
「このような初歩的な【水魔法】でも、相殺できるようになっていますね! さすが僕の女神!!」
「私の聖女です」
フレルさんにヴィオが素早くツッコミを入れます。
「次じゃ! そりゃぁぁ!! これがわしらの、スカンピアの誇りじゃぁぁああ!!」
このやりとりの間に、ドガンさんはバリスタの装填を終えたようです。
フレルさんとヴィオ、ガムルさんの攻撃に気を取られていたドラゴンは、またしてもドガンさんのボルトを受けます。
シュゥゥゥウウウ!!
ボルトが着弾した瞬間、ドラゴンの体から光る煙が立ち上ります。
「か~っかっかっかっ! そいつはエルフ謹製の『魔素中和ポーション』じゃ!! 古竜と言えど所詮魔法生物よ!! 体を構成する魔素そのものを消されては、負傷は避けられん!」
それは相当なダメージだったのでしょう。ドラゴンは怒りに顔をゆがめ、膨大な量の魔力を練りはじめました。
先ほどと同じ、極太の熱線の魔法が来ます!
「すでに見た魔法。結節点はすでに把握しています」
ヴィオが魔導眼鏡をクイと押し上げ、煙をまとったナイフを投げます。
「【影穿つ精密の指先】」
ヴィオが放ったナイフが、魔力の渦の数カ所を貫通。先ほど私たちを全滅寸前に追い込んだ大魔法が、今度は発動する前にかき消されました。
「やっぱりわたくしの侍女は世界一ですわーーー!」
ヴィオの魔導眼鏡は多すぎる情報を処理したためか、つるからは細い煙があがり、片方のレンズがひび割れています。それでもなお彼女の目は、ドラゴンの弱点に照準を合わせ続けています。
ドラゴンは舐めていた人間にひと泡吹かせられたからか、空に飛び上がろうとします。
まずいです。射程外まで距離を取られては、私たちは防戦一方になってしまいます。
「逃がすかよォ!」
ガムルさんは筋肉を引き絞って跳躍し、まだ燃え続ける見張り台の残骸にのぼります。
その手には鉤爪と、それに結わえられたロープが握られています。
ガムルさんは鉤爪を投擲。鱗に引っかけ、ドラゴンの背へと飛び乗りました。
黄金の魔力の膜をまとってなお、紅蓮の魔力をまとうドラゴンの肌というのは耐えがたい熱さでしょう。ガムルさんの体からは、シュウシュウと湯気とも煙ともつかないものが上がっています。ドラゴンは空中で体を回転させ、ガムルさんを振り落とそうとしますが、ガムルさんはドガンさんが撃ち込んだボルトを足場に、剥き出しの筋力で食らいついています。
そしてドラゴンの体をよじ登り、とうとう、魔素中和ポーションを被弾した部位に到着しました。
「俺の胃袋に……収まりやがれぇ!!」
ガムルさんがドラゴンの融解した傷口に頭を突っ込みます。そこはマグマのような血が流れるドラゴンの体内、普通の人間なら近づくだけで炭化する地獄の窯です。
ガムルさんは顔が焼かれるのもいとわず、恍惚とした笑みを浮かべ、あろうことかその「生身の肉」に、生身の歯を突き立てます。
「硬ぇ……が、最高に熱い肉だぜ! だが、メインディッシュにはボリュームが足りねぇなァ!」
獰猛な笑みを浮かべたガムルさんの口は、どろどろとした血が滴るドラゴンの肉片をくわえています。
竜人族特有の長い舌がその肉を包み込み、鋭い牙が突き刺さります。
古竜の肉を喰らうという、生物の理を逆行する狂行。
肉を嚥下したとたん、ガムルさんの口からは紅蓮の蒸気が立ちのぼり、瞳が真っ赤に輝き、筋肉がミシミシと音を立てて膨張します。
彼のユニークスキル【暴食の探求者】が発動したのでしょう。今のガムルさんは、古竜の能力を自分のものとしています。外見も、肌がボコボコと膨れ上がって、火傷だらけの平凡な竜人族のものから、ごつごつとした赤熱する鱗に覆われた姿に変化しています。
ガムルさんはドラゴンの傷口に腕を突っ込んで、私たちに叫びました。
「こいつの動きは俺が止める……俺ごと、このトカゲをブチ抜いてくれ!!」
それは決して、死を覚悟した男の叫びではありません。
最高の食材を得るために、信頼する仲間に背中を預けた狂戦士の号令でした。
「ガムルさん! あなたの情熱、受け止めましたよ!」
フレルさんの杖の先端に、暴風のように強大な魔力が収束します。
こめられた魔力量は尋常のそれをはるかに凌駕し、大魔法の魔術式が幾重にも重なっています。
この詠唱の間にも、ガムルさんとドラゴンの格闘は続いています。
ドラゴンは爪や尻尾を使い、体を踊らせてガムルさんと振り落とそうとし、ガムルさんは手足と牙を用い、ドラゴンに執念深く食いついています。
それを援護するのは、ドガンさんの追撃です。先端に魔素中和ポーションの瓶をくくりつけられたボルトが、一本二本とドラゴンに射かけられていきます。
再び肉を溶かされた苦痛でドラゴンは激しく悶えます。ガムルさんは不規則な動きによってとうとう弾き飛ばされますが、かろうじてドラゴンの尻尾にしがみつきました。
「【限界突破】! 消費魔力十六倍の【翠嵐の滅撃】!!」
【風魔法】の奥義が四重奏の旋律となり、真空の刃が空を飛ぶドラゴンを翻弄します。
普段の温厚でふざけ倒したフレルさんとは違い、冷徹な処刑人のごとき、まるで遠慮のない大魔法が、ガムルさんごとドラゴンを切り刻みます。
――人の子らよ。見事だ。
そのとき、私の頭の中で低い声が響きました。
耳に感じるような、普通の音ではありません。【セカンド・チャンネル】の巻物から聞こえたときのような、魂に情報を直接流し込まれるような感覚です。
「えっ、なんですの?」
――聖女の卵よ。その殻が割れ、真に羽ばたくときを山の上で見守ってやろう。
まさか、ドラゴンの声だと言うのでしょうか?
私が見上げていると、ドラゴンは空を数度旋回して、尻尾を自切しました。ガムルさんは切り捨てられた尻尾ごと地面へ落下します。
「きゃ~~っ! 危ないですわぁ~~!!」
ガムルさんが地面に打ち付けられると思った刹那、地面の上に濃密な煙がくるくると円盤状にまとまって、ぼすん! とガムルさんを受け止めました。
「……ふう。戦士の帰還ですね」
ヴィオが指に挟んだ煙管をくるくると回します。
ガムルさんは傷だらけでしたが、まだ生きています。
私たちは、誰一人欠けずに古竜を撃退したのです。
その事実を認識できるには、いくらかの時間を要しました。




