57 VS古竜ですわ!(前編)
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ガァン! ガァン! ガァン!
「崖が穿孔!! 大量の水とともに水棲型モンスターが海へと放出!」
警鐘の音と、ハンスさんの声が。ハンスさんの居場所は、念のため設置していた、村の裏手の見張り台。
警報は、いつも海水を汲んでいるところからの、氾濫の来襲をしらせるものでした。
「報告! 崖方面!
魚型モンスターは海中より動けず!
少数のイカ、タコ型、貝型モンスターが崖を上がっています!」
ハンスさんの声が続報を告げます。
私は杖を握り、崖へと駆けつけました。
柵から身を乗り出して下を見ますと、イカ型魔獣のクラーケン・ソルジャーや、タコ型魔獣のオクトパス・グラップラーが、吸盤で岩壁をのぼっていました。
貝型魔獣のシザー・シェルは、ドリル状の貝型で岩肌に体を打ち込んで、他の魔獣の足場になろうとしています。
垂直に近い断崖絶壁も、彼らには通用しないようです。
「ここは俺たちの畑だ! 海に帰りやがれ!!」
村人たちは、崖下に石を落としてモンスターを攻撃します。
「鍋で湯を沸かしておったろう、あれを持ってこい!」
ガヴさんの指示のもと、煮えたぎったお湯が入った鍋が運ばれてきました。これらは、ガムルさんと村の女性たちが食事の準備のために沸かしていたものです。
あつあつグラグラの熱湯が崖上からモンスターの群れへと投下されます。
するとクラーケン・ソルジャーやオクトパス・グラップラーが、湯引きされたように赤くなりました。
「熱湯が効いているぞ! もっと湯を沸かせ!!」
村人は男女問わず、石を投げ落とす人とお湯を沸かす人に分かれて応戦しています。
私とフレルさんも、遠距離を攻撃できる魔法で支援をします。
ビュッ!
「領主どの、あぶない!」
私を狙って、海の上から【水魔法】が飛んできました。
崖を登れず海で待機していたモンスターの中に、魔法が使えるものがいたようです。
私をかばってくれたのは、第八騎士団団長さんでした。
続いて、いくつもの水鉄砲が飛来します。
いくつかは勢いが足りず海へと落ちていきますが、一部は放物線を描いて崖の上まで届きます。
その水鉄砲を、ソレンさんたち自警団が、盾で防ぎ、あるいは剣で斬り伏せて防御します。
「村には一歩も踏み込ません!」
崖という地形のため、戦況は我々防衛側がやや優勢といったところです。
しかし押し込まれている箇所もあり、そこでは落下防止のための命綱をつけた人が崖っぷちに立ち、上ってきたモンスターを、鍬や鋤で直接叩いています。
カァン! カァン! カァン!
「ダンジョンが爆発! 巨大な魔力反応が接近中! 地表をえぐり、なにもかもを消し飛ばしています!!」
そのとき、今度は先ほどとは音色の違う警鐘が響きます。
あの声は、村の門のほうを見張っていた、ジョニーさんの声です。
「同時に二方面から!?」
どちらから対応するべきか、私は逡巡します。
「ここはわしと自警団が食い止めますじゃ。お嬢様と残りの戦力は村の表へ」
ガヴさんが素早く判断します。
「わかりましたわ! 手分けしてこの危機を乗り越えましょう!」
私は杖を握り、通い慣れた村の門へと向かいました。
ダンジョンのあったところからは禍々しい赤い光が漏れ、空へ爆炎が上がっています。
村に接近してくるのは、いまだかつて出会ったことのないほどの、強大な【火】属性の魔力の気配。
巨大な火球としか見えないものが、地面すれすれを飛行しています。
ギャオォォオオオオン!!!
爆炎と熱風の中から現われたのは、全身を紅蓮の鱗で包んだ威風堂々たる竜でした。
地底のマグマが凝固したかのようなその姿は、この王国に住む人ならば、誰もが知っているものでしょう。
幼い頃に聞かされたおとぎ話の挿絵、代々受け継がれてきた絵画に描かれた荘厳な姿、王都の広場に建立された精緻な彫刻。
間違いありません、あれこそ連綿と語り継がれてきた「建国の物語」に登場する、「伝説の古竜」です。
頭から生える大きな角と、首から背にかけて生えたヒレは王冠のよう。
巨大な体躯は、羽ばたくたびに熱風が村を焼き、歩くだけで大地が震えます。
鋭い眼光は灼熱の炎そのもので、一瞥されただけで魂まで焼き尽くされそうなほど、圧倒的な強者であることを理解させられます。
その威容は、想像を遥かに凌駕し、見る者すべてに畏怖をあたえるものでした。
「あれはまさか……エンシェントドラゴン?」
ドガンさんは据え置き型の大型弩砲のハンドルを握り、ドラゴンを攻撃しようとしました。
「熱っ! 近づかれただけで魔鉄が熱くなるとは……なんという魔力じゃ!」
それだけではありません。
竜が地面に前足を下ろすだけで、生えていた木は吹っ飛び、かぎ爪で地面を撫でれば、深い溝が刻まれます。
これで攻撃ですらないというのですから、存在そのものが厄災といって過言ではないでしょう。
「熱気で空気が歪んで、座標が定まらない……!」
ヴィオがナイフを構えたまま、動けずにいます。
「あれだけでけェ図体だ、狙いが大雑把でも当たるだろう。とにかく攻撃だ!」
ガムルさんは次々と、数本の投げ槍を投擲します。
槍は鱗の間に刺さったかのように見えましたが、龍が少し体を震わせるだけで槍は折れたり抜け落ちたりしてしまいます。
表皮をわずかに削る程度のダメージは与えられています。しかし、分厚い鱗に阻まれて、その肉まで刃が通らないのです。
「ハハッ! 硬ぇ、硬すぎるぜ! これほどの素材、どう料理してやろうかと考えただけで、涎が止まらねぇじゃねぇか!」
絶望的な実力差を前に、ガムルさんは不敵な笑みを浮かべます。その瞳には恐怖ではなく、未知の「食材」を前にした狂気じみた喜びが宿っていました。
ドラゴンは羽虫を払うかのように尻尾を一振りします。それだけで村の防柵は粉みじんになりました。
「レッサードラゴン革で補強した柵が!?」
「……食らえ! わしの意地の結晶じゃあ!!」
高台の上に据えつけられた、黄金色に輝く大型弩砲。手に布を巻いて熱さを防いだドガンさんがその躯体を揺らし、歯を食いしばりながら最後のクランクを巻き上げました。
「いっけぇぇ!」
ドガンさんの咆吼と共に、イエローレッサードラゴンの魔素を帯びた巨大な鉄杭が射出されます。空気を切り裂く【風】の加護を纏い、一筋の閃光となってレッドエンシェントドラゴンの喉元を穿つ――はずでした。
ガキィィィィィィン!!
ボルトは、ドラゴンの首を覆う紅蓮の鱗に触れた瞬間、紙屑のようにひしゃげ、火花を散らして地面へと虚しく転がります。
「な……わしのバリスタが、あやつの皮すら通らんというのか……っ!?」
渾身の兵器がまるで通じず、ドガンさんの顔が、驚愕と屈辱に歪みます。
「なんだァあの鱗は! 金属ででもできてんのか」
ガムルさんが、珍しく余裕をなくしています。
「金属というより、硬質化した魔力の結晶ですね。物理攻撃をほぼ無効化しています」
フレルさんが額の汗を拭います。
この間にも、ドラゴンから発せられる熱気でみんなはじわじわとダメージを受けています。
この熱はおそらく、ここだけでなく村の奥にいるガヴさんたちのもとにも届いているはずです。それくらいの膨大な熱量でした。
「……このままでは、戦う前に村が干上がります。一時的にでも冷却を。――【大水球】!」
フレルさんが【水魔法】を詠唱し、杖から術式が展開されました。
ドラゴンは頭上から降り注ぐ膨大な水を避ける素振りもなく、無抵抗で受け止めます。
滝のような水流がが古竜の熱殻に触れた瞬間――。
シュゥゥゥゥゥゥッッッ!!
爆発的な音と共に、水が一瞬で蒸気へと変わりました。
冷やすはずだった魔法は、村全体を白く濁った熱い霧で包み込みます。
「あ、あぢぃぃぃっ!? フレルさん、これサウナですわ! しかも、わたくしたちが『蒸される側』のサウナですわよ!?」
私は涙目で叫びます。村の蒸し風呂は気持ちのいい熱さですが、これはそれどころではありません。熱中症寸前の熱気に、【身体強化】も限界スレスレです。
「……失策でした。ドラゴンの熱が、僕の想定を遥かに上回っています。これでは、自分たちの首を絞めるだけですね」
フレルさんは悔しそうにします。【水魔法】は、【火】の属性を持つモンスターには有効というのはセオリーです。フレルさんの判断ミスではありません。ただ、ドラゴンの魔力が、そんなセオリーを覆すほど強大だっただけ。
霧の向こうで、ドラゴンの黄金の瞳が不気味に輝きます。
ドラゴンが首をのけぞらせると、周囲の魔力が一層濃さを増します。
赤黒い魔力がドラゴンの頭上で渦を巻き、凝縮。
耳をつんざくような咆吼とともに、ドラゴンの口から極太の熱線が発射されました。
「危ないっ!」
ヴィオが煙をドーム状に展開し、熱線からみんなを守ります。
ドームの表面を舐める炎が、目の前で踊ります。
煙の防護は熱気と轟音を完全に防ぎきれないどころか、徐々に削られて、内部に炎が侵入してきます。
炙られていた時間はどれほどでしょうか? ほんの数秒だったかもしれませんが、私にとっては一時間にも感じました。
熱すぎる空気は喉や肺を傷めつけ、袖や裾は、黒く焦げています。
ただ立っていただけなのに、呼吸を妨げられていたせいか、息は上がり目がちかちかします。
しかし、私はまだましなほうです。前衛として私たちの先頭に立っていたガムルさんは、地面に倒れ、体から煙を上げています。
村の設備といえば、防柵は焼け落ち、見張り台や自警団の宿舎は炎上しています。
そこに広がっていたのは、鉄をも溶かす灼熱の地獄でした。
「いけませんわ! 皆さま、回復を……!!」
私は【治癒魔法】を使いますが、いつものように傷が治っていきません。
熱気による継続ダメージが、私の治癒魔法を相殺し、効きを悪くしているようです。
周囲に立ちこめる熱気という原因を絶たない限り、どれだけ回復しても焼け石に水です。
「私の魔法が、追いつきませんわ……!」
私は私の魔力量に絶対の自信がありました。
しかし伝説の古竜相手では、いくら魔力があったとしても、足りる気がしません。
勝ち目は……ないのでしょうか?




