52 第九王子の罪
●Sideアルフォンス
赤と金を基調とした大広間。そこに響くのは、国王陛下の怒号ではなく、氷のように冷たい沈黙だった。
国王陛下の持つ書面が、これが父子の団らんなどではないことを物語っている。
あの書面は、「俺がしでかしたということになっていること」を書いたものだということを、俺は感づいている。
俺にはなにも後ろ暗いことはない。堂々とそれを説明しなければ。
「アルフォンス。貴様が追放したゼジリア・オルダーは、一人で一年に一度、一日で結界を満たしていた」
国王陛下が、山積みの報告書の一枚を放り投げた。
「それが今や、百人の魔術師を一ヶ月動員しても、以前の半分も維持できん。日当だけで国庫が空になる。これにどう説明をつける」
「……父上、騙されてはいけません。あのような不器用な女に、それほどの魔力があるはずがない。あれはオルダー家が測定官を買収し、過大に申告していた虚像です!
魔術師たちへの支払いは国民の安全のため。為政者として、その出費を惜しむことこそ恥ではありませんか?」
「買収だと? 測定官は王宮直属だ、我が眼を疑うのか!」
「魔術師百人分の魔力などと、あり得ない! 普通の頭を持っていたらわかるでしょう?
それに、結界の魔力は聖女リリアが充填していたはずです。彼女を動かしたのは、この俺ですよ」
俺は胸を張る。官僚から報告を受けているぞ。リリアは一度で高位の魔術師二、三人分の魔力を充填できた、と。
さすが聖女、人並み外れた魔力を持っている。
「『聖女リリア』だと? 彼女が一度に充填した魔力はたかだか三万。確かに突出してはいるが、ゼジリア嬢と比べたら足元にも及ばん。ゼジリア嬢の魔力は五十三万もあったのだぞ。リリア嬢の仕事など、魔術師への日当を多少節約した程度にしかなっていない!
それに、リリア嬢が『聖女』だという根拠はないと調べがついている。何をもって、リリア嬢が聖女だとお前は信じ込んでいるのだ?」
「はっ。五十三万? そんな馬鹿な数字、それそのものが嘘だと言っているようなものではありませんか。それに比べてリリアの三万とは、実に『聖女ならばあり得る』数字です。
この人並み外れた魔力こそ、リリアが聖女だという裏付けの一つです」
「話にならないな……。次だ。貴様が競り落とした『ドラゴンの革』はどうした。騎士団長たちが盾の補強に切望していたものを!」
国王は話題を打ち切った。よし、まずは一つ論破したな。
俺はほくそ笑む。
「リリアのためです。彼女は国民に絶大な人気がある。彼女が美しく装い、パレードで微笑むことこそ、荒んだ国民の心を癒やす最高のアピールになる。予算を投じて彼女が国民の支持を得ることは、王家の権威を守ることと同義……いわば、戦略的広報投資ですよ」
「犬の服にドラゴン革を使うのが『戦略』か! そのカネはどこから出た。スカンピアに不当に課した『辺境特別税』だな」
またドラゴンの革の話か。俺は内心国王に失望する。
程度の低い小枝の奴らと、我が父が同じことを言うとは。
「不当などと。あの税はもともと王子妃の支度金。『王子の婚約者』のための準備予算です。これは法に定められた事実です。ですので、新たな婚約者であるリリアに使うのは当然の権利。出どころなど関係ありません」
「黙れ! ゼジリア嬢が王子の婚約者だったから、実家であるオルダー伯から支度金を徴収していたのだ。リリア嬢のための予算なら、リリア嬢の実家のクレイ男爵家から徴収するのが筋であろう。そんな当然のこともわからんのか」
「それこそ筋の通らないことではありませんか! クレイ男爵家にそんな経済力はありませんよ。ないところからはとれない、当たり前のことではありませんか!」
国王はため息をつく。
ふふふ、言葉に詰まったところを見ると、俺の弁舌のほうが、国王より上と見えるな。
「そもそも、ゼジリア嬢との婚約破棄など、私は認めていない。
正当な事由のない婚約破棄で、建国の功臣であるオルダー伯爵家の面子を潰した。
この件は国内の貴族から不信を買っているぞ」
「そもそも、ゼジリアの祖先が功臣だろうと、彼女個人は像を壊すような欠陥品。
王子妃となるにふさわしい品格を、彼女は身につけていません。自業自得、正当な婚約破棄です。
それに比べてリリアの人気は素晴らしい。彼女が王子妃になるのは、王家のメリットになると、先ほども申しましたでしょう?」
「何が人気なのだ。そのリリアという女、市井では激しすぎる浪費のせいで『ポーション不足の元凶』とまで言われているぞ。貴様もだ。【セカンド・チャンネル】の小枝で『次期国王』などと名乗って、国民が死にかけている最中に何を書き込んでいた!」
「何をそんなにお怒りになるのか、私には理解に苦しみます。小枝でのやりとりがどのように見えようが、それは父上の主観に過ぎないのではありませんか?
事実として、自分は冷静に、国民を鼓舞する議論をしていたのは、誰が見ても明らかです」
国王陛下のこめかみに、青筋が浮かんだ。
「貴様の兄たちは今、何をしているか知っているか。第一王子は前線で剣を振り、第三王子は救援を求めて隣国へ飛び、第五王子は不眠不休で物資の分配を指揮している」
あぁ、止めてくれ、その続きは聞きたくない!
俺の頭の中に警鐘が鳴り響く。
「それに比べて、お前はどうだ。小枝でさえずり、女とカブを食い、国が燃える中で自分の保身のためにわけのわからぬことをつべこべと!
……お前は、彼らと同じ『王子』を名乗る資格すらない」
「…………っ!!」
俺の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
「兄上たちと私を比べるのですか!? 泥にまみれて剣を振り、民草に媚びを売るのが王子の仕事だと仰るのか!
私には、リリアという真の聖女がついているのですよ! 私は、リリアという真の聖女と共に、この国を『美しく』導く選ばれし者なのです!
父上こそ、老いぼれて真実が見えなくなったのではないですか!」
「やかましい!! 聖女聖女と、いつまでも根拠のないことを!
この期に及んでまだ女を頼るのか。自分の尻くらい自分で拭くくらいの気概はないのか!
悔しければ、星霜の結界を、今からでもなんとかしてみせろ!」
ひどい罵りを受けて、この面談は終わった。
なぜ俺がこんな侮辱を受けねばならないのだろう。何が何だかわからない。
しかし、俺の冴え渡った頭には、一つのアイデアがうかんだ。
ゼジリア・オルダーに結界を再び張らせればいいのだ。
あの生意気な女も、一年も貧しい辺境で暮らせば反省しただろう。そろそろ俺を恋しがっているに違いない!
ドレスや宝石の一つ二つ持って迎えに行ってやれば、泣いて俺の言うことを聞くだろう。
バラの花束もつけてやるか。女というのはそういったものが好きだからな!
善は急げだ。転移魔法陣が封鎖されないうちに、オルダー領に向かおう。
もし、もう封鎖されていたとしても、王子である俺が強く言えば断ることなどできないだろう。




