51 氾濫を迎え討ちますわ!(後編)
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第八騎士団団長さんの指揮によって前衛はスムーズに交代され、私は前半を担当していた方たちに【治癒魔法】をかけてまわります。
地面を埋め尽くしていたスライムやファングラットの死骸が、村人たちの手際よい解体によって「素材の山」に変わっています。
「はぁ……はぁ……」
「いいウォーミングアップでしたな!」
息切れしているソレンさんに対して、ガヴさんはまだまだ余裕そうです。
しかし、戦場はだいぶ静けさを取り戻しつつありました。
「モンスターのおかわりはいったん途切れたようですわね。皆さま、おつかれさま……」
カァン! カァン! カァン!
「モンスター! 新手!! 内訳、フォレストボア、ワイルドディア、アイアンオーク!
それに……複数種のドラゴン!!」
私の言葉をかき消した突然の警鐘に、ドラゴンのスタミナ煮込みをかっ込んでいた村人たちが顔をあげます。
地面を駈ける巨体は、遠くからでもわかります。あれはグリーンレッサードラゴンとイエローレッサードラゴンです。
それに、空を飛ぶ飛竜の姿も。
「ここに来て初見のモンスターとは。未踏派の階層からもモンスターがあふれてきたようですね」
ヴィオの眼鏡が光ります。
「カッカッカ! レッサードラゴンにワイバーンか、ちょうどいい。村の防柵を補強したかったんじゃ。最高の資材が向こうから飛んでくるとは運がいいわい!」
「おいマッチョども! 腹が減っては戦ができねぇぞ。今のうちに俺の『ドラゴン・エナジー飯』を詰め込んどけ! 持久力が三倍になる代わりに、三日は眠れねぇがな!」
「おおおおおっ!!」
ドガンさんとガムルさんが檄を飛ばします。
疲れ果てていたはずの村人たちは、野太い雄叫びをあげます。
皆さまは戦意をほとばしらせていますね。
それなら、私一人弱気ではいけませんね。
ドジで陰気な私は、今夜ばかりは抑えこみます。
私は女優になった気分で、手の甲を頬に当てて高笑いしてみます。
「おーっほっほ! 飛んで火にいる夏の虫、いえ、自ら飛び込んでくる『金貨千枚分』の素材ですわ! 皆さま、一欠片も逃してはなりませんわよ!」
格好だけでも強気に振る舞えば、気持ちもそれについてくるようです。
そして間もなく、魔物の群れと私たちは激突しました。
最前線では、こちらで村人がワイルドディアの角を掴んで投げ飛ばし、あちらではオークにラリアットをかますという大混戦です。
「【重圧激震】!!」
ドガンさんがハンマーを地面に叩きつけると、衝撃波が発生し、広範囲の魔物をなぎ倒します。
「【解体奥義・三枚卸】」
ダウンしたフォレストボアを、ガムルさんが大きな斧を振るって斬り裂きました。
その様子はまるでまな板の上のよう。
獰猛な猪は、ガムルさんにとってはただの食材でしかありません。
「おい! そのボアの皮を傷つけるな! 上等な絨毯になるんじゃから、叩く場所を考えろ!」
「うるせェドワーフ。コイツは角煮になる運命なんだ」
ドガンさんとガムルさんの間には、仲良く言い争うほどの余裕がありました。
「へへっ……。この俺の重い腰を上げさせるとは、この村の連中は大したもんだぜ。『影狼』の暗殺術、とくと見さらせやァ!」
知らない人が、ものすごく素早い動きでワイルドディアを狩っています。
あんな村人いましたっけ?
リゾートに滞在中のお客様でしょうか。
影狼さんとは変わったお名前ですね。
そのとき、一頭のグリーンレッサードラゴンが防柵へと迫ります。
「わしの防柵に傷をつけさせるかぁ!」
ドガンさんがドラゴンを追いかけます。
戦場を疾走するドガンさんは、あの小さな体のどこにそんなパワーが秘められているのか不思議なくらいに、ハンマーの重さを感じさせないスピードです。
「【鍛造剛打】!!」
金床に槌をおろすがごとき正確無比かつ大胆な攻撃がグリーンレッサードラゴンの脳天を打ち抜きました。
ドラゴンは昏倒し、茨に締め上げられて息絶えます。
しかしドガンさん一人で処理しきれないほどの数のドラゴンが、防柵へと殺到します。
「ヒャッハー! 素材の追加だぁ!」
テンションがおかしくなった村人が、防柵に取りついたドラゴンを三人一組で処理していきます。
茨で動きを止められ、花の香りで弱体化したドラゴンは、もはやマッチョすぎる村人たちの敵ではありません。
「素材の鮮度が命だ! 倒した瞬間に血を抜け、内臓を魔法箱に放り込め! スカンピアの収穫祭は、もう始まってんだよ!」
ガムルさんもノリノリで指示出ししています。
地上の戦闘はこちらが優勢です。
しかし、空を旋回するワイバーンは弓でも撃ち落とせません。
ワイバーンは炎のブレスを吐いて、地上の村人たちを攻撃しています。
ならば、私たち魔法使いの出番です。
「貫け、【火槍】!」
ぼすん!
私がワイバーンを狙って放った【火魔法】は、イエローレッサードラゴンを仕留めました。
結果オーライですが、そっちじゃありません。
「寸分の狂いも許しません。魔物の頸動脈だけを切り裂くのは、薬草の根を分けるより簡単ですよ」
私のカバーにフレルさんが入ってくれます。
紫色の空いっぱいに、【風魔法】の大規模術式が展開します。
「【断罪の薬草園】!」
すごいです、これがDEX621の魔力操作!
ワイバーンがぼとぼとと落下してきます。
「ふふ、植物の剪定に比べれば、この程度の撃ち分けは造作もありませんよ」
落下するワイバーンを避けて、四体のイエローレッサードラゴンが疾走します。彼らの目指す場所は、茨のない門です。
いけません、この防衛線の最も弱いところを突いてくるとは!
「……視界、良好。今まで、お嬢様の間抜けづ……いえ、美しさをこの程度の解像度でしか拝見できていなかったとは、侍女失格です」
門の前、たった一人立ちはだかるのはヴィオです。
喧騒の止まぬこの戦場にあって、唯一彼女の姿は、あまりにも静かで優雅でした。
「ドラゴンの『逆鱗』、捕捉しました。……お嬢様の睡眠を妨げる害虫は、一匹残らず叩き潰します」
ヴィオが眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、一秒、二秒。
ほんのわずかな時間、まるでダンスでも踊るかのように、流麗にヴィオがステップを踏みました。
ドラゴンの顎の下には、いつの間にか、誰にも気づかれないうちに、銀色のナイフが刺さっています。それは戦火を反射して、艷やかに光っていました。
「やっぱり私の侍女は最強ですわ!」
「 ……ふふ、当たり前のことをおっしゃらないでください」
同時に地面に沈むドラゴンを背に、ヴィオはスカートの乱れを直します。
「……なぜだ。なぜこの村の住民は、ドラゴンのブレスを見ても『あの火加減なら肉がちょうどよく焼ける』なんて相談ができるんだ!?」
ソレンさんは槍を動かしながらも、ツッコミを入れています。
残念ですが、このスカンピアでは、常識なんて足枷でしかありませんよ。
しかし、ソレンさんをはじめ、皆さま多少なりとも傷を負っていますね。
「さあ皆さま、これ以上お怪我をなさっては、明日の収穫に響きますわ!」
私は広範囲の味方を回復させる【治癒魔法】を詠唱します。
「【慈愛の雨】」
ちょっと、テンションが上がりすぎたみたいです! 魔力を込めすぎて、本当なら春の霧雨のような細かい魔法の雨が降るはずなのですが、秋の夕立のような土砂降りになってしまいました。
「おおお! 筋肉が、筋肉が止まらねぇ!」
魔法の雨を浴びた村人が、また一段と大きくなっています。
癒やされた村人たちの筋肉がミシミシと音を立ててパンプアップし、彼らは再び狂喜乱舞しながら魔物の群れへと突っ込んでいきます。
「ほんの少し、かすり傷を治すつもりでしたのに……!」
「お嬢様の魔力は、僕にとって最高の『残業代』……いえ、栄養剤です。さあ、不法侵入者の処理を続行しましょう」
フレルさんは筋肉の林の中において一人、カトンボのように華奢でしたが、その背中は大変頼もしく見えました。
「王都の連中が見たら、腰を抜かして逃げ出すぞ、この光景は」
その馬に一人残されてしまったソレンさんは、まだ呆気に取られたままでした。
【ヴィオ】
レベル:23
HP:1,100
MP:260
STR:72
VIT:68
INT:81
DEX:180(視力矯正後 1,555)
AGI:201
LUK:22
スキル:
ユニーク
・【紫煙の支配者】
吐き出した煙の成分や形状を自在に操る固有魔法。
・一般
【上級投擲術lv4】【身体強化lvMAX】【暗視】【短時間睡眠】【気配遮断lv2】




