48 非常事態宣言ですわ!
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ガムルさんにドラゴンを回収に行ってもらい、緊急会議を招集するころには、村はすでに夜になっていました。
私とヴィオ、ドガンさんの、イエローレッサードラゴンを目撃した人をはじめ、ガヴさん、ガムルさん、フレルさんが、領主の館に集まっています。
「このところ、植物さんたちが落ち着かない様子だったんです」
ドガンさんやガヴさんだけでなく、フレルさんも違和感を覚えていたようです。
これだけ予兆が重なっているのですから、氾濫は来るものと考えてよいでしょう。
しかし、それがいつかはわかりません。
「ひとまず、スカンピアリゾートの新規予約は停止し、滞在中のお客様には、モンスターの活性化を理由に早期の帰宅を促しましょう。幸いといってはなんですが、スカンピアリゾートは避暑地として売っています。夏が終わるこの時期であれば、影響は少ないかと」
ヴィオが提案します。不利益を被ったお客様には優待券やお詫びの品をお渡しし、ご理解いただく方向で話しあいました。
「借金返済も大事ですけれど、皆さまが怪我をしたり、この村が壊されるのはもっと嫌ですわ!」
せっかく人気があったのにもったいないですが、安全には替えられません。
「備蓄も必要ですよ。ポーションも食糧も、消耗品だって。生産もですが、置き場所の確保も大変ですよ」
「クロウリーが魔法箱を置いてったんだろう? 日持ちしねェもんは入れさせてもらえねェか?」
フレルさんとガムルさんも意見を出してくれます。
「非常時ですわ。使わせていただきましょう。ブルードラゴンは、加工できる素材は加工してしまってスペースを空けましょう」
あとでクロウリーさんにはお手紙をさしあげて、承諾を得る方向で備蓄の置き場所が決まりました。
「イエローレッサードラゴンは、さっさと加工して備蓄にしてしまおう。わしは自警団にドラゴン装備を行き渡らせるぞ。血はエルフが、肉はトカゲとアニーがやってくれるな?」
ドガンさんが言うと、フレルさんとガムルさんがうなずきます。ガヴさんも、アニーさんに伝えてくれるとおっしゃいました。
「不寝番を立てて、夜間に異状が起きても対応できるようにしましょう。深夜と早朝の二交代がよろしいかのぅ。年寄りは朝が早いものじゃて、わしもやりますのじゃ」
ガヴさんが警備について提案してくださいます。
不寝番には自警団と、【短時間睡眠】スキルを持つヴィオが当たることになりました。
「自警団の負担を減らすためにも、防柵も強化しよう!」
「茨を植えて、魔力で成長を促進させるのもいいと思います」
ドガンさんとフレルさんは、防衛設備の強化について考えてくださいました。
茨の成長促進には、私も参加することにしました。
「またドラゴン級のモンスターが浅い階層におるかもしれん。ダンジョンにはくれぐれも単独では潜らず、見回りを強化じゃ」
ダンジョンには罠を増やすことと、安全策を取りつつ警戒を続ける方向で話がまとまりました。
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翌日、私はスカンピアリゾートに宿泊されているお客様に事情を説明に行きました。
「残念ですが、また来年お越しくださいまし」
安全上の理由ということでほぼ全てのお客様にご理解いただくことができました。
誤算だったのは、居残るとおっしゃる方がいらっしゃったことです。
「私は王都で第八騎士団団長の職に就いていたが、やんごとなき方の不興を買い、少しばかり早い引退をすることになってしまった身の上だ。
体力は全盛期を過ぎてはいるが、まだまだ戦える。この村の防衛を手伝わせてほしい」
この方のように、高齢や負傷を理由に引退された騎士の方、冒険者の方などが、防衛に参加するため村にとどまってくださったのです。
作業所では、アニーさん主導のもと、村の女性たちが保存食を作っています。
こちらの区画では、罠にかかった魔獣を捌き、どんどん燻製にしていきます。
別の区画では、お野菜を干したり、ピクルスにしたりしています。
「あら? ガムルさん、それは?」
ガムルさんは、その場の雰囲気に不釣り合いな、できたてアツアツの豪華めなお料理をワゴンで運んでいました。
「時間停止つきの魔法箱があるだろうが。作り置きしときゃァいつでもうまいもんが食える。食事の善し悪しは士気に関わるだろ」
たしかにガムルさんのおっしゃる通りです。しかし、お鍋いっぱいのシチューや、揚げたてのカツは私の思っていた「非常時」と違いますね?
「このあとはクラーケンの塩辛を千人分仕込むつもりだ」
ガムルさんはなんだかちょっと楽しそうです。
主旨から外れているわけではないので、私は「まぁいいですわね!」と、深く考えないことにしました。
次に私は防柵のほうへ向かいました。
フレルさんが茨を植えると言っていたところです。
去年の今ごろ、ドガンさんに案内され、ヴィオと二人でここに来たときのことを思い出します。
あのときのここは、ねじれた枯れ木が点在するだけの、一面の荒野でした。
ですが、今は整備され、立派な防柵があり、実り豊かな畑があります。
「お嬢様! ちょうどいいところに。この茨さんたちに水やりをお願いできませんか?」
「わかりましたわ」
フレルさんが私に声をかけました。
いつも畑にしているように、私は茨に散水しました。茨さんたち、村を守るために力を貸してください、と、祈りを込めて詠唱します。
ぽぽぽん!
茨はみるみる伸びて、蕾をつけ、小気味いい音を立てて花を咲かせました。
「この花の香りにはモンスターを酩酊させて動きを鈍らせる作用があるんです。ドラゴンの未消化物から作った堆肥と、お嬢様の魔力で、その効果が強くなってるみたいですね!」
お花は見た目にも愛らしく、無骨で緊張感のある戦時の雰囲気をやわらげてくれます。
「フレルさん、これからはいくらでもポーションが必要になります。フレルさんが頼りですが、ご無理はなさらないでくださいましね」
「大丈夫です! いざとなれば不眠不休ポーションがありますので」
「なんですの、その物騒な代物は! ちゃんと寝てくださいまし!」
フレルさんには、ときどき訪問して健康かどうかチェックする必要がありそうです。
訓練所では、ソレンさんが戦闘訓練をつけてくださっています。
「王都の騎士団よりも過酷な訓練になる。だが安心しろ、ガムル殿の飯を食えば死にはせん。……たぶん」
私はソレンさんに、第八騎士団団長のことをお伝えしました。
第八騎士団団長は、ソレンさんが尊敬する上司だったそうです。それを聞いたソレンさんは、自警団に「自主訓練」と指示を出すと、すぐにリゾートのほうへ走って行かれました。
領主の館に戻る途中、ドガンさんとすれ違いました。マッチョを数人連れて資材を運ばせています。
「崖のほうにも念のため見張り台を作ろうと思うんじゃ」
ダンジョンから見て、村は崖を背にした配置です。
崖は裏手にはなりますが、モンスターには飛行する種もいます。万が一の備えということでしょう。
「見張り台の下の部分は倉庫にして、矢を山ほど貯めておこうと思っとる」
イエローレッサードラゴンの素材は風属性がついているため、弓にするのがいいとドガンさんは考えたそうです。
バタバタとしたまま一日が終わりました。
私はソワソワして眠れず、遅くまで【調合】の練習をしておりました。
灯りがいつまでも消えないことに気づいたのでしょう。ヴィオが温かいお茶を差し入れに来てくれました。
「お嬢様は、寝るのも仕事ですよ。私が【紫煙の支配者】で警戒網を張っておきますから」
「ええ、これだけやってしまったら床につきますわ」
私は完成したポーションを、鍋からピッチャーへと注ぎます。ポーション瓶も重要な資源ですので、練習用ポーションは小分けにはせず、大きな容器にまとめるようにしています。これも一応、備蓄のうちです。
これを使う機会なんてなければいいのにと願いながら、私は眠りにつきました。




