41 元・婚約者がピンチですわ!
●Sideアルフォンス
赤と金を基調とした、目も眩むばかりの豪奢な大広間。ここは、五百年にもわたりサン・ガルディア王国の歴史と権威を体現し、その伝統が厳粛に受け継がれている場所だった。
頭上には、クリスタル製の巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がり、室内の隅々まで、まるで宝石の輝きのように光を散乱させている。
天井は高く、その空間の広大さが、この国の揺るぎない威厳を雄弁に物語っていた。
周囲の壁面には、古の時代に描かれた壮大なフレスコ画が、鮮やかな色彩を保ったまま広がる。それは、建国神話にも語り継がれる「五色の竜と戦う五英雄」の姿だった。
広間の最奥、一段高い玉座には、この国の最高権力者である国王が、重厚な王冠を戴き、静かに座している。
その左右には、国王を補佐する王弟や第一、第二王子、国政を司る宰相をはじめ、広大な領地と莫大な富、そして軍事力を有する公爵家、侯爵家といった、王国の根幹を支える重鎮たちが、格式に則って厳かに並び立っていた。
そうした綺羅星のような面々の中にあって、俺の席は、壁際の一番奥まった場所。上の王子の席とも遠い、文字通り末席中の末席だ。
この大広間の格調高き雰囲気にそぐわない、場違いな存在として、ただそこに座っている。玉座から最も遠く、権威とは無縁のその席は、俺の王国における現在の立場を、皮肉なほど明確に示していた。
今日は半年に一度の、国政に関する重要な会議だ。
外交のため、諸外国を回っていた国王に、不在の間国内で起こった出来事を報告する場。
もっと実務的で地味な、日常の、あるいは月例の会議には俺などは呼ばれない。
俺の存在とはその程度であり、また、この会議は俺ごときをも招かれるほど、重要なものであるということだ。
国内の決算、天災の有無、人口の増減などが、各担当大臣から次々と報告されていく。
正直言って、俺にはさっぱりわからない。あくびをかみ殺すのが大変なくらいだ。
しかし、不意に国王から俺に声がかかった。
「アルフォンス、今年も『星霜の結界』の再充填の時期が来た。例年通り、オルダー伯令嬢――いや、今はオルダー伯か。お前の婚約者を呼んでおけ。かの娘の規格外の魔力があれば、一日で終わるからな」
――まずい。
星霜の結界、それは王都の守護結界を張るための魔導具だ。
王都近郊には複数のダンジョンがあるが、それらがもし氾濫をおこしたとしても、王都までモンスターがなだれ込むことを防ぐための最終防衛機構だ。
結界の維持のために、一年に一度、魔力を充填する必要がある。元・婚約者は、毎年それに呼ばれていたことを、俺は今、思い出した。
「……父上、実はゼジィ――ゼジリア・オルダーは、不敬罪により辺境スカンピアへと追放いたしました」
俺は冷や汗をかきながら、それだけ伝える。
「何だと……? 貴様、あの魔導具を一人で満たせる魔力量がどれほどか理解しているのか?
MPにしておよそ四十五万だぞ。
今までは彼女一人がいれば済んでいたことを、今更、他の魔術師を何十人集めればいいと思っている!」
「ですが父上、私には『真の聖女』リリアがおります! 彼女の聖なる力があれば、あのような無粋で不器用な女の魔力など……」
「真の聖女……? 誰だそれは」
俺は頭を下げたまま、目玉だけで様子をうかがう。国王に官僚の一人が耳打ちをしているのが見えた。
「……ふむ。星霜の結界の問題は、どのみち今すぐ解決することは難しいであろう。ひとまずは他の議題を片付けるとしよう。さて……」
なんとか一旦その場をしのぐことはできたが、俺は生きた心地がしなかった。
くそっ、あの女のせいで、なぜ俺がこんな恥をかかねばならんのだ!
今まであの女がやっていた仕事なら、あの女が黙って請け負っていればいいだろう。なぜ俺に話を振られるのだ。
はらわたが煮えくり返る思いがしたが、将来為政者になる者として、この問題には対応しなければならないだろう。
会議中の小休止の隙に、俺はこっそり抜け出し、体調不良を理由に自室へと戻った。
急ぎ執事を呼び、魔術師協会へ連絡を取らせた。
どうせ、あのような凡庸な女がやれる程度の仕事なら、下っ端の魔術師にでも代わりをやらせれば十分だろう。俺はそのときはそう思っていた。
しかし、魔術師協会からの返信は、俺の予想を裏切るものだった。
「『星霜の結界』の充填に必要な魔力量をたった一日、一人でまかなえる魔術師は、当協会には在籍していない。
もしそれが一日で可能だとしたら、高位の魔術師を数十人集めるか、並の魔術師を百人以上動員するかのいずれかである。
現実的な話をするのであれば、毎日少しずつ魔力を注ぐという方法をとるのが最善である。その場合少なくとも一ヶ月の期間は必要だ。
当然、相応に日当もかかることを考慮されたし」
まさか、そんなはずはない。あの女ができることなのだから、そんな大げさなものではないはずだ。MPにして四十五万という数値は、そこまで大層なものなのか?
俺は頭が真っ白になった。
だが、天啓――壁に掛けられた、可憐なるリリアの肖像が目に入った。
そうだ、リリアならなんとかできるはずだ。
だって彼女は聖女なのだから。




