38 VSクラーケン!
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深い海は、先ほどまでのキラキラとしたカラフルな海とはうってかわって、薄暗く静かで、荒涼とした世界でした。
見える色は青色の濃淡のみで、珊瑚の姿はもうほとんどありません。
小さなお魚さんに替わって現れたのは、大きなお魚さんとクラゲです。
私たちの体は、人魚の泡でほんのり発光しています。
この姿はとても目立つように思いましたが、他の生き物も光っているものが散見されます。
これはなぜかしら? と思いましたが、上を見ると、その理由はすぐにわかりました。
この深さでは太陽の光は、わずかにちらちらときらめく程度に入ってくるのです。
そのきらめきと、生き物たちの光り方はよく似ていました。
自分の影をごまかすために、この生き物たちは光っていたのですね。
しかし、私たちの光り方は、いささか目立っていたようです。
「(……あら? なんだか、あちらの暗闇から熱烈な視線を感じますわ)」
気づいたときには、トゲのついた触腕が私の目の前に迫っていました。
ヴィオが横から射出するタイプの銛で突いてくれなければ、私は捕まっていたでしょう!
その触手の根元には、大きくてぎらついた目玉がありました。
目玉の主は、七、八メートルもありそうな、とっても大きなイカでした。
「(あの巨大な目、わたくしたちを完全に『美味しそうな餌』だと思ってませんこと!?)」
「(美肌で渚の視線を集めてしまいましたね)」
ヴィオの表情はなんだかそう言っているような気がしました。
「ガボガボッ……。(クラーケンのお出ましだ! ありゃあ、いいイカリングが作れそうだぜ……!)」
ガムルさんは水中でも関係なくしゃべっています。
私は急な戦闘で慌てて、ついいつも使い慣れた【火魔法】を使おうとします。しかし、うまく発動しません。
もしかしたら、この場所は水属性の魔力が濃くて、火の魔力が相殺してしまうのかもしれません。
「(お嬢様、落ち着いてください)」
ヴィオがハンドサインを送ってきます。
次の瞬間、ゴォォっと鈍い音が響き、再び触腕が迫ってきます。
ヴィオはその腕をスルスルとかわし、クラーケンの胴へナイフを突き立てます。
ダメージを受けたクラーケンは、素早い動きで後ろに退きました。
あれは、あのお口のような部位から水を噴射しているのだと、事前に教わっておりました。
「ゴボゴボッ(逃がさねえぞ、この高級食材め!!)」
すばやく逃げたクラーケンを、ガムルさんが追います。
ガムルさんの手が、クラーケンの触手のうち一本をつかみました。
ピチャッ! ピチャッ!
ガムルさんはみるみるうちに羽交い締めになっていきます。
吸盤の吸い跡が痛そうですわ~!
しかしガムルさんは未だ獰猛な笑みを浮かべており、クラーケンを食材としてしか見ていないことがわかります。
「(ガムルさん、目が怖いですわ! どちらがモンスターか分かりませんわ~!)」
とはいえ、ガムルさんを助けねば! この状況では、狙いは慎重にしなければいけません。
脚のほうにはガムルさがいるので、当たったら大変です。狙う部位はえんぺらですわ!
私はより深いところへ潜り、下方から【水魔法】を使うため、魔力を練ります。
「(【氷結】)」
しかし水中では、杖の扱いが陸とは違いました。魔法を発射する瞬間の反動が予想外で、私は杖の石突きを膝にしたたかに打ちつけてしまいました。
人魚の泡のおかげで溺れることはありませんでしたが、私はあまりの痛さにのたうちます。
「(あふンっ!? 痛いですわ! ひぎゃっ、杖が滑って……!)」
えんぺらを狙いたかったはずの魔法は、目玉の間へまっしぐら。
お口のような部位のあたりで、クラーケンの中に吸い込まれていってしまいました。
ミシッ、パキパキ……!
氷の弾を撃ち出す魔法だったのですが、暴発した結果、クラーケンの胴体の一部が凍りつくことになったようです。
「(お嬢様、ナイスショットです)」
ヴィオはハンドサインをしながら、凍りついたクラーケンの目玉にナイフで切りつけます。
クラーケンは痛かったのでしょうか、ガムルさんの拘束を解きました。
「ガボォッ!(墨はパスタに、足はステーキだ!)」
この凶暴な竜人を自由にした瞬間、勝負は決したと言って過言ではないでしょう。
「【解体】!」
ガムルさんは銛を、クラーケンの眉間、四十五度くらいの角度で刺し込みます。
するとクラーケンの頭が、すーっと真っ白になりました。
クラーケンを狩猟したあと、私たちは一度砂浜へ戻りました。
「はふぅ……。死ぬかと思いましたわ。まさか自分の杖で自爆しそうになるなんて、わたくし、やはり運動は向いていないのかもしれませんわね」
「お嬢様、その天然という名の暴力、恐れ入ります」
私の膝には青いあざができておりました。
ヴィオは呆れながらもフォローしてくれます。
「おかげで最高の素材が手に入ったぜ。見てな、今夜はこいつを王都の貴族が腰を抜かす美食に変えてやるからよ!」
ガムルさんはものすごくいい笑顔です。
「まぁ! 楽しみですわ!」
「お嬢様、ガムルさん。クラーケンの革はソファにするはずでしょう」
イカ料理を想像してよだれを垂らしていましたところ、ヴィオが冷静に指摘します。
そうでしたわ。クラーケンはドガンさんに頼まれたおつかいでした。
触手はいらないかと思いましたが、イカリングのお味も気になりますわ。
「確かに。じゃあもう一杯狩りに行くかァ!」
ガムルさんはイキイキしています。吸盤で吸われた丸い跡がついた鱗が、なんだかツヤツヤして見えました。
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私たちが二杯目のクラーケンを狩るために、再び深い海へ出たときのことです。
私は強い水の魔力の流れを感じました。
「(もしかして、そこに万年氷が?)」
魔力が流れていると思われる場所は、砂の海底から大きな岩が突き出しているようになっているところでした。
私たちはすでにクラーケンを狩ったところで、砂浜に持ち帰るところでした。
「(私が見てきます)」
ヴィオがそのようにハンドサインで伝えてきましたので、私とガムルさんでクラーケンを持って、ヴィオが岩を調べに行きました。
そのときです。
ゴォォォ……。
大きな、大きななにかが、高速でこちらに向かってくる気配がありました。
「ガボッ!(クラーケンを捨てて退避しろ!)」
ガムルさんは素早く指示するとともに、私の胴体を抱えてヴィオのいる岩陰のほうへ、全速力で泳ぎます。
急に増す水圧で、私の体はぎゅううっと潰されます。一般的に水中呼吸ポーションには水圧耐性のバフもついているものですが、ここより先はそのバフの効果を上回る水圧があるようです。
息を潜めて放棄したクラーケンのほうを見ますと、ガブリッ! とそれに食いついた生き物がいました。
巨大なクラーケンを捕食する、もっと強くて大きなモンスター……それは、青いドラゴンでした。
「(あれは……)」
「(ドラゴン、それもグリーンレッサードラゴンとは比較にならないほど強大な……)」
あれは今の私たちが手に負える相手ではない、ということは明らかです。
それだけ生き物としての格の違いというのをわからされてしまうような、インパクトのある遭遇でした。
「(あれの相手は無理ですわ)」
「(しかし、あれを見てください)」
首を振る私に、ヴィオはある方向を示します。
そこには、巨大な生き物のねぐらと思われる巣と、巣の中にある、青く光る水晶がありました。
なんということでしょう! 私たちが探していた素材は、ドラゴンの宝物だったようです。
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