26 ダンジョンの第三層へ!
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「【飛沫】!」
私がフレルさんの畑に水を撒くと、葉がわさわさっ! と生えます。ポーションにするために葉を摘んでも、また生えてくるので、ほぼほぼ使い放題のようになっています。
「お〜いお嬢様、こっちにもお願いできませんか」
村人が私を呼びました。あちらは村の畑ですね。骨の粉やごみを焼いた灰、スライムが作った肥料などで土を富ませ、ダンジョン産の植物やフレルさんが持ってきた苗のような、高魔素環境でも耐えられる野菜たちを植え付けてあります。
村の畑は、今まではわずかに根菜が作れるくらいの細々としたものでした。ですが、これからは、この試みがうまくいけば、たくさんのお野菜がとれるかもしれません。
「このあたりはホースラディッシュとパースニップが植えてあるんですが、元気がないようでして」
たしかに、地面の外に出ている葉っぱの部分がしおしおしてしまいます。
「まぁ、大変ですわ! 任せてくださいまし、【飛沫】!!」
しゃわぁぁぁ!
細かい水の粒が、畑全体に振り注ぎます。
ホースラディッシュさんとパースニップさんだけでなく、ほかのところも一緒に散水しておきます。水やりは重労働ですからね。
あ、あら……? 水が畑だけでなく、村中に降っていますね?
私のDEXが悪さをしてしまったようです。
にょき……にょきにょき!!
植えたばかりの畑だったはずですのに、作物は急成長して、まるで収穫間近の夏の畑のようです。
「ふぁ? わ、私、また何かやってしまいましたの〜〜!?」
「さすがお嬢様だ!」
村人が試しに引っこ抜いたカブは、輝くような純白で、サイズもなんだか大きいです。
「おぉ、こいつはエルフの先生に教えてやらなきゃな」
村人がそう言いますと、遠くでフレルさんの声がしました。
「な、なんですかこれはぁぁ!? ただの植物さんたちの魔力含有量が、中級ポーション程度になっています!!」
私はややこしいことになる前に退散しました。もしこのお野菜が面白いものになったなら、クロウリーさんも喜んでくださるかもしれませんね。
「ふん……貴族が畑の水やりをするなんて、魔力の無駄遣いだ」
村の物陰から誰かが覗いていましたが、私が気づくことはありませんでした。
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村の入り口で、私はヴィオとドガンさんと待ち合わせしました。
私たちは、より危険な冒険に出るにあたり、ドガンさんに新しい装備を作っていただいています。
私の装備は、ワイルドディア革の膝下丈ドレスに、ホワイト・ファーのケープ。フードはかわいいうさ耳つきです!
肘と膝にフォレストボア革のサポーターもつけています。転倒時のけが防止のためです。
ヴィオの装備は、ワイルドディア革とファングラット革のメイド服調バトルドレス、ワイルドボア革のブーツです。メイド服にする必要はないと思うのですが、ヴィオにとってはこの格好が仕事スイッチなのだそうです。
投げナイフは、自分の鍛冶場を建築したドガンさんが作ってくれたものです。「鍛造」という手法で作られた、とても切れ味のいいナイフだそうですよ。
ドガンさんは、もともと持っていたミスリルのハンマーに加え、新たに作った軽銀のガントレットを装備しています。ウエストバッグには鎌やピッケルなど、いろんな道具が入っています。自分用に鉱石を拾うため、お給料をはたいて小さめの魔法鞄を購入したそうです。
「嬢ちゃんの杖の更新はまだじゃが、これから森エリアの深層に行くんじゃろう。そこで適当な高品質の木材を探そう」
ドガンさんに作っていただいた杖は気に入っていましたが、そろそろ代替わりでしょうか。この杖との冒険は今回が最後かもしれないと思うと、なんだか寂しい気持ちでした。
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ダンジョン、森林エリアの第三層。キノコの森のさらに先。
そこはそれまでの鬱蒼とした大樹の森とはうってかわって、とても明るく、広々とした花畑でした。
見たことのない、さまざまな種類の花が、白、黄色、桃色を誇っています。
甘くも爽やかな萌える草花の香り、ほどよい暖かさと、肌に優しい湿度。ここが危険なダンジョンでさえなければ、お弁当を広げたくなるような美しい場所です。
「ここならいろいろな薬草がありそうですわね。まずはフレルさんのお使いをこなしましょう」
「未知の植物がある場所では手袋をいたしましょう。知らずに毒草に触れてしまうと危険です」
ヴィオが人数分の手袋を差し出します。
私たちは手袋を受け取って装着したあと、それぞれお互いが見える程度に散らばって分業します。
このあたりでは、ドガンさんの【鑑定】のレベルでは詳細のわからない、高ランク素材もあるようです。ポーションに使えるかどうかはまだわかりませんが、きっとフレルさんは喜ぶはず。どの部位が有用かはわかりませんので、スコップを使って、なるべく根を含めた植物の全体を採取するようにします。あとで仕分けしやすいよう、種類分けして小さな袋に詰めてから魔法鞄に収納していきます。
その作業の間も、ヴィオは煙を細く広範に広げ、周囲を警戒しています。
そうして数十分ほど経過したところ。
「警戒網に反応あり。敵襲です。数は三体、南の方角」
ヴィオが戦闘態勢に入ります。
現れたのは、手足の生えた木のモンスターでした。根っこのような足で、ひょこひょこ歩行しています。
枯れ木のような大きなものが一体、花の咲いているものが二体、こちらに接近しています。
「【鑑定】! 一体のほうが白檀木人、二体のほうが丁字木人じゃ。嬢ちゃん、【火魔法】じゃと素材が傷む。【水魔法】で頼む」
「わかりましたわ!」
まずヴィオが、軽やかな身のこなしで敵の注意を惹きつけ、攻撃の糸口を探ります。その一挙手一投足は、敵の体勢を崩すための巧妙な「牽制」となっていました。
ヴィオの動きによって生み出されたわずかな隙を、ドガンさんは決して見逃しません。
小柄ながらも鍛え上げられた肉体から繰り出される一撃は、その体格に似合わぬ速度と、確かな重さを伴っていました。
それは、単なる一撃ではなく、戦況を有利に導くための決定的な「有効打」として、敵に叩き込まれたのです。二人の連携プレイは、まさに攻守一体となった流麗なコンビネーションでした。
「射抜け、【水弾】!」
私の詠唱が完了するのと同時に、ヴィオとドガンさんがバックステップ。畑に水を撒くときとは違い、水の弾の雨が、威力をもって振り注ぎます。三体のトレントたちは、体にいくつもの穴をあけて倒れます。
「こいつはいいぞ。こっちは香木じゃ、全身が高級素材じゃ。こっちは花蕾が香辛料・生薬として使える」
「高く売れますの?」
「香木は、神像や貴婦人の装飾品に使うような木材じゃ。原木なら、金貨での取り引きじゃの。細工用に、わしにも少し分けてほしいくらいの代物じゃ。薬になるほうは、エルフに見せねば真価はわからんの」
まぁ、さっそくいいものを手に入れられましたわ!
この調子でたくさん高級素材を手に入れられたら、私の借金返済が大きく捗ります。この調子であと数体、香木トレントが出ないかしら?
その後も私たちはレア素材を根こそぎ刈り尽くす勢いで探索を続けました。
しかし魔法鞄をいっぱいにする前に、撤退を余儀なくされます。
「グルァァアアア……!」
私たちが木々の陰に踏み入れた、その瞬間、重く湿った空気を押し分けるように、一匹の異形がのっそりと姿を現しました。
それは、伝承に謳われる姿とは違った、翼を持たない、地を這うタイプのドラゴンでした。
その巨体は、優に体高三メートルは超えているでしょうか。
眼前に立ちはだかる岩壁のような威圧感を放っています。
全身を覆う鱗は、生体とは思えないほど金属的な、鈍い緑色の光沢を放ち、まるで分厚い鎧のように強固に見えました。太陽の光をわずかに反射するたび、その表面は冷たい輝きを放ちます。
上半身に比して、太く、そして異様なまでに発達した力強い後ろ脚が、その体重を支えていました。一歩踏み出すたびに、大地が微かに揺れる錯覚を覚えます。
そして、その脚のつけ根から伸びる、長大な尻尾。先端には鋭い骨質の刃のような形状の棘が生えており、わずかに動かすだけで、周囲の低木を薙ぎ払いそうな危険な存在感を放っていました。
何よりも異様なのは、その双眸です。まるで純粋な金塊を削り出して嵌め込んだかのような、まばゆい金色の目玉が、私たち一行をじっと見据えていました。
感情の読めない、冷徹な光を湛えたその瞳は、まるで私たちの生命の価値を、あるいは戦う意志を、値踏みするかのように動きません。
獲物を見定めた肉食獣の、静かでありながら最も危険な瞬間。私たちは息を殺し、ただ、その黄金の視線に射抜かれていました。
「い、いかん。逃げるんじゃ!!」
我に返ったドガンさんは、私とヴィオを掴んで全力疾走しはじめました。
「そんなにまずいんですの?」
「あやつにはわしの【鑑定】が通らん! 今までにない強敵じゃ」
ヒュンヒュン!
背後から風を切る音が。私たちは慌てて進行する角度を変え、散開します。
ドガガガ!!!
進行方向だった場所に、硬い石つぶてが雨のように降ってきました。
「これは【土魔法】!? モンスターのくせに魔法を使うとは……」
ヴィオは悪態をつき、そしてパイプをくわえて大きく息を吸い込むと、煙を大量に吐きます。その煙は濃さを増し、煙幕となってドラゴンを包み込みました。
濃密な白い煙に視界と嗅覚を塞がれたドラゴンは、私たちを見失ったようです。
ドラゴンの足音が止まり、何度かの鳴き声が私の鼓膜を揺さぶります。
私たちはしばらく息を潜め、ドラゴンが去ったのを見計らい、這々の体で村に戻りました。




