21 災い転じてタナボタゲット!?
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昼食後、私たちはガムルさんの案内で、森の小川に沿って歩いていました。
このあたりの地形はアップダウンが激しいです。
「ツタが垂れてて一見わかりづれェんだが、この辺に洞窟があったんだ。おぉ、ここだここだ」
ガムルさんがキノコの妖精を見たという洞窟は、崖の真ん中にありました。上からも下からも、あそこに行くのは難しそうです。
「わしが足場を作ろう。ちょっとどいてくれんかのう」
「やはりこういうときはドガンさんが頼りになりますわね!」
私はドガンさんが作業しやすいように、大きめに後退しました。
「お嬢様!」
「あッ! あらぁぁぁ!?」
私は後ろに崖があったことを忘れていました。どうして私はいつもこうなのでしょう? 見事に足を踏み外し、斜面をゴロゴロ転がっていきます。
「嬢ちゃんを一人にしちゃァ危ねえぞ!」
「ええ、追いましょう」
回転する視界の端で、みんなが私を助けに来てくれるのが見えました。
ぼそん!!
私は茂みに突っ込みました。
どすん!
そして樹にぶつかりました。
全身が痛いですが、茂みでワンクッションされたせいか、幸い大きな怪我はなさそうです。
ぶぶぶぶぶぶぶぶ……。
頭の上、ごく近い場所から、嫌な音が聞こえます。
「ハチさんですわぁぁーッ!!」
私が突っ込んだ樹にはうろがあり、そこにハチの巣があったようです。泣きっ面にハチとはこのこと!
「お嬢様、動かないでください。【紫煙の支配者】」
ヴィオの煙が素早く伸びてきました。
ヴィオがよく使う防虫効果のある薬草の煙が、ボールのように私の周囲をつつみ込みます。
ハチたちは私に近づけず、遠巻きに包囲しています。
「そいつはミツバチじゃないか! でかした!!」
「おぉ! ハチノコが採れんじゃねェか!」
「……ハチミツでは?」
私の【災い転じて福と為す】が発動していたようです。みんなに迷惑をかけてしまったと思っていましたが、みんな喜んでいます。
小回りの利くヴィオのナイフと私の火魔法でハチたちを倒した後、ガムルさんは大きな斧で樹を割ってくれました。
「クソでっけぇ巣だ! やったな嬢ちゃん」
はたして、中にはたっぷりと蜜がありました。
もしかして、スイーツが食べられるのでしょうか? 王都を出てから、ケーキのたぐいは口にしていません。期待が膨らみます。
私は空きビンにハチミツを詰め、魔法鞄に収納しました。ガムルさんも魔法鞄をお持ちのようで、革袋にハチの巣を入れて収納しておられました。ガムルさんの魔法鞄は、私の「令嬢の旅行鞄仕様」とは違い、容量が大きく「時間遅延」の効果がついているプロ仕様らしいです。
寄り道をしながらも、私たちはキノコの妖精がいたという洞窟へとやってきました。
今までのような、どこまでも上に広がっている感覚を覚える森とは違い、天井は低く、長身のガムルさんはときどきかがまなければいけません。
明かりはなく、私は【火魔法】で点火した松明を使います。
「ここは……」
洞窟の奥は、これまでの森とは一変した、異様な静寂に包まれていました。
松明の炎が揺れるたびに、壁面を覆い尽くす分厚い菌糸の絨毯が影を落とします。菌糸はまるで生きているかのように、白く、ときには青みがかった光を放ち、洞窟全体をほの暗く照らし出していました。空気が重く、湿気を帯び、鼻腔をくすぐるのは、土と、甘く濃厚な発酵臭です。
そして、その菌糸の絨毯から、無数の小さな影が顔をのぞかせていました。
まるで、木の枝から小さな花が咲いたように、シメジの妖精たちが群生しています。
彼らは淡い灰色の傘を小さな頭に乗せ、互いに身を寄せ合って、静かに息づいていました。
彼らの間を、鮮やかな朱色と白の水玉模様の傘を被った、ひときわ目を引くベニテングタケの妖精が、堂々とした足取りで闊歩しています。
松明の光が当たると、その毒々しい色合いが、かえって幻想的な美しさを放っていました。
さらに足元の水たまりや、岩から滴る水が溜まった窪地には、ぬめりとした茶色の小さな傘をつけたナメコの妖精たちが、密集して漂っています。
彼らは互いに寄り添い、小さな丸い体を水面に浮かべながら、時折、微かに波紋を起こしていました。
「キノコの、大集合ですわね……!」
私は思わず息を飲みます。それぞれのキノコの姿を模した妖精たちは、みな一様に、私たち人間とは違う、どこか神秘的な気配を漂わせていました。
「お嬢様、落ち着いてください」
ヴィオが静かに言いました。彼女はナイフを抜き、周囲を警戒しています。
「こんなにも多様な種がいるということは、この洞窟全体が彼らの大きなコロニー、あるいは都市のようなものかもしれません。安易に刺激しないように……」
「しかし、まるで童話の世界じゃな。どれも美味そうじゃが、ベニテングタケは食ったらアカンやつじゃろう」
ドガンさんはそう言いながらも、洞窟の壁に生えている、いくつかのキノコを【鑑定】で調べています。
私たちはそっと奥へと進みました。
酒造の妖精は、このキノコの群れの中にいるのでしょうか。あるいは、この多種多様なキノコたちが、発酵に関わる何らかの力を持っているのかもしれません。
一歩踏み出すたびに、足元の菌糸が静かに沈み、微かな胞子の香りが立ち上がりました。私たちは、太古から続く菌類の営みの中に、足を踏み入れたのです。
「酒造の妖精は、どんな姿をしているのでしょう? あの絵本のままなのでしょうか」
私は疑問を口にします。
「知らんのか。ドワーフの間では、酵母茸と呼ばれておる。白くて小さくて、ポヨポヨ動くんじゃ。そいつの力があれば、極上のワインができる。全ドワーフの憧れじゃ! もちろんわしもじゃ。わしが死ぬまでに手に入れたいものの一つじゃ」
「一つ? 他にもあるのですか」
「おう。ヒヒイロカネ、神珍鉄、世界樹の木材。そして酵母茸じゃ」
私はそれらを知りませんでした。「ヴィオ、ご存じですの?」と聞きますと、「どれも伝説の素材ですよ」とのことです。ドガンさんは大きな夢をお持ちであるということを、私は今知りました。
「いい夢を持っている。なかなか見所のあるドワーフだ。俺ァ黒竜の肉を食ってみてぇ」
「おぬしは竜人じゃろうが。竜の肉を食うのか」
「俺の故郷には、他の生き物を食うとその力を得ることができるという伝承がある。地上最強の生き物である黒竜を食うということは、頂点に上りつめるってぇのと同義だ」
黒竜の伝説は私も聞いたことがあります。いいえ、このサン・ガルディア王国に住む人間なら、誰もが知っているのではないでしょうか?
その伝説とは、こうです。かつてこの地は五体の竜によって支配されていました。しかし、五人の英雄によって四体の竜たちは討伐され、竜たちの中で最も強かった黒竜は封印されました。そしてこの地は人のものとなり、建国されたのがサン・ガルディア王国であると。
五人の英雄の一人「光の王」の血筋が王家で、この私に連なるオルダー家も、この英雄の一人の血筋とされています。
「それを……食べるつもりなんですの?」
ガムルさんの夢も、ドガンさんの夢に負けず劣らずのスケールのようです。
私たちが楽しく雑談していたからでしょうか。何人かのキノコの妖精たちが、私たちに興味を示してくっついてきました。
「可愛いですわ~~!」
私はお弁当の残りのパンをちぎって、キノコたちに分けてあげます。キノコたちは競うようにそれを食べます。それを見てヴィオも食べ物を差し出します。ヴィオが出したお肉にも、キノコがわっとたかりました。
「塩漬け肉を食べています……食材が生意気ですね」
そんな風に言うヴィオですが、彼女は実は可愛いものが好き。とても楽しそうな顔をしています。
「むむっ」
キノコの人だかりを見て、ドガンさんが目の色を変えました。
「こやつ、もしや……!」
ドガンさんがつまみ上げたキノコの妖精は、ひときわ小さく、白く、ポヨポヨしていました。
「お嬢様の豪運、ここまで来ると怖いです」
ヴィオがぽつりと言いました。
「あなた、私たちのお友達になってくださる?」
「「「ハァ~~~イ!!」」」
私が言うと、全てのキノコがいいお返事をします。ヴィオは困った様子です。
「……どうしましょう?」
「私はキノコ差別はしません。みんなお友達ですわ! 私たちの村に遊びに来たい子は、誰でもみんな来てくださいまし!」
するとキノコたちのうちの何人かが、私のローブのフードの中に入ってきます。
「酵母茸がいるならわしはなんでもよい。食えるキノコならつまみになるしのう」
「あっという間に妖精を手なずけちまうとは。この嬢ちゃん、神にでも愛されているのか?」
ドガンさんとガムルさんはなんだか呆れたような、感心したような様子です。
それはさておき、無事目的の酒造の妖精と思われるキノコを連れ帰ることができそうでしたので、私たちは村に帰ることにしました。
道中、放血しておいたフォレストボアも回収します。私の魔法鞄には入りきりませんでしたが、ガムルさんの魔法鞄に入れて、村まで同行してくださるそうです。
「このダンジョンには、まだまだいい食材が眠っていそうだ。よかったら俺もしばらく滞在させてくれ」
とのことです。
もちろん、仲間が増えるのは嬉しいです! 私は当然OKしました。ガムルさんにも、わが村の蒸し風呂を味わっていただきたいですね。




