02 ようこそ終わりの地へ!
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私に残された荷物は、腰に下げた魔法鞄一つに収まるものだけ。
同行者は、姉妹のように育った侍女のヴィオただ一人です。
「……お尻が痛いですわ、ヴィオ」
「我慢してくださいお嬢様。王都から最寄りの都市までは転移魔法で一瞬でしたが、そこから先は陸路しかありませんから」
ガタゴトと車輪が悲鳴を上げる、おんぼろの乗合馬車。
その硬い木の座席で、私は優雅に座っておりました。
「あふンっ」
馬車の揺れにお尻を突かれ、変な声を上げる私をスルーし、向かいに座る侍女のヴィオは、細いパイプのような魔道具を口にくわえ、紫色の煙をふうわりと吐き出しています。
「それにしても、一億ゴールドの借金とは。王子もふっかけたものです」
「ええ。一年以内に返せなければ、爵位剥奪の上に鉱山奴隷ですって! タウンハウスの資産を売っても全然減らなくて……あの方、私のことがそんなにお嫌いだったのかしら?」
「嫌いというか、新しい聖女様(仮)に入れ込んで頭がお花畑なんでしょう。……で、これから向かう『オルダー領』ですが」
「ええ、お父様とお母様が残してくれた領地ね!」
私は窓の外を見ます。風景は次第に荒涼とし、木々は枯れ、空はどんよりと曇り始めていました。
オルダー領の空は、いつも鉛を溶かしたような灰色だと言われています。
海から吹き上げる湿った風は、骨の髄まで凍みる冷たさを孕み、断崖にへばりつくように点在する家々を容赦なく打ち据えていました。
ここは「終わりの地」。
波の轟音と、海鳥の寂しげな鳴き声だけが支配する、世界から忘れ去られた場所。
畑には、捻じれたように枯れた低木が並ぶだけ。
「通称『スカンピア村』。意味は古代語で『素寒貧』。魔素が濃すぎて雑草すら生えないとすら言われている、死の大地です。さすがにそれは盛りすぎでしょうが、実りの乏しい地域であることは確かです。」
「すかんぴあ……。名前の響きは可愛らしいですのに……」
「お嬢様の計画では、そこでどうやって一億ゴールドを稼ぐおつもりで?」
「ふふん、聞いて驚きなさいヴィオ! ダンジョン探索ですわ!」
私はビシッと人差し指を立てました。馬車が揺れて、その指が自分の鼻の穴に刺さります。
「ふごっ」
「……ダンジョン、ですか」
ヴィオは私の痴態を心配もしません。
「ええ。辺境には未発見のダンジョンがあると言われています。そこで魔石やレアアイテムをゲットして、一獲千金ですわ!」
「はぁ……。お嬢様、ご自分の『ステータス』を理解していますか?」
「もちろんですわ! 私、意外とやれる子だと思っていますのよ?」
ヴィオは呆れたように煙を吐くと、懐から二枚の金属板を取り出します。
それは【ステータスカード】。個人の能力を可視化する魔法具です。
「いいですかお嬢様。まずは『一般的かつ健康な成人』の基準をおさらいしましょう」
経験値は日常生活でも得られます。そのため、就労していれば、二十歳頃にはLvは5程度になっているのが普通です。
【一般人の平均値(Lv5)】
HP(体力):200
MP(魔力):10〜30
各能力値(筋力や俊敏など):20前後
LUK(運)だけは、先天的な素養が大きく、生きている間に善行を積めば上がり、悪行によって下がる傾向があります。
「これが、普通の大人が軍事訓練などを経て到達する強さです。では、これを踏まえて……現在のお嬢様のステータスをご覧ください」
ヴィオがカードを突きつけます。そこには無慈悲な真実が刻まれていました。
【名前:ゼジリア・オルダー】
レベル:3
HP:45
STR(筋力):3
VIT(頑丈):5
DEX(器用):2
AGI(俊敏):4
「…………」
「…………」
沈黙が馬車を支配します。
「……あの、ヴィオ? これ、故障かしら? HP45って……」
「ゴブリンにデコピンされたら即死ですね。STR『3』というのは、ジャムの瓶の蓋が開けられなくて私に泣きついてくるときの数値そのものです」
「そ、そんな! レベル3もあるのに!?」
「箱入り娘でしたからね。まともな戦闘経験ゼロでレベルが上がっているだけ奇跡です」
「でもでも、魔法使いタイプなら、筋力は低くてもいいはずですわ!」
私は食い下がります。そうですわ、私には魔術の才があるはずですわ。
学園の先生に、授業のときに褒められていましたもの。
期待を胸に、視線を他の項目へとずらします。
INT(知力):40
MP(魔力):530,000
LUK(運):999
「…………ご、ごじゅうさんまん?」
「はい。ここだけ国家予算並みです。王都の守護結界に必要な魔力を、一人でまかなうことができるくらい優秀です」
「LUK、999……?」
「ここだけ神の領域です」
「あ、INTは40! 平均の倍ですわ!」
「ええ。威力だけは一丁前ですが、DEXが『2』なので、狙ったところに当たりません。味方を巻き込んで自爆するのがオチです」
ヴィオはため息をつき、自分のカードを並べました。
【名前:ヴィオレッタ・フェリシア】
レベル:12
HP:650
STR:45
AGI:70
DEX:60
「まあっ! ヴィオ、あなた強すぎませんこと!?」
「お嬢様を守るために鍛えていましたから。一般兵士三人分くらいの力はあります」
「頼もしいですわぁ〜! じゃあ、ヴィオが前衛で私が後衛なら、ダンジョンも余裕なのではなくて?」
「お嬢様のHPを見てから言ってください。流れ弾一発で死ぬ後衛を守りきれる自信がありません」
ヴィオは紫煙をくゆらせ、遠い目をします。
「……まあ、行ってどうにかなる土地でもありませんが。スカンピア村についたら、まずは野宿の心配をしたほうがいいかもしれませんよ」
「野宿!? 領主の館があるはずですわ!」
「屋根があればいいですけどね……」
ガタンッ!
大きく馬車が跳ねた拍子に、私の手からステータスカードが滑り落ちます。
慌てて拾おうとして頭を前の座席にぶつけ、その反動で足元の荷物を蹴り飛ばし、荷物から飛び出した水筒がヴィオの顔面に直撃しました。
「ああっ、ごめんなさいヴィオ!」
「……DEX2、ここに極まれりですね」
ヴィオは鼻を押さえ、私をさげすんだ目で見ました。
そしてその後、道中だというのに馬車が停車しました。車輪がくぼみにはまったとのこと。
外すには車輪を持ち上げなければならず、私たち乗客は無駄な重さになってしまいます。一旦馬車を降りることになりました。
その間、手持ち無沙汰でしたので、私は少し周囲を散策しようとして、そして……。
――などという、思い出したくもない走馬灯が脳裏を駆け巡り、消えていきました。
「いやぁぁぁぁ! まだ死にたくありませんわぁぁぁ!!」




