10 一難去って、また一難!
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作業所では、幾分か血色のよくなった村人たちが、肉や毛皮の加工をしていました。
指揮を執っているのはアニーさんです。彼女は、この資源の限られたスカンピアで生き抜くため、素材を最大限活用する加工と保存の技術を身につけて、【食品加工】のスキルを習得しています。
あのおが屑のパンはひどい味でしたが、本来食べられるものではないものを、食べられるレベルにまで工夫したのはアニーさんです。
こちらでは燻製作りをしているようです。
村人が刻んだ薬草と塩を肉にすり込んでいます。
スカンピアの海は、断崖絶壁であり、釣りや港の設置には向かない地形です。ですが、製塩はかろうじて行われています。
塩は大変価値のあるものですが、スカンピアの製塩は、断崖の縁に設置された巨大な滑車を使い、命綱をつけた男性たちが海水を汲み上げるという重労働です。
強風で煽られるため、過去に何人も転落している危険な作業で、とてもとても、自分たちが生きるために必要な量以上を生産することはできません。
今までは崖に生える野草や、わずかに栽培できる根菜、海鳥の卵をこのようにして加工していたそうです。
一方、奥のほうでは、燻製室から肉の塊を運び出しています。彼らは燻製が問題なく仕上がっているか確かめ、一部を切り取って炙っています。
煙の匂いに混じって、甘くとろけるような脂の焼ける匂いが広がります。
「お嬢様! 今、アルミラージの燻製ができあがったところなんです。ぜひ試食してください」
差し出された肉片はてりっと飴色に輝き、澄んだお汁を溢れさせています。私はそれをふーふーと吹いて冷ますと、ぱくり口に含みます。すると、口の中には濃厚でジューシーな旨味が、鼻腔にはスモーキーな芳香が広がります。ゼラチン質たっぷりな赤身部分の線維は、優しく歯を受け止めながらとろけるように崩れ、控えめな脂がぷりぷりとしたアクセントを加えます。
「んっ! 脂の甘みと塩気が絶妙ですわ! これならいくらでも食べられます!」
おかわりをしたい気分でしたが、備えの分がなくなってしまいます。私は後ろ髪を引かれる思いで、ごちそうさまを告げました。
こちらでは毛皮の加工をしています。
手前のほうでは皮を草木を焼いた灰の汁に浸けています。対して、お庭では浸けた後の毛皮を干しています。
「こうなってきますと、生き物というよりはドレスの生地のように見えますわね」
ふわふわのラビットファーは、王都のブティックでもよく見かけたものです。ここにある毛皮は、王都で見たものと比べても遜色がありません。
「毛皮ができたら、嬢ちゃんにローブを作ってやろう。いい防具があれば、ダンジョンの攻略も進むじゃろう?」
「まぁ! 嬉しいですわ! 私、もこもこの可愛いローブがいいですわ!!」
借金のカタにドレスもアクセサリーも取られてしまった私です。ここに来て新しいお洋服が手に入るなんて思いもしませんでした!
「村人の防寒着も必要じゃ。これからもじゃんじゃん毛皮は集めていこう」
ドガンさんが言います。私はこれからの狩りのモチベーションが上がる思いがしました。
「見てみぃ! これがわしの自信作じゃ!」
ドガンさんが自慢げに見せてくれたのは、樽のような機械です。
「これは圧搾機じゃ。果実のジュースや、種子から油を搾ることができる。これでワインを作ったり、燻製以外の保存食として油漬けを作れるようになるぞ」
ドガンさんは圧搾機について説明してくれました。
「ここに絞りたいものを入れて、こっちに魔石を入れるか、直接魔力を流せば機械が自動で動く」
「ここに魔石を入れて、ここに魔力を流すのですね!」
「馬鹿!! 違う!!! 魔石を圧縮なんぞしたら、魔力暴走で爆発するぞ!!」
ドガンさんの制止は間に合わず、私は袋いっぱいに入った小さな魔石を放り込み、遠慮も手加減もない魔力を圧搾機に流し込みました。ガリガリメキメキ、という轟音とともに、魔石が飲み込まれていきます。
カランッ。
圧搾機の下部から出てきたのは、爆発ではなく、極限まで圧縮された高密度の結晶でした。小さな魔石が圧縮されたためか、まだら模様でゴツゴツしています。
「な、なんじゃと……? 暴走させずに、魔石の純度だけを高めて凝縮させたじゃと……?」
ドガンさんが信じられないものを見る目でつぶやきます。
「圧搾機、壊れてはないじゃろうな……」
「ごめんなさい」
私はまたドジをしてしまったようです。ドガンさんは慌てて圧搾機を確認し、ふぅとため息をつきました。どうやら、大丈夫だったようです。私も胸をなで下ろします。
そのとき、ガラガラガラ……という、騒々しい車輪の音がしました。この村に来る馬車なんてめったにありません。何事かと思った私は、作業所の外に出ました。
私が馬車を発見したとき、ちょうど身なりのいい男性が、何名かの護衛の兵士を伴って下車しているところでした。
カーキ色のコートを着た、その神経質そうな男性は、フンと鼻を鳴らして居丈高に言いました。
「オルダー伯爵が亡くなったと聞いて来てみれば、娘がこんな貧乏ごっこをしているとはな」
その台詞にヴィオが眉をひそめ、耳打ちします。
「この男、お嬢様が当代のオルダー伯爵であるとわかった上でこのような振る舞いをしていますね」
男は私の頭のてっぺんからつま先まで、舐めるように視線を上下した後、吐き捨てるように宣告しました。
「私は徴税官の職務を任されておる、ゴッズという者である。この村に課されている『辺境特別税』の納入がまだであるため、はるばる徴税に来てやったのだ。今すぐ耳をそろえて支払うように」
私は驚きました。これでも領主です。領地の運営に必要な基本的知識はあります。
「そんな税金、聞いたことがありませんわ!」
「これは王家も承認している正式な徴税だ。滞納分も含めて、金貨五百枚だ」
そのようなことを言われても、現金はありません。代わりとなり得る穀物も、この地では取れません。私が動けないでいますと、ゴッズは兵士に目配せをします。
「金か小麦で支払えないというのであれば、差し押さえするまでだ」
ゴッズの配下の兵士たちが、今作ったばかりの燻製肉、下ごしらえ中の塩漬け肉、そして乾燥中の毛皮を次々と馬車に積み込みます。さらには、スライムから取れた魔石までも奪っていきます。
「ああっ、俺たちの冬の食糧が……!」
突き飛ばされて地面に倒れた村人が嘆きます。ゴッズはその様子をむしろ満足げに見下ろし、さらに非情な命令を下します。
「もっと金目のものはないか、さらに捜索せよ」
兵士たちは燻製室の中や倉庫の中、壺や棚まで、細かく家捜しをはじめます。するとドガンさんはさりげなく、原石の上にどっかりと座り込み、お尻で隠します。
「(こいつに渡すくらいなら捨てたほうがマシじゃ)」
ドガンさんの顔には、そう書いてあるように見えます。
オリハルコンの原石は、お尻で隠すにはかなり大きかったはず。ドガンさんは足を折り曲げて腰を浮かしていますが、かなり痛いでしょう。
ゴッズはオリハルコンの原石には気づかず、ドガンさんの前を通り過ぎて、アニーさんの腕をつかみました。
「この女はよく働きそうだ。奴隷として売れば延滞金くらいにはなるだろう」
「や、やめてください!」
アニーさんに手を出されて、私はゴッズにつかみかかろうとしました。
「待ちなさい! 私はオルダー伯爵家当主、ゼジリアです! 領民の財産を不当に奪うなど、領主として認めませんわ!」
私は精一杯の虚勢を張って抗議しました。しかし、ゴッズは冷ややかに鼻を鳴らします。
「ふん、家を潰しかけた小娘が偉そうに。やれ」
彼の合図で、私は兵士に乱暴に突き飛ばされました。
「きゃっ!?」
ドガァン!!
そのとき、ゴッズの足下に鋤が突き刺さりました。ゴッズはとっさにアニーさんを盾にしようとしましたが、そのアニーさんの体を優しく抱き留めた人がいました。助けに入ってきてくれたのは、村長のガヴさんです。
ガヴさんは、初めて会ったときほどやつれてはいません。この一週間、栄養満点のダンジョン肉と、ヴィオの作った料理をお腹いっぱい食べたおかげでしょう。その瞳にはかつての生気が戻り、腕にはしっかりとした骨と生命力をたたえた筋肉が蘇りつつありました。
この荒れ地では、人が長く生きるのは難しく、平均寿命は短いです。ガヴさんは村の長老です。彼の背中は大きく強く、自然の淘汰にあらがって年を重ねた「生き残り」であることを雄弁に語っています。
「……我が娘に何用ですかな?」
ガヴさんの威圧にゴッズはひるみます。
「ふん、ゴミばかりだが、まあ今回はこれで許してやろう。次は金を用意しておけよ!」
ゴッズと兵士は馬車に荷物を詰めて、騒がしく退散していきました。
後に残ったのは、轍と、空っぽの作業所でした。




