番外編④ 喧嘩する程
ソルダン辺境伯家のセフェルナ嬢と、私は対面していた。
セフェルナ嬢は、綺麗な方である。まるで妖精のような透き通る印象が感じられて、私も最初に見た時は思わず見惚れてしまったくらいだ。
ただその妖精さんは、今仏頂面をしている。部屋に入ってきた彼女は柔和な笑みを浮かべていたのだが、ある一人を見つけて顔を歪めた。
それは、妾の子という複雑な立場である私、ではない。私の両隣に座っている内の一人、アドルグお兄様を見てそうなったのだ。
「……イフェネア、私は君のことを親友だと思っている」
「あら、出会って早々そんなことを言うなんて、どうしたのかしら?」
「そんな君から、久方振りに連絡が来て、最近できた新しい妹を紹介したいと言われたから、遠路遥々ここまでやって来た訳だが」
「だが?」
「君の兄君のことは好きではない」
セフェルナ嬢は、イフェネアお姉様に対して不服そうに視線を向けていた。
話には聞いていたが、彼女はアドルグお兄様と色々とあるようだ。
「くくく、何を言うかと思えば……」
「うん?」
「セフェルナ嬢、相も変わらず口が悪いものだな。そのようなことを言われると、俺としても気分がいいものではない。せっかく妹のお願いということもあってこの場に同席しているが、あなたのせいで立ち去りたくなってきた」
アドルグお兄様は、セフェルナ嬢に対してなんともわざとらしく頭を抱えてみせた。
その煽るような所作は、ようなというより本当に煽っているのだろう。表情もどことなくそんな感じだし、これはきっとセフェルナ嬢も怒るはずだ。
「それなら、どうぞお立ち去りください。私はあなたとの対話を求めてはいませんので」
「ほう?」
「代わりに、あなたの大切な妹君二人と、私が蜜月を過ごして差し上げます」
「……何?」
セフェルナ嬢は、思った通り怒っているようだった。
ただなんというか、彼女はめげずにアドルグお兄様を煽り返していた。それも、お兄様の性質をよく理解した煽りだ。
その言葉を聞き、イフェネアお姉様の言わんとしていたことがわかってきた。確かに二人は、喧嘩する程仲が良いということかもしれない。
「……お二人はいつもこんな感じなのですか?」
「ええ、そうなのよ。まあ、じゃれ合っているだけだから心配はしないで頂戴」
「はい、それはなんとなくわかります」
私が小声で話しかけると、イフェネアお姉様は苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
その間も二人は、色々と言い合っている。しかしその言い合いは、険悪とも言い難い雰囲気だ。本当に、じゃれ合っているということなのだろう。
「アドルグお兄様、そこまでにしていただけませんか?」
「む?」
「私の友人にひどいことを言うのはやめてください。私も悲しいですから」
「イフェネア、しかし……」
「……」
「……わかった」
私と話し終えてから、イフェネアお姉様はアドルグお兄様を止めにかかった。
反論をしようとしたお兄様だったが、お姉様の無言の視線に負けたようだ。兄弟のことを深く愛するアドルグお兄様にとって、その視線は強力だったらしい。
しかしその光景というのは、私にとっては少し意外なものでもあった。
いつも大人びているイフェネアお姉様が、妹としてアドルグお兄様に振る舞う様を、私は今まであまり見たことがなかったからだ。
イフェネアお姉様は私のお姉様であると同時に、アドルグお兄様の妹でもある。そんな当たり前のことを、私は改めて実感していた。
「セフェルナもやめてもらえないかしら? アドルグお兄様は、私のお兄様なのよ。あなたにとっては良くない人かもしれないけれど、それでも悪く言われると傷ついてしまうの」
「イフェネア、しかし……」
「……」
「……わかった」
イフェネアお姉様は、続いてセフェルナ嬢にも同様の言葉と視線を向けた。
それに彼女は、怯んでいる。それはアドルグお兄様と、ほとんど同じだ。事前に聞いていたことではあるが、二人はやはり似た者同士であるらしい。
「しかしイフェネア、どうしてこの男がここにいるのかは教えてもらえないだろうか? 彼がここにいることの意味がわからないというのは、どうにも気持ちが悪い」
「それに関しては、色々とあるのよ。クラリアのことを紹介するにあたっても、アドルグお兄様がいてくれた方がいいし……」
「ああ、そうか。まだその子に挨拶していなかったね。これは申し訳ないことをした」
セフェルナ嬢は、そこで私の方に視線を向けてきた。
部屋に入ってきてすぐにアドルグお兄様を見つけて、それから口論になったものだから、まだ私達は挨拶などは交わしていない。
とりあえず私は、背筋を伸ばす。きちんと挨拶をする。それも貴族としては必要な力だ。ここは頑張らなければならない。
「初めまして、セフェルナ嬢、私はクラリアと申します」
「初めまして、クラリア嬢。私はセフェルナ――ソルダン辺境伯家の長女です」
「えっと、よろしくお願いします」
私は立ち上がって、挨拶をした。それをセフェルナ嬢は、笑顔で受け取めてくれる。
彼女はどうやら、私に対する悪感情などはないらしい。もちろん、表面上取り繕っているということもあり得るけれど、イフェネアお姉様も言っていたし、多分大丈夫だろう。
「なるほど、イフェネアの妹だけあって、可愛らしいお嬢さんだね?」
「ふふ、そうでしょう?」
「……どうやら人を見る目はあるようだな?」
「はは、あなたの妹君と言われると、少し信じられませんがね。こんなにできた子が、あなたの妹?」
「ふっ、残念ながらクラリアが俺の妹であることは紛れもない事実だ」
私の挨拶を皮切りに、またアドルグお兄様とセフェルナ嬢の空気が少し張り詰めた。
それに私は、苦笑いを浮かべる。イフェネアお姉様も同じような表情だ。恐らく、私達の心は一致している。
アドルグお兄様とセフェルナ嬢は、きっと本当に仲が良いということなのだろう。隙があるとじゃれ合うので、それはよくわかった。
「ああ、そもそもイフェネアがあなたの妹であるということから、私は不思議に思っていました。というよりも、あなたの兄弟は本当にできた人ばかりだ。長兄であるあなたを反面教師にしたのかもしれませんね?」
「くくく、俺はいつも兄弟の手本になるように努めている。俺の成功も失敗も、兄弟達の糧になったというなら本望だ。反面教師であろうとなんだろうと構いはしない」
「おっと……」
アドルグお兄様の返答に、セフェルナ嬢は目を丸めていた。
それは自分の言葉が刺さらなかったことに驚いているのだろうか、それとも感心しているのだろうか。
しかし彼女は、すぐに不服そうな表情になった。どちらにしても、今の問答はセフェルナ嬢にとって満足できるようなものではなかったらしい。
「ふっ、セフェルナ嬢、そんな顔をしてどうした?」
「……別に、なんでもありませんが? 仮に何かあったとしても、まさか兄弟の模範になるべきアドルグ公爵令息が人を煽るなんてことは、ありませんよね?」
「はははっ、先程言っただろう。俺の失敗も兄弟達の糧になると……仮に俺の今の行いが失敗だったとしても問題はない」
「公爵令息としての品位がないのは単純に問題だと思いますが?」
「あなたとは知らない仲という訳でもない……いや、別に心を許している訳ではないが」
アドルグお兄様は、言い合いの最中に言葉を止めた。
なんというか、不覚というような顔をしている。それは暗に、セフェルナ嬢と親しくしていると言いかけたためだろうか。
セフェルナ嬢の方も、アドルグお兄様からは目を逸らしている。二人とも、気恥しいということなのだろうか。辺りは微妙な雰囲気に包まれていた。
「……二人とも、普段は立派な令息令嬢なのに、こういう時は案外子供なのよね。そういった面に関しては、クラリアの方が進んでいるかも」
「イフェネアお姉様、それは……」
イフェネアお姉様は、そこでため息とともに辛辣なことを呟いた。それに私は、苦笑いを浮かべることしかできない。
そのまま私達は、しばらくの間微妙な空気の中で過ごしたのだった。




