第24話 抱いていた不安
お父様が婚約に関して好意的な見解を示したことによって、ヴェルード公爵家とラベーシン伯爵家との間で話し合いが起こった。
実際に婚約が決まったという訳ではないのだが、結構いい感じに話は進んでいるようだ。
そういった事情の中で、レフティス様がヴェルード公爵家に訪ねて来るというのは、非常に重要な出来事だといえる。
彼がどういう人間なのか、見極めなければならない。それがヴェルード公爵家の共通の認識であった。
ただアドルグお兄様は、妹の婚約について非常に過激な反応を示すため、その意見は概ね無視するべきだということになっている。
「エフェリア嬢、先日のお茶会では、ありがとうございました。お陰で楽しい時間が過ごせましたよ」
「いえ、私は何も……それより、あの時は申し訳ありませんでした。急に場を開けることになってしまって」
「お気になさらず。事情は聞いています。どうやら色々なことがあったそうですね。あの後は大丈夫だったのですか? なんだか大きな声も聞こえましたし……」
「ええ、あの場もなんとか収めることはできました」
レフティス様は、やはり大袈裟な人であった。
どこか言動が仰々しいし、ともすれば演技のようにも思えてしまう。だからだろうか、彼の真意というものは読み取ることができない。
もしかしたら、これも一つの術ということなのだろうか。貴族というものは、自分を律する必要がある訳だし、その一環という可能性はあるかもしれない。
「それなら良かった……ことの顛末については、一応耳には入っています。ディトナス侯爵令息とは友人でしたから、少し残念です」
「……彼と仲が良かったのですか?」
「人並みに付き合いはありました。ヴェルード公爵家の方々の前でこういうことを言うのは少々気が引けますがね。しかし彼には、どうにか再起して欲しいと思っています」
レフティス様は、ディトナス様のことも気に掛けているようだった。
お茶会に来ていたことからも考えられることではあるが、それなりに交流があったということだろうか。いやその心配も、演技ということなのかもしれないが。
「そうですか。レフティス様はお優しい方なのですね」
「そう言っていただけるのは嬉しいですね……感謝します、エフェリア嬢」
レフティス様は、ゆっくりと一礼しながらお礼の言葉を口にした。
そういった所作も、やはり少々大袈裟だ。とはいえ、綺麗な一礼である。そういった所は、私も見習うべきかもしれない。
「……さてと」
そんなことを思いながら、私は周囲を見渡していた。
現在、私は客室の外から様子を伺っている。庭でこっそりと行動しているのだ。
それは別に、悪戯をしているとかそういうことではない。私はある任務のために、こそこそとすることになっているのだ。
その原因となった一人を見つけて、私はため息をついた。その人物であるエフェリアお姉様は、私を見つけて罰が悪そうな表情をしていた。
「エフェリアお姉様、何をやっているんですか?」
「あ、あはは……」
私の小声の言葉に、エフェリアお姉様は苦笑いを浮かべていた。
流石に自分がやっていることが、とんでもないことだということは理解しているようだ。
とりあえず無事に見つけられて、一安心である。お兄様方では目立つからという理由で、私にこれが頼まれたのだが、成し遂げられて良かったと思う。
いや、まだ正確には成し遂げているとは言えないかもしれない。私の任務は、エフェリアお姉様を連れて帰ることなのだから。
「……ぼ、僕はオルディアだよ」
「いえ、流石にそれは無理がありますよ。私ももう、お姉様方を見間違ったりしませんから」
「それはちょっと嬉しいけど」
エフェリアお姉様とオルディアお兄様は、性別の違い以外はそっくりだ。そんな二人のことを、私は初め見分けられなかった。
ただ、それは既に昔の話だ。今となっては、どうしてわからなかったのかわからなくなるくらいには、二人の違いを如実に感じている。
「レフティス様と一緒にいるのは、オルディアお兄様ですよね?」
「まあ、うん。そうだけど」
「いつ入れ替わったんですか? 玄関で出迎えた時は、エフェリアお姉様でしたよね?」
「それはそうだね。だから、部屋に案内している間に入れ替わったんだ」
「どうしてそんなことを……」
エフェリアお姉様の言葉に、私は単純な疑問の言葉を口にしていた。
わざわざ二人が入れ替わる意味が、私にはわからない。これは結構重要な場面であるというのに、どうしてこんなことをしているのだろうか。
「理由という程の理由はないんだけど……その、やっぱり私とオルディアを見分けられるかとか、気になるから」
「気になるからって、こんなことをしたら駄目だと思うんですけど……」「
「うう、クラリアが厳しい……」
「いや、厳しいと言いますか……」
私は別に、厳しいという訳ではないと思う。これに関しては、お父様や夫人、お兄様方も疑問に思っていたことだ。
というか皆、結構焦っているようだった。当然のことながら、これがばれたら無礼にあたるからである。
今の所、ばれている様子はないのだが、これからどうなるかはわからない。二人には明確な違いもあるため、ちょっとしたきっかけからばれる可能性もある。
「とりあえず、戻ってもらわないと困ります」
「うん……」
私の言葉に対して、エフェリアお姉様は力なく頷いた。
なんというか、様子が少し変なような気がする。もしかして、レフティス様との婚約に対して不安なことなどがあるのだろうか。
「エフェリアお姉様、どうかされたんですか? 様子が変ですよ」
「え? あ、えっと……」
私の質問に対して、エフェリアお姉様は言葉を詰まらせた。
それは意外な反応である。いつも明るいエフェリアお姉様にしては珍しい。
そういった態度から、私は一つの予想を立てることになった。もしかしてエフェリアお姉様の方が、今回の婚約に対して不安を感じているのではないかと。
「不安、なんですか?」
「……まあ、そうなのかもしれない」
私は先日、イフェネアお姉様とオルディアお兄様のことについて話し合った。
双子の姉の婚約について、色々と思う所はあるはずだと考えていたのだ。ただ、婚約する本人のことはあまり口にしていなかった。それは、エフェリアお姉様はこういった時にも動じないという共通の認識があったからだ。
しかしどうやら、その認識は間違っていたらしい。動じない所か、かなり不安を抱いているようである。
「レフティス様はさ、あのお茶会で私と婚約したいと思った訳だよね?」
「ええ、そういうことになりますね」
「でも、それがどうしてなのかがわからないんだよね。まずそこから少し不安に思えてきて」
「それは、エフェリアお姉様が素敵だったということではありませんか?」
「そうなのかな?」
エフェリアお姉様は、レフティス様の求婚から疑ってしまっているらしい。
お茶会で話して、求婚してきた。その状況から考えると、エフェリアお姉様に対して何かしら好感が持てる点があったということで、話を持ち掛けたというのが自然なのではないだろうか。
嫡子の妻として迎える訳だし、伯爵家の夫人として良いと思うような点があったのかもしれない。それが何なのかは、私にもわからないが。
「でも、私を見出したというなら、オルディアとの違いくらいは気付いて欲しいものだけどね」
「オルディアお兄様との違い、ですか? それはまだほとんど面識のないレフティス様には厳しいのではありませんか?」
「それはそうかもしれないけど……」
「まあ、気持ちはわからない訳ではありませんが……」
エフェリアお姉様の気持ちというものは、私にもわからない訳ではなかった。
仮に自分とそっくりな人がいて、婚約者となる人がその見分けがつかないというのは、結構悲しいことではあるだろう。
ただ、貴族であるエフェリアお姉様がそんなことを言える立場なのかは、微妙な所である。いや、私は貴族になったばかりなので、それ程詳しい訳ではないのだが。
しかしながら、妹としてはそんなエフェリアお姉様の気持ちは、尊重したいとも思ってしまう。
故にこれは、私にとっても難しい問題であった。どう動くのが、一番良いのだろうか。
「……とりあえず、レフティス様の元に戻らないとだよね」
「え? あ、はい。そうですね……」
エフェリアお姉様の不安について考えていた私は、自分の任務というものをすっかり忘れてしまっていた。お姉様自身に言われて、やっと思い出したくらいだ。
とにかくエフェリアお姉様を、レフティス様の元に連れて行かなければならない。あそこにいるのがオルディアお兄様だと悟られたら大変なことになってしまう。
「えっと、中の様子は……」
「あ、どうなっているんだろうね」
エフェリアお姉様との話に夢中になっていたため、オルディアお兄様とレフティス様がどうなっているかを見ていなかった。
そこで私達は、部屋の様子を伺ってみる。オルディアお兄様と入れ替わるためには、タイミングというものを計る必要があるからだ。
恐らく二人のどちらかが、何かしらの事情で席を外すはずである。私達がここから動くのは、そのタイミングが訪れてからということになるだろう。
「え?」
「あ、あれって……」
そこで私とエフェリアお姉様は、固まることになってしまった。窓から見える光景に、驚いたからだ。
レフティス様は、立ち上がっておりオルディアお兄様の方に近づいていた。彼はお兄様の肩に手を置き、顔を近づけているようだ。
それが何をしているのかは、ここからでは正確にわからない。ただ、まるで口づけをしているかのようだ。
「エ、エフェリアお姉様、あ、あれって……」
「うん。まあ、そういうこと、なのかな……レフティス様、大胆」
「いや、大胆って、オルディアお兄様はあれを許したんですか?」
「どうだろう? 不意打ちだったのかな?」
「不意打ちって、そんなことしますかね?」
「うん? 確かによく考えてみると、大問題だよね」
目の前の状況というものに、私達はひどく動揺していた。
しかし、段々と冷静になってくる。あれは本当に、口づけをしているのだろうかと。
そもそもの話、レフティス様はまだエフェリアお姉様と正式に婚約しているという訳でもない。だというのにあんなことをするなんて、失礼というか問題であるだろう。
となると、あれは口づけをしているという訳ではないということになる。流石にレフティス様がそんなに馬鹿だとは考えにくいし、角度的にそう見えているだけだろう。
「でも、口づけじゃないとしたら、なんでしょうか?」
「……耳打ちかな?」
「なるほど、そう考えることはできますね。あれ?」
私とエフェリアお姉様が話し合っていると、レフティス様が部屋から出て行った。
部屋の中には、オルディアお兄様が取り残されている。その目を見開いている所を見ると、何か驚くべきことでも言われたのだろうか。
そんなことを考えていると、オルディアお兄様が立ち上がって窓際に来た。そのままお兄様は、窓を開けて周囲を見渡して、私達を見つける。
「エフェリア……それにクラリアも」
「オルディアお兄様、どうかされたんですか?」
「なんか、すごく驚いているね」
「ばれた」
「え?」
「それって……」
オルディアお兄様の短い言葉に、私はエフェリアお姉様と顔を見合わせた。
お兄様が何を言わんとしているかは、すぐにわかった。どうやらレフティス様に、エフェリアお姉様がオルディアお兄様だったとばれてしまったようである。




