第23話 新たなる申し出
「婚約? 父上、またですか?」
「うむ……」
私の婚約に関する一連の事件が収束してロヴェリオ殿下が帰ってから数日後、私達ヴェルード公爵家の面々は、お父様の執務室に集まっていた。
大事な話がある。そう言って呼び出された私達に、お父様は婚約の話であるということを切り出してきた。
それによって、私は背筋を伸ばすことになった。ディトナス様の件があったからか、皆警戒しているようだ。
「といっても、今回はクラリアへの婚約の提案という訳ではない。エフェリアへの提案だ」
「え? 私ですか?」
「ああ、レフティス・ラベーシン伯爵令息を知っているか?」
「レフティス……あ、ああ!」
お父様に話を振られたエフェリアお姉様は、手を叩いて目を丸くしていた。
それはその名前に、覚えがあるということだろう。それは当然だ。レフティス様とは、つい最近会ったばかりである。
それは、ドルイトン侯爵家でのお茶会の時のことだ。私も一緒に、挨拶をしたことを覚えている。
「あの人が私に、ですか?」
「ラベーシン伯爵家の嫡子であるそうだが、どんな人だったのか、聞いてもいいか? 先日のお茶会で顔を合わせたのだろう?」
「あ、はい。まあ、紳士的な人ではありましたよ? 挨拶した時には、特に気になる点などは……」
「……どうかしたのか?」
「少し大袈裟な人でしたね。悪い意味ではなくて」
エフェリアお姉様の言葉に、当時そこにいた私とオルディアお兄様以外の人達は首を傾げることになった。
レフティス様という人間は、実際に接した私達にしかわからないことだろう。彼はとても紳士的であったのだが、なんというか身振り手振りなどが激しい人であった。
悪い言い方かもしれないが、演技っぽい人だったのだ。とはいえ、私に対しても敵意などは見せて来なかったし、少なくともディトナス様のように体裁も保てないような人ではなさそうである。
「僕がやってみましょうか……イフェネア姉上、相手役をお願いします」
「え? ああ、構わないわよ?」
「イフェネア嬢、どうもこんにちは。今日は良い天気ですね。こんな日はどこかに出掛けたくなります」
「あ、ええ、そうね……」
オルディアお兄様が、レフティス様の所作というものを実践してくれた。
それによって、周囲の空気は少し固まった。その大袈裟な言動に、皆驚いているようだ。
エフェリアお姉様達の反応からもわかっていたことではあるが、やはり彼の動きというものは特殊なものだったようである。
私は貴族のことをよく知らないため、あれが一般的なのかとも思っていたが、貴族としても特殊なのが、レフティス様という人らしい。
◇◇◇
お母さんがヴェルード公爵家の屋敷に来てからも、私はイフェネアお姉様の部屋で暮らしている。
それは、私とお母さんの立場が違うからだ。妾の子とはいえ、侯爵家の血を引く私を使用人であるお母さんと一緒の部屋に住まわせることは、体裁として良くないらしい。
それから、私が貴族として未熟であることも関係している。イフェネアお姉様から学ぶべきことが、まだまだあるのだ。
「さてと、そろそろ寝ましょうか?」
「あ、はい。そうですね」
指導の時は厳しい所もあるけれど、イフェネアお姉様は優しい人だ。お陰様で私は、楽しい生活を送れている。
そんなお姉様とは、寝る前に色々なことを話し合う。それはちょっとした雑談でしかないのだが、今日に関してはそれが長くなりそうな予感がしていた。
なぜなら今日は、エフェリアお姉様への婚約の申し出という大きな出来事があったからである。そのことについては、イフェネアお姉様も気になっているはずだ。
「エフェリアお姉様の婚約について、イフェネアお姉様はどう思っていますか?」
「え? ああ、そうね……それについてはまあ、喜ばしいことだとは思っているわ。問題などがなかったらの話だけれど」
「やっぱり、そういうものなんですね」
「ヴェルード公爵家は、最近盤石という訳でもないから、そういった中で良い話が来たといえると思うわ。ラベーシン伯爵家は歴史もあって、婚約相手としてはかなり良いといえるでしょうね」
私が話を切り出すと、イフェネアお姉様はゆっくりとした口調で答えてくれた。
婚約というものは、基本的には喜ぶことである。それは私も、わかっているつもりだ。
今回の婚約というものは、恐らく悪いものではないだろう。ラベーシン伯爵家との婚約は充分に公爵家の利益になると、お父様も考えているようだ。
「もちろん、寂しさもあるけれど……それはきっと、クラリアだってそうでしょう?」
「それはそうですね……まあ、今すぐにエフェリアお姉様がいなくなるという訳ではないですよね?」
「ええ、どの道まだ先の話になると思うわ。ただ……」
「ただ?」
そこでイフェネアお姉様は、言葉を途切れさせた。
何かを躊躇っているようだ。私はとりあえず、言葉を待つ。
「……オルディアのことが、少し心配なのよね」
「オルディアお兄様、ですか?」
「ええ、私達ももちろん寂しく思う訳だけれど、あの子は特別だから……エフェリアと離れ離れになるということに対して、一番思う所があるはずだわ」
イフェネアお姉様が言わんとしていることは、すぐにわかった。
エフェリアお姉様の双子の弟であるオルディアお兄様には、私達とは違った色々な思いがあるはずだろう。
それは確かに、少し心配だ。オルディアお兄様は強い人であるとは思うが、本当に大丈夫なのだろうか。




