第22話 一緒にいると
「人格者として知られているドルイトン侯爵だが、かつては荒れている時もあったらしい。貴族としての生き方というものに息苦しさを感じていたそうだ」
アドルグお兄様は、ゆっくりと言葉を発していた。
その表情は平坦だ。特に感情が読み取れない。きっとアドルグお兄様は、敢えてそうしているのだろう。
「そんな時、一人の平民の女性と出会い恋に落ちた。それから二人は、駆け落ちめいたことをしたそうだ」
「……駆け落ち、ですか。それはまた、大胆な手を取ったものですね」
「当然のことではあるが、それは上手くいかなかった。前ドルイトン侯爵は、すぐに二人の居場所を見つけ出したらしい。そのまま二人は引き裂かれた。貴族は貴族の居場所に、平民は平民の居場所に、それぞれ帰らざるを得なかったそうだ」
ドルイトン侯爵という人のことを、私は知っている訳ではない。
ただ、人格者であるということは間違いないのだろう。あのアドルグお兄様がそれを前提として話しているのだから、それは間違いない。
しかしそんな人にも、そうなるまでに色々とあったということだろうか。アドルグお兄様が語る過去からでも、なんとなくそう思えた。
「それからドルイトン侯爵は、真っ当に貴族として生きることを決めたらしい。家が決めた相手と婚約して子供を作り、やがて侯爵を継いだ。自身の経験も踏まえて、領地に暮らす人々のことを最大限に考えて、政を行っていたようだ」
「そのことについては、嘘偽りはないでしょうね。僕が調べた限り、ドルイトン侯爵の評判というものは良いですから。領地の方々からも慕われていたようです」
「そうやって生きていく内に、侯爵はあることが気になった。自分がかつて愛していた女性のことだ。その女性とどうにかなりたかった訳ではなく、ただ元気に暮らしているのかが知りたかったらしい。そして調べた結果、ダルークの存在を知ったのだ」
ダルークさんもきっと、自分が貴族の血を引いているなんて思ってもいなかったことだろう。
そのことを知った時、彼は何を思ったのか。私はそれが少し気になった。できることなら、話してみたいとも思う。
「それが今から二年前のことだ。ダルークの母親は、既に亡くなっていたらしい。故にドルイトン侯爵は、悩んだ結果事実を話した。しかしダルークは、貴族として認知されることを望んではいなかった。ただ代わりに、一つだけ要求したのだ」
「要求、ですか? まあ、ドルイトン侯爵はそれを叶えたいと思ったことでしょうね。感情的にも打算的にも、それは叶えた方が良いと判断するでしょう」
「ダルークの望みは、弟の傍にいることだったらしい。だから庭師として雇った。だが結果として、ディトナスにはばれたのだ。皮肉なことではあるが、二人の間には確かな繋がりがあったということだろう」
ドルイトン侯爵家にも、色々なことがあったらしい。その過去は結局積み重なって、今回のような結果になってしまった。
それは悲しいことである。私はそんなことを思いながら、話を聞いているのだった。
◇◇◇
「結局の所、私が起爆剤だったのでしょうね……」
「そんな風に考える必要はないさ」
「でも、ディトナス様がああやって感情を爆発させることになったのは、私との婚約が決まったから、ということのようですから」
アドルグお兄様からの事情の説明が終わって、私はロヴェリオ殿下とともに庭を歩いていた。
事実としてわかったことではあるのだが、ディトナス様が兄のことを快く思っていないということを、ドルイトン侯爵は把握していた訳ではないらしい。
当人同士の間で、何度か小競り合い――というよりも、ディトナス様の一方的な嫌がらせはあったようだが、そこまで問題という訳でもなかったようだ。
それらの状態が一気に崩れ去ったのは、私とディトナス様の婚約の話がもたらされたことが原因としか言いようがない。
ドルイトン侯爵としては、自身の息子と同じような立場である私を助けて、尚且つヴェルード公爵家との婚約を結べるというのは、かなり良いものだと思っていたようだ。
ディトナス様が思っていることを知っていれば、そうはしなかっただろう。だが結局こうなってしまったのだ。ドルイトン侯爵家は、一気に瓦解してしまったのである。
「そのことにクラリアが責任を感じる必要なんてないんだぞ? それはあくまで、ドルイトン侯爵家の事情なんだからな」
「わかっています。でも思うんです。もしかしたらヴェルード公爵家だって、同じようなことになっていたかもしれないって」
「それは……そうかもしれないが、事情というものは人それぞれだろう。今回の件で言えることは、ディトナス侯爵令息の行動が間違いだったということだけだ。不満があるなら、父親にぶつければ良かったんだ。それをクラリアにぶつけたことが、問題になったというだけさ」
私は改めて、自分が恵まれた環境にいるということを自覚することになった。
お兄様方は、とても優しく温かい人達であった。ヴェルード公爵家の人々がそういった人であったこと、お母さんとヴェルード公爵夫妻の間に軋轢がなかったこと、それら全てに感謝しなければならないのかもしれない。
「それに、俺はクラリアと会えて本当に良かったと思っている」
「え?」
「クラリアと一緒にいると楽しいんだ」
ロヴェリオ殿下は、そう言って笑顔を私に向けてきた。
その笑顔に、私はなんだかとても安心した。気持ちは私も同じだ。ロヴェリオ殿下と一緒にいると楽しいし、明るくなることができる。
お兄様方も、そう思ってくれているのだろうか。そんなことを考えながら、私はロヴェリオ殿下と過ごすのだった。




