第21話 落ち着かなくて
「あの庭師が妾の子、か……」
「……ええ、多分間違いはないと思うんです」
「まあ、確かに今思えばそうだと思えなくもないな」
私は、ロヴェリオ殿下とイフェネアお姉様、ウェリダンお兄様と中庭でお茶をしていた。
アドルグお兄様達がドルイトン侯爵家の屋敷を訪ねている最中、呑気ともいえるかもしれないが、どの道皆落ち着かないということで、こうして集まっているのだ。
ただ結局話は、ドルイトン侯爵家のものとなってしまった。今の私達の頭の中には、それがどうなるかというものが常に残っているのだ。
「庭師というと、クラリアを庇ってくれた人だったかしら?」
「あ、はい。そうなんです」
「僕と同い年くらいだったと聞いていますが、となるとディトナス侯爵令息にとっては兄ということになる訳ですか」
「まあ、明確な証拠があるという訳ではありませんから、私の主観でしかないのですが……」
ウェリダンお兄様の言葉には曖昧な言葉を返したが、私は自分の考えは間違っていないと思っている。
諸々の状況を話した結果、この考えにはアドルグお兄様も支持してくれた。二人のやり取りから、ダルークさんがただの使用人であるとは、やはり考えにくいようだ。
とはいえ、私の根拠というものはどちらかというと直感である。それは私の立場が特殊であるからこそ、思えたことなのかもしれない。
「しかし、その予測はアドルグ兄上も認めたものなのでしょう? 僕も間違っているとは思いませんし、ほぼ確実です。ただそうなると、ディトナス侯爵令息にとってその庭師ダルークはどういう存在だったのでしょうね?」
「……わかりません。でも、快くは思っていなかったのだと思います。仲が良いようには到底思いませんでしたから」
「まあ、それはそうでしょうね。でも、その兄との不仲をクラリアにぶつけたということなのかしら?」
イフェネアお姉様は、不快そうな顔をしていた。
これまでの予想を総合すると、ディトナス様は私に八つ当たりしたということになる。それがお姉様は、許せないのだろう。
「当然のことではありますが、他家の令嬢にそのようなことをぶつけたのは、愚行としか言いようがありませんね……家庭内なら、いくらでもなんとかなりますが、それを外に出した場合は話が別です」
「まあ、そういうことよね。不平不満を言うのは、身内まで。私達貴族は、特にそれを意識しなければならないわね」
ウェリダンお兄様とイフェネアお姉様の言葉を、私はしっかりと胸に刻んでおくことにした。
私もいつ口を滑らせてしまうかわからない。お兄様方のように、自分を律する術は身に着けるべきなのだろう。
「さてと、色々と話してしまったけれど、結局の所私達にはできることはない訳だし、アドルグお兄様達に任せるしかないのよね……」
ドルイトン侯爵家に関する話を、イフェネアお姉様は切り上げた。
その理由は単純明快で、言葉にした通りのものだろう。
アドルグお兄様方は、今はきっとドルイトン侯爵家の屋敷にいて、事態の解決に当たっているはずだ。私達はその帰りを待つしかないというのが、現状である。
結局の所、私達が何を言っても無駄なのだ。ことが進んでいる以上、私達にはその結果を待つしかないのである。
「まあ、三人には悪いけれど、ケーキでも食べて待っていようかしらね」
「ケーキですか? ああ、そういえば、そんなものがありましたね」
「……こういう時には、弟や妹から選ぶと相場が決まっているものだわ。クラリアとロヴェリオ殿下から選んで頂戴」
そこでイフェネアお姉様は、出されていたケーキのことを指摘した。
それらは、それぞれ違った種類のケーキだ。普通のショートケーキに、チョコレートのケーキ、チーズケーキにモンブランとある。
そのどれを食べるのかの選択権を、イフェネアお姉様は私とロヴェリオ殿下に渡してきた。とりあえず私は、殿下の方を見る。
「クラリアから選んでくれ」
「いいんですか?」
「レディーファーストは当然のことだからな。俺も一応、紳士を目指している」
「……ロヴェリオ殿下は、今でも立派な紳士ですよ。えっと、それならこれを」
ロヴェリオ殿下に譲られて、私はショートケーキをもらうことにした。
そもそも私は、こういったケーキというものをあまり食べたことがない。故に、最もメジャーだと聞いているそれを選ぶことにした。
「というか、レディーファーストならイフェネア様から選んでもらうべきだよな……ウェリダン様、その辺りはどう思いますか?」
「え? ああ、僕も別に構いませんよ。姉上、どうぞ」
「いいえ、あなた達から選んで頂戴。ここは姉として、譲れない所だから」
ロヴェリオ殿下がふと気付き提案したことに対して、イフェネアお姉様は首を横に振っていた。
どうやら、姉としての矜持というものがあるらしい。断固とした態度を取っており、それにロヴェリオ殿下とウェリダンお兄様は顔を見合わせている。
「まあ、そういうことなら遠慮はしませんよ。いつも通りですからね」
「確かに言われてみれば、俺もこういう時に遠慮したことはありませんね……」
「おやおや、それなら先程のレディーファーストというのはどういうことだったのでしょうかね?」
「……表情が作れるようになったようですけど、それはそれでちょっと腹が立ちますね」
イフェネアお姉様の言葉に、二人はそんなやり取りを交わしていた。
それに笑顔を浮かべながら、私はケーキをいただくのであった。




