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妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?  作者: 木山楽斗


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第18話 激しい憎悪

「……ふう」


 お茶会が本格的に始まってからしばらくして、私は人の波に揉まれていた。

 アドルグお兄様と一緒に行った舞踏会でも経験したことではあるが、その人混みというものは私にとっては結構辛いものであった。

 ヴェルード公爵家の妾の子ということもあって、私はそれなりに注目されていたような気がする。それは被害妄想かもしれないが、とにかく私は疲れてしまった。


 少し休んだ方が良いということで、私はお茶会の会場から少し離れさせてもらっている。

 一緒にロヴェリオ殿下も来てくれる予定だったが、途中で彼は引き止められてしまった。王族である彼に声をかける人は多くて、とりあえず私だけでここまで来たのである。

 それは、仕方ないことだといえるだろう。そもそもロヴェリオ殿下は私を気遣って一緒に来ようとしてくれていただけだろうし。


「……こんな所で何をしているんだ?」

「え?」


 そんな私は、人から声をかけられて少し驚いた。

 こんな所に人が来るなんて、思ってもいなかったからだ。しかもなんだか、口調が高圧的である。私一人で、きちんと対応できる人だろうか。


「あれ……? あ、あなたは……ディトナス様」

「ああ、僕だとも」


 私がゆっくりと振り向くと、そこにはディトナス様がいた。

 まさか声の主が、私をこの屋敷に招いた張本人であるなんて驚きだ。彼はグラスを持っている。その中に入っているのは、オレンジジュースだろうか。


「使用人から聞いたぞ? こそこそと会場から抜け出していったそうだなぁ?」

「え? えっと……」

「逃げ出したという訳か。まったく持って、みっともない奴だ」


 ディトナス様は、私のことを睨みつけていた。その視線から感じる明らかな敵意に、私は汗を流す。

 どうやら彼は、かつて舞踏会で私を詰めたあの二人の令嬢と同じような人であるらしい。妾の子である私のことを、とても見下しているのだ。


「気に食わないんだよ。下賤な平民の血が流れているお前みたいな奴が、このドルイトン侯爵家の敷地にいるのが……」

「わ、私は……」

「さっさとここから出て行け。この愚か者がっ!」

「なっ!」


 次の瞬間、ディトナス様はグラスの中身をこちらに向かってかけてこようとした。

 いくらなんでも、それは許されない行為であるだろう。しかし幸いなことに、それが私にかかることはなかった。間に割って入ってきた人がいたのだ。


「……え?」

「お前は……」


 私はてっきり、お姉様方やロヴェリオ殿下が駆けつけてきてくれたのかと思った。

 しかしそうではない。そこにいるのは、私が知らない人だったのだ。


「……大丈夫ですか?」

「あ、はい。あ、ありがとうございます」


 私を庇ってくれたのは、男の人だった。

 私よりも、エフェリアお姉様方よりも年上くらいの男性である。ただその服装はなんというか、貴族には見えない。かけられたジュースがなくても汚れているし、使用人の方かもしれない。

 しかしそんな人が、ディトナス様の行いに対して前に立って大丈夫なのだろうか。それはそれで、色々と問題になるような気がするのだが。


「ダルーク……庭師のお前が、一体何をしているんだ?」

「ディトナス様、お言葉ですが、あなたがやったことは問題ですよ。それを理解できない訳ではないでしょうに……」

「うるさい奴だな。僕に逆らうというのか」


 庭師のダルークさんは、ディトナス様に対して堂々と意見していた。

 それはおかしな話である。庭師がこんな風に言えるものなのだろうか。いくらなんでも、強気すぎると思ってしまう。

 しかしディトナス様も、怒ってはいるがそれを殊更問題視している風ではない。その様子に私は、少し違和感を覚えていた。


 とはいえ、今はそれについて考えている場合ではない。

 庇ってもらったとはいえ、ディトナス様のこの行動というものは問題であるだろう。凡そ、許されるような行為ではない。二人の令嬢の件から、私はそれをよく知っている。


「逆らおうなどと思ってはいません。しかし、このようなことを見過ごせる訳がないでしょう」

「はっ! 笑えるな。お前はいつも僕の邪魔をする」

「ディトナス様……」


 ディトナス様は、その表情を歪めてダルークさんのことを見ていた。

 なんというか、二人は浅からぬ関係にあるような気がする。今のやり取りは、まるで家族――兄弟であるかのようだった。


「……あんたらの言い合いなんて、聞きたくはねぇよ」

「……何?」

「あなたは……」


 そんな中で響いてきた声は、聞き覚えがあるものだった。

 私は、声がした方向を向く。するとそこには、一緒にここに来る予定だったロヴェリオ殿下がいた。

 彼の表情は強張っている。どうやらこの場に来て、一瞬で状況を理解したようだ。


「ロヴェリオ殿下……」

「ディトナス侯爵令息、クラリアに何をした?」

「何をって……」


 ロヴェリオ殿下に詰め寄られて、ディトナス侯爵令息は怯んでいた。

 先程までは私やダルークさんに対してかなり強気だったのだが、流石に王子である彼に対して、それは無理だったらしい。

 いやというよりも、ロヴェリオ殿下はすごい剣幕だ。これは単純に、その迫力に負けているのかもしれない。


「僕は別に何もしていない。彼女と少し話していただけだ。そこに、こいつが割り込んできて……」

「ほう?」


 ディトナス様は、ロヴェリオ殿下に対して必死の形相で弁明した。

 しかし、それは届いているようには思えない。ロヴェリオ殿下は、目を細めてディトナス様のことを睨みつけている。


「それならあなたの話を聞かせてもらおうか?」

「……ロヴェリオ殿下、ディトナス様がクラリア様に無礼を働いたことは事実です」

「お、お前……」


 質問を投げかけられたダルークさんは、正直に答えていた。 

 それに対して、ディトナス様はその表情を歪めている。当然のことながら、彼は真実を話されたら困る立場だ。


 しかしダルークさんが、そこまで正直に話すとは驚きである。彼は、このドルイトン侯爵家の使用人だ。家が不利になるようなことを証言するとは思わなかった。

 もっとも、どの道私が真実を話したら同じことになる。先程既に口論もした訳だし、ダルークさんには最早失うものなどないということだろうか。


「ディトナス様は、クラリア様を罵倒して、飲み物を投げかけました」

「……なるほど、それをあなたは庇ったということか?」

「……一応、そういうことにはなりますが」

「そうか。それなら悪かったな。あなたはどうやら、誠実な人であるようだ」


 ロヴェリオ殿下は、ダルークさんに対する態度を緩めていた。

 それは彼が私のことを助けてくれた人だと、理解したからだろう。

 私も、ダルークさんには感謝しなければならない。彼がいなければ、今頃私はびしょぬれだったことだろう。


「……ディトナス侯爵令息、言っておくがこれは問題だぞ?」

「……問題だと?」

「自分が何をしたか、わかっていないのか? 公爵家の令嬢のことを馬鹿にして、それ所か危害を加えようとしたなんて、大問題だ」


 ロヴェリオ殿下の言葉に、ディトナス様の表情が歪んだ。

 彼のその表情からは、怒りの感情が読み取れる。どうやら彼にとって、ロヴェリオ殿下の今の言葉はとても気に食わないものだったようだ。


「……そんな薄汚い奴を馬鹿にして何が悪いと言うんだ?」

「何?」

「平民などという薄汚い者達の血を引くそいつは、貴族なんかじゃない! 高貴なる世界を土足で踏みにじる悪逆どもだ。そんな奴らを自由にさせるなんて、これは貴族としての怠慢ともいえることだ。許されることではない!」


 ディトナス様は、その怒りをはっきりと口にした。

 ただ彼は、私の方を見ていないような気がする。先程からディトナス様がその視線を向けているのは、ダルークさんの方なのだ。

 私はなんとなく、二人の関係性というものがわかってきた。ただそれは、私がずっと成り行きを見守っていたからだ。


 つまり、この場にいなかった人達にとっては、そんな事情は理解できるものではない。

 故に、今の言葉が全て私に向けたものだと判断するだろう。

 だから、この場に現れたエフェリアお姉様とオルディアお兄様はひどく怒っているのだ。上のお兄様方程ではないにしても、二人も私を傷つける人のことは許さないだろう。


「ディトナス侯爵令息、あなたの今の言葉はどういう意味なのでしょうか?」

「そ、それは……」


 オルディアお兄様は、ディトナス様の方にゆっくりと近づいていく。

 その隙に、エフェリアお姉様が私の傍まで素早く来てくれた。そのまま私は、お姉様に抱きしめられる。


「クラリア、大丈夫?」

「あ、はい。私は大丈夫です。こちらのダルークさんに、助けてもらいましたから」

「そうなの? あ、えっと、ありがとうございます。妹を守ってくれて」

「いえ、私は当然のことをしたまでですから」


 エフェリアお姉様は、私を守るように抱きしめながらダルークさんと言葉を交わしていた。

 どうやら、ディトナス様の相手はオルディアお兄様とロヴェリオ殿下に任せて、お姉様は私の傍にいることを選んだようだ。それは私にとっては、とても心強いものである。

 抱きしめられてから、私は自分の体がひどく強張っていたことにやっと気付いた。どうやら自分で思っていた以上に、この状況に恐怖を感じていたらしい。


「それで、あなたはどちら様ですか?」

「あ、はい。私は庭師のダルークです」

「庭師……ドルイトン侯爵家の使用人の方ですか?」

「ええ、まあ、そうですね」

「それは……大変ですよね。これからどうなるかはわかりませんが、あなたのことはヴェルード公爵家が守りますから、ご安心ください」


 エフェリアお姉様は、ダルークさんのことをかなり心配しているようだった。

 それは当然のことだろう。状況から考えれば、彼は嫡子の行動を使用人の身で諫めたということになる。

 それはもちろん悪いことではないが、ディトナス様は気質的にそれを許しはしないだろう。そう思ってエフェリアお姉様は、声をかけたのかもしれない。


「……いえ、ご心配には及びません。私の方にも色々とありますから」

「色々と?」


 しかしそれに対して、ダルークさんはゆっくりと首を振った。

 やはり彼は、単なる庭師という訳ではないようである。私は改めてそのことを認識していた。

 ただ今は、それについて話を聞いている場合ではない。もっと解決しなければならない問題が、目の前にあるのだ。


「クラリアに対して、あなたが何をしたのか詳しくはわからないが、どうやら大変なことをしたらしいということはわかります。ヴェルード公爵家に対する侮辱を、まずは謝罪していただきたい」

「しゃ、謝罪だと?」

「もちろん、それで許すということにはなりません。しかしながら、それがあるのとないのとでは心証も随分と変わるものですからね」


 オルディアお兄様は、あくまでも冷静な態度だった。

 怒ってはいるが、声を荒げはしない。その辺りは流石である。

 しかしそれとは対照的に、ディトナス様はすっかり冷静さを失っているようだ。どうやらオルディアお兄様の言葉も、彼にとってはその怒りを加速させるだけのものに過ぎなかったらしい。


「ふざけるなよ! 勝手なことばかり言いやがって……」


 ディトナス様は、オルディアお兄様にも牙を向いた。

 彼は怒っている。それは今までも、わかっていたことだ。

 しかし、やはりその怒りというものは私に向けられていないような気がする。彼はもっと、身近な事柄に怒っているように思えるのだ。


「いいか。お前の妹の存在というものは、あってはならないものなんだよ。貴族が浮気して子供を残すなんて、恥さらしもいい所だ」

「……それは確かに、そうかもしれない」


 ディトナス様の言葉に、オルディアお兄様はゆっくりと頷いた。

 興奮している相手に対しても、どこまで冷静な対応だ。そんなお兄様を、私はすごいと思う。

 その言葉に頷いたことについても、私は納得している。浮気が良くないことだということは、私もわかっているつもりだ。貴族であるならば、猶更であるだろう。


「なんだ……わかっているんじゃないか。そうだ。あいつは、生まれてはならない命だったんだ。あいつが生まれたことが間違いなんだよ!」

「それは違う!」


 しかしディトナス様の次の言葉には、オルディアお兄様は強く否定した。

 そんな風にお兄様が感情を露わにするのは、初めて見た。エフェリアお姉様にとっても意外だったのだろうか。私を抱きしめるその体が、少し強張っているのがわかった。


「生まれてはならない命なんてものはない。確かに、父上や母上は間違いを犯した。だけれど、クラリアが生まれたことが間違いだったなんてことはない」

「なんだと?」

「クラリアには罪はない。妹を否定する者を僕は許さない」

「妹……」


 そこでディトナス様は、私の方に視線を向けてきた。

 その視線に、私の体は少し強張る。その鋭い視線は、やはり怖いものだった。

 ただ、同時に私が今まで抱いていた疑念は確信に変わった。彼は今、私に意識を向けてきたのだ。今までは別の人のことを言っていたのだろう。


「どいつもこいつも……」

「ディトナス侯爵令息、どこへ行く?」

「ヴェルード公爵家との婚約なんて、こちらから願い下げだ。薄汚い平民の血を引く娘と婚約させられるなんて、僕はごめんだからな」


 ディトナス様は、私達に背を向けた。

 彼は、ダルークさんの方を見ている。それで改めて理解できた。ディトナス様が忌み嫌っているのは、彼であるということが。

 恐らく、ダルークさんはただの庭師ではないのだろう。予想が正しければ、私と同じような立場かもしれない。


 しかし何はともあれ、この場は一旦収まったということになるだろう。

 ディトナス様への抗議などは、ヴェルード公爵家の屋敷に戻ってから考えるべきことだ。それは私達だけで判断して良いことではない。

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