第14話 浮かんできた疑問
お母さんとの再会を喜んでいた私だったが、すぐに疑問が湧いてきた。
何故、お母さんがヴェルード公爵家に来ているのだろうか。その意味というものが、よくわからない。普通に考えて、当主の浮気相手を招かないと思うのだが。
ヴェルード公爵夫人の反応というのも、私にとっては気になるものだった。どうしてお母さんと一緒にいて、あんなに笑顔だったのだろうか。
「えっと、ここは一応イフェネアお姉様の部屋で……私も一緒に暮らさせてもらっているから、私の部屋になっていて、あ、でもちゃんと許可は取っているから安心して。お母さんは……そこに座って」
「ええ」
お母さんと会うのは、随分と久し振りである。
そのためか、少し緊張してしまう。状況が理解できていないというのも、私の動揺を加速させていた。
とはいえ、こうしてお母さんと過ごせるというのはとても嬉しい。色々と話したいことはある。ただまずは、状況を整理したい所だ。
「……それで、お母さんはどうしてヴェルード公爵家に来たの?」
「どうして、と言われると少々困ってしまうわね。元々そういう予定ではあったのだけど」
「元々そういう予定だった……村に遣いの人が来た時から、ってこと?」
「その前からね。クラリアが知らない時から、今回のことは決まっていたの。これは一応、秘密なのだけれど、まあもう漏れても大した問題にはならないから、あなたにも話しておくわね」
お母さんの言葉に、私は固まっていた。
てっきりお母さんも、私も同じく何も知らずにヴェルード公爵家の事情に振り回されているものだとばかり、思っていたからだ。
「驚くのも無理はないわね。ごめんなさい、黙っていて。でもこれに関しては、注意しなければならないことだったの。誰かに悟られたら、色々と問題になっていたかもしれないから」
「う、うん。そういうことは、私も多少は理解できるようになってきたから、わかるよ。でも、お母さんとヴェルード公爵家の関係がわからないというか……」
「ああ、えっと、私はヴェルード公爵家と険悪な関係ではないわ。というよりも、旦那様と奥様が寛大な心を持っているというか」
「うーん……」
「クラリア? どうかしたの?」
私は、首を傾げて考えることになった。
なんというか、お母さんのヴェルード公爵夫妻に対する言葉には違和感があった。
旦那様と奥様、その呼び方には何かがあるような気がする。それはなんというか、まるで屋敷にいる使用人の人達みたいな言い方だ。
そこまで考えて、私はある仮説を思いついた。もしかして、お母さんはどこかの家で使用人でもしていたのではないだろうか。
「お母さんは、メイドさんだったの?」
「え? どうしてそれを……」
「やっぱり……」
私の質問に対して、お母さんは驚いたような表情をしていた。
しかし、これは流石に私もわかる。ヴェルード公爵家の屋敷で過ごしていた故に、使用人の人達の口調というものは染みついているのだ。
だから、お母さんの言動からわかった。ヴェルード公爵――つまりはお父様とどこで出会ったのかも説明がつくし、要するにお母さんはこの屋敷に仕えていたということなのだろう。
「お母さんは、ヴェルード公爵家のメイドさんだったんだね? それでお父様と浮気しちゃったの?」
「えっと……まあ、大まかに説明するとそういうことになるのだけれど」
「ヴェルード公爵夫人は、よくお母さんを屋敷に入れてくれたね。優しい人だって聞いてはいたけど、本当に寛大な人なんだ」
「まあ……」
私の言葉に対して、お母さんはゆっくりと目をそらしていた。
娘である私は、それがどのような意味があるのかがわかる。多分、私も予想というものは当たっている訳ではないのだ。
とはいえ、外れているという訳でもなさそうである。その微妙な反応からは、それが読み取れた。
「何か間違っているの?」
「……ええ、その、私は元々ヴェルード公爵夫人に仕えていたメイドだったのよ」
「え?」
「それから奥様について、こっちに来て……色々とあったのだけれど、奥様とは今でも良好な関係を築いているというか、繰り返しになるけれど、寛大な心で接してもらっているの」
「……よくわからないや」
お母さんの説明に対して、私はあまり納得することはできなかった。
お母さんとヴェルード公爵が浮気した結果、私が生まれた。それは紛れもない事実であるはずだ。それが問題だったから、私は二人の令嬢に罵倒されたりもした。
ヴェルード公爵夫人とお母さんがかつて主従の関係にあったとしても、それで浮気を許すという訳でもないような気がする。むしろ怒るんじゃないかと、私なんかは思ってしまう。
考えれば考える程、この問題はわからなくなってくる。
そこで私は、考えるのをやめた。お母さんもなんだか、全部話しているという感じではないし、考えるだけ無駄なのかもしれない。
二人の仲が良いのは、私にとっては悪いことではない訳だし、そういうことだと思っておこう。
「お母さんは、いつまでここにいられるの?」
「ああ、それについてはずっと……」
「ずっと?」
「ええ、ここでお世話になるということになっているわ」
「それは……嬉しいね」
私は重要なことをお母さんに聞いた。
それに対して、何よりも嬉しい言葉が返ってきた。
これからはお母さんと一緒にいられるようだ。それに私は喜びを感じながら、笑顔を浮かべるのだった。




