第11話 大きな一歩
「ウェリダン……」
「ウェリダンお兄様?」
「ウェリダン兄上……?」
ウェリダンお兄様の部屋にやって来たお姉様方は、皆驚いたような表情をしていた。
それは当然のことなのかもしれない。今まで不気味な笑みしか浮かべていなかったウェリダンお兄様が、違った表情を見せているのだから。
「おやおや、これはこれは……」
ウェリダンお兄様自身も、それについては驚いているようだった。
彼は先程から、鏡の前で自分の顔を見ている。まだ時々引きつったようなあの不気味な笑みは出て来るが、それでもその他の表情も作れてはいた。
「どういうことなのかしら? ウェリダン、何があったの?」
「……端的に言ってしまえば、僕がクラリアにひどいことをしてしまったのです」
「え? ウェリダンお兄様、何したの?」
「あ、エフェリアお姉様、そんなにひどいことはされていません。少し口論になっただけで……」
「口論? それは一大事じゃないか。ウェリダン兄上、どういうことですか?」
お姉様方は、ウェリダンお兄様の変化の理由についてかなり興味を抱いているようだった。
それについては、私も気になっている。どうしてこんなに急に、その表情に変化があったのだろうか。そんなに特別なことは、していないと思うのだが。
「僕自身にもよくわかってはいません。ただ、クラリアは僕の表情について色々と思う所があるようでした。それをぶつけられて、僕の感情は少し昂りました。しかしすぐに後悔したのです。自らの不出来で妹に対して、身勝手な怒りを抱いた訳ですからね」
「その後悔によって、表情が作れるようになったのかしら? ……そういえば、私達はウェリダンとそんな風にぶつかったことはなかったわね」
「ええ、そうですね。皆、僕のことを気遣ってくれましたから。その環境に、僕は甘えていたのかもしれませんね。いつしかあの笑みに慣れて、それで良いと思うようになっていた……」
ウェリダンお兄様は、眉間に皺を寄せていた。
それはなんというか、後悔しているような表情だ。それがわかる程に、お兄様の表情は変化している。
「皮肉なものですね。妹を傷つけたという後悔は、僕が欲しかったものを手に入れさせてくれたなんて……素直に喜ぶことはできません」
「……だけれど、それだけあなたの心を揺さぶることだったということなのでしょうね。納得できない訳ではないわ。深い絶望というものも、感情の動きではあるもの」
「あの……私は、そんなに傷ついていませんよ?」
ウェリダンお兄様とイフェネアお姉様の会話に、私は思わず口を挟んだ。
二人はさも私を傷つけたという前提で話を進めている。ただそんなことはない。そこまでひどいことをされたとも思っていないのだが。
結果的にウェリダンお兄様が表情を作れた訳だが、私も喜んでいいのかよくわからなくなっていた。そのため苦笑いを浮かべることしか、できなかったのである。
「クラリアを傷つけたのはどうかと思うけれど、ウェリダンお兄様がそういう表情をできるようになったのは、おめでたいことだよね」
「まあ、そうだね。クラリアに怒りをぶつけたのはどうかと思うけれど」
エフェリアお姉様とオルディアお兄様も、私が傷つけたような前提で話を進めていた。
まあ、それに関してはとりあえず置いておくとしよう。ウェリダンお兄様がそう思っている以上、私が否定した所で意味はないような気がするし。
「……それでもまだ、ぎこちない点はありますよね?」
「まあ、それは仕方ないことなのではないかしら? いきなり表情が作れるようになって、完璧にできるというのもおかしな話ではあるし、これから慣れていけば良いのよ」
「何事もそういうものですか……」
「とにかく、これは大きな一歩よ。きっとお父様やお母様、アドルグお兄様も喜ぶと思うわ」
ウェリダンお兄様は、イフェネアお姉様と楽しそうに話していた。
そういえば、最近ヴェルード公爵夫妻やアドルグお兄様は屋敷を開けている。一体どこに行っているのだろうか。私はその辺りについて、特に聞いていない。
「あ、そうだ。例の二人の件ってどうなっているんですか?」
「え?」
「ああ、そのことですか……」
そこでエフェリアお姉様が、イフェネアお姉様とウェリダンお兄様に問いかけた。
そのことについては、私も気になっていたことではある。色々と作戦を立てていることがばれたからか、私達の方には情報があまり入らなくなった。ロヴェリオ殿下が防波堤になってくれているとは思うのだが、本当に大丈夫なのだろうか。
「まあ、この際ですから、話しておいても良いのかもしれませんね」
「ええ、私もそれでいいと思っているわ」
「今その件については、アドルグ兄上が対処しています。今頃は、ドルートン伯爵家の屋敷で話をつけていることでしょう」
「相変わらずアドルグ兄上は手が早いですね……」
アドルグお兄様が屋敷を開けていたのは、例の令嬢二人の件について対処するためだったということらしい。
私が思っていたよりも早く、お兄様方は動いていたようだ。これは、少々心配になってくる。絞首台に送られたりしていないだろうか。
「ウェリダンお兄様は、確かクラリアに過度な罰は与えないって約束したんだよね?」
「ええ、そうですよ。まあ、王家の介入もありますから過度な罰なんてことには、多分なりはしませんよ。その辺りについては、ご心配なく」
ウェリダンお兄様は、少し得意気に笑みを浮かべていた。
その笑顔を見ていると、本当に大丈夫だと思えてくる。嘘は言っていなさそうだということが、その表情からは前よりも鮮明に伝わってきたのだ。




